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今を見つめるのか、先を見通すのか 二分化するアパレル企業の経営スタイル

今を見つめるのか、先を見通すのか 二分化するアパレル企業の経営スタイル

クリエイティブディレクター
HAKATA NEWYORK PARIS

 アパレルの経営には大きく分けて二通りある。まず、あくまで本業の服づくりとブランディング、卸・小売りに集中するやり方。次に服づくりでブランドバリュと知名度がアップすれば、飲食など本業以外に乗り出す手法だ。集中型はノウハウなどの経営資源を最大限に活用できるが、環境の変化で顧客離れを起こすと業績は一気に低下し、ビジネスがジリ貧になることがある。一方、多角化はいろんな事業によって収益を拡大させリスクを分散できるが、ビジネスの管理・運営などに莫大なコストがかってしまう。どちらにも一長一短がある。

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 2月中旬、アダストリアは店長会議を開催した。壇上に上がった木村治社長は商品とサービスの領域を拡大し、アパレル以外の分野でもお客を増やして提供する価値を高めると、訴えた。同社は1953年に茨城県水戸市で創業した紳士服の福田屋洋服店がルーツだ。73年にはメンズカジュアルの販売に進出し、82年にジーンズカジュアルのポイントに業態変更。92年にはローリーズファームでレディスにも進出し、97年には同ブランドの企画製造から販売までを手がけるSPAに舵を切った。その後は海外進出、自社ECの運営、50にも及ぶ多ブランド化、外食企業の子会社化、米フォーエバー21の企画生産などを担っている。

 木村社長は2024年3~11月の売上高が約2200億円だったものの、3000億円にはまだまだ遠く及ばないことが不満だったと見られる。店長会議ではアダストリアは5度目の事業変革の時期にあると、ファッションを軸としたプラットフォーマーへの進化を目指すと宣言した。すでにトゥデイズスペシャルを傘下に入れ、雑貨の領域にも事業を拡大。グループ会社で飲食事業を展開するゼットンを子会社に収めてキャッシュフロー経営に舵を切り、事業の多角化への布石を打っている。社員3600人に対し、変革は店から始めなければ成功しないと語った点を見ても、客との接点機会を増やして更なるファンづくりを進めることが多角化の要諦と、読み取れる。

 もちろん、単にビジネスを拡大したからといって、全てがうまくいくとは言い切れない。だから、本業のアパレルで蓄積したシステムや人材をいかに新規事業でも活用できるかにかかってくる。木村社長が宣った客との接点を増やして更なるファンづくりを進める上で、アダストリアが本業のアパレルで実践しているのが、お客の声を商品の改良や接客方法の改善に生かす取り組みだ。同社はAIを活用した分析ツールのスタッフボイスを開発。グローバルワークの販売スタッフは、接客で実感した「商品が売れなかった理由」をその場でスマートフォンに吹き込む。「パンツのふくらはぎがきつくて足が入らない」「ジャケットの丈が短かすぎてオフィシャルに向かない」などだ。

 それらの音声データをAIが文字に起こし、素材やサイズなどのカテゴリーごとの情報に分離する。売場からのデータが整理されているため、各担当部署は知りたい内容を絞ってお客の声を把握できる。企画担当が客のニーズとして商品の改善に反映させたり、販売部門が客に伝わっていないセールスポイントを再度スタッフに徹底することができる。開発の経緯は、学生時代にレイジーブルーでアルバイトを経験したスタッフの「お客様の声を本部にあげるのは大変」という実感から。そこで、溜まったデータを可視化する目的で開発された。スタッフボイスは2024年春からグローバルワークの全店で導入され、今後は自社ブランドすべてで運用される計画で、外部企業への販売も始まっている。

 同社はドットエスティ改めアンドエスティという自社ECを運営しており、グローバルワークやニコアンドなど50以上のブランドを扱う。ここでも購入客から寄せられる年間約100万件のレビューが分析されているが、その約95%が同社にとっては好意的なものという。そのため、店頭で得られる客の不満や疑問の方が貴重だという認識で、あえてスタッフボイスで収集しているのだとか。多ブランド化しても全てが順風満帆ということはありえない。苦戦するブランドにはそれなりの理由がある。その意味では、客の不満や疑問を拾い上げて改善する方が、正攻法になるのかもしれない。

 多角化は他社の商品企画にまで広がっている。2024年、セブン&アイホールディングス傘下のイトーヨーカドーのPB衣料、FOUND GOODは、アダストリアが企画・製造し、商品供給も行なっている。セブン&アイは2025年2月、イトーヨーカドーをはじめコンビニ以外の事業を束ねる中間持ち株会社、ヨークホールディングス(HD)は25年9月、米投資ファンドのベインキャピタルに8147億円で売却されるが、数年後には上場を目指すという。同HDはイトーヨーカドーの他にロフト、赤ちゃん本舗など約30社を束ねる。セブン&アイはヨークHDを持ち分法適用会社としてグループ内には残す方針というから、FOUND GOOD事業も継続されるだろう。

 国内のアパレル市場は人口減少で縮小している。2200億円以上を稼ぐアダストリアとしても決して安泰ではない。客との接点を増やす多角化は生き残りをかけたテーマだが、それには子育てに追われる30~40代の主婦層を引きつけることや、スーパーのメーン客層である50~60代にもアパレルからのアプローチが必須になる。FOUND GOOD事業では、スーパーが手をつけてこなかった商品企画やVMD、接客で自社の資源が生かせると踏んだのではないか。ただ、スーパーの衣料品改革で成功した事例はない。同社にとってもコスト増で大きな損失を生むリスクもある。多角化はどこに線引きするか。その見極めも重要になってくる。

顧客を生み出す飽くなき服づくり

 本業のアパレルと服飾雑貨に集中するのがパルグループホールディングス(HD)だ。1973年に(株)スコッチ洋服店のカジュアル部門を分離し、(株)パルを設立。80年、ジーンズショップのパル青山により郊外出店を確立する一方、翌年には英・インターナショナル株式会社を設立し、イタリア系インポートショップの展開も始める。その後、フレーバーやアレグロビバーチェを皮切りにオリジナルブランドの展開を進め、スリーコインズなど雑貨の企画・製造販売にも進出した。衣料品事業は2024年2月期売上高1925億円の6割を占める。20年から24年までの間に、連結売上高は46%、純利益(128億円)は83%も伸びている。

 パルグループHDの創業者である井上英隆現取締役相談役は社長時代、トレンドファッションについて現場から声を聞きたいと、若手社員やアルバイトが新ブランドの企画開発を提案できる制度「拝啓社長殿」を設けた。業界では以前から有名な話だ。同社のブランドはどれもこの制度で採用された社員の提案から生まれ、それを成長させたものが責任者に任命される結果主義が貫かれている。アパレル業界では自身のアイデアを商品化し、ブランドに仕立てていくのは簡単なことではない。しかし、同社にはそれを可能にする社風があり、社員のモチベーションの向上にもつながっている。若い社員の旺盛な商品開発力が常に魅力ある売場を創造し、客を飽きさせないのである。

 一方、ブランド数はいつの間にか40を超えるまでになった。しかも、企画から製造、販売まで自社で行う以上、どうしても在庫過多に陥りやすい。鮮度が売りのアパレルは、在庫の価値が下がることをできる限り避けなければならない。そこで、各ブランドは4週間ごとに在庫の評価損を粗利益に反映する。ブランド各店は、前年の実績などから自店にとってどのくらいの在庫が適切か。需要予測に照らして次に発注すべき数量はどのくらいか、を決定していくわけだ。店長はいかに在庫を抑えられたかが人事考課に加味されるという。つまり、商品の減損リスクを各ブランドに課すことで、在庫管理を徹底しているのである。

 また、自社商品は製造から販売までを4週間で終える仕組みを整える。国内アパレルでは8週間が平均だから画期的だ。前期の在庫回転数は28日と、売場に並ぶ商品は1ヶ月経たずに消化される。次の月にはまた新しい商品が並ぶため、常に売場の鮮度が保たれて、お客の購買意欲を擽る。商品価格は大半がモデレートか、それ以上のベターのゾーン。今シーズンは6万円以上のワンピース(ブランド名:ビアズリー)、10万円近いトレンチコート(同:ドローイングナンバーズ)、13万円以上のツィードジャケット(同:ウィムガゼット)を展開する。高粗利の商品が貢献しているのか、自己資本利益率(ROE)は21.7%で、20.9%のアダストリア、19.4%のファーストリテイリングを凌ぐ。

 利益率の高さは粗利益が高い衣料品の売上げが堅調な証左でもある。2024年度(25年2月期)は過去最高の業績見通しで、26年4月、前年比6万6000円の大幅なベースアップを実施し、4大学・大学院卒の新卒社員の初任給は30万円になる。好調な業績が賃上げを大きく後押した形だ。服と並んで生活雑貨のスリーコインズもパルグループを牽引し、連結売上高の中で4割近くを占めるまでになっている。カテゴリーはアクセサリーからコスメ、推し活、インテリア家電、カー用品、ペットまで15以上でバラエティーに富む。以前は店名の通り300円、500円、1000円のジャストプライスだったが、最近では数千円の商品もある。それでもシーズンに合わせた商品が次々と投入されるので、客を飽きさせずリピーターにつながっている。

 パルグループ内には障がい者と一緒に宿泊施設やカフェ、農業を営む(株)フリーゲート白浜もあるが、同社は特例子会社扱いで連結からは外れている。アパレルで培ったブランディングや製造販売のノウハウは成長株の雑貨事業でも最大限に生かすが、それ以外には手を出してはいない。リスク分散やシナジー効果から他の事業にも目移りしがちだが、同社グループは経営の意思がブレることはない。だからだろうか、手元資金も積み上がっており、総資産に対する比率は5割を超えているという。金融機関からしても高評価の企業グループだと思う。

 アパレル業界にはかつてこんなことを言う経営者がいた。

一つの事業に賭けていると痛い目にあう。 一つの大ヒットを持つより、いくつかの小ヒットを持て。

 経済が成長軌道に乗ろうが、市場の縮小で下降線を辿ろうが、経営スタイルに対する考えとしては間違っていないと思う。だからと言って、儲かるからと事業を広げするとコントロールできずに全てがダメになることもある。ならば、一つの事業だけに集中していればいいかと言うと、それも変化に対応できないと終わりだから、常に先を読まなければならない。ブランドの企画や製造、店舗運営、商品販売を担う社員たちによって企業の成長は支えられるが、それぞれの方針を決めるのは経営者だ。その手腕は顧客や取引先だけでなく、株主にも評価される。投資家はそんな企業を投機や買収の対象と見る。

 今は順調な事業も5年先、10年先が安泰という保証はない。人口は年々減少していき、服を購買する人々も少なくなって市場は縮小する。だが、客単価の高い商品を販売したり、成長する海外市場を攻略して生産性を上げれば、まだまだ成長は遂げられる。円安、コスト上昇、関税率のアップなど不安定要素はあるものの、競争力をもつ商品を提供できる企業であれば耐性を失わないはずだ。そこで経営者が今を見つめるのか、先を見通すのか。その判断と行動が企業の存亡を決めることだけは確かである。

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