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複合文化施設「スパイラル」館長が語る、青山カルチャーの歴史

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青山のランドマーク「SPIRAL」館長

アート作品が展示されたアトリウムには天井から光が降り注ぎ、それを囲う螺旋状のスロープを歩くと、2階の生活雑貨ショップに辿り着く。訪れた人を自然とアートの世界に巻き込んでいくこの複合文化施設は、1985年に誕生した「スパイラル」だ。今回は"生活とアートの融合"をテーマにしたこの施設で、約30年にわたり青山を眺めてきた館長・小林裕幸さんの"オモハラ観"を覗かせてもらった。

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《プロフィール》
1959年生。複合文化施設「スパイラル」館長。株式会社ワコールアートセンター代表取締役社長。早稲田大学卒業後、セゾングループの飲食関連企業を経て、1989年よりスパイラルのプロデュース事業部プロデューサー。館内のアート、ファッション、舞台、映画、音楽など多岐に渡るジャンルのプロデュースに携わり、外部では施設コンサルティングやアートプロジェクトも手がけている

アートと融合できる街

表参道に頻繁に訪れる人からすると「スパイラル」といえば気軽に訪れられるギャラリーであり、待ち合わせをするカフェであり、ひねりの効いたプレゼントが見つかる雑貨屋であるかもしれない。しかし、建築好きから見れば、日本のポスト・モダン建築を代表する国際的な名建築だ。1985年、当時26歳で飲食関係の仕事に就いていた小林さんは、建築家・槇文彦氏によって設計された完成直後のスパイラルを見たときの感想をこのように振り返る。

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建築家・槇文彦氏によって設計されたスパイラル。撮影:加藤純平

「外観は様々な図形を組み合わせたコラージュのようで、建築そのものがアート作品。スパイラルの名の通り、自然光が降り注ぐ天井に向かって螺旋状のスロープが上昇するその様は独特で、存在感のある建物でした。また存在感といえば、デザイナー・仲條正義氏さんによるロゴに関してもそう。シンプルだけど強くて、これもデザインを超えたアート作品だと感じましたね」

小林さんがスパイラルに勤務し始めたのは、それから4年後の1989年。様々なイベントを仕掛けるプロデューサーとして入社することに。

「すでにスパイラルは東京、青山の中でも特別な空間になっていました。美術館や画廊で観ることが一般的だったアート作品を、ここでは併設するカフェでコーヒーを飲みながら愉しむことができる。今ではミュージアムカフェなどは一般的ですが、当時としては画期的な空間だったんです。高尚なものとして扱われていたアートがこんなにも身近に感じられることが非常に新しかったですね。もちろん、成立したのは青山だからこそ。この街にはもともとアートと自然に融合できるポテンシャルがあったのだと感じます。青山には感度の高い人がすでに多くいましたから、これまでに前例のないスパイラルのような施設もすぐに受け入れられたのだと思います」

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1Fはカフェと展示スペースが一体となった空間。「石本藤雄展 布と陶 −冬−」展。撮影:藤牧徹也

それから約30年。今ではすっかり街に馴染む存在となったスパイラル。青山に服を買いに来た人、髪を切りに来た人、お茶をしに来た人...数え切れない人々にアート作品とのふとした出会いを提供し続けている。

青山に漂う、変わらぬ空気感

入社以来、スパイラル館内で行うアートイベントはもちろん、街を絡めて展開するプロジェクトにも携わってきた小林さん。青山通りの一角を拠点に、90年代から現在まで青山エリアを眺めてきた彼は、「青山は変わらない」と話す。

「もちろん、時代によってパリ風のカフェが増えたり、高級ファッションブランドが増えたりと、店、街並みは変わってきました。でも、根本的な"空気感"は変わっていないと感じています。個性的な街には、街それぞれの空気感ってありますよね。銀座だったら銀座の、六本木だったら六本木の、といった。大手のデベロッパーにより、その空気がガラリと変わってしまうこともごく稀にありますが、青山には、落ち着きながらも感度が高いといった変わらぬ空気があり、僕はそれが好きです」

青山にもバブルの頃はバブリーな格好の人が、今なら訪日外国人が、と、時代によって街に集まる人は変わっているはずだが...変わらない空気感を作っている要素とは? 小林さんの見解は、"いる人"だ。

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社長室の壁にはスパイラルの美しい平面図も飾られていた

「時の流れとともに、"来る人"は変わっていますが、その一方で"いる人"は変わっていません。つまり、住んだり働いたりしている人のタイプが変わっていないんです。昔から知名度も華もある街ですが、名を上げようとか、目立とうと狙って過ごしている人が少ない。その主張しすぎない街のムードが好きだからいる人は多いように感じます」

そう語る小林さん自身も、決してメディアに多く露出するスタンスはとっていない。そして、スパイラルの展示を見ても、決して派手に目立とうとしている印象は受けない。

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spiral take art collection 2017「蒐集衆商」。撮影 : 吉澤健太

「スパイラルは当初から、"決してメジャーとは言えなくとも、コアなファンがいる前衛的なアート"を数多く紹介してきました。現代美術やデザインの展覧会をはじめ、コンテンポラリーダンスの公演やアートフェア、若手クリエータを発掘するコンペティションなど、多岐にわたります。また、このビルにはレストラン、カフェ、ショップ、多目的ホール、ネイルサロンなど、日常生活全体をアートと捉え、それらを体現できる店舗が揃っています。もしかすると『スパイラルって何をやってる場所かよく分からない』と思われている方も少なくないかもしれませんが、そういったある意味主張しすぎない雰囲気が、青山という街で受け入れられているひとつの理由のように感じます」

青山のランドマークとして十分な存在感を持ちながらも、決して目立ちたがり屋には映らない。そんなスパイラルの変わらない性質が、30年以上に渡り青山で愛されている秘密なのかもしれない。

青山通りをカルチャーストリートに

スパイラルの影響もあるだろう、最近では表参道ヒルズ、GYREなどギャラリーを併設する商業施設も誕生しており、オモハラは着実に生活とアートが融合する街に近づいているように思える。

「スパイラルは1階の最もいい場所にギャラリーがある。これこそ、私たちが『文化の事業化』を掲げ活動している信念が最も顕著に現れている部分。事業とのバランスを取るのは大変ですが、30年前は理解されるのが難しかった"モノよりコト"という考え方が、今の人たちにとっては当たり前になっているように感じます。付加価値を求める世の中で、きっとアートはもっと身近になっていくでしょう」

そんな小林さん、こんな構想があるのだとか。

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スパイラルが存在する青山通りの未来について語る小林さん

「2020年をきっかけに、青山通りをカルチャーストリートにできないかと計画しています。渋谷からアートを見ながら歩いていくとオリンピック会場に辿り着く、そんな動線を作りたいんです。ちょっと脇道に入ると、倉庫やテントの中で、まだ評価されていない若い才能のアートが楽しめる...青山通りをそんな道にしたい。むやみにお金を使って大規模な開発をするんじゃなくて、スパイラルの開館当初がそうであったように、誰も見たことがない文化発信の形を見せられればと考えています」

時代の一歩先を見極めながら、大胆に、かつ上品に。常に生活との融合、街との融合を意識しながら、さりげなくアートの世界に巻き込んでくれる彼が、このオモハラをどう変えてくれるかを楽しみにしたい。

Text:Takeshi Koh
Photo:Yusuke Iida

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