さる4月13日、ファッションイベント「東京ガールズコレクション(TGC)」が熊本県で開催された。2019年4月、熊本地震からの復興をテーマに初めて催され、第2回目についてもモデルの三吉彩花が来熊してプレスプレビューに臨むなど、開催する方向で準備が進んでいた。ところが、20年の年明けから新型コロナウィルスの感染が拡大したため「延期扱い」(実質は中止)となった。23年5月には新型コロナウィルスが5類感染症に移行し、同種のイベントが日本各地で再開される中、熊本も5年ぶりの開催にこぎつけた。
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1月16日には開催に先立って、熊本市の鶴屋百貨店で記者会見が行われた。TGCを企画・制作するW TOKYOの地方創生管掌役員、熊本県や市、商工会議所や地場企業で構成するTGC熊本推進委員会のメンバーが出席し、企画概要が発表された。今回のテーマは、Blooming Energyで、熊本の可能性を感じさせるコンテンツを結集させ、その魅力を発信する。内容はブランドのショーと県内の学生が出演するステージなど、ご当地ならではの企画も盛り込まれることになった。また、会見にはモデルのゆうちゃみ、SNS動画が人気のMINAMIも駆けつけ、イベントをPR。約1万人を集客目標とした。
イベントはタレントのウエンツ瑛士と影山優佳が司会を務め、藤田ニコルや池田美優、新川優愛、トラウデン直美のほか、ユーチューバーなど総勢100名が出演。地元で活躍する歌劇団による殺陣、県内の高校生によるダンスや合唱、楽器演奏とご当地企画も予定通りに実施された。さらに2020年に甚大な豪雨災害に見舞われた人吉出身のタレント内村光良が「熊本を元気にしてほしい」と、ビデオメッセージを寄せるなど、13時半に開演から分刻みでショーやステージが続き、18時に終演となった。
ところで、TGCの地方開催で気になるのは、開催資金を拠出するスポンサーだ。また、地方創生を旗印にする以上、どこまで地場企業が名を連ねるかである。中止となった2020年のイベントでは、地元の鶴屋百貨店が冠スポンサー(TGCでの呼称:プラチナパートナー)に就いていた。告知用のポスターも同社販売促進部のスタッフがデザインしたものがW TOKYOが募集したコンペに勝って採用されるなど、全面支援をうかがわせた。ところが、中止によってあらゆる企画がお蔵入りとなり、スポンサー効果は限定的だったようである。
もっとも、鶴屋百貨店が冠スポンサーに就いたのは、百貨店として捕捉できていないZ世代にも自店をアピールし、あわよくばショーで披露される人気ブランドを誘致できればとの思惑もあった。2020年のイベントを延期扱いと考えるなら、今回はそのままスライドして冠スポンサーを継続したかもしれない。ところが、そうではなかった。3年にもおよぶコロナ禍の間は、地方百貨店として苦しい経営を強いられた。23年2月期は3年ぶりに黒字に転換したものの、冠スポンサーを継続して全面支援するほどの余力はなかったと考えられる。
毎年秋に開催されているTGC北九州でも、初開催の2015年から19年まで冠スポンサー(スペシャルパートナー)を務めた浄水器メーカーのタカギが前回の23年は降板した。こちらは高城寿雄会長の勇退など社内事情が関係し、資金面ではなかったものの、代わって就いたのは福岡市の美容家電商社クレイツだった。熊本も北九州もガールズコレクションというイベントに、全面的に支援できる資金力がある地場企業がないことは共通する。
今回の熊本開催で新たに冠スポンサーに就いたのは、クレイツと同じく福岡に本部を置く学校法人麻生塾の麻生専門学校グループ。自民党の麻生太郎副総裁のファミリー企業だ。麻生塾にとっては、イベントのメーン観客と対象とする学生はリンクする。少子化で18歳人口が激減していることを考えると、熊本でも学生の青田買いを目論み、冠スポンサーに就任したのは間違いないだろう。
一般スポンサー(呼称:パートナー)には、鶴屋百貨店をはじめリブワーク、再春館製薬所、キューネット、古荘本店、明和不動産、熊本銀行、菅乃屋、ナカガワフーズなどの地場企業が就いた。スポンサー各社は景気が回復基調にあることから、イベントを通じて知名度を上げ、社員募集などにも弾みをつける狙いと見られる。異例だったのは、EXPO 2025関西大阪万博がスポンサーに加わったこと。熊本開催だけでなく、TGC全体をスポンサードする。万博無用論が渦巻く中で、Z世代にアピールすることで集客に漕ぎ着けたいのが透けて見える。
カネを出せば、タレント事務所は動く
今回は、地元の歌劇団や高校生などが出演し、土着を意味する産土の服プロジェクトなど地場企業も参画できたことで、ローカル色は出せた。ただ、それが地方創生まで行き着いたかと言えば、どうなのだろう。自治体は主催者側が地方創生を掲げる以上、その指標となる経済波及効果を算出する。2019年の第1回イベントでは、熊本市は同効果を4億6500万円と発表した。内訳は県内消費の飲食や宿泊、交通費などの直接効果が2億9300万円。原材料生産などを誘発する間接効果が1億7200万円。目標とした約5億円には届かなかった。
ただ、数値自体が幾分盛った感じは否めず、イベントの恩恵を受けるべき地元小売り業者などはそれほどの効果を感じていない。今回、会場を埋めた観客は目標の約1万人に対し、約8000人だったので、2割減になる。とすれば、経済波及効果も2019年より下回るのは確実だ。つまり、どこまで地方創生につながっているのかは、懐疑的と言わざるを得ないのである。今回の経済波及効果については自治体から調査するかの発表はまだない。
話は逸れるが、熊本県では台湾の半導体メーカーTSMC(台湾積体電路製造)が菊陽町に進出した。2月には開所式が行われ、年内の量産開始に向け準備が進められている。地元の金融機関・九州フィナンシャルグループの調査によると、工場建設が始まった22年から31年までの10年間で、同地域が受ける経済波及効果は6兆8000億円を超える見込みという。TSMCはすでに第二工場の建設も発表しており、日本政府もそれぞれの工場建設で1.2兆円を支援すると表明している。
菊陽町にとってTSMC効果はテキメンで、公的支援はもとより税収も増えていることから、今回のTGCを支援するまでになっている。政令市でもない地方自治体では異例のことだ。まさに半導体マネーに沸く町がなせる技と言うしかない。町はイベント前日の4月12日、多様な世代との交流の場を設ける目的で、TGCに出演するゆうちゃみと石川翔鈴を町内の老人福祉センターに招待。二人は65歳以上を対象にした介護予防講座「いきいき大学」の参加者40名と交流した。
今回の交流事業を自治体、W TOKYO、芸能事務所のどこが持ちかけたのかはわからない。ただ、TGCというイベントだけで完結しても、地方創生の効果は限定的になる。だから、イベントで来熊するタレントを起用し、地元を盛り上げるような企画ができないか。自治体関係者なら考えつくことだ。芸能事務所としても、抱えるタレントをせっかく地方まで行かせるのだから、イベント外の営業収入があることに越したことはない。そう考えると、利害関係者の思惑が一致し、交流企画が実現したのは間違いないだろう。
今回出演タレントの顔ぶれを見ると、他のTGCではお馴染みだった中条あやみが出演していない。彼女は2023年に結婚したがタレント活動は続けており、CMをはじめ各種セレモニーなどで引っ張りだこだ。そのため、熊本開催ではスケジュールが合わなかったのだろう。一方、22年、ジョルジオ・アルマーニが選ぶ世界の女性12人のひとりとなった三吉彩花は、モデルとしての格とギャラがアップしたからか。その後のTGCへの出演を見合わせていたようだが、今回の熊本開催ではモデルとしてだけでなく、オープニングトークにも参加している。
三吉彩花が所属する大手事務所のアミューズは、ラグジュアリーブランドだけではモデルとしての露出は限られるので、営業的には他からのオファーも欲しい。そのため、今回は地方開催のTGCながらも出演を快諾したのではないか。まあ、W TOKYOとしては中条あやみが出演していないだけに、主催者側がそれを埋めるレベルのモデルを欲したと考えれば、三吉彩花がブッキングされた説明もつく。
TGC自体は、最新トレンドを発信するショーの要素は限定的で、客寄せ興行というか、音楽&パフォーマンスを取り入れたフェスの色合いを濃くしている。地方創生を旗印に地元からの有償またはボランティア参加も増やしてはいるものの、やはり多くの観客を動員するには集客装置となる人気タレントが欠かせない。タレント個人や芸能事務所としても、TGCの地方開催は自治体が税金を拠出し、地元スポンサーの頭数が揃えば、失敗するリスクはない。だから「重要な営業先」となる。その意味では何とか体裁は保てたのではないか。
ただ、課題は山積みだ。まず冠スポンサーに就けるほどの資金力を持つ企業が地元に不在なこと。目標とする集客動員が頭打ちであること。税収増の自治体に支援を頼っていること。こうした状況で続けている以上、イベント自体が歪な構造であるのは否めない。見方を変えると、今回のTGCではイベント事業者や芸能界までが半導体マネーに群がったことになる。 地方創生は、むしろ地場企業のためであってほしいというのが本音のはずだ。地元が潤わなければ、何の意味もないのである。
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