「サービスデザイン」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
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一般的にはあまり知られておらず、一見すると接客サービスや、専門的なデザイン領域の話だと思われがちだ。
しかし、実は全ての企業がサービスデザインに関連があるといえる。デザインが担う役割や領域は、実に大きく拡張してきているのだ。
今回の記事では、サービスデザインがなぜ企業にとって重要なのか、どのように活用すべきなのか、サービスデザイナーである筆者の視点からその理由を紐解いていく。
全てのビジネスが「サービス」となる時代の到来
高度経済成長期以降、日本はモノづくり大国となり、各企業が技術力を強みにあらゆる製品を世に送り届けてきた。しかし、技術が発達するにつれ人々の生活はモノであふれてしまい、「モノを作れば売れる」時代は終わってしまった。「モノはもうほしくない」となり、多くの企業にとって自社製品の差別化は課題となっている。
この潮流の中で、人々の欲求も「形を持つモノから、形を持たないコト(体験)へ」重心が変化してきている。この潮流の中で再定義されてきたのが「サービス」の考え方だ。「コト」や「サービス」と聞くと一般的には接客サービス、カスタマーサポートなどを連想しがちだが、これらは定義の中のごく一部だ。実際には、全てのモノや商品に付随する一連の体験を指す。
例えば、車を例に挙げてみよう。自分の車を所有することは、高度経済成長期の庶民の憧れだった。
しかし、次第に車が当たり前になると、価値に変化が生じてくる。車に乗って移動するだけでも、ルートや道路状況を調べて、車に乗って運転し、ガソリンを給油し、渋滞も我慢し、駐車場を探して停める…という一連のアクションが必要だ。
人々が達成したい結果が「目的地に早く着くこと」だとすると、果たしてこの一連の体験は「良い体験価値がある」といえるだろうか。また、こうした問いを考えるとき、車の接客サービスやカスタマーサポートだけが体験の向上につながるといえるだろうか。
「目的地に早く着くこと」をもたらすサービスとして新たな移動体験を提供している代表例が、Uberだ。Uberを使えばアプリから街の自動車をタクシーのように呼び、人に運転してもらいながら快適に目的地まで移動することができる。その手軽さから人々の間で広がっていき、今や世界一のライドシェアサービス会社となっている。一連の優れた移動体験を提供することによって大きなビジネスの価値を生み出したのだ。
ユーザーにとってある商品を買うということは、そのモノを所有することが目的なのではなく、そのモノを使用して得られる結果のために対価を支払うことだといえる。
つまりサービスとは、単に接客やアフターケアなどを意味するのではなく、
モノの使用やその前後の体験、企業と顧客の各接点を含めた一連の経験としての価値を指す。
ユーザーの一連の体験を向上させるためにはもはや売り切り型では通用せず、サービスを継続的に提供し、価値をアップデートし続けることが求められる。
サービスとはもはや「サービス業」のみに関係する話ではない。
また、工場での業務や医療、公共分野など、必ずしもモノの購入を伴わない全ての体験にも適用できる。
このように定義すると、サービスデザインはまさに全ての企業や組織に関係する話だといえる。
では、ビジネスの中でどのようにユーザーの体験を考えていけばいいのだろうか。
その鍵となる手法が「サービスデザイン」だ。
サービスデザインとは
サービスデザインとは、顧客が体験する「サービス」と、それを持続的に実現する組織と仕組み全体を設計するプロセスや手法のことで、新たな価値を生み出すための方法論である。
繰り返しになるが、サービスデザインにおける「サービス」とは「店頭での接客」「アフターサポート」など特定の接点におけるサービスに留まらない。複数のタッチポイントを連続した一つの体験として捉えて、体験の価値を高めることを目指すものである。
サービスデザインには、単なるモノや商品を作る際の考え方と異なるいくつかの特徴がある。
1. ユーザー体験だけでなく組織と仕組みまでデザインするため、社内カルチャー変革をもたらせる
サービスデザインの対象には顧客体験だけでなく、提供者側の「オペレーションや仕組み、組織、働く人の体験のデザイン」も含まれる。
なぜなら、顧客のユーザー体験を改善していく過程で、ネックになっていた縦割り組織の打破などといった組織改革も迫られることがあり、提供者側の組織デザインも必然的に必要となるからだ。
例えば、イギリスの公的サービスの手続きの申請がオンラインで行える「GOV.UK」というWebサイトのサービスデザインが行われた際、「組織の壁」が課題となり、何年もの時間をかけて組織の再編と最適化が行われたという事例がある。
これまでは結婚や税務などの手続きは、種類に応じて各省庁や部局に個別に行わなければならなかった。
しかし、これがオンラインでできるようになると、ユーザーからは例えば結婚の申請をネット上で行ったら、社会保険や税務の手続きも自動連携してほしいなど、シームレスで快適な体験の期待が高まる。
こうした要望に応えようとすると、これまでの縦割りで分断的な対応では扱いきれなくなり、ユーザーを中心にしてサービス提供者側の組織を変えて全体をデザインする必要が生じたのだ。
コトとしての価値を提供するためには、たとえユーザーには直接見えなくとも、組織体制や業務のあり方まで変えなければ実現できない。
絵に描いた餅に終わらないためには、提供側のオペレーションも最適化する必要もあるだろう。
そのため、サービスデザインでは体験価値を生み出す際に付随して発生するこうした提供者側の変革も、スコープに含めて扱っていくことになるのだ。
こうした取り組みにより、社内コミュニケーションの活性化や、社内の意思統一が期待できる。
さらに、サービスデザインのプロセスに則って進行していくことで、正解のない不明瞭な状況でも前進していくというデザイン思考のアプローチとマインドを社内に浸透させて、カルチャーを変革していくことも目指せる。
つまり、サービスデザインとは、顧客に愛されるサービスを作れるというだけでなく、社内組織やカルチャーをもデザインし、変革する手法なのだ。
2. 継続的に価値を提供でき、時間が経つにつれユーザーにとって価値が上がる体験を作り出せる手法である
サービスの価値をデザインしていく上で、今までの「モノ(=プロダクト)」との決定的な価値の違いは何だろうか。それは、サービスとは継続して価値を提供し続けるものであり、しかもその価値は利用開始から時間と共にどんどん上がっていくものであるということだ。サービスデザインは、こうしたものを生み出すことに特化している。
冒頭に挙げた車を例に考えてみよう。プロダクトとしての車は、購入する際に「人が運転して、目的地に早く移動できる」という価値は決定しており、使い続けた後もその価値はあまり変わらない。その一方で、サービスは購入する時点でその内容と価値が決定していない。
Uberについて考えてみると、このサービスはリリース当初よりも現在の方がユーザーにとってその価値は高いはずだ。なぜなら、ドライバーの数や種類(高級車や、ペット可の車も呼べる)も増え、提供地域も現在世界80カ国にまで増え、空港でもUber用の乗車場所が設置されるなど、ユーザーが求める体験や価値がどんどん実装されているからである。
サービスデザインでは「売って終わり」ではない、繋がり続けることによる価値のアップデートまで扱う。
そのためデジタルやソフトウェア化、DXの観点はサービスデザインにおいて必須だ。
IoTやアプリ、ネットワークなどを効果的に用いて、長期的に常に高い価値を提供するための仕組みやビジネスモデルを構築することも、サービスデザインの対象に含まれる。
こうした特徴を活かして、既存事業の改善から新商品の開発、新規事業創出、あるいは企業のDXにも幅広く活用が可能だ。
UXデザイン、CXデザインと何が違うのか?
似た概念にUXデザインやCXデザインがあるが、サービスデザインはUX / CX の領域を網羅したうえでさらに業務運用や組織体制、組織風土、ビジネスとの橋渡しまでを考えるもので、取り扱う領域はより包括的だ。
どのようにサービスデザインを実践するのか
サービスデザインにおける基本的なプロセスを挙げると、例えば以下のような流れを何度も繰り返し反復してサービスを作っていくことが一般的だ。
この過程では、サービスに関わる全てのユーザーを考慮して、多様なステークホルダーと協働で取り組む。リアルな視点を持って実際に体験できる形あるプロトタイプに落とし込んで、実験を何度も繰り返しながら、断片的な接点ではなく体験全体を設計していく。
さて、次回は、実際にサービスデザインを活用し、リサーチからサービスローンチまでした、アメリカ最大手銀行Capital Oneの事例を取り上げてご紹介したい。
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