
Image by: Courtesy of Rick Owens

Image by: Courtesy of Rick Owens
Instagramを開くと、“暮らし”を切り取った短い動画がフィードにあふれている。丁寧に編集された旅行や派手な特殊効果よりも、部屋の一角や朝食のテーブル、恋人との会話といったありふれた場面が人気を集める。柴犬やマンチカンなど、犬や猫との何気ない瞬間を捉えたリール動画には、私自身思わず頬が緩み、気がつけば笑みが浮かんでいることも多い。
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そこに映っているのは特別な出来事ではない。けれども、服や食器、部屋のしつらえ、ちょっとした振る舞いの中にその人の価値観が滲み出ていて、見ている側は自然と引き込まれていく。ありふれた時間が、コンテンツに変わる。それが、今の時代を象徴する感覚なのかもしれない。生活の選択がそのまま表現へと滑り込み、日常が静かに自己演出の場になる──そんな気分の変化が背景にある。
こうした現象を見ていると、思い浮かぶデザイナーがいる。リック・オウエンス(Rick Owens)だ。彼のコレクションは、劇場的なショーや挑発的な造形で知られるが、その根底にあるのは意外にも、きわめて個人的で日常的な要素ではないだろうか。
日々のトレーニングで鍛え上げた肉体、ミニマルで彫刻的な自宅、選び抜かれた家具、そしてパートナーであるミシェル・ラミー(Michèle Lamy)との関係性。そうした「生活の景色」が、服の形や素材、さらにはショー全体の世界観にまで反映されているように見える。
オウエンスの服は日常から切り離された特別なものではなく、「どう生きるか」という姿勢が視覚化されている。重厚なレザーや誇張された肩のラインは、服飾史に刻む新たな解釈であると同時に、自身の生き方をそのまま投影した形にも感じられた。
日常がそのまま創造になる時代。誰もが生活をコンテンツ化し、クリエイションへと転換できる現代において、「リック・オウエンス」という存在は「生活と創造の関係」を考える上でひとつのヒントを与えてくれる。日常をどう整えるか、身体をどう扱うか。その累積が、やがて一つのブランドの輪郭になっていく。(文:AFFECTUS)

来日したリック・オウエンス(2023年撮影)
Image by: FASHIONSNAP
誇張された肉体も、生身の身体も「マテリアル」
オウエンスを語るとき、まず触れたくなるのは彼自身の身体だ。自宅にはプロ仕様のジムを思わせるほどのトレーニングマシンが並び、日々の鍛錬が生活に欠かせない。鍛え上げられた肉体は、健康維持以上の意味を持つ。隆起した胸板や広がる肩幅、逞しい上腕は、彼が自身に課してきた負荷を物語り、その造形は服のシルエットにまで影響を及ぼしているように見える。身体はデザインの素材そのものなのだ。
実際、彼のコレクションには「肉体を強調するための服」と感じられるルックが少なくない。直線的に張り出したショルダーラインは、力強い上半身を前提にデザインされているかのようだ。しかし、2026年春夏メンズコレクションではその表現が一転する。誇張は抑え込まれ、人間の身体そのものをありのままに見せるルックが相次いだ。裸の上半身と、静かなカッティング。素材感と体温の境界が、微妙な緊張を孕んで立ち上がる。

Rick Owens 2026年春夏メンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens

Rick Owens 2026年春夏メンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens
ショー冒頭から続いたのは、上半身裸のモデルたちだった。これまでならば象徴的に登場していた、肩を大きく張り出させたジャケットやコートは姿を見せない。それらのアイテムが登場しても、肩の強調は残されていたが、造形は誇張を削ぎ落として静かに佇んでいた。大文字で叫ぶのではなく、小文字で語りかける。そんなタイポグラフィに通じる抑制の美学だ。

Rick Owens 2026年春夏メンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens

Rick Owens 2026年春夏メンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens
肩先をラウンドさせたフラットなラインは、パターン的にはデザイン性が高い。だがオウエンスにとっては「シンプル」と呼べる領域にあった。わずかに肩先がドロップしたコートや、コンパクトな肩幅のライダース型ジャケットなど、ベーシックに近い型も複数登場した。オウエンスのショーにおいてシンプルは「異彩」だ。

Rick Owens 2026年春夏メンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens

Rick Owens 2026年春夏メンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens
身体が先にあり、服がそれを包むのではなく、身体そのものが造形の一部として組み込まれる。オウエンスの服は、「服をデザインする前に、自分の身体をデザインする」という順序に近い。デザイナーでありながら、自身をモデルにし、素材として提示しているかのようだ。身体という「型紙」を更新し続けることが、服の更新に直結している。
ただし、ファッションデザイナーの仕事は、自身の「個性」と時代の「価値観」を結びつけることにある。その接触にこそ新しさが生まれる。現在、ファッションの潮流は脱装飾化とシンプル化に向かい、再びミニマリズムが注目を集めている。オウエンスの変化も、その大きな流れを捉えたものではないだろうか。だが同時に、それは時代が変わっても自らのアイデンティティを手放さないという、強い意志の表明にも感じられた。
ここで思い起こされるのが、SNSで広がる暮らし動画=Vlogの風景である。人気を集めるのは、作り込まれた演出ではなく、飾らない素の姿。朝食をとる所作や、部屋でくつろぐ体勢。映っているのは家具や光であると同時に、その人の「身体のあり方」そのものでもある。
2026年春夏のメンズコレクションは、そうした日常の動画と共鳴するように「生の身体」に焦点を当てていた。ベーシックに近づいた肩のライン、鍛えられた胸筋をあらわにするカッティング。デザインの実験であると同時に、それはオウエンスが積み重ねてきた生活の表れでもあった。誇張と生身、どちらも同じくらい「マテリアル」だという宣言に聞こえた。
「服を着るとは、空間をまとうこと」日常が導くアーキテクチュラルウェア
パリのパレ・ブルボン広場にあるオウエンスの自宅兼アトリエ(かつてフランス社会党の本部として使われていた建物)は、まるで現代美術館のようだ。壁や床は無機質なコンクリートで構成され、巨大な家具やアートピースが厳かに配置されている。その光景は「居住の場」であると同時に、彼自身の美意識を投影したインスタレーションのようでもある。そこでは、冷たい素材に落ちる自然光の角度や、靴音の反響までもが空間の一部となり、生活が展示のように立ち上がるのだろう。
オウエンスは、パリの現代美術館パレ・ド・トーキョーでショーを開催することが多いが、自宅を会場にしたこともある。2024年秋冬コレクションがその例だ。住まいとランウェイが地続きになることで、彼の創造がどこから立ち上がるのかが、より明確になった。

Rick Owens2024年秋冬ウィメンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens
自宅の空間設計へのこだわりは、コレクションと直結している。ウィメンズでは直線的でモノリシックなシルエットや、有機的に積み上げられたフォルムが登場し、ル・コルビュジエ(Le Corbusier)やザハ・ハディド(Zaha Hadid)など、偉大な建築家の設計を身に纏うかのようだった。衣服は身体を覆う以上に「構造体」として立ち上がり、家具や建築の発想をそのまま服に移し替えているかのように見えた。

Rick Owens2024年秋冬ウィメンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens

Rick Owens2024年秋冬ウィメンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens
肩を異様に尖らせたジャケット、断層のように膨張するシルエット、肉体から乖離して立ち上がる造形。それらは会場となった居住空間のミニマルさと対照をなし、「衣服」というより「身体の再設計」を思わせた。そしてメンズコレクションでは、その建築的アプローチがさらに先鋭化していた。

Rick Owens2024年秋冬メンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens
注目すべきはフットウェアだ。ロングブーツと呼んでよいのか迷うほど、膝下から楕円状に膨らむ形態は、ファッションの枠組みを逸脱している。そこに浮かび上がるのは、アントニ・ガウディ(Antoni Gaudí)の有機的建築や、アニッシュ・カプーア(Anish Kapoor)の彫刻が持つ、生命的な膨らみと抽象的な質量感である。巨大なボリュームを伴った服はモニュメントであり、移動する建築物のようでもあった。

Rick Owens2024年秋冬メンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens

Rick Owens2024年秋冬メンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens
興味深いのは、こうした建築的な発想がオウエンスの日常と分かちがたく結びついていることだ。彼にとって生活空間は単なる「住む場所」ではなく、自身の感性を実験する場である。家具の選択も、壁の色も、アートの配置もすべてが美意識の延長線上にあり、その先に服が存在している。服は身体を包む外殻であり、同時に空間を体験させる装置でもあるのだ。
オウエンスにとって「家と服」は同じレイヤーにある。生活空間を設計することと、服を設計することは切り離せない。服を着るとは、空間をまとうことである。2024年秋冬コレクションに登場した異形のシルエットは、彼の非日常的な住環境から導かれた、日常の反映だった。
創造に影響を与える“影”、ミシェル・ラミーの存在
黒髪をなでつけ、両手には重厚なジュエリー。アイシャドウで黒く縁取られた目、シガレットを手放さない姿。一度見れば、忘れられない強烈なイメージがそこにある。オウエンスの妻であり、ビジネスパートナーであり、創作の重要な協力者。それが、ミシェル・ラミーという人物だ。
1944年にフランス東部のジュラで生まれたラミーは、パリで法学を学んだのち、渡米する。1970年代には自身のブランド「ラミー(Lamy)」を設立し、洋服やジュエリーを通じた表現を始めた。拠点にしたロサンゼルスでは、ナイトクラブやレストラン「レ・ドゥ・カフェ(Les Deux Cafés」を経営し、ラミー自身もアンダーグラウンドな文化をけん引する存在として名を知られるようになる。
1990年代後半、ラミーはパタンナーとしてオウエンスを雇用する。これが二人の出会いだった。やがてプライベートでもパートナーとなり、2000年代には拠点をパリへ移す。共同経営者として活動する傍ら、ラミーは家具の制作にも乗り出し、創造の領域を広げてきた。
だがラミーを単なる「支える存在」とするのは適切ではない。彼女は独立したアーティストであり、「インタビュー・マガジン(Interview Magazine)」をはじめ数多くの海外メディアから単独インタビューを受けている。その強烈な個性は、オウエンスの世界観に確かな刻印を残している。
ラミーの象徴といえば、そのゴシックな身体性だ。金歯が覗く笑みにはパンク的な反逆の気配が漂い、濃いアイシャドウやジュエリーの重みは、他者との違いを恐れない姿勢そのものを物語っている。その精神性はオウエンスのコレクションにも影のように映り込む。影は単に背後に寄り添うのではなく、輪郭を際立たせ、時に色を変え、主役のあり方を新たな姿に変えていくものだ。

Rick Owens2024年秋冬ウィメンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens
オウエンスのコレクションは服だけでなく、フェイスメイクも特徴だ。2024年春夏ウィメンズコレクションのそれは、未知の惑星からの来訪者を思わせた。ラミー自身もまた、濃厚なメイクをまとう。そこにためらいは感じられない。他者と異なることにこそ、最大の価値がある。ダークなアイシャドウや煌めく金歯は、ラミーが放つ自信の象徴にほかならない。過剰であることこそが、コレクションの核とも言えるかもしれない。

Rick Owens2024年春夏ウィメンズコレクション
Image by: Courtesy of Rick Owens
オウエンスの色彩といえば黒である。すべてを呑み込むその色は、妖しさと力強さを同時にたたえる。全身を黒で覆うスタイルは、神秘的でも荘厳でもあり、ラミーが装う退廃的な美学の延長線上にある。
2016年春夏コレクションでは、人間の身体を人間にまとわせるという常識を覆す試みが行われた。布やレザーを超えて「人間を素材とする」発想には、ラミーの精神性に通じる強烈なパンクマインドが宿っているように感じられた。セオリーに従ってばかりでは、新しさは生まれない。皆が信じるものを疑うことから、クリエーションは始まる。

リック・オウエンス2016年春夏コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight

リック・オウエンス2016年春夏コレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
彼女はときに自らモデルとしてランウェイに立ち、オウエンスの世界を体現した。2022年春夏ウィメンズコレクションでラミーがファーストルックを飾ったとき、その姿は単なる演出を超え、オウエンスの美学そのものを代弁していた。

リック・オウエンス2022年春夏ウィメンズコレクション
Image by: ©Launchmetrics Spotlight
SNSで恋人や友人と共に暮らす日常の断片が人気を集める今、重視されるのは「一人のスタイル」ではなく「関係性が生むスタイル」だ。オウエンスとラミーの関係もまた、その延長線上にある。一緒に暮らすパートナーから影響を受けるのが、人間というもの。ましてや、鋭敏な感性を持つクリエイターならば必然ではないだろうか。ラミーとオウエンスは、創造においても強く結びつく。二人の生活が、コレクション全体のトーンへ影響を及ぼしていく。
日々の生き方が未来のファッションを変える
今の時代、私たちは日常を切り取ってはSNSに投稿し、互いの生活を観賞している。けれども、それは単なる映像ではなく、生き方の輪郭を伝えるひとつの表現でもある。
リック・オウエンスとミシェル・ラミーの生活は、その極端な形だろう。鍛えられた身体、ミニマルな住まい、ゴシックな外見。それらが服やショーの造形に染み込み、世界観として結晶していく。人から見れば非日常に見えるものも、二人にとっては毎日繰り返される日常。そして、そんな日々が創造に滲み出ている。
そこから見えてくるのは、生活そのものをデザインする未来である。衣服は単に身体を覆う道具ではなく、日常をどう生きるかの延長にある。服は生活のユニフォームだ。制服が集団の一体感をつくり、作業着が身体を守り、儀式の衣装が人を神聖化してきたように、ユニフォームは常に「生き方を示すしるし」として機能してきた。では、現代におけるユニフォームとは何だろうか。快適さを優先する服か、挑発を仕掛ける服か、それとも関係性を映す服か。
私たちは何に忠誠を誓い、何を守り、何を祝福するのか──その選択がユニフォームの姿を決める。
もし生活の選択がそのまま創造を形づくるのだとすれば、私たちが日々どんな部屋に身を置き、どんな時間を過ごし、誰と関係を結ぶのか。そのすべてが未来のファッションを変えていくことになる。習慣が輪郭をつくり、輪郭が服の線を決める。小さな選択の累積が、やがて大きなスタイルを生む。
あなたの毎日はどんな服を生むのだろうか。
最終更新日:
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