国内の「ルイ・ヴィトン」で19年間、販売員として活躍した土井美和さん。入社11年目には顧客数で全国1位となり、19年には数少ない「トップパフォーマー」に任命された手腕の持ち主だ。「顧客作りは未来への投資」と話し、その日の〝売り〟へのこだわり過ぎを戒める。ブランドのファンになってもらおうと心掛けたのは、購入しなくても再来店してもらえる接客。今は独立し、現役の販売員などに土井さん流の接客の極意を伝えている。
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(永松浩介)
就職氷河期の01年、唯一合格をもらったルイ・ヴィトンジャパンに入社。1カ月の研修を経て配属されたのが、15年半勤めることになる新宿高島屋の店舗だった。黙っていても売れた時代。購入者に礼状を書いても返信はまれ。売れるうれしさはあったものの「正直、自分でなくても」との思いもあった。
しかし、産休中に起こったリーマンショックで様子が一変。客数は落ち込み、顧客の財布のひもも堅くなった。「現場を離れていたから余計に、その落差を感じた」。このままでは前のようには売れない。「とにかく来店いただいたお客様に楽しんでもらおう」と思った。
良い買い物体験は楽しい会話からと考え、ブランドの鎧(よろい)を脱ぎ、自分のことも包み隠さず話すことにした。子供や住まいなどについても話し、客との共通点を探した。後に土井さんの接客メソッドの大事な肝の一つになる共感を得るためだ。
「客の話をたくさん聞いてニーズを探れ」という営業の原則には疑問を感じていた。「それだと自分が顧客のことを深く知れても、相手は自分のことを覚えることは決してない」からだ。印象が残らない接客で終わると、販売できたとしても、次は他の店やブランドに行くかもしれない。リピーターになってもらうには自分の印象も売るべき。これが土井さんの考え方だ。
顧客の印象に残るような接客を一つひとつ重ねた結果、12年に顧客数で全国1位となった。リーマン後の危機感をバネに始めた顧客作りという投資がようやく実った。顧客数が一番多いため売り上げも当然大きいが、「それよりも再来店してもらえる接客を重視してきた」。ヴィトンでは顧客作りも高い評価指標になっているという。
土井さんの接客メソッドは大きく二つ。一つは、「シェア」「ケア」「デア」から成る接客プロセスだ。自分の情報と客の情報を突き合わせてパーソナルに共感を得る「シェア」と、接客後のフォローである「ケア」、三つ目の「デア」は臆せず聞く、提案するという意味。「自分もびびり。聞きにくい話や、しにくい提案も正直あった。でもやってみないとわからない」。顧客に慣れると安全な提案になりがちだが、「別の世界を見せる」ことも必要だ。普段の買い物から予算的に厳しく見えてもまずは提案する。これがデアだ。
もう一つは「とにかく第一印象」を大事にすること。ここがうまく運ばなければ、手紙やDMを送っても無駄になる。覚えていない販売員からのメッセージに客は何も感じない。
まず店に足を運んでくれたことに感謝し、お互いの話で共感を得る。商売はその後だ。他社の販売員の話を聞くと、〝プロダクトファースト〟で話し過ぎているように感じるという。客と商品を結びつける何かを見つける前に、商品説明をされてもきっと客には刺さらない。
確かな経験を携えて3月に独立、アパレルだけでなく、医療施設や不動産など幅広い生徒に接客の極意を伝えている。自分たちのプロダクトやサービスを覚えてもらい、好きになってもらいたい、というのはどんな業種であれ共通だからだ。デジタル事業に目が行きがちな今、「接客を通じて企業やブランドが他社との違いを出せるチャンス」と土井さん。突き詰めれば最適解は同じになるデジタルマーケティングの世界と異なり、人への投資は大きく差をつけられる可能性がある。目先の売り上げだけを追うのではなく、顧客を作るという接客が中長期的にブランドや企業に利をもたらすことに気付いて欲しいという。
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