【対談】マディソンブルー&シテラ「40代から始めるデザイナーのススメ」

提供: CITERA

 近年、40代からブランドを始動するデザイナーが増えている。大人の女性から支持を得る「マディソン ブルー(MADISON BLUE)」は2014年にスタート。デザイナーの中山まりこはスタイリストとして活躍後に転身し、わずか2年でセレクトショップへ展開を全国に拡大。中目黒に旗艦店を構えている。「シテラ(CITERA)」デザイナー永直樹もまた、「ビズビム(visvim)」黎明期を支えた後に音楽活動を経てブランドを始動。"ギア系"と呼ばれる機能性ウェア市場だけでなく幅広いマーケットから高い注目を集めている。そんな2人は実はプライベートでも親交を温める仲。中山、永が考える40代から始めたからこそ"楽しめる"デザイナー職の醍醐味とは。

40代でデザイナーに なぜ?

-永さんはvisivmのグラフィックデザインや音楽活動を経て、中山さんはスタイリストからのデザイナーに。いずれも40代からブランドをスタートさせていますが、なぜそのタイミングだったのでしょうか?

中山:高校を卒業して服飾の専門学校に通っていたんですけど、服づくりの細かな作業が得意ではなくて(笑)。ちょうど80年代くらいでもちろんコレクションブランドにも憧れはあったけれど、トップデザイナーを夢見るのはリアルじゃなかったんだよね。そうこうしているうちに1枚の絵を作る人になりたいと思って、スタイリストを選んだの。だけどスタイリストをやりながら名刺にスタイリストていう肩書きを書くのがすごく違和感があって。

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永:ずっとやってるのに(笑)。

中山:今思うとスタイリストは過程だった気がするな。ひとつのことは10年くらい続けてみないと見えて来ないというのが持論で、始めた頃からずっと大人になったら何になろうって考えてたんだよね。30代で音楽や広告関係に移行して、40代で大きな企業の現場を経験して、スタイリストとしてはその年々に良い現場を見せてもらっていたけど、40歳後半になって「最後のチャンス」と思って50代目前でブランドを始めたの。

永:最後のチャンスですか?

中山:そう。スタイリストの仕事を続けていて、次第にその先の消費者を知りたいという気持ちが大きくなって。ものを届ける作業をしたくなったのかな。スタイリストはレシーバーだから、アートディレクターや編集者からもらったお題をいかに打ち返すかが勝負。私はいつも120%で打ち返すことで日々のモチベーションを保ってきたんだけど、人生の折り返し地点に差し掛かって、いつの間にか打つ側に立ってみたくなったんだと思う。

永:やっぱり人生、打席に立ちたいですもんね。

中山:立ちたいですね。永君は今、打席ですか?

永:今ですか?どうなんでしょうね。僕は常に打席の横でバットを勝手に振ってるタイプですね。天の邪鬼なところがあるので、立つのはいいけど振るのはまだ何かヤダなみたいな(笑)たぶん、そういう感じだと思います。

中山:独特のスタンスだよね。

永:そうかもしれないです。僕も服作りは絶対にやりたくないって思ってましたもん。でもどちらかと言えば服が好きなので、その周辺にはいるだろうとは思っていました。なんとなくその周りに居て、自分は違うことをやっているほうがいいなって。素直ではないので服が好きなんですけど好きって言いたくないというか、特に今のマーケットを考えちゃうと大変だよなと思ってたから、自分とは縁がない世界だと思ってたくらいです。けど、縁があって過去の経験があって今「シテラ」をやってます。やっぱり服づくりってやってみたら面白いなって。

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中山:シテラを始める前に「こんなことやるんだ」ってざっくり聞いたけどちょっと想像ができなくて。でも、展示会で見て「なるほどな」って納得したよね。私にはできないし、女子のブランドにはないアプローチだよね。こういうの欲しいなと思うけれど、良い意味で私には作れないな。

「孤独じゃない」服づくりを楽しめるワケ

-いわゆる"服の作り方"を習っていないお2人ならではのデザインアプローチってありますか?

中山:共通するのはオーセンティックなものを使って世界観を表現しているということかな。服を学んできたデザイナーと同じように1点1点に想いはあるけれどそれが最重要事項ではなくて、世界観やムードを作るのが好きなんだと思うな。

永:服にこれまでの経験を投影させて「面白いでしょ?」と言いたいというか、表現したいというところに共通点を感じますね。僕は音楽を作ってきた人間ですが、それに比べて服を作るという行為に達成感を感じているんです。1点の服が仕上がるまでに、いろいろな人が関わっているんですけど、「自分の考えはこうやって反映されるんだ」ということに気づく瞬間って嬉しくなるんですよね。

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中山:当たり前なんだけど、服って色々な人が関わってくれないと形にならないんだよね。最初の1着が仕上がった瞬間は今でも覚えいているもの。裏側でブランドを支えてくれる人達がいて、私が作りたいという熱意を送れば返してくれるっていう環境が素敵なんですよね。

永:パタンナーや職人さん、いろいろな人と話をしないと実現できないことも多いですしね。

-マディソンブルーで言えばデニムやシャツ、ブレザーなどの定番コレクションがありますよね。シテラもアウターやスウェットなどが強味です。それぞれブランドのシグネチャーとして押したい「作り続けていきたい定番」はどのアイテムになりますか?

中山:作り続けたいものとして考えたらシャツ、ブレザー、タイトスカート...いっぱいあるなぁ。

永:でも、一方的な偏見ですけどシャツから始まってるじゃないですか。だから常に特別な目で見ているような気がしちゃいますけどね。

中山:そうだね。シャツから始めたのは、子供の頃ってブラウスを着るから、シャツは大人になるステップだと思ってたんだよね。幼稚園の時は、なかなかシャツを着せてもらえなかったの。

永:わかります。シャツを着るって特別な時ですよね。

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中山:特にオックスフォードのシャツを着るってもう大人でしょ?みたいな感覚で憧れがあったんだよね。今みたいにカジュアルにカットソーにカーディガンで会社に行ける時代じゃなくて、シャツやジャケットを普段着として着ていた時代だったしね。それに個人的にもシャツが好きでブランドものやヨーロッパの古着のシャツをよく買ってたな。若いブランドはよくカットソーから始めると聞くけれど、私の世代は断然シャツだと思う。ターゲットも50代から60代と自分より上に設定していたのもよかったかな。

永:意外なマーケティングですね。

中山:自分が40歳を過ぎてTシャツがすごく着づらくなってシャツに返ったんだよね。最初はファッションアディクトな人からサーファーまで年代も趣味趣向も超えて着てもらえるものが作りたいと思ったのがきっかけで、それがシャツなら叶うと思ったんですよね。うちのシャツは女目線で作ったメンズライクなシャツだけど、男性向けに作ったシャツとは全然違うセクシーさや魅力があるから、世代を超えて着てもらえるだろうし、サーブを打つには適していると思ってる。永君はどう?

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