セブン&アイ・ホールディングス(HD)が傘下の百貨店、そごう・西武を米ファンドのフォートレス・インベストメント・グループに売却すると発表して2ヶ月が過ぎたが、俄に雲行きが怪しくなってきた。セブン&アイは1月24日、両百貨店の売却を2月から3月中に延期すると発表したが、その後も状況に対する進展はない。
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売却決定以降、フォートレスと提携するヨドバシホールディングス(HD)が西武池袋本店に傘下のヨドバシカメラを出店するとの話が公になった。すると、店舗不動産の一部を保有する西武ホールディング(HD)の後藤高志社長が難色を示し、地元自治体の高野之夫豊島区長も反対を表明。売却、再生の問題はセブン&アイ、ヨドバシの当事者どころか、多くの利害関係者、さらにネット民までが加わって賛否両論が渦巻く事態となった。
そうした影響も多少はあったようで、池袋本店がそごう・西武の旗艦店であることから、当事者の間で売場構成などの調整が難航しているという。確かにそごう・西武側とすれば、池袋本店は売上高が全国百貨店で第3位(1540億円/2021年度)を誇る優良店だから、できれば百貨店のまま維持したいところ。1〜2階で展開するルイ・ヴィトンやエルメス、ティファニーをはじめ、ブランド化粧品なども顧客がついているので、現在地に売場を残したい意向が強いはず。上層階に移るくらいなら、撤退はやむ無しとなるだろう。
当事者ではないが、西武HDとしても池袋本店は西武池袋駅の顔で、これが変われば西武ブランド全体にも影響を及ぼすとの懸念があるだろう。後藤社長がヨドバシカメラの出店に難色を示したのも、これが一番の理由に他ならない。足元の豊島区とて、池袋駅の東西には繁華街が広がるが、ある種の猥雑感が溢れ洗練された街といい難い。そのため、高野区長としてはせめて駅に百貨店を残して街のイメージ低下を避けたい思惑があると思う。
ヨドバシHD側は池袋本店の一部不動産を取得して、主要フロアに家電量販店を出店する計画で、取得額は2000億円を超えると見られている。西武池袋駅に拠点を築ければ、西武沿線のみならず駅の東側からも集客できる。ヨトバシカメラは家電に加えプラモデルなど趣味性の強い商品が多いことを強みに、市場を攻略したい考えのはずだ。
ヨドバシHDとしては、フォートレスが店舗改装や設備投資に200億円以上を拠出するとは言え、自社で2000億円も投資するだけに失敗は許されない。フォートレス側は自社の投資額をヨドバシHDから回収する狙いと言われる。ヨドバシHDは売場をさらに拡大したい意向があるようで、それが調整を難航させている要因だと思われるが、買い手優位の状況は変わらない。最後はセブン&アイが譲歩することになるのだろうか。
もっとも、セブン&アイ側が売却の俎上にあげたのは、そごう・西武の全店舗だ。さらに従業員の雇用をどうするかの問題もある。ヨドバシHDが最初に池袋本店に触手を伸ばしたのは立地の魅力があるからだが、池袋本店にこだわり過ぎて他店が蚊帳の外にあるようでは調整をさらに難しくしてしまう。
振り返ると、ヨドバシカメラは駅近展開の自社店舗で業容を拡大してきた。広大な売場を設けて1つのカテゴリーで豊富なアイテムを揃えるが、商品は探しやすく買いやすい。カメラコーナーでは、カメラ本体と周辺機器なども一緒に展開するなど、提案力もある。そうした点がお客を惹きつけてきたのだ。
昨今はネット通販にも注力し、値札に付いているバーコードをスマホアプリで読み取ると、サイトにアクセスできて買い物が可能だ。当日午後1時までの注文分は送料無料で日本全国、当日配送となる。また、ネットで注文した商品は秋葉原店をはじめ、梅田店、博多店では夜10時から翌朝9時半までは店頭で受け取れる。繁華街で深夜までお客の往来が絶えない池袋エリアは、是が非でも手中に収めたい立地だと言える。
ヨドバシ地方店でテナント離れが始まった?
仮にヨドバシHDが西武池袋本店にヨドバシカメラを出店できたにしても、次は西武渋谷店やそごう横浜店の案件が待ち受ける。渋谷は若者の街という性格が強く、東急百貨店本店の閉店に見られるように百貨店離れが顕著だ。しかし、残る西武渋谷店の主要フロアに家電量販店を出店したからと、すぐにお客が付くかどうかはわからない。
CHOOSE BASE SHIBUYAのD2C家電売場を拡張する手もあるが、ヨドバシカメラでは商品が死んでしまうリスクを孕む。さらに既存のビックカメラやヤマダデンキも渋谷に合わせた商品政策で一定の市場をつかんでおり、これに割って入るのは簡単ではないだろう。
そごう横浜店は都市高速を挟んだ海側に立地し、JR横浜駅とは直結してない。西武池袋本店のような客動線が見えづらいのだ。また、駅の西側にはヨドバシ・マルチメディア横浜がある。そごう横浜店にヨドバシカメラが出店すれば1エリア2館体制となり、棲み分けをどうするかの問題も浮上する。仮に低層階に家電量販店、上層階にテナントを配置した複合店舗にした場合、駅に直結していないことが集客面で不利にならないのかが懸念される。
もちろん、そうした課題はヨドバシHDも十分承知しているだろう。だから、立地的に有利な西武池袋本店に真っ先に触手を伸ばしたのである。しかし、その計画が躓いた。最終的にセブン&アイHDが折れると、事は一気に進み出すと思うが、それもまずは都心3店舗が先になる。地方店舗のリニューアルは次の段階であり、百貨店再生と従業員の雇用維持を同時に行うのは容易ではない。
筆者が住む福岡市では、ヨドバシの再生スキームを揺るがす事態が発生している。ヨドバシカメラ・マルチメディア博多(以下ヨドバシ博多)4階にある専門店街が2月5日に全面閉店したのだ。同店は2002年11月1日に開業。当時は家電戦争が全国に広がり、各社が商品政策やポイント還元などあらゆる手を尽くしてお客の争奪戦を繰り広げていた時期だ。
ヨドバシ博多はJR博多駅南側の筑紫口通りに面し、駅中央街の西口を出るとすぐに北側の入口から入店できる。家電フロアは主に地階1階から2階の3層(3階にも一部出店)で、3階に衣料品、4階には雑貨や飲食、サービスのテナントが集積。こうしたフロア構成にしたのは、いろんなお客を集めてシャワー効果で家電購入を狙ったものと思われる。博多駅周辺には他に家電量販店はないことから、一人勝ちの状態になると目されていた。
しかし、結果的には家電の目的のお客しか集められず、4階の専門店街は苦戦を強いられていた。ヨドバシカメラは趣味性の強い商品も多く、テナントでは「アキバ系」の商材を扱うところとの親和性が強い。いわゆるがオタク向けだ。だが、福岡のような地方都市では東京秋葉原ほどの市場規模はなく、ネット通販が受け皿となったことで、実店舗ニーズは限られた。
2011年には北側の博多口にJR博多駅ビルが完成し、駅ビルのアミュプラザ博多や百貨店の博多阪急が出店した。こちらではアパレルから雑貨、スイーツや飲食、サービスまでと洗練されたテナントが揃い、2016年には隣接するビルに博多マルイもオープンした。となると、筑紫口は居酒屋などが集積する横丁感がより濃くなり、博多口とは対照的になった。
ヨドバシ博多はむしろそんなイメージとシンクロするのだが、専門店街のテナントは「ヴィレッジヴァンガード」「グランサックス」「TAKA-Q」「タイトーFステーション」などでオタク向けにはほど遠い。市場的にアキバ系へのニーズが限定的なため、このような構成になったと思うが、それがヨドバシカメラとの相乗効果を欠いたとも言える。要はテナントの顔ぶれが中途半端なのだ。それはヨドバシカメラにとって諸刃の剣でもある。
ヨドバシHDがそごう・西武を買収する以上、各百貨店の主要フロアに家電量販店、残りはヨドバシと親和性があるテナントを集積する方向でいくと思う。「ヨドバシ百貨店」となると、そごう・西武が抱える外商客を繋ぎ止めるのは難しく、新富裕層と呼ばれる新たな客層へのアプローチも滞る。百貨店事業が崩壊する可能性もあるのだ。
ヨドバシカメラは本流を貫くことしかできないだろうし、同店のターゲットも洗練されたテナントや商品を望んでいるわけではない。なおさら、そごう・西武の地方店では、主要フロアを家電量販店に押さえられると、百貨店向けのブランドは撤退していくと思われる。だが、ヨドバシ博多を見れば、新たに残りのフロアを埋めるだけのテナントが集まるとは考えにくい。百貨店の再生と従業員の雇用が継続されることに暗雲が漂う。
ヨドバシカメラは駅近展開と安売りでのしあがってきており、百貨店に不可欠な付加価値の創造のノウハウがあるわけではない。ヨドバシHDにも百貨店経営に乗り出せるほどの人材がいるとは思えないし、セブン&アイが売却を延期したことを見れば、裏で手を引くファンドもなす術がなかったと解釈できる。百貨店の復権、発展のカギと言われる裕福な外国人観光客や国内の富裕層は、必ずしもヨドバシカメラのターゲットとは一致しないのだ。
家電業界を見ると、郊外のフリースタンディングで業界トップに躍り出たヤマダデンキでさえ、近年は家具や住宅リフォームに手を広げ、SCにも出店。さらに使用済み家電を自社工場で再商品化し、リユース家電として販売するまでになっている。家電を売り切るだけのモデルでは収益確保が厳しくなっているのだ。
そんな状況下で、ヨドバシHDが地方百貨店の立地で新たに顧客を生み出し維持していくことができるかと言えば、全く不透明である。そごう・西武の売却問題は落とし所は簡単に答えが出るはずもなく、これから難局が待ち受けていると言っても過言ではない。
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