

政府は2017年、働き方改革の実行計画を策定し、副業・兼業の普及を促す方針を打ち出した。これにより、多くの企業が副業を認める方向へ動いている。方針から8年、どんな年代が副業を行なっているのか。実施率の年代別集計が揃い、推移がわかるようになった。直近のデータ(Job総研 副業・兼業実態調査 2023年)によると、20代は14.6%、30代は20.7%、40代が31.7%、50代が22.4%となっている。これからわかるのは副業を行なっているのは40代が最も多く、就業者の3分の1に近い。こうした年代は働き盛りで本業のスキルや経験が増している。既婚者なら家族の将来を考え、収入を増やしたい。そのためにさらなるスキルアップを目指す上で、副業にもチャレンジしたい願望が出てくるのは当然だろう。
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一方、そうした副業への関心に乗じて副業詐欺が横行している。警視庁犯罪対策課などは2025年5月27日、副業や出会い系に関連する詐欺サイトを運営しているグループの中枢メンバーを摘発した。人生相談に乗り副業があるとうたい、23年~24年に約1万人から約53億円を騙し取ったとみられる。警視庁は一部の実行役は犯罪によってメンバーが入れ替わる匿名・流動型犯罪グループ、いわゆるトク流の一つとみて捜査している。副業をめぐってはSNSなどで広告を出し、閲覧した者を詐欺サイトに誘導して登録させる。副業の内容はチャットなどで人生相談を求めてきた者とやり取りする仕事と説明していた。そこで、報酬を支払うために興亜番号が必要とか、相談者と個人情報を交換するために追加費用がかかると、嘘をついて現金を騙し取っていた。被害者の多くは女性だったという。

デザイン業界は副業を奨励するなど微塵もなかった1980年代、給料以外の収入を得るものが少なくなかった。それは給与が低かったからと言えば、一概にはそうとも言えない。代理店やデザイン会社では正社員なら社会保険などが完備し、待遇は保証されている。スタッフの売上げ=稼ぎを考えレバ、給与水準は妥当と言える。だが、人間は誰しも欲深いから、もっと収入を得たい。そこに個の能力がものを言う専門職の意識が働く。本業がデザインやコピー、イラストであれは、同じ業務を他からアルバイトとして受けることができる。多くが予算の関係などで正規では発注できないような仕事だ。就業規則でアルバイト禁止を明確にしていない会社では給料より稼ぐものもいたが、社内でアルバイトをしているとの噂がたつと、本人はシラッと退職していく。だから、副業を長期にわたって続けられることはなかった。
ただ、そんな人間も退職後すぐに別会社の正社員やフリーランスとして働ける点では、前社勤めの時から本業とか副業とかの意識はなかったと思う。あくまで仕事ができる人間が稼げるという認識なのだ。それは間違っていないが、会社に発注される仕事の制作費は決まっているわけで、自分は仕事ができるからとの主観だけで、社員としての収入が増えるわけではない。結局、個人事業主的な感覚が抜けず、会社への忠誠心や社員としての自覚が醸成されにくい。それが現在ではあらゆる業界、業種、さらに政府までが副業を奨励するのだから、隔世の感がある。まあ、政府が進める働き方改革というより企業側が年功序列、終身雇用をなくしたのだから、勤労者側も自分の行く末は自分で切り開かなければならなくなった証左とも言える。

だが、副業はメリットよりデメリットの方が強いように感じる。それは企業側にも勤労者側にもある。デメリットは以下だ。まず社員が同業の副業を行なった場合、企業には他社に情報が漏れるリスクがある。なおさらアルバイトレベルでは守秘義務を徹底する対策は取っていない。また、副業といってもある程度の稼働時間が必要なため、深夜業務や徹夜になると次の日まで疲労が残り、本業のパフォーマンスが下がってしまう。一方、勤労者側も副業すれば、本業との両立が難しく、過重労働で疲労やストレスが蓄積する。さらに副収入を得るわけだから、確定申告をしなければ脱税にあたる。かつては副業もアルバイトという認識で、企業も勤労者も軽く見ていたようだが、対価を得る労働をしていたということには変わりない。
メリットは企業側にとって人手不足の中で優秀な人材が確保できることだ。副業を通じてコネクションが広がれば、新たなビジネスに繋がる可能性もある。もちろん、本人がスキルアップすれば、それは本業にとってもプラスだ。勤労者側は本業での年功序列、終身雇用がなくなった中、将来展望を考えながら仕事をしていける。異業種の仕事を受ければ、新たな知識・技術の習得にもつながる。メリットについては昔は考えられなかった。今でも少し都合の良い理屈のように思える。ただ、メリットとデメリットはバランスだ。メリットがデメリットを大きく上回ることは昔も今もないと感じる。副業はあくまでサブであって、メーンを超えるようなものではない。自分は副業の方が向いていると判断し転職するのは別にして、本業も副業も中途半端になってしまえば、本人の価値を下げてしまうのは間違いない。
では、企業側はどこまで副業を認めているのだろうか。2022年のデータでは、副業を認めている企業の割合は3割程度。19年が25%以下だったことをみると微増傾向にはあるが、それでも約7割の企業は副業を認めていない。その理由は以下である。まず副業で生じる疲労やストレスが本業のパフォーマンス、生産性を低下させるとの懸念だ。副業をどのくらいするのか、労働時間の管理が難しいこと。副業先に企業の情報が流出する可能性があること。副業が競合する企業である場合は、スカウトやノウハウ流出の恐れがあること。経営者が社員の賃上げなどを明確に表明するような時代だ。それは反面、会社のために一生懸命働いてほしいとの意思表示でもある。社員も経営者の本音を感じ取らねばならない。世の中の風潮がどうであれ、変えられない企業風土があるのも確かだ。
企業内起業家を育てるための副業
ここまで副業が普及すれば、企業側も就業規則なりで副業に関する方針を明確にすべきだ。禁止する場合は、業務へ支障が出るとか、企業秘密が漏洩するとかの理由が必要になる。かつてはNHKを含めテレビ局がアナウンサーのアルバイトを認めていた。現在はわからないが、NHKの某アナウンサーがクリスマスパーティの司会に起用されていたのを見たことがある。イベント関係者に話を聞くと、届出すれば可能だというので、頼んだという。禁止か、許可か、就業規則で明確に定めておく。曖昧にしてはいけない。ただ、副業を許可する場合は、労務管理の問題が出てくる。労働基準法では同一労働者が複数の事業所で働く場合、労働時間は通算とされている。そのため、本業で8時間、副業で5時間働いていた場合、時間外労働としてどう取り扱うか。健康を害したり、事故を起こした場合、それが本業、副業のどちらが原因なのか。労働災害や社会保険の取り扱いでも問題になる。

知り合いのマンションアパレルでは、以下のような副業モデルを導入していた。本業は専門店向けレディス服の企画・製造・卸だが、社員は会社の方向性や取引先のニーズとは異なるデザインやテイスト、素材感の商品を自由に企画しても良いことになっている。サンプル製造の経費は全て社が持ってくれるし、それを展示会で披露しバイヤーが発注してくれてミニマムロットに達すれば、利益は社員に還元される。社長に導入した理由を聞くと、以下のように答えてくれた。「メーカーとしては売れる商品を作って、収益をあげていくのは当たり前。でも、それだけを続けていると、自分も社員も売れ筋に甘えて創意工夫をしなくなる。だから、社員には『こんな商品はうちらしくない』というものにもチャレンジしてほしいんだ」。なるほどである。このアパレルでは、本業とは違う発想で生まれた商品にもオーダーがあるようで、社員にとってはれっきとした副業になっている。

もっとも、今のアパレルでは、こうした取り組みは少なくないようだ。日本経済新聞が2025年5月6日付けのオピニオンで取り上げている。本社コメンテーター村山恵一氏の記事で、見出しは「僕はTシャツを手作りする」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD30CA90Q5A430C2000000/)。記事は以下のような書き出しだ。
アパレル関連企業に勤める計見由祐氏には副業がある。千葉県の自宅のリビングにミシンを置いてTシャツを手作りし、「クラフトメリヤス」のブランドでマルシェやネットで売る。
計見氏は本業ではアパレルの商品企画にあたっている。洋服が好きで、やりがいもあるが、サンプル制作の段階でいくらでデザインや生地に工夫を凝らしても、それが量産の段階になると、全てのデザインが商品化されることはない。会社側は売れる商品、マーチャンダイジングを重視するので、せっかくデザインにこだわっても奇抜だと判断されれば、カットされたり修正を余儀なくされてしまう。計見氏はそれをもったいないと感じている。だから、副業では手間暇をかけ、細部にこだわる。職人が昔ながらの機械で編んだ生地を和歌山から仕入れる。それを1着分ずつ切り分けで洗いにかける。裁断も縫製も一人でこなすため、作業できる日に1~2着を作るくらい。まさに副業だからなし得ることだ。
価格は長袖が9000円、半袖が7000円。手作りだから少し割高になる。それでも何着も買うファン客がいて、在庫は常に品薄だ。作業工程を機械化すれば、生産量を増やせて売れるはずだが、計見氏は決してそうはしない。規模を拡大するのは本業だけでいいとの考えなのだ。
サラリーマンは(会社で)歯車にならざるを得ないが、すべて自己完結できるもの作りをし、社会とつながりたい。Tシャツ作りでバランスをとっている。
会社勤めであっても、巨大な経済システムや組織に埋没したくはない。人間である以上、そんな思いは誰しも感じているはずだ。しかし、自分らしさや個性をどこに求め、どう発揮していくかは、それぞれも判断になる。やりたくでもできない人もいれば、積極的に動いていく人もいる。自分の人生だから、自分で覚悟を決めるしかない。もちろん、決めた以上は自分で責任を取ることになる。仕事の立場は与えられるものだが、立場に伴う苦労を受けて立つと決めるのは自分自身。要はバランスなのである。

昨今のビジネス社会では何事も効率が優先される。1990年代半ばから仕事がデジタルにとって変わった頃から急速にそうなっていったように感じる。効率化やデジタル化で、失業したり、転職した人も数々見てきた。その流れはますます先鋭化している。人工知能に代表されるテクノロジーは、それまで人間が行なっていた仕事を少しずつ浸食し始めている。うっかりしていると、人間が発揮してきたクリエイティビティすらAIに奪われかねない。もちろん、人間が手作りしたものを広く伝え、多くの人に買ってもらうには、ネット抜きには考えられない。ただ、ネットで得られるのは情報だけであって、現物は直に見て確かめるしかない。アパレルのように着心地や素材感が売れる要素になるものはなおさらだ。テクノロジーとどうバランスを取っていくかは、人間が考えるべきことなのである。
現在ではかなりの仕事がネットでできる。副業も専門のサイトがあり、仕事を探す層がリンクしてビジネスが成り立っているようだ。一時、ネット通販の商品レビューが副業として蔓延ったが、未購入なのに書き込みが多発したため通販事業者が規制を強化した。まだまだネット副業の中には1件あたり数百円のものがあり、とにかく就業者の頭数を揃えようというものもある。副業を探す人をターゲットに銀行の口座番号や追加費用が必要と嘘を言って、現金を騙し取る詐欺グループが摘発された。真っ当な仕事は、応募者のスキルや経験などを募集者側が判断するので、誰でもできるわけではない。
そんな副業もサイト事業者に手数料などを取られるので、本人への身入りは少なくなる。数百円の仕事にしても時間を要するのだから、収入効率はよくないと思うが、それでも募集がなくならないのは応募者がいるからか。本業の給料を上げるのは難しく、物価高騰の中で背に腹は変えなられない人が多いのだろう。ただ、あまりに単価が低いものは仕事というより作業。スキルアップにつながらないことも知るべきである。
副業は本業との関係を考えながら、自身にとってプラスに働くものを選んだ方がいいと思う。例えば、近い将来の転職を見据えた、本業とは全く異なる仕事のお試し期間として。同業なら本業8割、副業2割に収める。本業は稼ぐもの、副業はチャレンジするもの。本業はベースとなる能力を養い、副業はスキルアップを目指す等など。仕事に対する自分なりの価値観や尺度で、副業も選んでいくことが重要だ。人間は行動し、感情を表し、思考を深め、認知して判断し、記憶し学習することで、仕事脳を鍛えることができる。だから、副業は自分の能力を広げるために行うものと考えることもできる。
企業側にとっても、新規プロジェクトにつながるような副業を奨励すれば、それは企業内起業家を育成できるかもしれない。もちろんインセンティブは必要だ。その方が確実にイノベーションにつながっていく。就業者、企業の双方にとっていいことだと思う。
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