


米国のトランプ大統領が相互関税を打ち出して半年が過ぎた。高関税を課したまま、交渉にすら応じない国もあれば、90日間の執行停止でディールを仕掛けた国もある。最初の合意にこぎつけたのはEU(欧州連合)だ。トランプ大統領とウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長は2025年7月27日、英スコットランドで交渉に臨み、EUから米国へのすべての輸出品に対し、米国が15%の関税を課すことで合意。また、トランプ大統領によると、EUは合意に基づき、今後3年間でアメリカへの投資を6000億ドル(約88兆6600億円)に増額。エネルギー分野にも7500億ドル(約110兆8300億円)を支出するという。
ただ、EUにとってはとても一段落とはいかない。トランプ関税は合意以前から米国の消費マインドを冷やし、為替がドル安、ユーロ高で推進したことから、欧州の輸出競争力を鈍らせたのも確かだ。フランスは上半期の対米輸出で、衣料品が8%減、宝飾品が22%減、香水・化粧品が12%減少した。1~5月におけるフランスの全対米輸出でも、前年同期比5%減となった。当初、米国の富裕層は関税分が転嫁され、価格が値上がりしてもそれほどの影響はないと思われたが、駆け込み需要の反動や消費マインドの冷え込みは少なからずあったと見られる。衣料品や宝飾品、香水・化粧品のブランドを傘下にもつLVMHやケリングは好調だった中国市場の冷え込みに加え、米国の消費減少で業績への影響は避けられず、株価を押し下げる要因にもなっている。
9月25日、米国政府は米国とEU通商合意に基づき、EU製の自動車などに対する関税引き下げを規定した連邦官報を公示し、同日から新税率を適用した。それによると、自動車・同部品は、一般関税率(MFN)税率が15%未満の場合は232条関税率とMFN税率を合わせて15%、MFN税率が15%以上の場合には232条関税を課さず、MFN税率のみ適用する。平たく言えば、自動車と自動車の部品には15%の関税が課せられるということだ。また、EU産品(コルクなど米国で入手不可能な天然資源、航空機・同部品、ジェネリック医薬品・同原料・化学前駆体)は、相互関税を撤廃し、MFN税率のみ適用する。これらの製品も一部の例外を除き、15%を上限とする包括的なものだ。 衣料品や宝飾品、香水・化粧品については関税引き下げの対象にはなっておらず、15%が維持されたままでは影響はまだまだ続くと見られる。

トランプ大統領は米国の通商相手国に対し、関税をかけて欲しくなければ米国国内で生産すればいいと、声高に叫ぶ。いわゆる「メイド・イン・USA」の再興である。それを受けて、米国の一部のアパレル事業者はシャツをはじめ、スーツやコートの国内生産を拡大し始めている。しかし、現在のアパレル生産は原糸の紡績・整理加工から、素材の開発・調達、縫製・網立・加工までのサプライチェーンで成り立っているのだが、米国内にはこうした供給設備が限られているという弱点がある。自動車では各地で工場建設が進められているが、アパレルのような単価が低い商材では米国内に生産設備がシフトするとは考えにくい。Tシャツにしても米国産のUSAコットンより中国の新疆綿の方がはるかに低コストのため、価格競争力では叶わない。ましてスーツやコートとなれば、原材料のウール地は英国やイタリアからの輸入になる。それには関税がかかるわけだ。おまけに米国の人件費は高止まり傾向にある。つまり、米国内で製造するアパレル製品は必然的に割高にならざるを得ないのだ。
トランプ大統領が国内アパレル産業の構造を認識していたのかは定かでないが、本人は4月の関税適用を前に米大手小売業の経営トップと面会。そこでは国内で生産活動を行う企業の法人税率を21%から15%に引き上げると約束している。大手小売業は各アパレル事業者との取引額も大きいことから法人税が減額される分、アパレルからの仕入れ価格が値上がりしても企業収益への影響を少なくするように仕向けたわけだ。こうした政策を受けて早速、アパレル業界では動きが起こっている。ニューヨーク市対岸のニュージャージー州・ニューアークにあるドレスシャツのサプライヤーは、100人の縫製スタッフが製造に当たり、大手百貨店のノードストロムに綿100%のシャツを卸している。そこが百貨店側から納品を50店舗まで増やせないかと打診されたという。カリフォルニア州でレディスアパレルの小売店を運営する企業は、メキシコの工場から製品を輸入し米国内の他、カナダなどに50店舗を展開する。こちらもトランプ関税による輸入品への影響から、ロサンゼルスのサプライヤーへの発注を増やしたほか、ニューヨークやネバダにある工場への発注を検討中との話も聞こえてくる。
米国はクリエートバイUSAを目指すべき

米国のアパレルはGAPがそうであるように、早くから世界中で素材の調達や生産拠点の確保を進め、為替の変動などに柔軟に対応しながら、収益の最適化を図ってきた。業界では、「GAPのマーチャンダイザーはパソコンを片手に世界中を旅するジェットセッター」とも呼ばれた。言うなれば、サプライチェーンを確立することがアパレル企業の成長には欠かせないことを証明してきたのだ。その意味で、トランプ関税は米国アパレルに生産の国内回帰という選択に向かわせたかにも見える。ただ、すべての生産が米国内に戻るかと言えば、そんなことはない。まずは原材料を米国内ですべて調達するのは不可能だからだ。縫製工場も海外移転で設備を維持するところが減っており、大量生産に対応できるところは限られる。なおさら、デザインが複雑になれば、それに対応する技術が不可欠になる。そこまでのレベルに達する縫製スタッフが豊富に揃うかと言えば、それも疑問だ。今から育成するには時間がかかるので、即応性を求められるサプライチェーンには組み込めない。
結局、米国のアパレル産業は中国やベトナム、バングラデシュ、インドなどでローコスト生産することより低価格を実現した。それが競争力になっており、市場もそんな製品に慣れきっている。米国アパレル&フットウエア協会(AAFA)の2025年の調査によると、米国内で販売される衣料品や靴の90%強が海外からの輸入品になる。仮にUSAコットンを利用して、生地は国内で調達できたとしても、ボタンやファスナーといった副資材は多くが中国からの輸入で、トランプ関税がかかりコスト増になっている。その分はどうしても割高になってしまうのだ。そう考えると、メイドインUSAだからと言って、靡く消費者がどれほどいるのか。前出のようなドレスシャツのサプライヤーにとって、ノードストロムのような大手百貨店から発注が増えることは、収益拡大のまたとないチャンスになる。しかし、増産するにはスタッフの増員や設備の拡張が必要になるため、どうしても取引には二の足を踏んでしまう。

AAFAによると、靴製造では米国生産に舵を切るサプライヤーもあるという。ロサンゼルスのある靴事業者は、国内のランニングシューズやスニーカーのブランド数社から生産受託が可能かという問い合わせが相次いだという。経営トップは投資家から1000万ドルの資金を調達し、靴の製造機会など生産設備を拡大して受託要請に応じるとした。スニーカーやランニングシューズの製造には経験や技が必要で、熟練工の人件費も一般よりは高い。当然、米国内で生産するということは、生産コストが上がって価格アップにつながる。そこで、トップはシューズ製造の特殊な製造工程を機械化したり、3Dプリンターで部材の立体造形を可能にするなど、設備投資でコスト競争力をつけようとしている。それでも米国国内で生産される商品は高価格帯のアイテムや限定品で、大手シューズブランドの担当者も取引内容に変更はなく、現状のサプライチェーンを維持する方針に変わりはないとする。
やはり、アパレル製品の消費は米国の所得格差と切っても切れない。市場は1%の超富裕層と99%の低所得者層とか、5%の高額所得者と95%の貧困層とか、まことしやかに叫ばれている。実際、所得が低い消費者は多く、どうしても低価格の商品が好まれるのは確かだ。デイリーに利用するアパレル製品もそうで、高級なブランド衣料はマス市場を形成することはない。トランプ政権が輸入品に15%の関税をかけるのは米国内での生産回帰、メイドインUSAを再興させる目的だとしても、国内の製造業の実情を見れば掛け声だけで進む話ではないことに気づき始めているのではないか。だが、大統領として振り上げた拳を簡単に収めることはできない。選挙公約にしたMAGA(Make America Great Again)の実現に向けたポーズを維持しなければ、メンツが立たない。大統領の任期はあと3年あるが、来年には中間選挙を控えている。共和党として弱音は絶対に吐けない。

としても、アパレル産業側にジレンマがあるのも確かだ。国内生産を進めるには巨額の設備投資が必要で、人件費増による生産コストの上昇は避けられない。それを回収するには価格転嫁はやむなしで、そうすればたちまち売上げに影響する。ベターな答えは国内生産を緩やかに進めながら、中国への関税措置をキープする一方、メキシコやカナダからの輸入品への関税は取り下げる方向で進め、輸出にも力をいれる。米国のアパレル業界では両国からはコットンやウール、原糸、副資材などをかなり輸入している。そうした関税が撤廃されるだけでも、生産コストが削減できる。米国のアパレル市場は低価格製品の流通で下支えされてきたのに、関税で商品が値上がりすれば市場が停滞していくと、アパレル関係者の多くが見ている。トランプ政権としては中国製品に高関税をかけて輸出競争力を削ぎ、国力低下に追い込めば台湾有事を阻止できるかもしれないと考えている。だが、関税政策が小手先の施策で止まるなら、米国の製造業の復活は望めない。メイドインUSAも単なるノスタルジックの域を出ないだろう。
米国の製造業が復活、成長していくにはAIを活用した先端技術などへの投資が不可欠になる。その中にアパレル産業がいかに食い込むかである。現状のままではメイドインUSAは単なる過去の産物にとどまってしまう。むしろ、メイドインUSAを再興させるには、持てる叡智と創造性を惜しみなく注ぎ込み、低価格の量産品を反面教師にしたエシカルなビジョンを打ち出し、より付加価値の高い商品を生み出すこと。言うなれば、世界市場をターゲットにした「クリエートバイUSA」を輸出すること。それを見据えた長期的な視点が必要になる。
※当コラムは2010年ごろからGoo Blogにて執筆をスタートしました。ですが、25年11月18日でサイトのサービスが終了することになり、Amebaへの引越しを致しました。過去14年にわたる月別アーカイブは、2011年から併載していますlivedoorブログ(http://blog.livedoor.jp/monpagris-hakata/)でご覧いただけます。
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