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売却に伴うそごう・西武の雇用問題 好調なアパレル事業の今後は

クリエイティブディレクター
HAKATA NEWYORK PARIS

 落とし所が見えず、混沌としていたそごう・西武百貨店の売却問題が7月19日、大きく動き出した。昨年11月、両百貨店の売却先に決まった米ファンドのフォートレス・インベストメント・グループと提携し、百貨店への進出を狙うヨドバシホールディングス(HD)。同社は西武池袋本店1階主要部分など、低層部への出店を一部断念する方向という。

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 さらに7月21日には、セブン&アイHD、ヨドバシHD、フォートレス・インベストメント・グループ、西武ホールディングス、東京都豊島区などの首脳らが一堂に会し、協議が開かれた。会合ではヨドバシHDが一部断念した内容を盛り込んだ改装案について話し合われ、9月1日に約2100億円でフォートレスに売却する方向で最終調整に入った。ただ、そごう・西武側から慎重な意見が出たほか、他の参加者からは反対意見も出ている。

 一方、7月25日にはそごう・西武労働組合が従業員の雇用維持を求めて全組合員に実施したスト権確立の投票結果が発表された。投票総数3833票のうち賛成が93・9%の3600票、反対が3・9%の153票で、スト権は確立した。労組は今後、ストに踏み切る基準や実施時期などは顧客や取引先に配慮し慎重に判断するとし、セブン&アイHDに対してもそごう・西武売却後の事業計画や雇用継続について情報開示、事前協議や団体交渉を求めていくとした。

 これまでセブン&アイHD側は直接の雇用主ではないことを理由に、労組との団体交渉には応じていなかった。今回、スト権が確立したことを受け、労組とは丁寧な対話を進めて可能な限り早期の合意形成を目指すとした。しかし、そごう・西武百貨店のOBが売却差し止めを求めたり、売却価格が低いとして取締役に損害賠償を求める裁判が進行中だ。そのため、両百貨店の売却後に事業計画がスムーズに運ぶかは、予断を許さない。

 では、百貨店事業の落とし所はどうなるのだろうか。7月21日の会合ではヨドバシHD側が「西武池袋の1階と地下1階への出店を一部断念する」という改装案に対し、協議は物別れに終わった。それはそうだろう。この条件では2階から上にはヨドバシカメラが入居することを意味し、とても百貨店イメージが保てるとは言えず、西武HDや豊島区も納得できる内容ではないからだ。

 西武池袋本店のフロアは、1階にルイ・ヴィトンやエルメス、プレステージ雑貨、化粧品、2階にルイ・ヴィトンやティファニー、プレステージ雑貨、化粧品、アート雑貨、3階に婦人服、婦人雑貨、4階に婦人服、プレステージブティックで、これらは百貨店にとっては最も売上げを稼げる商材だ。5階より上には紳士服、子供服、インテリア、ギフトサロン、催事場、レストラン、美容関連、メガネサロン、ペットなどが品揃えされ、雑貨業態のロフトが出店する。

 セブン&アイHDと子会社のそごう・西武は、8月1日付で両百貨店のトップに田口広人取締役常務執行役員を抜擢した。田口新社長が果たしてどちら側の利益を重視するのかである。西武池袋本店としては百貨店イメージを保持しつつ、一番の稼ぎ頭であるラグジュアリーブランドやレディスアパレルや雑貨、化粧品、デパ地下のフロアは是が非でも死守したいはずだ。

 だから、少なくとも地下1階から地上4階までは百貨店オンリーのフロアとして残す条件でしか、西武HDや豊島区、組合側は譲歩しないのではないか。逆に5階以上にある商材やサービスはヨドバシカメラと共存したり、池袋パルコなどのSCに分散・移転することもできる。そうした条件でセブン&アイHD側がヨドバシHDと折り合えるかである。

 ヨドバシカメラのオタク的な商材を求めるお客からすれば、何も百貨店の低層階に売場がある必要はない。一般の家電はAmazonなどネット事業者、ビックカメラやヤマダ電機との競合も熾烈で、西武池袋本店に出店したからといって競争優位にはならないだろう。ただ、一つ言えるのはヨドバシカメラはネット通販を充実させているので、その受け取り拠点を池袋本店の「地階」などに設けるのは利点と言える。

 欧米の百貨店で開設されている「Buy Online Pick-up In Store/BOPIS」だ。このBOPISが地下1階の一角にあれば、注文客も受け取りに行きやすい。ニューヨークの百貨店にはネットで注文した商品の受け取り拠点があり、返品も行える。ヨドバシカメラ側も受け取り拠点のみは地階などに出店できるくらいの条件でない限り、改装案が解決する道筋は見えないと思われる。

 西武池袋本店の問題が解決を見出せても、一件落着とはいかない。ヨドバシカメラが池袋本店の中・高層階に出店することになれば、西武渋谷店、そごう横浜店でも同じような条件で進むと思われる。逆にヨドバシカメラが2階から主要フロアを押さえてしまうと、両店もそうなるだろう。ただ、西武秋田店、西武福井店、そごう広島店、そごう大宮店といった地方店をどうするかの問題は残ったままだ。

ストライキという伝家の宝刀を抜くのは今しかない

 ヨドバシカメラはそごう・西武の地方店については、具体的な計画を発表していない。セブン&アイHDが売却を進められなかったのも、地方店をどうするか納得いくスキームがヨドバシ側から提案されなかったことがあるからだと思う。さらにそごう・西武労組としては組合従業員の雇用について「維持」「継続」といった条件が引き出せなければ、スト権の行使を止める判断はしないだろう。

 仮にヨドバシカメラが「都心店、地方店を全て引き継ぐ代わりに、家電店とテナントでリニューアルし、社員はそのどちらかで再雇用、他の従業員についても雇用先を斡旋する」という条件を出した場合、労組側は折り合うかである。従業員といっても管理部門の社員、自主編集売場の社員、本社から出向した地方店の社員、地方店が直雇用した社員、メーカーの派遣社員やテナントのスタッフなどで、立場は異なる。

 そもそも論として、ヨドバシカメラが両百貨店を引き継いで2階から上に出店するとなると、全組合員の雇用が継続されるほどの売場が維持されるとは思えない。地方店は百貨店ではなくなって家電店とテナントで運営されるだろうから、直雇用の社員などは百貨店からリストラされて行き場がなくなる。つまり、従業員全員が百貨店という業態で雇用を維持されることなどあり得ないのだ。

 日本には「企業は社会の公器」という価値観がある。それはお客、従業員、取引先、地域社会といった企業を取り巻く全ての利害関係者と良好な関係を築き、成長していく考え方だ。一方、バリューアクトのような米国ファンドは、「株主資本主義」の価値観で株主価値を最重要視する。だから、企業が収益を上げられず、株主に配当できないのであれば、経営陣の退陣や取締役の入れ替えなどを要求する。

 一方、そごう・西武の労組はスト権を確立したが、実際に踏み切るかについては慎重だ。争議権は日本国憲法で労働者に認められている権利である。米国の労働組合なら有無をいわせずストを実施するはずだ。伝家の宝刀は抜きそうで抜かないところに価値があるというが、じゃあいつ抜くのか。今がその時ではないのか。吝かなところはいかにも日本らしいが、解雇されてからでは遅いのだ。

 こうした価値観が衝突する中、セブン&アイHDは5月の株主総会で、バリューアクトが提案した井坂隆一社長の退陣要求を株主の反対多数で否決し、HDが提案した全15人の取締役選任案は賛成多数で可決させた。事前の予想では井坂社長の立場はぐらつくと言われたが、解任を見事に切り抜け、取締役15人も選任された。この結果をどう見るか。井阪社長らの選任に賛成票を投じた日本の金融機関や証券会社、取引先企業、そして個人投資家の多くは、井坂体制のセブン&アイに全幅の信頼とは言えないまでも、猶予は与えたのだ。

 だが、セブン&アイHDはそごう・西武の再建ができなかったから売却に走ったわけだし、そごう・西武の経営陣とて無策ぶりについては大差はない。要は再建できる人材がいないから、投資ファンドにでも売ってしまえばいいと考えたわけだ。確かにそごう・西武のような百貨店が中間層の消費者に対し、夢を煽る時代は終わった。ただ、百貨店事業が収益性が低くて先がないと言うなら、それに変わるものを考えるのが経営陣の使命ではないのか。

 ここに来て百貨店系アパレルの業績が回復している。各社は実店舗を大量閉鎖する一方、ネット通販に舵を切る構造改革を進めたが、業績に現れるまでには数年の時間を要した。コロナ禍が落ち着き、外出規制が緩和されてお客が実店舗に戻るようになり、ネット注文した商品を実店舗に取り寄せ、試着できる仕組みがようやく業績に貢献し始めたのだ。店舗で実物を見たり試着したりすれば、買う気が起こる。これも人間の心理だ。それにしても、百貨店系アパレルの脱百貨店は大命題というから、全く皮肉な話である。

 ただ、アパレルは実店舗があるからこそネットでも売れるわけで、賢いお客はその両方をうまく使い分けている。さらに欲しい商品が海外のサイトにあれば、注文代行を頼んでまで取り寄せるお客はいくらでもいる。それは全国津々浦々で同じだろう。この辺に脱百貨店のヒントが隠れているのかもしれない。そうした消費構造の変化をうまく取り入れた新しいビジネスモデルが求められているのだ。

 もちろん、従業員の雇用問題は残ったままだ。労組がスト権行使をチラつかせることで首がつながった社員が出てくるなら、何らかの行動を示すべきではないだろうか。また、田口新社長が自ら立ち上がって店舗や立地を活用した新ビジネスやスタートアップに挑戦するくらいの気概を見せて欲しい。今回の問題では「雇用してもらう」だけでは先に進まないことがハッキリした。その中で、当事者は経営陣、従業員の双方にとってベターな方法を考えなくてはならない。百貨店終焉という夢の後にあるのは過酷な現実なのだ。残された時間は少ない。

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