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【トップに聞く 2026】阪急阪神百貨店 山口俊比古社長 「百貨店はオワコン、その考え方自体が時代に合っていない」

 「百貨店はオワコンだ」、その考え方自体が、もはや時代に合っていないのではないか⎯⎯そう語るのは、関西の百貨店の雄、阪急うめだ本店や阪神梅田本店を運営する阪急阪神百貨店の山口俊比古社長だ。地方を中心に淘汰が進む中、百貨店はどうあるべきなのか。「楽しさNo.1百貨店」を標榜する同社の山口社長に、今春改装が完了する予定の阪急うめだ本店の狙いを中心に、今後の展望を聞いた。

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山口俊比古/阪急阪神百貨店社長

山口俊比古社長ポートレート

(やまぐち としひこ)1963年京都府生まれ。1986年に神戸商科大学(現 兵庫県立大学)を卒業後、阪急百貨店(現エイチ・ツー・オー リテイリング)に入社。現場の店舗運営から本部の経営企画、マーケティングまで多岐にわたる部門でキャリアを積み、2009年に川西阪急の店長、2012年に阪急メンズ東京の店長を歴任。2014年に執行役員に就任。2018年に取締役執行役員を経て、2020年4月から現職。業界団体である日本百貨店協会の副会長も務めている。

◾️阪急阪神百貨店とは
長年のライバルであった阪急百貨店と阪神百貨店が2007年に経営統合し、持株会社エイチ・ツー・オー リテイリングが発足。翌2008年に事業会社として誕生。大阪・梅田の2つの本店を中心に、関西、関東、九州で計15店舗を展開している。2025年3月期の業績は、売上高が前期比10.0%増の6356億円、営業利益が同42.7%増の282億円。

グラフ

「反動による売上減は悲観していない」

⎯⎯2025年は大阪・関西万博もあり、関西圏は盛り上がったと思います。振り返ってみて、どのような一年でしたか。

 2025年は非常に特殊な年だったと考えています。物事を評価する際、通常は前年比で見るものですが、2024年が平常だったかというと、決してそうではない。コロナ禍から解放された2023年、2024年は「リベンジ消費」が目覚ましく、マーケット全体が積極的に交流しようとする時期でした。特に2024年は、4月から7月頃まで円安が続き、さらにラグジュアリーブランドが一斉に値上げを発表しました。これにより、その前の「駆け込み需要」が非常に大きかったのです。海外のお客様から見れば、日本は“ラグジュアリーブランドをお得に購入できる場所”となっていました。

 このような特別な2024年に対し、2025年はコロナ明けの特需が落ち着いた年です。航空機の飛行に例えるなら「水平飛行」に入った年ではないかというのが私の見立てです。

⎯⎯2026年3月期上期(2025年4〜9月)の実績では、インバウンド売上は491億円を計上。“特別な年”だったという前年実績の693億円を下回ったほか、540億円の期初予想に対して約50億円下振れました。

 ぐんと売上が伸びた前年の反動で7月頃までは向かい風でしたが、8月から11月までは国内客の売上が好調に推移して、全体の売上は前年超えが続きましたし、インバウンド売上も前年と同水準にまで回復しました。11月後半以降は関西国際空港における中国便の減便の影響もあり、インバウンド売上は再び落ち込みつつありますが、そんな中でも海外の富裕層のリピーターのお客様による売上は健闘しています。今後の見通しとしては国内客の売上は堅調、インバウンドの全体売上は特殊な要因を除けば順調に進むのではないかと見ています。

⎯⎯前年の反動による売上減は悲観的にはなられていない、ということでしょうか。

 そうですね。

⎯⎯大阪・関西万博の開催により、業績にポジティブな影響はありましたか。

 大阪・関西全体が盛り上がりを見せたのは事実です。しかし、この盛り上がりの影響は、必ずしもプラスばかりではありませんでした。盛り上がるといろいろな物価が上がり、ホテルが取れなくなるという問題も出てきます。そうなると、普段ショッピングを目的に国内外から訪れるお客様は、「今は価格が高いから」と買い物を敬遠しがちになります。また、余暇の過ごし方も「買い物」から「万博」へとシフトする傾向が見られました。このように、時間的にも経済的にも、小売業にとっては少なからずマイナス要因があったと言えるでしょう。

 一方で、もちろん大きなプラスもありました。万博を機に来日し、海外から数多くの人々が関西に来られたわけですが、パビリオンを出展している国の関係者も含めて、これまで私たちの店で免税利用の実績がなかった約20ヶ国のお客様が、初めてパスポートを使ってお買い物をされたんです。この方たちは、母国では政治的、あるいは経済的にリーダーシップを取っているような、高い影響力を持つ方々である可能性が高い。その方々が日本に初めて触れて、帰国後に「日本は素晴らしかった」「大阪は良かった」「阪急や阪神での買い物が楽しかった」と口コミで広げてくださる。そうすると、将来的には彼ら自身、あるいはその話を聞いた方々がまた来てくださる。これは長期的な視点で見れば、非常に大きなプラスとなるでしょう。ですから、短期的なマイナスと中長期的な大きなプラスを差し引きして、長い目で見たらプラスになると考えています。

山口俊比古社長インタビューカット

⎯⎯インバウンド売上は中国が6割以上を占めています。12月のインバウンド売上高は全体で約2割減、そのうち中国客の売上は約4割減と、政治的背景などに起因する影響が出始めているように感じますが、今後のインバウンドの見通しについてはいかがでしょうか。

 私たちの百貨店をご利用いただくインバウンドのお客様、特に富裕層の方々はツアー客のような団体ではなく、個人のリピーターが多いんですよ。例えば、日本の地方にお住まいの富裕層の方が、年に数回、ご自身の用事で大阪にお買い物に来られる。それと同じような感覚で、中国の富裕層の方も、ライフスタイルの中でお買い物やお仕事のために日本と中国を行き来されています。そこで、「訪日観光客」という一括りではなく、リピーターのお客様を大切にすべきだと考え、「海外顧客VIPクラブ」という、日本でいう外商のようなサービスを2016年秋に阪急本店で立ち上げ、2019年の秋に本格的に拡大させました。現状、その会員様のお買い上げ額は大きな減少には至っていません。

 VIP会員は現在、会員数は約4万人にまで増え、年間で6割近くの方がリピートしてくださっていて、インバウンド売上全体をしっかりと下支えしてくれています。今はその基盤がありますし、ツーリストの方々もいずれ戻ってくると考えています。先行きは予想つきませんが、悲観はしていません。

※海外顧客VIPクラブ
過去1年以内に累計100万円以上購入した免税資格を持つ顧客が対象。割引購入になるほか、優先免税手続きや購入商品のワンストップ受け取りといったサービスを提供している(店舗により対象外のサービスあり)。

⎯⎯国内外問わず、富裕層向けの戦略は百貨店競合他社も力を入れています。阪急阪神百貨店として力を入れている取り組みはありますか?

 外商という組織は、会社の暖簾を代表してお客様と向き合う重要な存在です。これまでは、お客様と外商員が1対1のペアで関係を築いてきました。しかし、お客様の要望はどんどん多様化・成熟化しており、外商員一人ですべてを受け止めるのは難しくなっています。限られたリソースで成績を最大化しようとすると、どうしても宝飾品や時計、高額なバッグといった単価の高い商材に偏りがちになります。しかし、お客様の暮らしはそれだけではありません。服も着るし、化粧もする。ご家族もいれば、家もある。食べるもの、寝るときに使うもの、暮らしのすべてに関わるご用事があるはずです。

 そこで私たちは「チーム制」を導入しました。お客様と外商員の後ろに、店舗のあらゆる情報に精通した「ストアアテンダント」、各カテゴリーの専門知識を持つ「カテゴリースペシャリスト」、そして各ブランドの店長というネットワークを構築したんです。外商員がお客様から伺ったご用事を、このチーム全体で最適な解決策を考え、提案する。まさに「ワンチーム」でお客様の暮らし全体を豊かにするお手伝いをしています。ご自宅に伺うのではなく、お客様自身が来店されることも増えましたから、外商員が対応できない場合でもストアアテンダントがご案内する。こうしたチームでの対応によって、お客様の満足度が向上しています。

独自の価値観を打ち出した「ワールド化」に強み 阪急うめだ本店が改装中でも好調

⎯⎯「ファッションの阪急」というイメージを象徴する阪急うめだ本店は現在、段階的に大規模なリニューアルを進めていますが、売上は前年実績を超えているそうですね。

 おっしゃる通り、現在は6階フロアを閉鎖しているのをはじめ、館内のさまざまな場所で工事を行っています。営業面積がかなり減っている中でも、阪急本店(阪急うめだ本店と阪急メンズ大阪の合算)の10、11月の累計売上高は前年同期比2%増で推移しました。これは2012年の建て替えオープン以降、あるいはコロナ禍を経て、私たちがずっと積み上げてきた取り組みが、少しずつ花が開き、店の地力となって表れた証拠だと感じています。

外観

阪急うめだ本店

Image by: FASHIONSNAP

⎯⎯具体的には、どの売り場が好調なのでしょうか。

 衣料品や化粧品、食品、美術・宝飾・貴金属が軒並み好調です。特にアパレルが堅調に伸びていますね。

 まず、婦人ファッションを牽引しているのが、3階の「モード」ワールドの売り場です。ここは前年同期(2024年10〜11月)比27%増と驚異的な伸びを示しています。リニューアルを機に「コム デ ギャルソン・ガール(COMME des GARÇONS GIRL)」や「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」「フィービー ファイロ(PHOEBE PHILO)」「リック・オウエンス(Rick Owens)」といったブランドが関西初出店してくださっています。あれだけの品揃えとラインナップが一堂に会する場所は、国内外を見てもほぼないでしょう。

 面白いことに、最近はギフト需要も生まれています。これまでのブランドギフトといえば、数万円から10万円未満のレザーグッズが中心でしたが、キャッシュレス化で革小物を持つ人が減りました。そこで新たなギフトアイテムとして浮上したのが、モードフロアに充実しているマフラーなんです。高感度なファッショニスタのスタイリングアイテムとしての需要と、ギフト需要が重なり、特にこの秋冬は大きく伸びています。

 4階のコンテンポラリー婦人服の売上高も同18%増と好調です。数年前からD2Cブランド、つまりインフルエンサーなどがオンラインで販売しているブランドのポップアップストアを積極的に展開し、リアルな場でファンと交流したいクリエイターと、新しいものに出会いたいお客様を繋ぐ場として成長しています。また、今回の改装で、3階にあった若い世代向けの売り場を4階に移設しました。関西は家族の繋がりが強いので、お母さんと娘さんが一緒に買い物に来られることが多い。お母さんが娘さんのファッションを取り入れ、娘さんがお母さんのファッションから上質なものを選ぶ。そうした世代間の交流が生まれることで、相乗効果で売り場全体が活性化しています。

 そのほか、ブライダルジュエリーが好調な1階のアクセサリーは同19%増、フレグランスが男性客の取り込みにつながっている化粧品は同4%増、ベビー・こども服は17%増で推移しています。そして、8階の「グリーンエイジ(GREEN AGE)」は同31%増です。2023年4月にオープンしたグリーンエイジは開業2年目から2桁成長を続けています。サステナビリティやウェルネスといった価値観で編集した売り場は他にあまりないため、国内外からお客様が訪れる、まさに象徴的な売り場です。

⎯⎯売り場を商品カテゴリーで分けて構成するのではなく、グリーンエイジのようにコンセプトで編集するというのは、従来の百貨店からすると画期的な取り組みだと思います。

 これまでの百貨店は、婦人服、紳士服、ベビー・こども服といったカテゴリーごとにフロアや売り場を作っていました。しかし、お客様の価値観はもっと多様化しています。私たちはマーケティングチームが常に時代の潮流を捉え、それを私たちのお客様に響く形、そしてビジネスとして成立する形に落とし込むための仮説検証を繰り返しています。その結果として生まれたのが、グリーンエイジのようなコンセプト型の売り場です。ブランドの知名度だけではなく、しっかりとしたコンセプトを持ち、独自の価値観を打ち出して「ワールド化」し、お客様にとっての「目的地」にしていくこと。それが今の時代に支持される秘訣なのだと思います。

⎯⎯2025年4月に3階に新たにオープンした「ビヨンドワールド(BEYOND WORLD)」では、「アーダーエラー(ADER ERROR)」をはじめとする韓国ブランドを多数集積しています。

 韓国のブランドには3つの強さがあると考えています。1点目はクリエイティブの強さ。商品だけではなく、オフラインとオンラインを横断した「体験」を非常に意識して設計しています。プロダクトに加えて、空間演出、ヴィジュアル、ストーリーテリング、香り、音楽といった要素が一体となって世界観を作り出している。特にデジタルネイティブ世代に対し、スマートフォン越しにどう見えるかを徹底的に計算してヴィジュアル化している。これが韓国のクリエイティブの強さだと思います。2点目は、ビジネスの判断が圧倒的に早い。そのスピード感と多様性を掛け算して、新しいものを次々と生み出しています。これは日本のリテールにとって大きな刺激になります。そして3点目は、K-POPアイドルというグローバルな発信力をうまく活用している点です。

 この3つの強さを持つ韓国ブランドは、単にエンターテインメントを含めてトレンドだから、という捉え方ではなく、「次世代のグローバルスタンダード」を体現している存在だと思っています。実際に、来店されるお客様も男女のカップルだけでなく、男性同士、女性同士、若い男性が数人で、といった多様なグループが訪れ、ジェンダーの垣根なく、一緒に使うことを視野に入れながら会話して買い物を楽しんでいる。従来の性別や年齢、カテゴリーといったくくりを超えたお買い物体験が、そこではっきりと見えます。だからこそ、私たちが彼らから学び、導入することで、私たち自身も変わっていかなければならないと考えています。

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阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」
阪急うめだ本店「ビヨンドワールド」

アーダーエラーの店舗。奥に見える“ハイパーリアルマネキン”も空間デザインのポイントの一つ。

Image by: FASHIONSNAP

「ビヨンドワールド」の売り場

⎯⎯今後も韓国ブランドの出店は増やしていく方針ですか?

 韓国ブランドであること自体にこだわっているわけではありません。韓国ブランドから学んだことを、日本のブランドや他の国のブランドにも活かしていきたいですし、私たち自身が変わっていくことが重要です。もちろん、館のすべてがそうなるわけではありません。多様な価値観のお客様がいらっしゃいますから、あくまでバランスです。新しい次世代のお客様にファッションを楽しんでもらうためのワールドとして、今の規模感が適切だと考えています。

⎯⎯3月20日にオープン予定の5、6階では、ラグジュアリーをいっそう強化すると伺っています。

 これまで5階がラグジュアリー、6階が宝飾・時計、ラグジュアリーと一部婦人服でしたが、改装後は5階と6階の2フロア全体がラグジュアリーワールドになります。グローバルに見ても遜色のない、圧倒的なインパクトのある空間になると思いますので、ご期待ください。

⎯⎯阪急うめだ本店の向かいある阪神梅田本店も2025年にリニューアルが完了しました。

 もともと阪急百貨店と阪神百貨店は別の会社で、目と鼻の先でライバルとして切磋琢磨していました。それが経営統合したわけですが、会社は一つになっても、お客様がそれぞれの店に求めるものは違います。

 阪神の良さは何かといえば、やはり「食の阪神」。そしてそのストアコンセプトの根底には「毎日の暮らしを豊かに幸せに」との思いを込めました。一方で、阪急は「憧れ」や「ライフスタイルのアップデート」を提案する店。この軸を明確に分けることで、それぞれの個性を磨いています。

⎯⎯阪神梅田本店には、都心型の百貨店としては珍しく、「ロフト」や「無印良品」が入っています。

 それこそが「毎日の暮らしを豊かにする」という思いの表れです。ラグジュアリーブランドではなく、暮らしを楽しくする専門店であるロフトと無印良品を入れる。これをやりきっているんです。

 そして、これが素晴らしい相乗効果を生んでいます。ある調査では、百貨店に大型専門店を入れても買い回り効果は薄いといった結果が出たそうですが、当社は全く違います。ロフトで買い物をされたお客様の約8割が、阪神梅田本店の他の売り場でも買い物をされているんです。無印良品では買い回り率が9割に達します。これは、専門店を入れたことで新たな集客が生まれ、館全体がハイブリッドな魅力を持つ施設としてお客様に受け入れられている証拠です。

⎯⎯郊外店でも、そうした百貨店と専門店のハイブリッド化を進めていくのでしょうか。

 すでに進めている店舗もあります。特に郊外の百貨店は、都心と同じMD(商品構成)では成り立ちません。暮らしに寄り添うことが重要になります。ですから、郊外こそ、百貨店が提供すべきMDと、暮らしに必要な専門店のMDをハイブリッドさせ、館全体の価値を高めていく必要があると考えています。これらは高槻阪急スクエアや川西阪急スクエアで成果が出ています。

「百貨店はオワコン」、その考え方がもはや時代に合っていない

⎯⎯2026年はどのような年になると予測されていますか。

 不透明で厳しい年になる可能性があると見ています。インバウンドは先行きの見えない国際情勢がどこで収束するかわかりませんし、国内のお客様も物価高の問題などから、消費の仕方がよりメリハリの効いたものになってくるでしょう。富裕層はある程度堅調に推移すると思いますが、中間層は横ばい、もしくは少し厳しくなるかもしれない。頑張らないといけない年だな、というのが正直なところです。

山口俊比古社長インタビューカット

取材当日に着用したスーツは、自身が店長を務めたこともある「阪急メンズ東京」で作ったオーダーメイド。

⎯⎯そうした状況の中で、どのような一年にしていきたいですか?

 やはり、現在進めている阪急うめだ本店の改装を成功させ、その成果を最大限に創出することが最大の目標です。2025年はしゃがんだ分、2026年は大きくジャンプしたいと思っています。

⎯⎯昨今、「百貨店はオワコンだ」というような声も聞かれます。

 「オワコン」という言葉は、「今の時代に適さない」という意味合いで使われますが、私はその考え方自体が、もはや時代に合っていないのではないかと思っています。かつては、時代を象徴する一つのトレンドや価値観があり、そこから外れると「時代遅れ」とされました。しかし、今はどうでしょう。価値観が非常に多様化している時代です。

 大切なのは、どの価値観に響く付加価値を私たちが提供できるか、ということです。これからの時代は、IT、デジタル、AIがさらに進化し、世の中はどんどん便利で効率的になっていきます。物理的な価値が突き詰められていく時代になればなるほど、振り子のように、その反対側にある「精神的な価値」の重要性が増していくはずです。

⎯⎯山口社長にとって「精神的な価値」とは?

 人間らしさ、人との繋がり、絆、コミュニケーション、共感、信頼、愛着、五感で感じる体験。そういったものです。リテーラーとして、「心の豊かさ」「心の元気」「心の健康」という付加価値をどう提供できるか。実は、これこそが私たちがずっとやってきたことなんです。当社のヴィジョンは「お客様の暮らしを楽しく、 心を豊かに、未来を元気にする楽しさNo.1百貨店」。これからの時代、このヴィジョンを時代と共にアップデートし、やりきることこそが私たちの使命だと考えています。

⎯⎯AI化が進むと、リアルな場での接客力や販売員の価値が、より一層問われることになるかと思います。今後どのようなスキルが必要になるとお考えですか。

 私たちが目指すヴィジョンを具現化するには、従業員一人ひとりがお客様に寄り添い、行動を起こすことが不可欠です。そのために、2023年度から「お客様の喜びは、私たちの喜び」という私たちが大切にする価値観を掲げ、これを企業文化として醸成する取り組みを始めました。具体的には、お客様の声に耳を傾け、その興味、関心、課題に気づき、共感する。そして、お客様のお困りごとを解決し続けることで、お客様に喜んでいただく。そのお手伝いができた私たち自身も、チームも成長し、喜ぶ。このサイクルを実践しよう、ということです。

 そして、この行動を促すために「カスタマーサクセスアワード」という社内報奨制度を同年度に新設しました。一年間、この価値観に基づいて実践したことを、部署や役職に関係なく全社員が自薦で応募することができる制度で、最終的な受賞者は役員だけでなく社員全員の投票で決まります。これは、紅白歌合戦の視聴者投票からヒントを得ました。経営層だけで評価するのではなく、みんなで選び、みんなで称え合う。そうすることで、この価値観が本当の意味で企業文化として根付いていくと考えています。

 ヴィジョンは理解できても、なかなか行動に移せないという声もありましたが、このアワードという具体的な仕組みを作り、さらには人事評価とも連動させることで、一歩一歩、着実に行動する文化が育ってきていると実感しています。この積み重ねこそが、AI時代にも負けない強い企業体質を作ると信じています。

※カスタマーサクセスアワード
2023年度に新設。企業文化の醸成の他に、「人材の育成」「人材の発掘」「ビジネスの種の発掘」といった3つの目的をもとに、山口社長が自ら考案した。エントリー対象は百貨店勤務の全社員。自身の顧客を定め、その顧客の悩みに共感し課題に気づき、取り組みテーマを設定した後、課題解決に向けた取り組みを実践し、そのプロセスや取り組み方法、結果などを記入のうえ、自薦による個人応募が可能。2025年3月期に実施された第2回では全社員のうち6割を超える約2500人が応募した。

⎯⎯最後に改めて、山口社長にとって「楽しい百貨店」とは、一言で言うとどのような場所でしょうか。

 「楽しい」というのは、ポジティブな心の状態のことだと私は考えています。つまり、「心の豊かさ」「心の元気」「心の健康」。これらを提供できる場所こそが「楽しい百貨店」です。それは、先ほどお話しした私たちのヴィジョンそのものですね。

Photographer:FASHIONSNAP(Haruna Hamamura)

FASHIONSNAP 編集記者

伊藤真帆

Maho Ito

東京都出身。高校時代に編集者を志し、デザインもわかる編集者を目指して美術系専門学校でグラフィックおよびウェブデザインを学ぶ。ウェブメディア「ORICON STYLE(現・ORICON NEWS)」で編集を経験後、カナダでのワーキングホリデーを経て、2014年にレコオーランドに入社。ライフスタイル領域をメインに担当後、現在はシニアエディターとしてデスク業務のほか、セレクトショップや百貨店・商業施設、ECといった小売関連企業を中心に取材。企業のトップに取材する連載「トップに聞く」を担当している。趣味はボードゲーム。

最終更新日:

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