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新ビジネスモデル「D2C」の躍進と大企業のジレンマ

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先日の記事、アパレル業界を席巻する新勢力 - Direct to Consumer (D2C) で成功した7つのブランドでは、D2Cという新しいビジネスモデルでアパレル業界に切り込み、見事成功を遂げたブランドを紹介した。今回の記事ではもう少し深掘りをし、「D2Cがここまで成長した背景」やそこから浮かび上がる「大企業の抱えるジレンマ」に焦点を当てたい。

Direct to Consumer とは

前回の記事と重複にはなるが、Direct to Consumer (D2C)について簡単に説明したい。 D2Cとはその名前の通り、自ら企画・製造した商品をどこの店舗にも介すことなく販売するビジネスモデルのことである。同じような形態であるSPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)と最も異なる点は、店舗での販売を行わず自社運営のECサイト上でのみ販売していることだ。

中間業者を極力省くことで工場から店舗までのシンプルなサプライチェーンを実現したのがSPAだが、D2Cはこれをベースにしたうえで、さらに店舗を運営する際にかかる費用も削減。そうすることで質の高い商品を更にリーズナブルな値段で売ることを可能にしている。このビジネスモデルはEC版SPA、オンラインSPAとも称されているが、アメリカではこれをベースにするスタートアップが急激に増えてきている

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↑ 前回の記事で紹介したD2Cで成功したブランド達。メガネやスニーカー、スーツケースから女性用タンポンまで、ありとあらゆるジャンルでD2Cが増えてきている。

D2Cの2つの特徴

選び抜かれた少数精鋭のアイテム

D2Cブランドは選び抜かれた少数精鋭のアイテムでスタートすることが多い。ブランド力を築いてから販売商品を増やしていくという方法はかつてラグジュアリーブランドが行ってきたそれと共通している。ルイヴィトンが鞄メーカーとしてのブランドを築いてからライフスタイル提案という形で販売商品を増やしていったのは有名な話だろう。

今となっては多くの販売商品を抱えるD2Cブランドも最初は少ないアイテムでのスタートであるケースが多い。前回の記事でご紹介したWarby Parkerが当初扱ったのは$95のメガネのみ、Bonobosはデニム以外のメンズパンツのみ、Everlaneも無地のTシャツ・ネクタイ・かばんのみでのスタートだったという。

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↑ D2Cの基礎を築いたブランドのひとつであるBonobosは、男性にもデニム以外の選択肢が欲しいという思いから、チノパン等のみの取扱いでスタート。サイト公開後半年で約450万円を売り上げた。

ストーリーによるブランディング

ストーリーによるブランディングもD2Cの特徴としてあげられる。D2Cブランドの多くは歴史が浅く、著名なデザイナーを擁している訳でもない為、ストーリーによってアイデンティティを確立させるブランドが多い。

例えば、Warby Parkerの誕生のきっかけは創業者自らの辛い経験に基いているという。公式サイトにはこう書いてある。「私が学生の頃、バックパッカーをしている間にメガネを無くしてしまいました。新しいものを買いに行きましたが、値段が高すぎた為購入を断念せざる得ず、その結果、大学院での一学期間を目を細め、不満を言いながら過ごすことになってしまいました。Warby Parkerを興したのは、そんな苦い思い出を皆様には味わって欲しくないという思いがきっかけです。」

ストーリーによるブランディングは従来の店舗での販売をメインに行うブランドよりも、自宅で落ち着いてゆっくり買い物が出来るD2Cとの相性が良いと言えるかもしれない。ストーリーに引き込まれると、彼らの魂の篭った商品を思わず買ってみたくなってしまうだろう。

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↑ ストーリーでのブランディングはドラマや小説の主人公に感情移入してしまうのと似ている

D2Cが持つ3つ強み

ではD2Cの持つ強みとはどのようなものがあるだろうか。一般的にあげられるのが以下の3つである。

1.ブランドビジョンを伝えられる商品
2.顧客との関係構築
3.顧客データの収集・蓄積

1.ブランドビジョンを伝えられる商品

仲介業者を挟むことなく企画から製造・販売までをすべて自らで行う為、会社のビジョンや思想を直接購入者に伝えやすいのは大きな利点である。例えば、Everlaneが "Radical Trasnparency : 徹底的な透明性"というブランドコンセプトを伝える手段として、販売時に原価率を公開出来たのもD2Cというビジネスモデルならではだろう。

その一方、従来のアパレル企業で同じことをやるのは難しい。なぜなら商社やOEMメーカーが間に入ってしまうケースが多いからだ。彼らは複数のアパレル企業から仕事を受ける為、最悪の場合『「タグ」だけ違って他はほとんど同じ』なんてことも起こりうる。これでは店舗無しでのブランディングなど不可能だ。

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↑ Everlaneは原価だけではなくその内訳をも公開。材料費・労働費・関税・輸送費等の内訳や製造工場の詳細をEC上から簡単に見ることが出来る。

2.顧客との関係構築

製造だけではなく販売も自ら行うことで、顧客との関係構築の機会を増やすことが出来る。なぜなら、関係の構築は「販売する時だけ」ではなく、ブランドについて知ってもらう時から始まり、発送中のやり取り、返品の際のオペレーション等、総合的に築かれていくものだからだ。

他のECサイトに卸してしまうと販売してから顧客が関係を築く対象はその他社になる。これは大きな機会損失に他ならない。Amazonで購入した際に、購入商品と同時にAmazonのことも好き(嫌い)になるのはこれを象徴している例といえる。これはAmazonでの取扱いを拒否するブランドが続出している理由の一つとしてあげられるだろう。

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↑ 日本でも人気なサンダルメーカー、ビルケンシュトックは「『Amazon』で販売した業者には今後一切の取引を行わない」と断言。顧客との関係性構築はブランディングにも大きな影響を及ぼす為、Amazon等他社のオンラインサイト上での販売に慎重になるブランドも多い。

3.顧客データの収集

データの重要性が叫ばれるようになって久しいがアパレル業界も例外ではない。上流から下流まで単に担うことで、より細かい顧客のデータを収集・蓄積することが出来るだけではなく、それらを新商品開発にも活かしやすい環境となる。

これからの企業に不可欠な三種の神器とはでも紹介したように、21世紀における良い企業と素晴らしい企業を分ける一つの指標がデータの取得量と活用方法である。ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長 柳井正氏がこれからの産業について「すべての産業は、情報を商品化する新しい業態に変わる」と話すように、アパレル業界も同様にデータの重要性は日に日に増していくだろう。

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↑ GAFA (Google, Amazon, Facebook, Apple) は膨大なユーザーデータを武器に従来の産業分類の枠を超えたビジネスを展開し始めている。

店頭販売が不要な3つの理由

従来考えられてきた実店舗の役割とは以下の3つに集約されるのはないだろうか。

1.商品の購入場所としての役割
2.広告としての役割
3.顧客とのロイヤリティ構築としての役割

なぜブランドにとって実店舗での販売が不要になったのか。その理由について、上記3つの役割をキーワードと共にに見ていこう。

1.商品の購入場所としての役割 → 消費者行動の変化

ほとんどの人の頭の中に浮かぶのがこの役割だろう。少し前までは実店鋪以外に商品を買う手段などほとんど存在しなかった。ましてやメガネを通販で購入している人など周りに居ただろうか?

しかし2017年はもうそのような時代では無いのは皆様もご存知の通り。D2Cの先駆者であるWarby Parkerが売っているのはメガネである。これを足元から支えているのが、顧客のECでの購買体験への抵抗が無くなり、EC市場が拡大していることだ。

このことはAmazonとヤマト運輸のニュースに注目が集まる日本でも実感出来る流れではあるが、面積が小さくコンパクトな都市が多い日本よりも広大な面積を持つアメリカにおいてより顕著に感じることができる。

小売り業界全体の割合を見ると、日本におけるECの割合は5%以下にとどまるのに対し、アメリカでは10%以上を占める。また今年中には、長らくアパレル売上トップの座を守り続けていた大手百貨店チェーンのMacy'sを抜き、遂にAmazonがアメリカでトップに立つことが予想されている。

今後の成長率に関しても、Amazonのアパレル部門が30%近いのに対して、Macy'sは4%のダウンが見込まれている。EC市場の成長は今後も更に勢いを増していくことは間違いなく、この流れがD2Cブランドにとっても大きな追い風となっている。

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↑ アメリカで一番「服を売る会社」が百貨店ではなくIT会社になる日を誰が予想しただろうか。

2.広告としての役割 → SNSでの拡散

柳井氏はニューヨークやパリを含めたグローバル旗艦店を構えたことに対して、「世界に対して、〝ユニクロとはこういうブランドですよ〟という自己紹介はある程度できたと思います」と話す。このことからも店舗が販売する場所だけではなく「自己紹介」という名の広告の役割を持ち合わせていることは明らか。

では、実店舗を所持しないD2Cブランドは何をその代替として使ったのだろうか?一つではないが、その中で大きな役割を果たしたのがSNSである。

「インスタ映え」が流行語になり、「いかにインスタにポストしたくなるか」が商品開発の際も基準となりはじめている。購買体験において様々な形でSNSが影響力を及ぼしていることに疑いはないだろう。特にD2Cはミレニアル世代をターゲットとしている場合が多い為、彼らの生活に深く浸透しているSNSを広告として利用することで効率的に潜在顧客を見つけ、取り込むことが可能となる
例えばWarby Parkerは創業から約7年でFacebook上で68万件以上のいいね、Instagram上で35万以上ものフォロワーを獲得している。毎回写真をアップする度にこれだけの数の人が見てくれれば、店舗が担ってきた広告としての役割の一部を代替していると言えるだろう。

↑ Warby Parker が Youtube に投稿している動画。引き込まれてしまうほど面白く、"広告"を観ている感覚は全くない。"広告っぽい広告はもう終わり"も広告業界を表す一つのトレンドだと言える。

3.顧客とのロイヤリティ構築としての役割 → 実店舗の再定義

答えは実店舗の再定義

接客を含めた店舗空間を通しての顧客とのロイヤリティの構築も実店舗の果たすべき大きな役割の一つである。いくらテクノロジーが進化しようとも「直接会って話す」ことよりも優れたコミュニケーション方法が生まれることはない。

D2Cもそのビジネスモデルのメリットを活かし、ブランドと顧客との直接的なコミュニケーションを行っているが、オンライン上だけだとやはり関係性の深さに限界が出て来る。更にどれだけ便利になってもECサイトは使わないという層も少なからず存在する。そこでD2Cブランドが出した答えが実店舗の再定義である。彼らは「販売する」場所ではなく、「展示する」場所としての実店舗の出店を始めた。

メインフィールドはあくまでECサイト

ECでの販売でブランド築き上げた彼らは、実店舗ではなくECサイト上の方がいわばメインフィールドである。サイト上には優れた購入体験を提供する為のコンテンツが豊富にある。であれば、実店舗でわざわざ購入してもらう必要はない。更に「販売する場所」としての店舗の潜在的な問題点として、在庫を管理する必要がある為、取り扱える品数が限られているということが挙げられる。「大きな店舗での扱いしかございません」「Mサイズは品切れですが、Sサイズでしたらございます」そんなことを言われがっかりした経験が一度はあるのではないだろうか。

そこで多くのD2Cブランドは販売を一切行わない「展示場」として実店舗の役割を再定義した。在庫を抱える必要も無ければ、売り切れてしまったということも起こり得ない。「顧客とのロイヤリティ構築」という店舗の役割の観点から見れば、こちらの方が合理的だという判断も頷ける。例えば、Bonobosのリアル店舗にはオンラインストアに展開されている全商品・全サイズが常に準備されているという。

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↑ Bonobosは自らの実店舗を販売を一切行わない"Guide Shop"として出店。予約すれば担当のスタッフがコーディネートの相談に乗ってくれる。

無理やり体験させることで、"食わず嫌い"も顧客に

更にこの「展示場」としての出店にはもう一つの大きな理由があった。商品が決まって購入する際には、店員さんと一緒に自宅のPCからの注文と同じプロセスを店内のPCを使って注文するのだ。これにより、ECでの購入にまだ抵抗が残っている層にもECでの購入を"無理やり体験させる"ことが出来る。つまり、ECでの購入を体験してもらうことで、その利点を肌で感じてもらえるのだ。ECでの購入を体験したことがないのにもかかわらず、抵抗を感じている「食わず嫌い」な客層を取り込めるのもD2Cブランドのリアル店舗出店による、大きなメリットだ

D2Cと大手ブランドの明暗を分けたもの

サイトがオシャレで見やすい"だけ"では不十分

上記がD2Cのメリットであり、特徴である。ではそれらを生み出しているものは何か。D2Cと既存の大手ブランドの一番の違いとは何か。それは全体の"仕組み"であり、"システム"ではないだろうか。

皆様もご存知の通り、今やほとんどすべてのブランドがECサイトを運営している。オシャレで見やすいECサイトを作り、デジタル化へと舵を切っている。今のこの時代においてSNSを運営していないブランドを探すほうが難しい。「昔からあるブランドもD2Cブランドと対して変わらないじゃないか」そう思う方も多いだろう。

一番の違いは仕組み

しかし、似ているのはあくまで表面的な部分でしかない。OEMでの生産に頼り切っている大手のアパレルメーカーとD2Cとの間の差は、上流に行けば行くほど大きくなる。時代が移り変わり、テクノロジーが発達しようとも、生産やマネタイズ、流通等の"仕組み"の部分はそう簡単には変えられないのだ。そしてその"仕組み"こそが上記で説明したD2Cと他ブランドの違いを生み出すことの出来ている理由である。

例えば、同じようにおしゃれなECサイトを運営しているように見えても、OEMメーカーに生産を委託していたブランドにとって、Everlaneのビジネスモデルは参考にはなっても真似することは出来ない。実店舗をショールームとして運営し、販売はすべてECサイト上で行うなんていうことも、従来の仕組みで運営を続けてきた既存ブランドには不可能だろう。

それは、同じアパレル業界ではあるが、販売までの流れが全くと言っていいほど異なるからである。真似しようとするのであれば、すべてを変えてしまうか、全く参考にならないかのどちらかになる。一部だけを取り入れようとしようものなら、過去のやり方と現在のやり方が混在した複雑で負担の大きいシステムになってしまう可能性が高いだろう。

更に仮に改革を決めたとしても、現在のブランドの上に積み重ねる以上は、ブランドイメージとの兼ね合いに細心の注意を払わなければならない。下手に改革を進めてしまうと、今まで築いてきたブランドさえも損なってしまうかもしれないからだ。このような状況では、例え変化が必要なのはわかっていてもその決断は難しくなる。これこそが現在大手アパレル会社が抱いているジレンマではないだろうか。

アパレル企業というよりもIT企業

その点、D2Cブランドは歴史も無ければ、創設者がアパレル業界で働いた経験が無いことも珍しくない。そう、彼らはアパレル企業というよりも、どちらかというとIT企業に近いのだ。アパレル業界で長らく"常識"とされていた時代遅れな風習などに囚われることなく今の時代やテクノロジーを活かした最適なシステムを一から創り上げる事が出来る。これこそが既存のブランドとD2Cの最も大きな違いだろう。