Interview | 映画と人

リリー・フランキー

パスタを茹でながら考える
「新しさ」について 

リリー・フランキーさんが教えてくれたこと

リリー・フランキーリリー・フランキー

Interview | 映画と人

パスタを茹でながら考える
「新しさ」について 

リリー・フランキーさんが教えてくれたこと

リリー・フランキー

パスタを茹でながら考える「新しさ」について 

リリー・フランキーさんが教えてくれたこと

映画、「面白さ」と「新しさ」、そして最近毎日食べているナポリタンの話まで、ゆるやかに話題は広がる。穏やかな語り口の中に、いろいろな発見をくれたリリー・フランキーさん。そのひとつひとつの言葉を思い返しながら、まずは真似してパスタを茹でてみる。
ランドスケープ
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日本映画でこれまであまり語られてこなかった「少女の思春期」

 早川千絵監督の最新作「ルノワール」では、監督が構想初期からリリーさんを思い描いていたという主人公フキの父 圭司を演じた。まずは1人の映画好きとして、同作に対する感想から。

 「ヨーロッパではままありますが、意外と日本でこういった少女の思春期を描いた映画は少ないというか。家族に対する想いや死生観、性の目覚めといったものがすごく瑞々しく描かれていて。フキ役の鈴木唯さん(撮影当時11歳)も、あの年齢になると“子役”とも少し違って、彼女自身が俳優としての自我をちゃんと持っている。そういう時期の役者が演じることで、大人でもなければ子どもでもなく、男性や女性の境目も曖昧な、“生き物として不安定な時期”の人間の危ういうつろいが映像にすごくよく現れていると思います」。

 撮影中、役者としても「いい映画になる」と確信した瞬間があったそう。

 「豪華客船に乗っているシーンや、圭司(リリー・フランキー)が道に迷ったフキを迎えに行くシーンなど、フキの中にあるファンタジーの部分と生々しい現実が入り組んでいるところですね。そしてこうした要素には早川さんの原体験が大きく影響している。作り手の私小説的なものってすごく生々しい。父親と2人で手を繋いで土手を歩いている時、自転車に乗った同級生が通りかかった瞬間に手を離して他人のフリをするとか、そういう小さな思春期のディテールに現れていると思います。そして、子どもの「死」に対する感覚というか、自分が不幸な立場になっていることに対するヒロイン願望のような普遍的な感情を描いている。1980年代という少し前の時代を舞台にしたある種“時代劇”的な作品ですが、ご覧になった皆さんがそれに気がつくのには時間がかかるんじゃないでしょうか」。
ランドスケープ
 闘病中の父の看病や病室へ通う日々の中で11歳の少女の生活に近づく「死」の気配、割り切れないさまざまな感情が渦巻く大人たちの間を行き来しながら、感受性豊かにまっすぐな瞳で世界を感じ取る主人公フキ。

 「初めて身内の死を体験するとか、身の周りに亡くなる人が増えるとか、歳をとっていくにつれて自分の死を逆算して人生を考えるようになるとか。人間の成長の歴史って死と向き合っていくことだと思います。歳を取るほど、小学生の頃に持っていた死生観は朧になっていくと思いますが、この映画にはそうした当時の感覚を思い出させる瑞々しさがあるんです」。

 感情を描き切らない余白のある描写は、子ども時代に誰もが抱いたことがあるもどかしさや寂しさを想起させる。

 「悲しいとか寂しいといった感情を、子どもの頃はうまく言語化できない。言葉にできないでいるうちに、次第と人格が形成されていくんでしょうね。フキの性格や行動には、彼女の生活形態がすごく現れているなと思って。フキは、ちょっと“変な子”だと思うんですけど、子どもってこんな感じだよなと。絶妙ですよね。人前で急に動物の鳴き真似をするような子にも、伝言ダイヤルに電話をしてしまう部分が共存していたり」。

 「『死』、つまり『タナトス』を描くということは、人間の『生(エロス)』を描かなくてはいけない。なるべくみんなが目を伏せているような部分が沢山描かれていますが、風通しが良いというか、“不愉快な映画”ではないんですよね。だから重たくもない。そこがやはり早川監督の上品なところですね。撮影の段階から、今作もカンヌに選ばれるだろうなと感じていました」。

 早川監督といえば、長編映画デビュー作である前作「PLAN 75」が独創的な設定とその表現の繊細さが話題を集め、第75回カンヌ国際映画祭ではカメラドール特別表彰を授与された、今最も注目される映画監督の1人。最新作の「ルノワール」は第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された。

 「『ルノワール』と『PLAN 75』は、同じ「死」を描いていても全く違うタイプの作品。『PLAN 75』の“75歳以上が自ら死を選べる法律が認められた日本”、という設定は極めてSF的ですが、『ルノワール』はリアリティの極地。でもこの2作や過去の短編、早川さんの作品に共通するのは繊細さの中にある棘のようなもの。棘の部分をちゃんと描く監督だと思います」。
リリー・フランキー
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「世界の人に向けたもの」には誰も興味がない

 改めて、なぜ早川作品は世界で高い評価を得ているのか。

 「『スパイダーマン』のようなエンターテインメントを追求したものはまた別として、言語の違う人に伝わるのは、作家性がものすごく強いものだと思っています。そもそも“海外の人に観てもらおう”と思って作った映画は、多分誰も観ないと思う。マスコミやマーケティング、広告の世界ではいまだにそういった話が聞こえますが、それって1回でも成功したことあるのかな? 作家性の強い方が描いたニッチなものの方が、みんな観ている気がします。例えば田舎の1人の女の子のニュアンスを徹底的に描くとか、そういうのが」。

 毎日夜寝る前に何かを観る習慣があるというリリーさん。その関心の先には、何かしらを超越するまでやり切る人間の姿がある。

 「今のサブスク時代は、毎日さまざまな国の映画や音楽に触れることができるので、週に1回は新しい才能の存在に愕然とします。単純にすごいし、人間ってこんなこともできるんだ、と。例えば今年のコーチェラでのレディー・ガガのパフォーマンスや、Netflixで話題を集めた『アドレセンス』なんて、どれだけリハーサルをしたんだろう、と考えてしまいます。きっと、感動するものって“綿密に作られたもの”なんでしょうね。どれだけAIがものを考えてくれても、結局それを演じるのが人間である限り、感動とは、効率度外視でその準備にかけられた時間に比例してくるものなんだろうなと思います」。
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リリー・フランキー

完璧なナポリタンを作ってみる

 「趣味はない」と公言しつつあらゆるものに多感多情。リリーさんは、溢れる情報とどう向き合っている?

 「新しいものって、勝手に入ってきませんか? 知りたくもないものまで。僕は自分でSNSはやらないけれど、見てはいます。僕と同い年くらいの人で、新しい音楽は聴かない!古いものだけで十分!と意固地になっている人はいっぱいいますが、もう音楽において新しいも古いもないですから。そもそも、“古い、新しい”という考え方をしているのって多分おじさんとおばさんだけなんだと思う。サブスクでは新しい曲も古い曲も同じお盆に乗っているから、最近の小学生には歌謡曲に詳しい人が多いそうですし、彼らにとっていつ作られたものかどうかはあまり関係がないんでしょう」。

 情報のパーソナライズと同時に分断が進むSNS社会。自分の世界を広げるためにはどうすれば良いのだろう。

 「何かひとつのことに徹底的に詳しくなると、自然と他のことに対しても理解が深まると思います。一つのことに対して掘り下げるほど興味を持てるのって、きっと人生に数回しかないんだから、それがぬか床でも、BTSでもなんでも良い。何か一つでも夢中になれるものが見つかればいいんじゃないですかね。音楽も、色々なジャンルを好きになっていくとどこかそれぞれが地続きになっている部分があるじゃないですか。恋愛映画はあんまり見ないなとか、最近パンクは聴いていないなと思っても、映画自体を観なかったり音楽自体を聴かなくなったわけじゃない。時間が経ったらまた好きになることもある。0か100じゃなく、ずっと続いている。“ファッション”こそそういうものじゃないですか? 3年前の自分を今見たら『それ、本当にイケてるんですか?』って感じがするし。マイナーチェンジしていくのが自然なこと。本当はラモーンズ(Ramones)みたいに一年中同じ服を着ていられるのが理想なんですけど、なかなかそうもいかないしね」。

 そんなリリーさんが今一番興味があるものは?

 「興味?どうですかね。好きになると夢中になりすぎてあまりにも忙しくなるので、色々なものに興味を持たないようにしているんですけど…。ここ1週間くらいは、さまざまな料理人のYouTubeでナポリタンの作り方を調べています。見ていると、意外と食材や調味料に大差ない事に気がついて。自分の中で完璧なナポリタンを作ってみようと思って“最高の食材”を買い集めたら、1食分で7000円くらいかかったんですよ!」。

 「(味は)もちろん良かったです。今までの悩みが解決されました。やっぱりちゃんとケチャップは煮詰めないといけないんですね。こうやって一つのレシピを調べて食材を買いに行く、みたいなことは常にやっています。さすがにナポリタンは来月にはもう作っていないだろうけど。余った食材を使い切るために、ここ数日毎日ナポリタンを食わざるを得ないんですけど、料理に関しては勝手にアレンジしない方がいいということも学びました。余計なものを入れるほど不味くなる。タモリさんが言ったみたいに、料理は引き算だって話ですよ」。
ランドスケープ
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編集後記:取材後にも、会場の外にいた取材陣に気さくに話しかけてくださったリリーさん。変わったTシャツに目がないというリリーさんが最近ゲットしたのは、「カンナムスタイル」でおなじみのK-POPスター、サイのTシャツ。撮影当日の私服では、デザイナーの母の手作りポプリが付属するというエピソードに射抜かれてしまったという「バーグファベル(Bergfabel)」のジャケットを着用。服選びにも、人の手触りに魅力を感じるリリーさんらしさが見えた。
リリー・フランキー
リリー・フランキー
Information
映画「ルノワール」
公開日:2025年6月20日(金)
上映館:新宿ピカデリー ほか
監督・脚本:早川千絵
出演: 鈴木唯 石田ひかり 中島歩 河合優実 坂東龍汰 リリー・フランキー配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト
©2025「RENOIR」製作委員会 / International Partners
あらすじ
1980年代後半のある夏。11 歳のフキは、両親と3人で郊外の家に暮らしている。ときには大人たちを戸惑わせるほどの豊かな感受性をもつ彼女は、得意の想像力を膨らませながら、自由気ままに過ごしていた。ときどき垣間見る大人の世界は、複雑な感情が絡み合い、どこか滑稽で刺激的。闘病中の父と、仕事に追われる母の間にはいつしか大きな溝が生まれていき、フキの日常も否応なしに揺らいでいく――。
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衣装:コート 20万9000円/ユーゲン(イデアス|03-6869-4279)パンツ 2万9700円/フォル(JOURNAL STANDARD 渋谷スクランブルスクエア店|03-6434-1097)、ハット 参考商品/カシラ(CA4LAプレスルーム|03-5773-3161)、シャツ、ベルト、シューズ(スタイリスト私物)
photographer: Masayuki Shioda
styling: Yoshihiro Fukami
hair&makeup: Komomo Sato
text&edit: Chikako Hashimoto(FASHIONSNAP)
direction: Riko Miyake (FASHIONSNAP)
web design : Tadashi Hirohata(FASHIONSNAP)
Published on: 2025.06.09