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クリストフ・ルメールの静かな磁力、ジャンルを跨いで支持されるデザイン哲学

クリストフ・ルメールの静かな磁力、ジャンルを跨いで支持されるデザイン哲学

 今、世界で最も静かに波に乗っているデザイナー。それが、クリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)ではないだろうか。

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 ロンドン発のメディア「ビジネス・オブ・ファッション(Business of The Fashion)」によると、「ルメール(LEMAIRE)」の年間売り上げは2019年から2024年にかけて10倍に伸び、1億ドル(約144億円)を突破したという。パリ、東京、ソウル、成都に続き、2025年には上海やアメリカにも進出予定。静かだが、着実に世界のブランドになろうとしている。

 その始まりは、1991年に設立されたブランド「クリストフ・ルメール」。しかし2002年、ルメールが「ラコステ(LACOSTE)」のアーティスティックディレクターに就任したタイミングで、ブランドは一度活動を休止した。2006年にブランドを再始動。2011年には、サラ=リン・トラン(Sarah-Linh Tran)が共同クリエイティブディレクターとして加わり、ブランド名も現在の「ルメール」に改められた。

ルメール 2025年春夏コレクション

クリストフ・ルメール(左)とサラ=リン・トラン(右)

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 おそらく、このころからだろう。ルメールの服が、少しずつ変わり始めたのは。今でこそ、東洋と西洋が溶け合うような、穏やかで詩的な折衷スタイルが「ルメール」の代名詞になっているが、1990年代後半に初めてその服を見たときの印象は、全く違っていた。当時、代官山のショップに並んでいたのは、今よりずっとフレンチカジュアル寄りで、街に溶け込むモダンなエッセンスの服だった。

 ルメールが手掛けてきたブランドは、ラコステだけではない。かつてはラグジュアリーの王道「エルメス(HERMÈS)」を担い、2016年からはマスマーケットを捉える「ユニクロ ユー(Uniqlo U)」のディレクションを手掛けている。

 価格帯も立ち位置も、そしてブランドの思想も異なる。しかし、そこで共通して選ばれたのが、クリストフ・ルメールという存在だった。これらの指名の連続には、彼のデザイン以上に、「ディレクションの能力」が関わっていると考える。

 トレンドをつくる力ではなく、ブランドの文脈に寄り添いながら、確かに「自分の静けさ」を染み込ませていく力。誇張や演出ではなく、構造や質感、空気のようなものによってブランドを導いていく力。それこそが、ルメールの静かな磁力なのではないか。(文:AFFECTUS)

「主張よりも調整」でクリエイションに臨んだラコステ時代

 ラコステ、エルメス、ユニクロ ユー。それぞれのブランドのルックを見ていくと、クリストフ・ルメールというデザイナーの特徴がくっきりと現れていることに気づく。従来なら、それらのブランドを一つずつ取りあげて語ってきたところだが、今回は少し別の手法を試してみたい。

 それは、ブランド「ルメール」のコレクションを通して、3つのブランドに現れていたデザイナー クリストフ・ルメールの特徴に触れていくというものだ。この目的は、現在最もコレクション全体を見渡しやすい「ルメール」を起点に、彼が他のブランドで見せてきたデザインの手つきを浮かび上がらせることにある。

 ではまず、2024年秋冬コレクションの「ルメール」を通じて、ラコステ時代の特徴について読み解いてみよう。なお、以降は「ルメール」をブランド名、カギカッコなしのルメールをデザイナー本人を指す表記として使い分けていく。

ルメール 2024年秋冬コレクションの画像

ルメール 2024年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

ルメール 2024年秋冬コレクションの画像

ルメール 2024年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 ルメールは、「伝統を尊重するディレクター」だ。これはラコステ時代に限らず、エルメス、ユニクロ ユーを通じて一貫して見られるものである。彼はすべてを新しくする刷新系ディレクターではなく、ブランドのアーカイヴを敬い、「今」にふさわしいファッションへと整える調整系ディレクターなのだ。

 その資質は服づくりにも現れている。たとえば定番のステンカラーコート。ルメールは、この形を大きく変更していない。ディテールの配置もベーシックに準拠している。変化があるとすれば、ボリュームを増やしてオーバーサイズに仕立てている点だ。このようにルメールは、ブランドに限らず、服そのものに対しても伝統を尊重しながら、静かにアップデートしていく。

 ラコステ時代のルメールには、二つの大きな特徴があった。一つが「トーンやスタイルを中庸に保つ」というものだ。例えば明るい色を使う場合でも、ルメールは高い確率で暗い色と組み合わせて、ルック全体をシックな印象に落ち着かせる。仮にルメールがレッドとブルーと言った主張の強い色を同時に使う場合でも、それぞれのトーンを抑えめに調整することで、彩度や明度を抑えたスタイリングにまとめるだろう。

 こうした手つきは、現在のルメールにも通じている。例えば、「ルメール」2024年秋冬コレクションのあるルックでは、それが明確に表れていた。

ルック画像

ルメール 2024年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 ニット帽に、シアリングカラーのフライトジャケット調ブルゾン。この上半身の組み合わせだけを見ると、アウトドアやワークウェアの空気が色濃く漂う。だがルメールは、そこに引きずられすぎないよう、ボトムにセンタープリーツの入ったテーパードトラウザーズを合わせ、足元にはクラシックな黒のレザーシューズを履かせることでルック全体の印象を中庸に整えた。

 ラコステ時代の「ルメール」もう一つの特徴は「コントラスト」だ。

ルック画像

ルメール 2024年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

ルック画像

ルメール 2024年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 ルメールのデザインには、なだらかで均質なトーンが流れている。しかし時折、そこに明確な対比を持ち込むことがある。「ルメール」2024年秋冬コレクションでは、都市生活に馴染むモダンなアイテムに、エスニックモチーフの柄を掛け合わせ、一つのスタイルの中で鮮やかなコントラストを生み出していた。

 こうした設計は、ラコステ時代にもすでに見られていたものだ。ルメールは、コレクションを単調なリズムで完結させない。ときおり、波長を大きく揺らすように、強いメリハリをもつルックを差し込み、全体のリズムに変化をつけていく。

 明快な主張が価値とされがちな今だからこそ、ルメールが見せる「整える」という態度に、新しい美しさが宿っているように思える。だからこそ、彼はこれまで、様々なブランドから指名されてきたのではないだろうか。

エルメスで磨かれたグラデーションの哲学

 ルメールがエルメス時代に見せていたのは、ラコステのそれとはまた異なるアプローチだった。そこには、「トーンを寄せること」「グラデーションをつけること」への繊細な意識が表れていた。それらの手つきが最も鮮やかに立ち上がっているのが、「ルメール」2023年春夏コレクションだ。ここからはそのコレクションを手がかりに、エルメス時代の静かな輪郭をなぞっていきたい。

ルメール 2023年春夏コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 ラコステ時代の特徴の一つ「トーンやスタイルを中庸に保つ」を、改めて振り返りたい。あくまで目指すのは「シック」というムードの実現。そのために、色を2色使用する場合、1色に明るい色を選ぶなら、もう1色は暗い色を組み合わせ、全体のムードを落ち着かせるという手法だった。

 だが、エルメスではシックさをさらに強調させるために、色やムードが近しい要素を同時に使用する手法に転換していた。カジュアルな素材感のシャツとパンツを合わせたメンズルックは、その典型といえるだろう。

 ここでは、上下のアイテムがともに淡いトーンで統一されており、色調の差は最小限に抑えられている。それにより、コントラストではなく、「色の距離が近いこと」によって生まれる柔らかなグラデーションが際立っている。

 シャツの柄も決して強い主張をせず、むしろぼかしたような質感で、空気や光とまじりあうような存在感をたたえている。そこに色や素材の微細な濃淡が折り重なり、静かに滲んでいく。目に飛び込んでくるというより、ゆっくりと目に馴染んでいく、そんなアプローチがとられている。

 これは、ルメールがエルメスというブランドに向き合う上で選んだ方法でもあった。華美にならず、かといってストイックにも傾きすぎない。その中庸な美意識を、トーンの連続性と素材の気配によって体現したのだ。

ルック画像

ルメール 2023年春夏コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 続くウィメンズルックもまた、ルメールの「寄せていく」美学を如実に示している。白シャツの上から重ねた淡いベージュのシャツドレスは独特のシワ感があり、フォーマルともカジュアルとも断定しきれない、曖昧な空気をまとう。

 印象的なのは、インナーの白シャツの存在を隠すのではなく、滲ませるように見せている点だ。袖や襟にわずかに白がのぞき、輪郭線を曖昧に溶かしていく。その配置は意図的で、色味の主張を抑えながらも、ルック全体に奥行きを与えている。

 色彩の設計にも、ルメールらしいグラデーションの手つきが表れている。シャツドレスのベージュから、衿や袖から覗く白、肌の色、足元の黒へと、穏やかなトーンの流れが水平に続いていく。強い対比ではなく、時間とともに滲んでいくような視覚体験。そこにあるのは、「差異を明確にする」のではなく、「差異を曖昧にする」ための繊細な意志だ。

ルック画像

ルメール 2023年春夏コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 色調、質感、さらには服の「文脈」にまでまたがる、静かなグラデーション。その手つきが最も緻密に現れているのが、シャツとパンツにコートを羽織ったこのルックだ。

 シャツとパンツは淡いブルー系で統一され、そこにグレーのロングコートを重ねることで、色彩的なグラデーションが生まれている。だが、このルックの妙は、むしろ「ドレスとカジュアル」という文脈をまたぐ構成にある。

 シャツとパンツは、どこかルームウェアのようなリラックス感を湛えている。特にパンツは、ウエストに寄せたギャザーが印象的で、ぱっと見にはドローストリングのイージーパンツのように映る。だが実際は、細かく刻まれたタックが正確に取られており、その縫製にはドレスパンツに通じる繊細さがある。シャツの素材感にも艶があり、安易なカジュアルとは一線を画す佇まいだ。

 ロングコートは、クラシックなテーラリングによって、ルック全体に重心を与えている。そしてこのドレッシーな重みは、シャツとパンツの中に潜む「ドレス仕様のカジュアル」と共鳴し、ルック全体に階調を生み出している。

 つまりこれは、「カジュアル×ドレス」ではなく、「ドレス仕様のカジュアル×ドレス」という関係性。色、質感、文脈が三重に重なり合うことで、静けさの中に奥行きが生まれていた。この手法はまさに、エルメス時代にルメールが磨いた「なだらかな構造設計」の到達点とも言えるだろう。

ルック画像

ルメール 2023年春夏コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 同系色で揃えたアイテムのなかに、異なる質感が共鳴し合う。このルックにこそ、ルメールがエルメス時代に見せていたグラデーションの設計思想が現れている。ブラウン一色に見える装いは、コート、シャツ、スカート、バッグ、そしてビーズのアクセサリーに至るまで、それぞれ異なる素材で構成されている。レザーの鈍く光る質感、マットな布地、重なりの中で波打つビーズ。その一つひとつが、色彩ではなく触覚で階調を描く。

 さらに目を引くのは、首元に配された民族調のアクセサリーだ。都会的なコートとは文化的背景を異にしながら、あえて同じブラウン系で統一させることで、異なる美意識がなだらかに接続されていく。グラデーションとは、色の濃淡だけで起こるものではない。質感と文化、そして装いが滑らかにつながるときにこそ、美しさは生まれる。そう語りかけるようなルックである。

 こうして見ていくと、ルメールがエルメス時代に多用した「トーンを寄せること」「グラデーションをつけること」という特徴は、単なる色彩の話ではなく、「異なるもの同士を滑らかにつなぐ」姿勢そのものだとわかる。色、素材、文化といったあらゆる「差異」をなだらかに溶かし、ひとつの装いへとまとめ上げるのだ。そしてそれは、断絶や対立が先鋭化しやすい現代社会において、調和や接続の可能性を探るような態度でもある。明確な主張よりも、静かな接続にこそ、美しさの兆しを見出そうとする視線。そのまなざしが、ルメールのエルメス時代を貫いていた。

ユニクロ ユーで試みた、“特徴を消す”というアプローチ

 こんな風景を想像してみる。朝、いつもの駅で、ひとつだけ違和感があった。いつも鳴っているはずの発車ベルが、その日に限って鳴らなかった。それだけのことなのに、ホーム全体が妙に静かに感じられた。あるはずのものがない。ただそれだけで、世界は少しだけ、輪郭を変える。ユニクロ ユーの服には、そんな現象がファッションにも起こりうることを示す力がある。

 デザイナーとしての主張を溶かすこと。ファッションの個性を、限りなく匿名へと寄せていくこと。それは単なるシンプルではない。不在によって立ち上がる、存在感を設計するという挑戦だ。ルメールはユニクロ ユーで、それを試みていたのではないか。

ルック画像

ルメール 2025年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 このルック、その首元は白いタンクトップだろうか。ボトムスも白で、ワイドシルエット。素材はやや厚手のコットンのように見える。つまり、ツイード調のジャケットが持つ「クラシックな文脈」──ネクタイ・セットアップ・革靴──が、すべて外されている。

 代わりに置かれているのは、肌の気配を伝えるインナー、軽やかに揺れる白のパンツ、カジュアルなソールの黒い靴。重みが現れるはずの要素を削ぎ、代わりに「何も語らない白」が置かれている。

 それはまるで、「スタイルとは何か」を問う沈黙だ。言葉ではなく、「抜け」によって語る。ジャケットの重さを主張させず、静かに溶かすことで、全体に「無音」が響き、視線を手繰り寄せている。この構造は、「機能性と控えめなデザインが交差する日常服」としてのユニクロ ユーの美学と重なる。

ルック画像

ルメール 2023年秋冬コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 このメンズルックで目を引くのは、秋冬らしいウール調の質感。やや起毛感のある生地はメルトン、あるいはそれに近い素材だろう。色も深いブラウンで、重みと静けさをたたえている。しかし、その重厚さはどこかで中和されている。

 それを担っているのが、スタイル設計だ。シャツジャケット風のトップス、裾を軽くロールアップしたパンツ、足元にはラフなスリッポン。コートにもなりうる素材をシャツのように着るスタイルで、素材から匂う重みを中和している。

 ここにもまた、「特徴を溶かす」という手つきが見てとれる。重さを軽さで包むように。上質を無言で手渡すように。そうした静かな操作こそ、ユニクロ ユー的思想の核心なのかもしれない。

ルック画像

ルメール 2022年春夏コレクション

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 このルックには、クラシックな佇まいがある。ヒールのある革靴、たるんだパンツの裾、タックイン。だが、その上半身にあるのは、まさかのTシャツ。装飾もない、ごくプレーンな一着だ。しかし、色は深く、素材にも密度があり、かすかな光沢がある。首元のカーブや袖の落ち感にも繊細な意図が宿る。つまりこれは、「Tシャツ」の記号を借りながら、その中身を更新した服だと言えよう。

 ユニクロ ユーの服に共通していたのは、語りすぎない、だが消えてはいないという存在感。素材と分量、重さと軽さ、記号とズレ、その調整は主張の輪郭をぼかすためにある。輪郭がぼけたとき、人はむしろそこに注意を向ける。あるはずのものがない、という違和感の中に、服の輪郭がうっすらと浮かび上がる。ルメールがユニクロ ユーで試みたのは、そうした「不在の輪郭」を可視化することだったのではないか。そしてその思想は、「ルメール」のコレクションにも静かに滲んでいる。日常に寄り添うことと、記号を脱ぎ捨てること。「ふつう」という感覚の中に潜む違和感と魅力こそ、ユニクロ ユーの核心そのものだった。

「ルメール的な思考」は、どこで活きるか?

 スポーツ、ラグジュアリー、マスカジュアル。ジャンルも価格帯も異なる3つのブランドで、ルメールは何を実現してきたのか。それを辿っていくうちに、ある共通点が浮かび上がってきた。

 それは、目立つことや強い個性を前に押し出すのではなく、周囲との関係を見極めながら、バランスを調整していく態度だった。過剰にならず、かといって無難にもならない。センスとシステムのあいだで、絶妙なポジションを保ち続ける。そのアプローチには、ブランドと向き合い、マーケットを観察し、自らのクリエイションを広げていく姿勢が現れていたように思う。

 もしかしたらこれは、服づくりに限った話ではないのかもしれない。意見を通すより、余白を差し出すこと。違いを強調するより、つながり方を考えること。何かを「主張する」ことよりも、「整える」ことに意味を見出す視点。そうしたスタンスが、今を生きる私たちにとって、どんな価値を持ちうるだろうか。あなた自身の仕事や日常において、「ルメール的な思考」は、どんな場面で必要とされるだろうか。そのことを思い浮かべながら、あらためて彼の服に目を向けてみると、これまでと少し違った印象が見えてくるかもしれない。

AFFECTUS

AFFECTUS

2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。

最終更新日:

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