IMAGE by: 製作:東宝 ©荒木飛呂彦/集英社
荒木飛呂彦の人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」を原作とした世界初のミュージカル作品『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』の上演が、東京・帝国劇場でスタートした。躍動感のあるポージングや「メメタァ(カエルを殴った音)」「ズキュウウウン(ファーストキスを奪った音)」などの一見荒唐無稽ながら臨場感のある擬音、西洋美術から着想を得た鮮やかな色彩など、唯一無二とも言える独特な世界観で国内外問わず多くのファンを獲得している。
注目が集まる“ジョジョ”初の舞台で衣裳を担当したのは、ファッションブランド「ヨシオクボ(yoshiokubo)」を手掛けるデザイナー 久保嘉男。オーダーメイドのオートクチュールでキャラクターそれぞれに合わせた衣裳を制作した久保だが、衣裳担当が決まって初めて原作、アニメを履修したという。ファションデザイナーからも支持を集めるジョジョのミュージカル衣裳制作に原作ほぼ未読のデザイナーが選ばれたワケは?衣裳に対する「美学」とあわせて、1年以上におよぶ制作を終えたばかりの久保に訊いた。
東宝が“ジョジョ”未読のデザイナーに衣裳を任せたワケ
ADVERTISING
ー久保さん自身、ミュージカルの衣裳を担当するのは初めてですか?
本当に初めてで。ミュージカルだけじゃなく、ドラマや映画の衣裳も手掛けたことはありません。今まで自分のやりたいようにコレクション製作だけをひたすらやってきた人間ですから。
ーどういった経緯でジョジョの衣裳を担当することになったんですか?
2023年春夏コレクションのショーをミュージカル版“ジョジョ”演出家の長谷川寧さんが見てくれていて。有難いことにそのショーで披露したクマをモチーフにしたショーピースを気に入ってくださり、「“ジョジョ”のミュージカルでもこんなエネルギー溢れる服を作ってほしい!」と連絡をくれたことがきっかけでした。
ー久保さんがそれまでひたむきに続けてきた服作りが新しいジャンルの仕事に繋がったんですね。
そうですね。ランウェイショーを毎シーズン発表していた時は、自分の仕事に全力を注げるよう意図的にそのほかの仕事をしないようにしていました。2023年春夏シーズンでそれまでの新作発表の形に一区切りをつけて、何か新しいことに挑戦したいと考えていた矢先の依頼だったので、タイミングも良かったです。
ー国内最大手の東宝からのオファー。依頼された時の率直な心境を聞かせてください。
清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟は決めなければなと。“ジョジョ”は普段漫画をあまり読まない僕でも知っているくらい有名だし、熱狂的なファンが多いということも知っていました。東宝としても帝国劇場の建て替えを目前に控え、今作にかける思いは非常に強いようだったのでシンプルに緊張しましたね。
ーファッションデザイナーの中でも“ジョジョ”好きを公言している人が多い中、なぜ原作未読の久保さんが“ジョジョ”の衣裳担当に抜擢されたんだと思いますか?
オファーをいただいた時、演出の長谷川さんがこのミュージカルの肝と言っていたのが「絶対にコスプレ大会にしないこと」でした。でも漫画、アニメに登場する服は実際に着用することを想定していないので、それを忠実に表現するとどうしてもコスプレ感が出てしまう。“ジョジョ”から多大なるインスピレーションを受けつつも、あくまで生身の人間が着用できる服に仕上げることが至上命題だったんです。
そういった視点で考えると、僕に声がかかった理由の一つが見えてくるような気がします。“ジョジョ”好きのデザイナーさんだと、原作への愛が強すぎるあまり衣裳も原作に引っ張られすぎてしまう可能性があると思う。本当のところは分からないけど、原作を見ていない方がかえって良い部分もあるのかもしれないです。
ー「コスプレ大会にしない」というのは実写化において1つの真理かもしれないですね。
結局のところ「ジョジョの奇妙な冒険」をそのまま楽しみたいんだったら原作漫画を読むのが一番なんですよ。でもそれをあえてミュージカルで見せるんだから衣裳も生身の人間が着てカッコいいものでないと意味がない。「原作にリスペクトを払いつつ、3次元で見た時に観客の感性に訴える服を作る」ことが実写化の衣裳制作で重要なことだと自分なりに考えました。
衣裳制作の肝は「街中をギリギリ歩けること」、デザイナー 久保嘉男の美学
ー衣裳制作のプロセスを教えてください。
まず演出の長谷川さんが原作漫画の登場人物の服で重要だと思う箇所にマルをつけてくれて、自分がそれを念頭に置きながらデザイン画を描きました。デザイン画を描いたタイミングで一度東宝さんに見せて、OKが出たら生地の選定です。生地もOKだったらパターンからは東宝の衣裳チームにお願いして、こちらで念入りにトワルチェック。本番のサンプルが上がってきたタイミングで実際の演者さんに着てもらって、着丈袖丈を調整するなど推敲を重ねました。服一着が完成するまで1年くらいかかりましたね。
ードキュメンタリーができそうですね。久保さんが衣裳制作でこだわったポイントは?
2つあります。1つは生地。折角畑が違うところで仕事をしている自分が衣裳を担当するので、これまでやっていないことをやろうと思って、過去のミュージカルをとにかく見漁りました。その時「特別生地にこだわった衣裳を作りたいな」と思ったんです。ミュージカルのお客さんの中には、双眼鏡を使って細部まで観察する人もいると知ったので、そういう人に気付いてもらえるように今回は全てのキャラクターの衣裳に共通してジャカード生地を採用しました。ジャカードを切り替えたり、色を乗せたりしながらそれぞれ違いを出していて、服について詳しくない人でもパッと見た時に「凄く凝った衣裳だな」と感じられるような仕上がりになっていると思います。
もう1つは、キャラクターごとにアイデンティティを持たせること。双眼鏡を使う人もいるとはいえ、客席と舞台はそれなりに距離があるので、キャラクターごとにアイコンカラーを決めて遠目から見ても判別できるようにしました。
ー確かに。キャラクターの作り込みがしっかりしていても、衣裳が変わり映えしなければ観客も感情移入しづらいかもしれませんね。
そうなんですよ。そのほか、遠目では分かりづらいかもしれませんが、ディテールにもキャラクターごとのアイデンティティを忍ばせています。例えば、“ジョジョ”のアニメを見ていたら幾何学模様が多く取り入れられていたので、主人公のジョナサンと父親のジョースター卿だけは衣裳に幾何学模様を採用しています。“ジョジョ”はジョースター一族の血統の話でもあるので、血のつながりを衣裳でも表現できたらなと。
ー作中屈指の人気キャラであるディオの衣裳についてはどうですか?
ディオは物語の中で特に強烈なキャラクターなので、一目でそれと分かるようにメインカラーをパープルにして、縦の切り替えで様々な色味のパープルを表現しました。ただ一転して、着替え後の衣裳はエレガントなグリーン。最初に提出したデザイン案はもう少しカジュアルなものだったんですが、ここはできるだけ豪華な装いにしてほしいというのが演出の長谷川さんからのオーダーだったので襟元にファーをつけたり、ジャカードとベルベット生地を組み合わせたりと試行錯誤しました。
Image by 製作:東宝 ©荒木飛呂彦/集英社
ーディオのアイコンカラーはパープルだと思いましたが、ここはなぜグリーンに?
演出上、ここだけはどうしてもこの色にしないといけない理由があって。ネタバレになってしまうので言えないですが、ここが今回のミュージカルで一番の見どころだと思っています。ちなみに、どのキャラクターの衣裳も、「本気を出せば東京の街中をギリギリ歩ける」くらいの塩梅でデザインしたつもりです。
ー街中を歩けると言えば、敵キャラ「ワンチェン」の衣裳は私服として欲しいくらいの完成度でした。
よく気づいてくれました。見てわかる通りチャイナジャケットをベースに作っているんですが、フロントの部分がダブル刺繍になっていて。龍の刺繍の上に、2024年秋冬シーズンのヨシオクボで採用している花刺繍を乗せています。誰も分かってくれないと思いますけど、密かなこだわりです(笑)。
Image by 製作:東宝 ©荒木飛呂彦/集英社
「自分の世界が広がった」ミュージカル衣裳制作を振り返って
ー今回感じた、ミュージカル衣裳を手掛ける難しさは?
冒頭でも言った通り、20年間やりたいようにコレクション製作をしてきた人間なので、自分1人の裁量で服作りをできない環境というのはこれまでとは違った難しさがありました。もちろんコレクション製作も縫製やPRなど、多くの人たちとの連携で成り立っていますが、ミュージカルではそれとは比べものにならないくらい多くの人が関わっているので、その分時間がかかりましたね。でも、自分がデザインした衣裳を着た演者の皆さんが舞台上で歌って踊っている姿を見たらやって良かったなと。僕はもうすぐ50歳になりますけど、この歳になって自分の世界が広がったような気がします。
ー世界が広がったというのは具体的に?
服を見るお客さんの視点に立てたことは大きかったですね。僕はデザイナーなので、ショーをやっている時も裏でスタンバイしているし、基本的に外から自分のクリエイションを見る機会がないんです。でも今回客席から自分の服を見させてもらって、「動くとこんなふうに見えるんだ」「このデザインは遠目で見るとこんな感じなのか」といった多くの気づきがありました。
ー今後の服作りにも役立つ部分がありそうですね。
そうですね。あとは、ミュージカルの中で新しい試みにも挑戦できたのも良かった。ミュージカルでは舞台演出などの手伝いをする「黒子」という役者がいて、通常は全身黒タイツなんですが、長谷川さんと「“ジョジョ”の世界観で全身タイツがいたら嫌だよね」と話して黒子の衣裳も1からデザインしたんです。特に吸血鬼を倒す必殺技「波紋」を表現する黒子の衣裳は、シルエットやディテールなど特にこだわりました。「波紋」は太陽と同じ波長の生命エネルギーなんですが、物語のカギを握るこの重要な要素をミュージカル上でどう表現するのか。おそらくご覧になった皆さん感動すると思うので、注目してほしいです。
(聞き手:村田太一)
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【インタビュー・対談】の過去記事
RELATED ARTICLE
関連記事
READ ALSO
あわせて読みたい
RANKING TOP 10
アクセスランキング