TOKIO TOKYOのオーナー・橋本登希男さん
「IT出身の視点を活かして、もっと特別なライブづくりを」
27歳オーナーが目指す“ライブハウスのこれから”
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渋谷公園通り、hotel koe tokyoのあったビルの地下にオープン!
渋谷駅から徒歩5分ほど、渋谷PARCOのすぐ向かい、今年閉店したホテルhotel koe tokyoのあったビルの地下に位置する「TOKIO TOKYO」。2021年3月、コロナ禍で多くのライブハウスが打撃を受けていた逆境のなかでオープンしたライブハウスだ。こけら落とし公演「ONE WEEK WONDER」にはHelsinki Lambda Club、羊文学、どんぐりず、BREIMEN、小林私など、注目アーティストが日替わりで出演。人数を制限して実施したこともあり、キャパシティを越えた予約が入り、盛り上がりを見せていた。
オーナーを務めているのが、IT業界から転身したという橋本登希男さん。2019年に現在のHYPE株式会社を設立し、未経験から音楽業界に挑戦した登希男さんに、コロナ禍でオープンすることを決めた経緯や、「TOKIO TOKYO」の新しいライブハウスとしてのコンセプト、こだわりについて話をうかがった。
「バズり待ちの状態に疑問を感じた」。未経験から音楽業界へ飛び込んだきっかけ
もともと父親がライブハウスを経営していたという登希男さん。子どもの頃からライブハウスは身近な存在ではあったものの、IT系企業でキャリアをスタート。直接音楽業界との関わりはなかったが、ある日、アーティストの友人と話していた中で、素朴な疑問や課題に気づき、決心へと繋がったという。
「友人の話を聞くなかで、音楽業界には、アーティストが活躍するための方法論や再現性が少ないことを感じたんです。“ファンを増やす“ためのノウハウが体系化がされてないので、アーティストは『いつかYouTubeやTikTokでバズったらいいよね』とバズり待ちになるとか、『ライブをしていればいつか売れるはず』と目を瞑ってダーツを投げているような状態になっていることが多く感じて。でも、そこで自分が経験してきたIT業界の視点や経験を活かせば、これまでとは少し違った形でアーティストのサポートができるんじゃないかと考えたんです」(登希男さん)。
IT業界出身でアーティストのマネジメントを行なっている人は、まだほとんどいないのが現状。そこを強みと捉え、音楽業界に飛び込んだのだそうだ。
まだ知名度の低いアーティストが特別なライブをできる場所を作りたい、そしてライブハウスであれば毎日たくさんのアーティストに出会えるという考えから、マネジメントとライブハウス運営の2軸での事業展開をスタートすることに。まず2020年に知り合いのアーティストであるBREIMENとエージェント契約、NOMAD POPとマネジメント契約を果たし、翌2021年には、アーティストとお客さんの出会いの場として「TOKIO TOKYO」をオープンした。
コロナ禍で直面した厳しい現実。逆境をチャンスに変え、続けてきた“挑戦”
コロナ禍真っ只中の逆境に立たされながらもオープンを決断する後押しになったのは、ある人からの助言だった。
「ライブハウスの物件探しはコロナ禍以前に始めていて、2020年の春頃に、実は別の場所に決まりかけていたんです。でもそのタイミングでコロナに直撃したため、契約を白紙に戻し、そのまま時間が過ぎていきました。そんなとき、会社の投資家の方に『今は大手企業がいい物件に手を伸ばさないんだから、弱小企業にとっては今のタイミングがチャンスだぞ』と言われて、その通りだなと。2020年の夏に今の物件を見つけたときには、立地のよさなどもあって即決しました」(登希男さん)。
逆境をチャンスに変えて物件の契約に漕ぎ着けたものの、コロナ禍でのライブハウス運営はやはり厳しかったという。
「お客さんのライブ離れも大きかったですが、何より痛手だったのは、アーティストや関係者に陽性者が出てしまったときでした。そうなるとライブを中止するしかないので、平気で月100万円くらい売り上げが飛ぶんですよね。不可抗力とはいえ、それが何ヶ月も続いたときはさすがにキツかったです」(登希男さん)。
オープン直後の2021年春にインタビューした際には「自分たち自身も、もっとサポートの仕方を学びたくて、ミュージシャンとファンが集まるライブハウスという場所を作った側面もあります。この場所でいろいろ実験しながら、ミュージシャンと一緒に成長していきたい」と語っていた登希男さん。
その後も、新型コロナ感染者の増減が波のように繰り返され、ライブハウスにとって厳しい期間が続くも、その思いは変わらなかった。長引くコロナ禍においても、TOKIO TOKYOでは演出に工夫を凝らしたライブ配信や、ファン向けのイベントなどを実施。業界未経験ながら、我流で前向きに挑戦を続けてきた。
そしてオープンから1年と半年が経とうとしている今回のインタビューでは、「少しずつ成長を感じられている」とその変化を語ってくれた。
「当初はコロナ禍の影響に加え、恥ずかしながら、まずスタートラインとして商売を成り立たせることの難しさも痛感したんです。でも、スタッフでアイデアを出し合っていろんな工夫や企画をするなかで、最近はようやく上り調子になってきました」(登希男さん)。
スタッフ考案のオリジナルドリンクを提供したり、スタッフ発案のイベント企画を実施したりと、スタッフのアイデアや意見は積極的に採用。苦しい時期も、スタッフとともに乗り越えてきたという。
チケット代無料の“FREE!!!”、出演アーティストの好きなお店を紹介する企画“meets TOKIO TOKYO”など、新しいアプローチも
TOKIO TOKYOでは、今日に至るまで常にスタッフ同士でアイデアを出し合い、アーティストとお客さんの双方に寄り添った新しい企画を打ち出し続けている。
たとえば、無料ライブイベント「FREE!!!」もその1つだ。チケット代を無料にし2ドリンク制にすることで、まだ知名度の低いアーティストのライブでも多くのお客さんに見てもらえるのだという。
「元々無料でネクストブレイクの新人アーティストのライブを見ることができる近しいイベントは、自分もよく遊びに行かせてもらっていたんです。通常、新人アーティストが2,000円のチケットでライブをやるとなると、お客さんが5人ほどしか来ない日もあるんです。もちろん、その5人が楽しんでくれるのはいいんですけど、もっとライブをやる意味を持たせられないかと思ったんです。たとえば、たくさんの人に見てもらえるとか、ファンを増やせるとか、できることがあるんじゃないかと。
そこで実際に『FREE!!!』を打ち出してみると、数名しか集まらないかもしれないと話していたアーティストのライブに約80人ものお客さんが来てくれました。売上の面で考えても、チケット2,000円で5人が来てくれるよりも、ドリンク2杯分の800円を80人が購入してくれるほうがプラスになるんですよね」(登希男さん)。
2022年の春には、ライブハウスがある渋谷周辺のおすすめスポットを、出演するアーティストらが自ら紹介する企画「meets TOKIO TOKYO」をInstagramなどのSNSやウェブマガジン上でスタートした。ライブの前後の時間も含めて、当日の体験を“線”として楽しんでもらう狙いがあるのだそう。IT系企業でWEBサービスやアプリのUXデザインに関わってきた登希男さんならではの視点が、こういったアイデアに繋がっている。
「地方出身のスタッフから『東京以外の首都圏や地方から来る人にとって、慣れない渋谷のライブハウスに行くのは不安なんだよね』って話を聞いたんです。渋谷はこういう街だよ、と伝えることでその不安を払拭できるし、ライブの前後にアーティストおすすめのお店に行くことで簡易的なツアーにもなる。チケットを買ってくれた人の満足感をもう一段高められたらと始めました」(登希男さん)。
こだわりの空間づくりで、マイナスイメージを払拭。初心者でも親しみやすいハコに
実際、お客さんは都内や首都圏エリア在住の人にとどまらず、なかには地方から足を運ぶ人もいるという。客層は20代〜40代と幅広く、デザインにこだわった内装がライブ初心者や女性にも好評だ。
「ライブハウスといえば黒い、暗い、タバコ臭いっていう先入観があって。でもそういう場所ってちょっと怖いし、女性や子どもからすると来づらいじゃないですか。だから廊下や受付の壁はホテルの内装をイメージして白くしたり、トイレや楽屋も明るく綺麗にしたりと、誰でも気軽に来られるような空間づくりを意識しました」(登希男さん)。
ライブハウスでは珍しい、“和”を取り入れたドリンクカウンターも印象的だ。天板はぬくもりを感じる木目調になっているほか、上部にはライブ出演者のサインが書かれたのれんが掲げられている。オーナーである登希男さんやライブスタッフの方々の気さくな雰囲気も相まって、どこかアットホームな雰囲気だ。
「『ずっとこのライブハウスに来たい』と言ってくれる方もいて、ありがたいですね。あとすごく印象に残っているのが、成人式の日に、袴姿の女の子とご両親がここに来てくれたこと。『ここが好きなので、袴姿で写真を撮りたくて』と看板のところで記念写真を撮ってくれて、びっくりしました」(登希男さん)。
「TOKIO TOKYO」がお客さんにとってかけがえのない場所になっていることが伝わってくるエピソードだが、この場所が大切な居場所となっているのは、どうやらお客さんだけでない様子。
「今は10名ほどの社員・スタッフがいるんですが、みんないいやつで、接客の評判もすごくいいんです。スタッフから『ここで働くようになってから楽しい』とか『ここが居場所になってる』と言ってもらえるのは嬉しいですね」(登希男さん)。
新進気鋭のアーティストのブッキングや、照明の演出も好評
専任のスタッフと登希男さんで決定している出演者のブッキングも評判だ。実際、「トキトキ(TOKIO TOKYOの愛称)に出るアーティストが好きで通っている」と話すお客さんも多いという。
TOKIO TOKYOには、ネクストブレイクを予感させる若手アーティストから、1,000〜2,000人規模の大きなハコでライブをするような人気アーティストまで幅広く出演しているのが魅力だ。「小規模のライブハウスに呼ぶなんて無理だろう」と言われる知名度の高いアーティストでも、出てほしいと思う相手には積極的にアタックしているのだそう。
過去には、2016年に活動を終了したGalileo Galileiのオリジナルメンバーとサポートメンバーによって結成されたバンド「BBHF」や、FUJI ROCK FESTIVAL'22に出演を果たした注目ユニット「どんぐりず」なども出演している。
そんな「TOKIO TOKYO」でのライブでぜひ注目してほしいのが、照明だ。天井にはステージを明るく照らす小型のLEDライトが並び、小さなライブハウスではあまり見かけないムービングライトまで揃っている。
実はこの照明、オープング後に音楽関係者に「このサイズのハコで、こんなにいい照明やプロジェクター入れてるとこ見たことないよ!」と言われたほどの高スペック。照明と同じく施工業者に相談して導入したプロジェクターも、2,000人程度のキャパを持つライブハウスでも使われるようなモデルなのだという。
「正直オーバースペックです。最初は相場が分からなくて、予算より高いものを導入してしまって…。でもその分、アーティストや関係者には照明をすごく褒められるんです。そう考えれば、よかったといえばよかったですかね(笑)」(登希男さん)。
「音楽やライブは、生に勝るものない」若手オーナーが目指すこれから
ここ数ヶ月で、最初は苦戦していた経営も徐々に安定してきた。「TOKIO TOKYO」というハコの存在も知られるようになり、アーティスト側から出演やハコ貸しの相談を受ける機会も増えてきているという。
「最近は、少しずつライブハウスに人が戻ってきたなって感覚がありますね。今日までやってきて、どんなことも続けていれば少しずつ形になってくるんだなと感じます」(登希男さん)。
これまで「TOKIO TOKYO」では、お客さんとアーティストの双方に喜んでもらえるようなイベント企画に加え、マンパワー削減のためITツールの活用にも力を入れてきた。具体的には、電子チケットや招待客リストをデータ化して一括管理できるツールや、イベント当日の動員計測、精算書の簡易作成ツールの開発などがそれにあたる。
今後も、ITを活用した業務の効率化に取り組んでいくつもりだという。
「ライブハウスの運営やアーティストマネジメントは、まだまだアナログな業務が根強く残っているんですよね。そこはテクノロジー業界出身の自分達でどんどん変えていけたらと思っています。こまごまとした確認や調整の業務をデジタル化することで使える時間を増やしたい。チケットがどうやったらもっと売れるかとか、どうすればもっとアーティストのファンが増えるかとか、さらにアーティストやファンに価値提供できるような部分に時間をかけていきたいですね。コンセプトや企画演出にこだわったライブづくりにも力を入れたいです」(登希男さん)。
最後に、コロナ禍を経ての気づきについて尋ねてみた。
「音楽やライブは、生に勝るものないなっていうのをすごく感じましたね。僕自身、ライブ配信もいくつか観ていて、それも楽しいっちゃ楽しいんですけど……。でも、やっぱり生で見る感動に勝るものはないってことは、日々いいライブを見せてもらうたびに感じています。お客さんにもそういう生のライブを見て、うまい酒も飲んで、ときには友達もできて、『今日楽しかった!』って言ってもらえるような、そんな空間・瞬間を作れたらと思います」(登希男さん)。
【取材・文=フリーライター/市川茜+『ACROSS』編集室】
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