【対談】PRは知っている「本当の影響力」とは?ステディ スタディ吉田瑞代×稲木ジョージ

 SNSの爆発的な普及でファッション業界にも大きな変化が訪れている。これまでのブロガーに代わりインフルエンサーという職業が台頭。1度の投稿で数十万円も稼ぐトップインフルエンサーが現れるなどその影響力が多くのクライアントから注目されている。そんな激変するPRの現場についてBOFが選ぶ世界の100名に日本人PRとして唯一選ばれたステディ スタディ代表 吉田瑞代とデジタルPRとして活動する稲木ジョージが対談。ファッションPRの現場で今何が起こっているのか?

▶︎PROFILE
吉田 瑞代(Mizuyo Yoshida)
アメリカの大学を卒業後帰国し、国内ブランドのプレスに。1998年からフリーランスで活動を始め、2000年にステディ スタディを設立。クロエやモンクレールといったブランドのPR業務をはじめ、イベントの企画や制作、運営を手がける。H&Mの日本上陸時のPRを担当したことでも有名。
ステディ スタディ公式サイト
稲木 ジョージ(George Inaki Root)
2010年に大学卒業後、アメリカンアパレル・ジャパンに入社し、2年でPRマネージャーに就任。その後フリーランスとなり、2014年にNYに渡米。デジタルPRとして活動をはじめ、現在では日本ロレアルのデジタルコンサルタントも担当している。2016年1月にGeorge Root Ltd設立。
稲木ジョージ 公式サイト

クロエやアメアパ...ヒットの火付け役PR職の醍醐味は?

FASHIONSNAP(以下:F):吉田さんが最初に取り扱ったブランドはサンローランジーンズなんですよね?

吉田瑞代(以下:吉田):当時無名だったエディ・スリマンがメンズのカジュアルライン「サンローラン ジーンズ」を日本でローンチするため、来日してファッションショーをやりたいと。日本の窓口が必要だということで友人から「半年間だけ契約で手伝って」と言われたのがきっかけです。

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稲木ジョージ(以下:稲木):いきなりすごいよね(笑)。それが16年前?

吉田:18年くらい前かな。携帯電話一本でサンローラン社と契約をして、半年後にはグッチグループのお手伝いを始めて、トム・フォードが率いるサンローランも担当しました。

F:エディとの関係はその後も続くんですか?

吉田:はい。エディが手掛ける「ディオール・オム」が2シーズン目の時にディオール社と契約を交わすことになって、ショールーム機能を持つ事になりました。

F:ステディ スタディが飛躍するきっかけになったことはあったんですか?

吉田:ディオール オムやマルニ、ルシアン・ペラフィネ...いろいろありますが、ちょうどジャパン社を立ち上げた頃に担当したクロエでしょうか?クロエはちょうどステラ(ステラ・マッカートニー)が辞任して、次に就任したフィービー(現セリーヌのフィービー・ファイロ)は無名だったんですが日本でも大ブレイクできたのは嬉しかったですね。

稲木:覚えてる、全員パディントン持ってたよね。何か仕掛けたの?

吉田:いろいろやったけれど、カフェを出店したことがあったかな。実はクロエカフェってブランドカフェの先駆けだと思うんですよ。当時の社長が寛大な方で、一般的に名前が知られているブランドではなかったので商品だけじゃなく、オリジナルメニューをはじめ1,000円前後のロゴ入りのスーベニアグッズまで作らせてもらえたんです。それが大人気で、毎日何百人も行列ができました。

chloe_17ss_top001.jpgクロエの2017年春夏コレクションより

稲木:へー、あと香水も人気だったよね。僕も学生の頃使ってたよ。

吉田:それはもっと後かな。フィービーが辞めてしまって、その後何人かデザイナーが変わったからクロエの路線が色々変化したの。その辛い時代に今度は香水を大ブレイクさせることに成功したんだよね。

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