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「スタバらしさ」をめぐる消費文化論 “サードプレイス”の概念について考える

「スタバらしさ」をめぐる消費文化論 “サードプレイス”の概念について考える

ACROSS編集部
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批評家・ライターの谷頭和希による「スタバらしさ」、そしてスタバにおける「分裂」を通して消費文化を考える連載、第9回目。今回はスタバが作り出すコミュニティとそこから生まれる連帯感について、触れていきます。(編集室H)

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前回まではハワード・シュルツが入社してからのスターバックスを通して、「顧客の要望に合わせながら店を変えていく」という姿勢が、スタバの分裂を作り出してきたことを確認しました。その具体例として、スタバの人気商品・フラペチーノを取り上げました。それはスタバが最初期に目指していたような「本当のコーヒー」を出す店の商品としてはふさわしくないかもしれません。しかし、テスト販売の結果を見てシュルツは、それが顧客に望まれていることを悟ります。その結果として、スタバは「コーヒー店を目指しているのにコーヒーにはそぐわない商品を売る」店になり、分裂が現れてきたわけです。

つまり、「顧客の要望に沿った形」で店を展開したときに、こうした分裂が生まれてきた。ある意味でスタバにおける「分裂」は経営をうまく成功させるための要素の一つになっているのです。

前回はフラペチーノを例にしましたが、今回はまた別の具体例でスタバの分裂について考えていきましょう。それはスタバが重要なコンセプトとして押し出している「サードプレイス」という概念についてです。

分裂する「サードプレイス」

シュルツの自伝でも強調されている通り、スタバはこの「サードプレイス」という概念を非常に重要なものとして押し出し続けています。「サードプレイス」とは、社会学者のレイ・オルデンバーグが提唱した概念で「家庭でも職場でもない第三の場所」を示す言葉。人間にとって、そのような心を休めることのできる第三の場所が重要であることをオルデンバーグは示しました。確かにスタバは、日常のしがらみから離れた場所として利用されていることも多いでしょう。

▲レイ・オルデンバーグ『サードプレイス』(2013年10月/みすず書房)

ただし、オルデンバーグが述べた「サードプレイス」という概念をよく見ていくと、実はスタバが作り出しているサードプレイスのあり方と根本的に異なる方向を向いていることがわかるのです。それを2つの角度から明らかにしてみましょう。

1つ目は「会話」に対する態度です。オルデンバーグが述べた「サードプレイス」では、そこに集う見知らぬ人々の間に会話が発生し、その交流こそが重要であるとされます。 しかしスタバではどうでしょうか。なかなか客同士で話すということは少ないのではないでしょうか。これはチェーン店すべてで同じかもしれませんが、そこに来た客同士が会話をすることはほとんど無い。むしろチェーン店に行く人は、そうした会話の煩わしさを避けるためにそこへ行っていると言ってもよいかもしれません。そう考えると、スタバの「サードプレイス」はかなり怪しいものになってきます。

2つ目は、「開かれた場所である」ということ。サードプレイスは誰にとっても開かれていて入りやすい場所である、とされているのですが、スタバは本当にそうか。これを読んでいる人の中にもスタバによく行く、という人と、「あの雰囲気が苦手であんまり行かない」という人がいるのではないでしょうか。『月刊食堂』(1998年9月号)において、ライターの京極一がこの点を鋭く指摘しています。曰く、スタバのブランディングを見ていくと、「他のコーヒー店とスタバがいかに異なるか」という、顧客の特権意識を刺激するようなプロモーションが多く行われていると言います。例えばスタバの店内にあるボードには、スタバがいかにSDGsに配慮しているかがアピールされていたりしますよね。そこで表される「選民意識」的なものが、スタバのスタバらしさを作っているのだと。

▲「開かれつつ閉じている」空間

先ほど述べたスタバに行く人と、苦手意識がある人の差をスタバは意識的に作ろうとしているのではないでしょうか。しかしそれは明らかに「サードプレイス」の「開かれた」思想とは異なる方向を向いています。言うなれば、スタバのサードプレイスとは「開かれた場所でありながら閉じている」という特徴を持っているのです。ここにもスタバの「分裂」が見られますね。

分裂した「サードプレイス」が生み出す「強烈な一体感」

さて、このようにスタバの「サードプレイス」はやはり分裂を孕んでいるわけですが、私が重要視したいのは、2つ目の「開かれた場所でありながら閉じている」ということです。実はこうしたスタバの特徴が、スタバに大きな特徴をもたらしているのでは無いかと思っているのです。先ほども引用した京極一はこのように書いています。

名高いフラペチーノ実験の頃のサンタモニカ各店で私は不思議なことに気がついた。同じ時に同じ人がいつも集まる。ちょうどパブやバーと同じように。ある人は新聞を読み、ある人は原稿を書く。お互いがお互いを認識しあっているのはわかるが、滅多に話し声は聞こえない。別々な時間の過ごしかたにもかかわらず感じられる、強烈な連帯感、同一性。滞店時間2分のテイクアウト客にすらそれがある。(『月刊食堂』、1998年9月号)

▲京極一によるコラム

京極は、このような「強烈な連帯感、同一性」が生まれる背景として、スタバが他のコーヒー店と異なる特別な店であることを押し出していることを挙げています。

店内に置かれたパンフレットを読んでみてほしい。そこでは他と比べてスターバックスが優れている理由が力説されている。排除のメカニズムを強化するためである。(『月刊食堂』、1998年9月号)

スタバが作り出した、分裂を孕んだ「サードプレイス」は逆に、スタバに訪れる人々の間に独特のコミュニティを作り出しているのではないか。

アメリカには「スターバッカー」というスラングがあるといいます。これはスタバを愛し、全世界のスタバを訪れる人のことを指すようです。スタバマニアは全世界的に存在していて、日本でもスタバ上陸後間もなく、小石原はるかによって『スターバックスマニアックス』という書籍が出版されています。こうしたマニアたちの存在は、スターバックスというものを介したコミュニティが立ち上がっていることを思わせますね。

Imaged by ▲小石原はるか『スターバックスマニアックス』(2001年6月/小学館)

スタバが広がった時代とは

スタバが生み出した独特な「サードプレイス」は、そこを訪れる人々にとって「強烈な連帯感」を産んだのではないか。スタバが生み出す「連帯感」については、もう一つ興味深い仮説を立てることができます。

スタバが全世界に店舗を広げたのは1990年代のことです。この1990年代はどんな時代だったのか。現代思想や社会学ではよく、この時代のことを「大きな物語」が失効した時代だといいます。どういうことでしょうか。

1990年代に入る前、1989年にソ連が崩壊したことによって、1945年以降の世界の基本構図となっていた冷戦が集結します。これによって、ソ連を中心とする東側諸国は「共産主義」という大きなイデオロギーに寄って立つことができなくなりました。また、西側諸国も、共産主義というわかりやすい敵がいなくなったことによって、純粋に資本主義を信じ続けることが難しくなりました。簡単に言えば、イデオロギーに対する懐疑が生まれ始めたわけです。これは例えば、その約10年後に起こった同時多発テロでも同じでしょう。キリスト教とイスラム教の全面戦争で、そもそも宗教自体がこのような惨劇を起こしてしまうということに対して、それまで我々が寄って立っていた「宗教」の自明性が疑われたのです。

つまり、イデオロギーや宗教の自明性が疑われ、それが形成するコミュニティへの会議が生まれ、共同体の喪失ともいえる事態が起こったのが、この時代だということです。それまでは共産主義ならそのイデオロギーを信じる人々が連帯することができたでしょうし、宗教であればなおさらその連帯感を強く持つことはできた。しかし、コミュニティの核となるようなものが軒並み終焉を迎えていき、人々は何を頼りにコミュニティーを作っていけばよいのかわからなくなってしまいました。

スターバックス・ネーションの誕生?

そこで登場したのが、スタバです。もちろん、スタバが世界宗教のように全世界の人すべてにとって救いになったわけではありません。しかしそこを使う人々にとって、無くなってしまったコミュニティを復活させるような機能を担っていた可能性があるのではないか。いわば、スタバで何かを買う、という消費行動を通じたコミュニティが、共同体無き時代に誕生したのではないか。ある意味でスタバは、それまでの「国家」や「宗教」とまったく異なる枠組みの新しいコミュニティとして人々から受容されたのではないか。なんだかとてつもなく壮大な話になってしまいましたが、私はそんなことを考えているのです。

実はこのような議論を展開した人がいます。アントニオ・ネグリとマイケル・ハートです。彼らは『〈帝国〉──グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』(以文社)という共著の中で、2000年代以降の社会において、これまでの「国家」という枠組みに変わって、 国家を越境するようなグローバルな集団が、新しい帝国を築いていくのではないかということを予測しています。世界中がグローバル資本主義に覆われた時代における新しい支配者の姿を予測したのです。そこで指摘されていることを、スタバは行っているのではないか。いわば、「スターバックス・ネーション」ともいえる新しい帝国をスタバは形成しているのではないか。

▲アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『〈帝国〉──グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』(2003年1月/以文社)

「スターバックス・ネーション」の誕生。なんだか、映画みたいな話になってきました。ここで重要なのは、そうしたスタバの姿は、スタバが「分裂」した経営を行っているからこそ誕生したということです。つまり、その基礎になっているのは、「分裂」したサードプレイス、「開かれつつ閉じている」という独特なサードプレイスです。そこである程度の選民が行われているからこそ、そのコミュニティは誕生しているわけです。このように見ていくと、「分裂」が持つ意味の重大さがわかってくるのではないでしょうか。

***

さて、次回で、とうとうこの長いレクチャーも最後となります。最終回では、これまで考えてきた「分裂」という視点は、現代の消費生活やビジネスの分析にどのように役立つのかについて考えていきたいと思います。実は、「分裂」を考えていくことで、現代社会のさまざまな諸相が見えてくるのです。

【文:谷頭和希/ライター・作家】

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