ADVERTISING

Lキャタルトンの関家具買収から見る投資のあり方

Lキャタルトンの関家具買収から見る投資のあり方

クリエイティブディレクター
HAKATA NEWYORK PARIS

 今回はアパレルと並んで関心があるインテリア業界のお話。2025年9月の半ばだったか、フランスのコングロマリットLVMHなどが出資する米国の投資ファンド、L Catterton(以下、Lキャタルトン)は、福岡・大川の関家具と戦略資本提携で合意したと発表した。内容は9月末までにLキャタルトンが創業家から過半数の株式を取得し、同社の資金力やノウハウを生かし、実店舗やインターネットでの販路拡大、物流機能の強化、オフィスやホテル向けの営業強化など事業拡大を図るもの。実質的にはファンドが買収したという形だ。関家具は1968年創業の比較的若い家具卸だが、現在では国内トップクラスのシェアを持つ。自社で商品の企画開発を手掛け、直営店クラッシュゲートも展開する。2024年5月期の売上高は185億円。事業提携後も関家具の屋号は維持され、春田秀樹社長は続投する。関元彦会長は名誉会長兼名誉創業者に就く。

 Lキャタルトンは日本を含む世界18カ所に拠点を持ち、一般消費者向け製品やサービスを提供する業界に特化した投資をしている。日本での投資案件は関家具が8件目になる。ただ、このニュースを耳にした時、失礼な言い方になるが、「えっ、なんで大川の家具卸ごときを」という印象だった。「福岡の大川は家具の一大産地」「数々のメーカーがいろんな商品を作っている」「洋服ダンスをわざわざ大川のメーカーから取り寄せた」というのは筆者が子供の頃(1960年代)に聞いていた話だ。その後、東京でカッシーナ・イクスシーやアクタス、ニューヨークでクレート&バレルやミッドセンチュリーといった家具を数々見てきた。福岡に戻り、仕事で何度か大川を訪れたが、関係者から聞かれたのは「婚礼家具需要の低下」「格安の海外製家具との価格競争」などにより、ピーク時から生産額・事業所数が大幅に減少しているとのこと。町を歩いても活気がなく、抜本的な対策が急務だと感じたが、ご当地を地盤とする自民党宏池会の大物政治家が音頭を取り、家具産業の再興を主導しているとの話も聞いた。

 具体策はオフィスやホテル、レストラン、病院や学校などの業務用家具を扱うコントラクト部門に注力する一方、市場が大きな首都圏で「とにかく大川の家具に触れてもらう」をスローガンにショールーム開設を行った。並行して各企業もインターネット通販への転換、海外市場の開拓、ECサイトの活用、職人技術を活かした高付加価値な製品開発などの改革に打って出た。その効果が少しずつ出ているとのこと。まず、EC専業で販路を広げ、売上げを数倍に伸ばしたところもある。同じ福岡の靴メーカー、ムーンスターが技術力を活かしてMADE IN KURUMEのブランド化に成功したこともあり、大川の家具メーカーも「職人MADE大川」といった認定制度を活用し、高い技術力のもとで付加価値の高い製品開発に取り組む。もちろん、新規事業には資金も必要なため自治体のバックアップを受けながら、地場金融機関を巻き込み、スピード感を持ってやってみるという姿勢で挑んでいる。

 家具の町・大川が低迷する業況を打破しようとする中、米投資ファンド、Lキャタルトンは関家具を買収した。ファンドの経営ノウハウと潤沢な資金力を活用すれば、技術力に裏打ちされたオリジナル家具をコントラクト向けにリプロできるし、直営店のクラッシュゲートのブランド力をさらに磨き上げ、出店を拡大することも可能だ。ただ、ファンドが関家具を買収した理由は、本当にそこだけなのだろうか。日本の家具市場は進学、結婚、転勤などライフステージの変わり目で動いてきたが、家具需要の低下は核家族化の進展でクローゼットなど据え付けが浸透するなど、居住スタイルが完全に変わってしまったことを指し示す。近年は震災や豪雨による買い掛け需要も発生しているが、多発する災害から消費者の「家具は一生物」という感覚はもはや過去のものになってしまったのではないか。ある程度の機能を備えていれば、価格が安いニトリやイケアで十分なのだ。インテリアの感覚で定期的に模様替えできる手頃なものに需要が集中していると見られる。

 ということから、Lキャタルトンが関家具を買収した真の目的は、一般消費者向け以上にホテルやレストラン、オフィスといったコントラクト部門の需要増に期待してのこととみえる。同家具が住宅用家具の卸売りで国内トップクラスのシェアを獲得していること、また自社で商品の企画開発を手掛けていることを鑑みれば、法人向けを強化するのはそれほど難しくない。都市部を中心に再開発事業がまだまだあり、業務用家具の需要は底堅いと思われる。同家具が持つ企画開発チームと製造・サプライヤーネットワークを活用すれば、法人向けでも高品質でデザイン性の高い家具を提供することもできると、踏んだのだろう。個人的には突き板やフラッシュ加工を採用して木材をセーブするような家具には期待しない。無垢材を使えとは言わないまでも、端材を集成した木材など無駄を省く製法で、重厚感がある家具を生み出して欲しい。ファンドもそれを想定していると思う。

 もちろん、Lキャタルトンには一般消費者向けビジネスでは豊富な投資実績と知見がある。これらを活用すれば、関家具をさらに成長させることもできる。そのカギは直営店のクラッシュゲートのブランド力を向上させること、またECで気軽に家具が購入できるようなアプリ開発がある。今回はファンドが目論みがちな短期的な収益向上、株価のアップというより、中長期的な成長を目的とした投資案件とみた方がいいのかもしれない。

 2025年1月から9月までで、投資ファンドによる日本企業のM&Aは5兆円を超え、過去最大だ。Lキャタルトンによる関家具買収のような案件を見ると、大企業だけでなく、地方や中小も対象になっているのがわかる。企業側にも経営環境の変化で従来の手法が通じず、後継者不在で事業継承が難しくなっている現状では、ファンドと組んで新たな経営戦略で乗り切ろうという思惑があると見られる。だが、ファンドが投資したからといって、全ての企業の業績が好転しているわけではない。2020年11月、米ファンドのKKRは、ウォルマートが保有する西友の株式85%のうち65%(25%は楽天グループが取得)を取得し、実質の経営権を握った。同ファンドは、楽天が保有する顧客情報を活用してオンラインとオフラインの融合を進め、楽天西友のネットスーパーをさらに強化し、スマートフォンによるキャッシュレス決済を導入する計画を進めた。

 この時、一部のジャーナリストは「これでネットスーパーが一気に浸透する」と、礼賛した。確かに新型コロナウィルスの感染拡大により、2020年は楽天西友ネットスーパーの需要が急速に拡大し、ネットスーパー事業における2020年第4四半期の流通総額は前年同期比で約40%増に達した。しかし、2023年以降はコロナ禍収束による実店舗回帰もあり、楽天グループのネットスーパー事業の顧客獲得実績は、当初計画を達成できないままの状況が続いている。それが全ての原因とは言えないが、楽天グループは同年5月31日付で同社が保有している西友ホールディングス株式をKKRに売却することを発表した。さらに24年4月、西友は北海道地区の店舗をイオン北海道、子会社サニーの全店をイズミの子会社ゆめマートに売却。25年3月にはKKRとウォルマートが保有する西友の全株式をトライアルホールディングスへ売却する株式譲渡契約を締結した。KKRは成城石井のブランド強化で手腕を発揮した大久保恒夫氏を西友の社長に招聘。既存店の収益の回復を進め、店舗の切り売りに道筋をつけた。

 ただ、楽天西友のネットスーパー事業は、商品調達プロセスの構築に想定以上の時間を要している。それは楽天側がスーパーという業態をあまりに軽く見すぎていたということだ。スーパーは店舗の商圏内に住むお客が買い物に来てくれ、生鮮や日用品をセルフサービスで購入してくれるから利益を出せる。しかし、ネットスーパーになると、いつ、どこから、どんな注文が入るかは想定しづらい。そのために専用の物流倉庫を持つにも、実店舗の商品を引き当てるにも、注文品をピッキングするスタッフの人件費、生鮮品を配送するクール便など配送のコストが発生する。会員は楽天のポイントで送料が無料になっても、実際の配送コストがゼロになることはない。遠方の倉庫や店舗から発送すれば、それだけコストは嵩む。地方に店舗をもつスーパーの配送サービスとは根本的に違うのだ。KKRが楽天にはネット通販のプラットフォーマーという実績があるからネットスーパーもうまくいくと考えていたとすれば、甘すぎる。4年も続けて黒字化できないのが何よりの証左だろう。

 KKRは他の投資案件でも躓いている。共に部品メーカーである日産系のカルソニックカンセイとイタリアのマニエッティ・マレリが2019年に統合して誕生した「マレリホールディングス」が25年に2度目の経営破綻を起こしたことだ。ファンドはこれまで経済成長が著しい中国で積極投資を行なっていたが、不動産バブルの崩壊により景気の不透明さから資金を引き上げそれを日本の企業に振り向けている。しかし、今度は行き場を失った資金が集まりすぎて買収の価格競争を引き起こしていると、専門家は見る。KKRは楽天と共同でなら西友をさらに成長させられると踏んだわけだが、実際にはそうはならなかった。西友を傘下に納めたトライアルホールディングスは、POSシステムの開発をベースに小売業にテクノロジーを融合させた先駆者。スキップカート、リテールAIカメラ、デジタルサイネージの導入などITスーパーに注力する。スキップカートはセルフレジ機能を備えたショッピングカートで、2025年2月時点で日本国内241店舗に約20,000台が稼働している。他社への販売も検討中だ。11月7日には東京西荻窪に小型スーパートライアルGOをオープン。西友の既存店で惣菜などを製造して同店に届け、コンビニなどに対抗する。ファンドの力を借りずとも成長する企業はある。

 もちろん、西友の社員にとっては、会社がトライアルカンパニーに経営を委ねるのだから、朝礼のやり方など企業文化そのものがガラリと変わってしまうかもしれない。それに戸惑うこともあるだろう。ファンドは金余りだからといって、企業に絶やしてはならない技術や商品や、成長性という伸び代があるのかを見極めず、リスクを無視した投資に傾くようでは、逆に企業再生の芽を摘むことにもなりかねない。先人はこういった。使うなら「生き金」にすべきだと。使ったお金が何らかの新たな価値を生み出し、人のために役立ち、使った分だけの価値を見いだすことができる。まさに投資とは生き金にするということ。金の使い方を見出すのは容易ではないが、企業の新陳代謝や将来に役に立つとは言えない死に金にしてはならない。それだけは確かである。

 ※当コラムは2010年ごろからGoo Blogにて執筆をスタートしました。ですが、25年11月18日でサイトのサービスが終了することになり、Amebaへの引越しを致しました。過去14年にわたる月別アーカイブは、2011年から併載していますlivedoorブログ(http://blog.livedoor.jp/monpagris-hakata/)でご覧いただけます。

最終更新日:

ADVERTISING

現在の人気記事

NEWS LETTERニュースレター

人気のお買いモノ記事

公式SNSアカウント