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完璧じゃない状態が重要――「VACANT」創設メンバー中村圭佑が空き物件を"占拠"し始めた理由

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裏原宿「VACANT」創設メンバー・中村圭佑 「SKWAT」で空き物件を"占拠"し始めた理由

2009年、24歳にして同世代の仲間たちと裏原宿にフリースペース「VACANT」を設立すると、前衛的アーティスト集団・Chim↑Pomを招いたオープニングイベントを皮切りに、この"空っぽ"の箱で10年間にわたり様々な化学反応を起こし続けた。2011年に立ち上げた設計事務所・DAIKEI MILLSでは世界に活動の幅を広げながら、CIBONE AOYAMA、6(ROKU)、avex、Artek Tokyo Storeなど、この街でも様々な空間を設計。そして2020年、原宿周辺の空きスペースを"占拠"し、カルチャー・アートの発信拠点とする新たな活動「SKWAT」をスタート。彼は今、この街で何を起こそうとしている? 中村圭佑氏の"オモハラ観"を覗いてみた。

《PROFILE》
1983年静岡県浜松市生まれ。2009年に仲間たち5人とフリースペース「VACANT」を設立。2011年に設計事務所「DAIKEI MILLS」を設立。CIBONE AOYAMA、6(ROKU)、Artek Tokyo Storeなどの商業空間からavex、Rocket Company、Takramなど錚々たるクリエイティブ企業のオフィスまで様々な空間デザインを手掛ける。2020年、新プロジェクト「SKWAT」を開始。

裏原ブーム後期の原宿に"空っぽ"のカルチャースペース「VACANT」を

「それまで街の時代の顔となっていた裏原カルチャーとは全く異なる、新しい文化を自分たちが起こそうと思っていました」

時は2009年。裏原ブームが落ち着きをみせる中、当時24歳だった中村氏は、ロンドンの大学で出会った永井祐介氏(NO IDEA代表)らと共に「VACANT(バカント)」を設立。立ち上げメンバーは全員が20代前半であった。

2009年5月、裏原宿の伝説的古着店「DEPT」の跡地に誕生したフリースペース「VACANT」。「人が出会い、創作する場所をつくる」をコンセプトとし、前衛的アーティスト集団・Chim↑Pomの展覧会でオープニングを飾って以来、ブックフェアから演劇、ライブまでジャンルレスなイベントを企画し続け、2019年のクローズまで存在感を放ち続けた

VACANT』は名前の通り、常に"空っぽ"の場所。入るコンテンツによってイベントスペースにもライブ会場にもギャラリーにもなる。2009年当時、過熱していた裏原ムーブメントが落ち着きシャッター街のような状態になっていたあのエリアには、そういう場所が必要に思ったんです。大学時代を過ごしたロンドンにもシャッター街のようなエリアがありましたが、そこではウエアハウスを始めとする遊休物件を活用してイベントやポップアップストアなどを行うスポットがあちこちにあり、とても刺激的でした。それを原宿にも落とし込めないかなと。空っぽの倉庫の中でコンテンツを回すなかで、新しい何かが生まれていけばと思いました」

初めてこのエリアに訪れたのは小学生時代、服を買う姉に連れられて青山に。「当時と今で景色が変わらないのはヨーロッパ的ですね」と話す中村氏。建物は変えず、中身のみを変える——その価値を大学時代を過ごしたロンドンで五感を通して学んだ。「逆に原宿周辺はどんどんと姿を変えますね。でもそんな場所だからこそ、自分たちにできる新しいことがあると思いました」(取材は2020年にスタートした活動「SKWAT」で“占拠”している南青山のとある空間にて)

当時の挑戦を振り返り「僕らはビジネスのことを何も考えていなかった」と笑う。

「オープニングイベントは派手にやりました。Chim↑Pomを始め、僕らのコネクションで声をかけられるアーティストさんをできるだけ招き、パフォーマンスや音楽イベントなど、様々なコンテンツを凝縮させました。3日間で数百万円くらい稼いだのですが、後のビジネスは全く考えていなかったので、そのお金で1年くらい暮らしました。おもしろい物や場所をつくりたいという純粋な気持ちでやっていて、それに魅力を感じてくれた人たちが来て友達になるような空間。裏原カルチャーを築いてきた方々に比べると僕らはビジネス感覚が弱く、大儲けはしなかったけれど、文化が生まれる貴重なシーンは多く目撃できたと感じています」

「一時期、VACANTの3階をオフィスとして使い当時の『STUDIO VOICE』のアートディレクターもされていたグラフィックデザイナー・松本弦人さんとシェアしていたのですが、彼はスケールの違う生き方をしている人で、この世のものと思えないほどパンチがあって…。松本さんのまわりには今では大活躍しているアーティストたちがいつもたくさん集まっていて、僕もいろいろな影響を受けました」印象的な思い出はありすぎると語るが、最初に口から出たのはこちらのエピソードであった

VACANTではアーティストによるイベントはもちろん、物々交換を取り入れたフリーマーケット「原宿蚤の市」、日本初のアートブックに特化したフェア「TOKYO ART BOOK FAIR」など時代を先取るイベントが次々と生まれ、ディープなファンを増やし続けた。そんな中で中村氏は、「人が出会い、創作する場所」をつくるためのある"コツ"を学び、それが現在でもあらゆる活動を支える「原点」となっていると語る。

「VACANTを運営する中で僕らがいつも大事にしていたのは、空間もコンテンツも、"作り込みすぎない"こと。完璧じゃない、余白のある状態を常にキープすることが重要と考えています。作り込んで色を出しすぎると、その場所に対する好き嫌いが生まれ、箱自体と距離を置く人が出てしまう。VACANTでは、アート界隈やファッション業界の方から、ゲームやアニメなどオタクカルチャーの方まで、人種も業界も問わず多様な人々が垣根を超えて新たな軸で繋がりながら、真夜中に一緒にお酒を飲んだりしていました。そんなシーンを見ながら、自分がつくりたい"場"は、こういう風景だと確信したんです」

その後、VACANTは様々な実験的リニューアルを重ねながら、2019年12月のクローズまで、「裏原宿」と呼ばれる土地の中心地で、不思議な存在感を放ち続けた。

CIBONE、avexなどを手掛ける設計事務所DAIKEI MILLS代表として、この街をどう見る?

2009年からVACANTで様々な企画を展開するなか、中村氏の空間デザインに惹かれた人々から仕事のオファーが増えるように。そこで2011年、彼曰く「自然発生的に」誕生したのが、現在も彼が代表を務める設計事務所・DAIKEI MILLSである。

2017年12月に生まれ変わった青山のavex新社屋では、エントランスエリア、レセプションエリア、コワーキングスペースの設計をDAIKEI MILLSが担当。レセプションエリアで目に付く存在感抜群のオブジェは、実は受付カウンター。二次元にしか存在しなかったavexのコーポレートロゴを三次元化するという斬新な手法で制作した

「設立して間もない頃に声を掛けてくださった方のひとりが、デザイン集団CAP代表の藤本やすしさん。ギャラリーROCKETの中でフードイベントも展開したいからキッチンのある空間を設計してほしい、という当時は斬新なお願いが印象的でした。他にも当時青山にあった書店・UTRECHTの広いベランダに小屋を建てて、そこでエキシビジョンをできるようにしたり。空間設計の依頼内容を通して、改めて個性豊かで挑戦的な人の多いエリアだということを感じました」

その後、DAIKEI MILLSはスケール感をアップさせながら急成長。国内外を問わず活躍中だが、VACANTで学んだ考え方が活きることは多いと話す。

2020年3月にクローズ(GYRE地下1階に移転)したファッション界隈で熱いファンを持つライフスタイルショップ・CIBONE AOYAMAもDAIKEI MILLSによる設計。「室内に室外をつくる」をコンセプトに、余白や抜け感をたっぷりと取り入れた空間をつくりあげた。移転後のCIBONEの設計にも携わる

「空間設計を手掛ける際、物件や土地のポテンシャルを活かし、手を加えすぎないことは自分の中のルール。この手法でクライアントの個性や要望を最大限に引き出すことを心掛けています。そういう意味で、アイデアを考えるとき、"その土地は周辺でどのような人々が行き交っているのか"を非常に意識して観察するのですが、表参道・原宿はストリートごとにその特徴が大きく変わりますよね。設計者として、他にない面白みを感じる地域です」

キャットストリートに構えるセレクトショップ・6(ROKU)。外の世界と調和し、風が抜け、光が通ることを重視して設計。外部・内部ともにラフな素材感がカテゴリーにとらわれないブランドの商品構成を受け止めながら、ネオンなどの遊び心により、来店者に宝探しをするようなワクワク感を演出する

一方で、現在の街をこのようにも分析する。

「このエリアは『トライアルの街』という側面がどんどん濃くなっていますね。土地の歴史とは関係のない新たな角度で、国内外の企業がこの街での事業を試み、新店舗やポップアップストアができては消える。スピード感の面白さはある分、カルチャーが根付きづらい状況になっているとも感じます。不可逆な部分も多いと思いますが、運営者の顔だったり地元の人々のエネルギーだったり、もう少し生々しいものが見える形で、うまく資本と混ざり合いながら新しいムーブメントを起こしていくことが、この土地のポテンシャルを最大限に活かす方法だと感じます」

VACANTの運営、DAIKEI MILLSでの設計を通し、10年以上にわたり眺めてきたからこそ分かる、街のポテンシャルと現状。2020年、彼はこの流れに対するカウンターを打ち込むべく、新たなプロジェクトを始動させた。

原宿の空きスペースを"占拠" 新プロジェクト「SKWAT」とは

2019年12月、10年間にわたりカルチャーを創造・発信し続けたVACANTは惜しまれつつクローズ。しかしその直後、中村氏は新たな活動「SKWAT」を開始した。

Google MAPを活用してつくられた「SKWAT」オフィシャルサイト。色のついた場所が中村氏が“占拠”した空間だが、ここで一体何が行われている?

「SKWAT」は、テナントの入れ替わり期間などに発生する遊休物件(空きスペース)を"占拠"し、一時的に文化の発信拠点とする活動だ。(アイデアのもとは1970〜80年代にイギリスで広まった活動「SQUAT(=占拠)」。持ち主の許可を得ずに空き物件を占拠して様々な活動の拠点とする行為だが、当時の法律では、一定期間占拠し続けると居住権が得られた。)

写真中央の青い建物が、活動の第1弾となった「SKWAT」。元はクリーニング店だった古家を“占拠”し、ブルーに。レアなアートブックを取り扱う「twelvebooks」と共同でブックストアを展開した後、ファッション業界で熱い支持を得るデンマークのテキスタイルメーカー「Kvadrat」と共同でファブリック販売を行い、現在は退去済み

写真中央の青い建物が、活動の第1弾となった「SKWAT」。元はクリーニング店だった古家を"占拠"し、ブルーに。レアなアートブックを取り扱う「twelvebooks」と共同でブックストアを展開した後、ファッション業界で熱い支持を得るデンマークのテキスタイルメーカー「Kvadrat」と共同でファブリック販売を行い、現在は退去済み

この活動を始めた想いについて中村氏は「VACANTを始めたあの頃と同様に、何か時代の移り変わりを感じていたから」と話す。

「現状からの脱却、つまり新たな時代をみなが求めていることに加え、設計者目線では五輪が終われば原宿ではまた空き家問題が発生するという予測もできました。街は再生と破壊を繰り返すものなので、その状況はある側面ではピンチですが、一方でチャンスでもある。空き物件が増える状況と、DAIKEI MILLSでやってきた"ポテンシャルを活かした空間設計"を組み合わせて、カルチャーやムーブメントを起こそうとする人間たちが集まる場、生々しい熱気を街に取り戻せないかと考えました」

「SKWAT in CIBONE」。中村氏が設計を手掛けたライフスタイルショップ・CIBONE Aoyamaのクローズ直前、2週間のみ“SKWAT”し、自らの手でアップデート。グリーンのカーペットが敷かれ、CIBONEの商品である家具を活用しながらカフェ営業も行われた

東京五輪による街の変化を意識したプロジェクトであったが、スタートとほぼ同時に新型コロナウイルスが感染拡大。しかし、計画が停滞することはなく、むしろ加速した。パンデミックによりオリンピックの延期が決定する他、様々な企業・団体の活動が様子見状態となり、必然的に、この街の空きスペースは急増したのだ。

予想とは違う形で街のピンチが訪れましたが、僕らがやるべきことは変わりません。発生してしまった空きスペースを僕らが"SKWAT"して、共通の価値観を持った人が繋がり、何かが生まれる空間にする。そうやって場の価値を高めることが、街にとってはもちろん、物件を持つオーナーさんにとっても良い働きになればと思っています」

「SKWAT/twelvebooks」。2020年5月29日より南青山・みゆき通り沿いの商業施設「ザ ジュエルズ オブ アオヤマ」の一角を“SKWAT”中。高級ブランドが密集するエリアで200平米の面積を使い「地域の図書館」のような公共性の高い文化的な場を提供している

スタートしたばかりの新プロジェクトを急激なスピードで成長させている中村氏。「トライアルの街」に続く新たな街の1ページをつくろうと企む彼は、「SKWAT」をどのように発展させる予定なのだろうか。

「次の入居者が決まったら僕らは出ていき、また別の空きスペースを占拠して、同じように新たな文化的"場"をつくる。『トライアルの街』の特徴に乗って僕らもポップアップをやっているわけですが、『場所が消えても残るカルチャー』を生み出せれば、現況に対するカウンターが打てると思っています。VACANTの場合は、自分たちで"空っぽ"を作り、そこにコンテンツを招いていましたが、今回の場合は"空っぽ"を探して乗り込みコンテンツを入れるという攻めのスタイル。時代も違えば僕の年齢も違うのでVACANTを再現したいわけでは全くないのですが、VACANTとDAIKEI MILLSを通して得たものを融合させ、新しい仲間たちと、以前よりも成熟した形で、カルチャーを生む化学反応をあちこちで同時多発させられたらと思います」

20代前半という若さで仲間たちと裏原宿のキースポット・VACANTをつくりあげた彼が、10年の時を経て今度は街全体を舞台に、全く新しい現代的カルチャースポットを続出させようとしている。その状況に底知れない可能性を感じるのは、筆者だけではないだろう(事実、ファッション界、アート界の"重鎮"たちからの賞賛・応援の声がすでに多数集まっているという)。これからこの街で空き物件を見つけたら、入り口に「SKWAT」の文字が掲示されていないか確認してみてほしい。その奥で、面白いヤツらが集まって、新しい仲間が足を踏み入れるのを待っているかもしれない。

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