『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』
映画スターの衣装やミュージシャンが愛用した服がトレンドに反映されるなど、ファッションとカルチャーは密接に関わり合っています。日本が世界に誇る文化である漫画はどうでしょうか。今回のセンケンコミュニティーは、〝漫画に描かれるファッション〟をテーマに、業界の皆さんや漫画家の塀さんに語っていただきました。
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●インタビュー 『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』作者の塀さん
服で非現実の人物を現実にする
「キャラクターの着ている服がおしゃれ」とSNSを中心に話題を呼んでいる漫画がある。『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』(秋田書店)だ。漫画におけるファッション描写ついて、作者の塀さんに話を聞いた。
――『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』はどんな作品か。
一言で表せば「女の子がお酒を飲む漫画」です。お酒をテーマに扱った作品は他にもありますが、多くはお酒そのものを紹介している。〝上伊那ぼたん〟は、お酒が絡んだ日常、お酒による空気感や関係性の変化を描いています。
――ファッション描写にこだわる意図は。
ファッションを描かなくてはという使命感はありません。ただ、人間の生活の基本は衣食住。どんなものを着ているかは人柄を表します。ファッションを描写することによって、キャラクターがどんな人物なのかを、より深く見せることができる。非現実の存在の人物に現実感が出てきます。その感覚を重視しているので、こだわって描いています。
――着せる服の決め方は。
この子はこんな服を着そうだなと想像して考えます。服にあまり興味がなさそうな子は、だぼっとしたアイテムを着せてみたり。ドライブの時はバッグを小さいものにしたり、よく歩くようなお出かけの時は歩きやすそうな靴にしたり、作中のシチュエーションも考慮します。ネーム(下書き)の段階で着せる服を決めてしまう。キャラクター同士の関係が深まってからは、片方が出かける相手の服のテイストに合わせるなどの描写も入れています。参考にしているのは「ピンタレスト」などの服装の画像が見られるウェブツールです。
――作中の服からは今のトレンドを強く感じる。
古い作品を見ると「肩が大きいのがバブル期のトレンドだな」などと感じますが、当時は後に、そうした資料になることを考慮して作品を作っていたわけではないはずです。私も同じで、〝今〟の読者に向けて〝今〟を描いています。トレンドを描こうと特に意識はしません。
――ファッション描写が優れていると思う漫画は。
まず『ぱにぽに』(氷川へきる、スクウェア・エニックス)という作品です。学生時代に読んだのですが、他の作品はいつも同じ服のことが多いのに、この作品はキャラクターの服や髪型が毎話変わります。そこに驚きました。それと『苺ましまろ』(ばらスィー、KADOKAWA)という作品。これも着ている服が毎話異なります。実在の服をサンプリングしているので、キャラクターが実在するのではないかと思うほどリアルです。両作品から感じるのは「日常を描くなら、着る服はいつも変わる」ということ。ファッションの描写は、キャラクターを現実に近づけるための大切なツールです。
●ファッション業界人のお薦め ファッション描写が優れた漫画
『カードキャプターさくら』(CLAMP、講談社)
エピソードごとに変わる可愛らしい戦闘服
フリーインターナショナル「フィント」イクスピアリ店店長の土川紋佳さん
小学4年生の女の子さくらが、世界に解き放たれてしまった災いをもたらすという「クロウカード」を回収するため、カードキャプターとして奮闘する物語です。小さいころにアニメで見て知り、その色使いや可愛らしいファッションのとりこになりました。
カードをつかまえに行く際に、同い年で一番の親友である知世がさくらのために服を作って提供します。小学生ながらデザインから縫製まで知世が1人で行います。捕まえるカードのイメージに合わせて作るので、エピソードごとに戦闘スタイルが変わるんです。例えば1巻の表紙は「鳥」のカードを捕まえに行くときのもの。羽がモチーフになっています。私服のシーンもそうですが、ヘアスタイルやアクセサリーも変わるところにわくわくします。
デザインはフリルやレース、リボンなどをよく用いています。お店で扱っている服と雰囲気が近いので、お客様でもこの漫画のファンが多いです。知世が「やはり特別なことをするときには、それなりの服を着るべきですわ!」と話すシーンがあります。このようなセリフからもファッションを楽しむ気持ちを教えてもらったように思います。
『GALS!』(藤井みほな、集英社)
リアルに描かれた憧れのギャルと渋谷
「ウィゴー」プレスの登美幸さん
小中学生のころ、大好きで毎日欠かさず読んでいました。当時はコギャルがとにかくはやっていて、私自身もギャルファッションに憧れを持っていた時に、毎月読んでいた雑誌の『りぼん』に掲載されていたことがきっかけです。
どのシーンのお洋服もすごく可愛くておしゃれなファッションで、実際のマルキューブランドも出てくるなど、リアルと漫画の中の世界がうまくバランスが取れていて、胸が高鳴りながら読んでいました。
お洋服に合わせてヘアメイクもちゃんと変えられていて、おしゃれをすることに妥協がないところがすごく好きでした。
洋服だけでなく渋谷が舞台にもなっていたので、私が関西在住だったこともあり、東京へ旅行した時には、漫画に出てきた場所に実際に行ってみたりもしたほど影響を受けていました。私にとってファッションに興味を持つきっかけとなったといえる一生忘れられない漫画です。
『チェンソーマン』(藤本タツキ、集英社)
“タブー”に挑戦するデザインに刺激
エウレカ社長の太田浩貴さん
少年誌ではギリギリアウトなバイオレンスな要素などが詰め込まれていてコンプライアンス的にアウトなことの盛り合わせのような作品。簡単にいうとデビルハンターという職業の人間が人を襲う悪魔を倒していくという話です。
物語に出てくる「悪魔」と呼ばれるキャラクターのデザインに衝撃を受けました。有機物と無機物を混ぜたような造形で、気持ち悪さとカッコよさのちょうど中間。一度見たら忘れない奇怪な存在です。
題名にもなっているチェンソーマンは、悪魔と人間が融合した人物で、頭がチェンソーで体が人間という姿。普通にデザインしたらかなりパロディーというか面白い感じに仕上がってしまうんですけど、絶妙なバランスで成立させるデザイン・表現力はとても素晴らしいと思いました。
設定、キャラクター、表現などの全てに〝タブー〟と言われている要素を詰め込んでなお、称賛されているこの漫画を読んでいると、「今、僕がデザインしている洋服や取引先に提案しているサービスってきれいすぎて逆に退屈なものなんじゃないかな」と不安になる時があります。タブーに挑戦する姿勢を思い出させてくれた作品です。
(繊研新聞新聞22年10月17日付)
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