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なぜデザイン案件は炎上しがちなのか? 4つの原因と3つの解決策

サンフランシスコ発デザイン会社の公式ブログ
btrax

デザインの仕事をしていると、ある事実に直面する。

予定通りにいく案件の方が、実は少ない。

スムーズに進んで、何の問題もなく、みんながハッピーで終わるプロジェクト。それは理想であって、現実ではない。むしろ、何かしらの形で「 炎上 」するケースの方が圧倒的に多い。

これまで、日本とアメリカでデザインの仕事をしてきた中で、この問題と何度も向き合ってきた。そして気づいたのは、 これは国や文化に関係ない、デザイン業界特有の構造的な問題だ ということだ。

今回は、なぜデザイン案件は炎上しやすいのか。そして、どうすればそれを防げるのか。僕なりの答えを書いてみたい。

「炎上」の3つのパターン

まず、デザイン案件における「炎上」とは何か。大きく分けて3つのパターンが

1. 見積り通りに終わらない

最初に出した見積もりより、時間もコストも大幅にかかってしまう。これが最も多いパターンだ。

プロジェクトは通常、見積もりを出してクライアントに承認してもらい、その範囲内で進める。でも、その見積り金額内に収まることの方が、実は少ない。

1ヶ月で終わるはずが3ヶ月かかった。でも、「じゃあ3倍ください」と言えば、「ふざけんな」と言われる。これが現実だ。

2. 期待した結果が出ない

作ったものが世に出たとき、クライアントが期待していたような結果が出ない。ウェブサイトのアクセスが増えない。製品が売れない。キャンペーンが話題にならない。などなど。

デザイナーとしては全力でやったつもりでも、クライアントからすれば「お金払ったのに、どうなってんだ」という話になる。

3. プロジェクト途中で関係がギクシャクする

一緒に同じものを作ろうとしているはずなのに、いつの間にか敵対関係になってしまう。フィードバックのやり取りを繰り返すうちに、お互いの機嫌が悪くなっていく。

これも、驚くほど頻発する。

重要な発見:これは日本だけの問題じゃない

ここで重要なのは、これらの問題は国や文化に関係ないということだ。

僕らの会社、 btrax は、日本の企業だけでなく、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ、中東、アジアの様々な国の企業と仕事をしてきた。そして、どこの国でも、同じパターンで炎上する

よく「日本の企業はお客様神様理論で難しい」と言われるけど、実はそうじゃない。アメリカの企業でも、ヨーロッパの企業でも、デザイン案件は炎上しやすい。

つまり、これはデザインという仕事そのものが持つ構造的な問題なんだ。

炎上しやすい原因①:「スコープクリープ」の魔力

アメリカには「スコープクリープ(Scope Creep)」という専門用語がある。直訳すると「嫌な奴がスコープに忍び込む」という意味だ。

プロジェクトマネジメントの教科書には、必ず「スコープを明確にしましょう」と書いてある。何をやって、何をやらないか。ラウンド数はいくつか。最初に決めておけば問題ない、はずだった。

でも、現実はこうだ。

ロゴデザインの案件で、3種類のデザインを提案し、3ラウンドのフィードバックで決める契約をしたとする。でも、その通りに終わることは、ほとんどない。

クライアントはこう言う。「いい感じなんだけど、もう少し他のバリエーションを見てみたい」と。

デザイナーが「最初に決めたラウンド数を超えています」と言えば、クライアントはこう返す。

「あなたたちのデザインスキルがもっと高ければ、すぐに決められたんです。出してきたものがお粗末だから、もっと見せてもらわないと困ります」。

ここで押し問答が始まる。そして、関係がギクシャクし始める。

理論上はスコープを決められる。でも現実的には、スコープクリープは多発する。これが第一の原因だ。

炎上しやすい原因②:デザインは「口出ししやすい」

デザイナーは、弁護士や税理士、医者と同じく、専門職だ。自分ではできないから、専門家に頼む。

でも、デザインには他の専門職と決定的に違う点がある。

目に見えるものを作るから、クライアントが口出ししやすい

弁護士が作った契約書を見て、素人が「この文言、ちょっと変えてください」とは言いにくい。専門的すぎて、何が正しいかわからないからだ。

でも、デザインは違う。

「このロゴ、いい感じだけど、この青、もうちょっと薄くしてもらえませんか?」

これは、専門的な能力がなくても言える。色が濃いか薄いか、誰でも意見できる。

デザイナーが「いや、この青は濃い方がいいんです」と言っても、クライアントは「いや、私は薄い方がいいと思うんだけど。こっちがお金払ってるのに、なんでやってくれないの?」と返す。

ここで、揉める。

炎上しやすい原因③:ロジックが立てにくい

もう一つ、デザインと会計・税務の仕事の違いがある。

数字は超ロジカルだ。1+1=2は絶対だし、売上から経費を引けば利益が出る。税理士は、その計算に基づいて最適な提案ができる。

でも、デザインはロジックを立てるのが非常に難しい。

「なぜ、この青は濃い方がいいんですか?」

「濃い青の方が、リリース後にうまくいく根拠はどこにあるんですか?」

こう聞かれたとき、デザイナーは困る。感覚的には正しいと思っていても、数字で証明することは難しい。

すると、クライアントはこう思う。

「論理的に説明できないなら、私の意見を採用してもいいんじゃない?」

これも、揉める原因になる。

炎上しやすい原因④:最大の敵「見えないボス」

ここまでの原因は、実はまだマシだ。信頼関係を築き、コミュニケーションを深めれば、なんとかなる。

でも、最後の原因は、本当にきつい。

フィードバックを出す人と、最終決定する人が違うケース。

これは、特にアジア系の企業に多い。日本企業でもよくある。

例えば、担当の課長が毎回打ち合わせに出てくる。ディスカッションを重ねて、「これでいきましょう」と決まる。

でも、2日後にこう言われる。

「すみません、ちょっと上司の判断で、やっぱりボツです」

デザイナーからすれば、「あれ?OKだったんじゃないですか?」となる。

課長は答える。「僕的にはOKだったんですけど、上の者が…」

謎の「上の者」キャラが出てくる

その「上の者」(部長や役員)は、プロジェクトの背景も、ユーザーリサーチの結果も、デザインに至った経緯も知らない。最終的なアウトプットだけを見て、数秒で判断する。

「うーん、微妙だね」

そして、課長に「作り直してもらえませんか?」と降りてくる。

デザイナーからすれば、見えない敵がどこかにいて、その敵を倒さなければならない状況だ。でも、どうやって?

これが、デザイン案件における最大のラスボスだと、僕は思っている。

では、解決策を3つほど。

解決策①:ワークショップで「同じ釜の飯」を食う

じゃあ、どうすればいいのか。

僕らが10年以上前にたどり着いた答えは、 ワークショップだった。

クライアントとデザイナーが、同じ場所で、同じ時間を共有し、一つの課題に向かって一緒に考える。「同じ釜の飯を食う」関係になる。

受発注の関係ではなく、ワンチームとして信頼関係を築く。これが、炎上を防ぐ最も効果的な方法だ。

日本企業でも「合宿」という文化があるけれど、あれと同じだ。チームビルディングをした上で、課題に向き合う。

ワークショップをやると、クライアントは「なぜこのデザインなのか」という背景を理解できる。デザイナーは、クライアントの会社のことやユーザーのことを深く知ることができる。

そして、メールだけ、オンラインだけのやり取りでは伝わらない「温度感」が共有できる。

これが、プロジェクトを成功させる鍵だ。

解決策②:「見えないボス」を巻き込む

もう一つ重要なのは、決裁者をどこかのタイミングでワークショップに参加させることだ。

部長や役員が、ずっと参加する必要はない。でも、要所要所で3時間でもいいから来てもらう。そうすれば、なぜこのデザインなのかという背景が伝わる。

「見えないボス」を「見えるボス」にする。これが、炎上を防ぐもう一つの解決策だ。

もちろん、課長が部長に背景を説明する資料を作ればいい、という考え方もある。でも、その資料を作る時間とコストは、最初の見積もりには含まれていない。

結局、想定以上のコストがかかってしまう。だったら、最初から決裁者を巻き込んだ方が、よっぽど効率的だ。

解決策③:「完璧」を求めない契約にする

もう一つ、重要な解決策がある。

特にウェブサイトやアプリなどのデジタルサービスでは、クライアントは「完璧なもの」を求めがちだ。納得するまで、何度でも修正してほしいと思う。

でも、デジタルに「完璧」なんて概念はない。スマホのOSは定期的にアップデートされる。アプリもバージョンアップを繰り返す。「これで完成」という状態は、存在しない。デジタルは、生き物だ。

僕らが気づいたのは、「公開後30日間は無償でサポートします」という契約にすることだった。

クライアントからすれば、「公開後も何かあったら直してもらえる」という安心感がある。だから、「とりあえず今日公開して、30日以内に気づいたことがあれば教えます」となる。

一度公開して、支払いもいただく。その後、細かな修正があれば対応する。この流れにしてから、クライアントと揉めなくなった。

あるいは、「公開後6ヶ月間は毎月いくらで、何時間以内の修正に対応します」という継続サポート契約を結ぶのも効果的だ。

ボーナス:デザイナーの「カリスマ性」

最後に、あまり知られていない裏技を一つ。

デザイナーのカリスマ性を高める ことだ。

弁護士でも医者でも、「先生」と呼ばれる人がいる。その先生が言っているなら間違いない、と信頼される。

デザイン業界も同じだ。有名な人や実績がある人がデザインしたものなら、「個人的にはイマイチだと思うけど、あの人のデザインだから、きっといいんだろう」と思ってもらえる。

時間はかかるけれど、カリスマ性があれば、1年かかりそうな案件が半年で終わることもある。

カリスマ性とは何か。それは、年数や実績だけじゃない。立ち振る舞い、喋り方、プレゼン力、そして「大物感」のあるオーラ だ。

僕も、日本やアメリカのクリエイティブディレクターと仕事をしてきたけれど、彼らに共通しているのは、 姿勢がビシッとしていて、言葉は少ないけれど自信を持ってはっきりと説明する ことだった。

これは、すぐにできることではない。でも、意識することで、少しずつ積み上げていける。

デザインは、究極のコミュニケーションゲーム

デザインの仕事は、技術だけでは成り立たない。

クライアントとの信頼関係、見えないボスとのコミュニケーション、完璧を求めない柔軟性。そして、デザイナー自身のカリスマ性。

これらすべてが揃って、初めてプロジェクトは成功する。

デザインは、究極のコミュニケーションゲームだ

だから、炎上しやすい。でも、だからこそ、やりがいがある。

クライアントとワンチームになって、一つのものを作り上げたとき。それが世に出て、ユーザーに喜ばれたとき。その瞬間が、デザイナーとしての最高の瞬間だ。

炎上を恐れず、でも賢く対処しながら、より良いものを世の中に出していく。それが、僕らデザイナーの仕事なんだと思う。

最終更新日:

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