1976年、米国ロサンゼルス・ハリウッドに誕生したロンハーマン。フレッドシーガルでバイヤーを務めたロン・ハーマンがお客に心地よい刺激を与えたいとのコンセプトで、ファミリー対応のウエアから雑貨までを揃えてオープンした専門店だ。2009年、ロンハーマンはサザビーリーグと日本における独占ライセンス契約を締結。同年8月に東京・千駄ヶ谷に日本1号店を出店した後、東京、神戸、大阪、愛知などに出店し、14年には福岡にも進出した。
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ロンハーマン福岡店でスタッフを採用し販売代行にもあたったのは、岡山に本社を置くカイタックホールディングスの子会社で、福岡で不動産事業を手掛けるアキアゴーラカンパニー。同社はアパレルメーカーのジュングループが展開する「ビオトープ福岡」の誘致にも携わった。6年後の2020年には、ロンハーマン西隣りの会社跡地に「カイタックスクエアガーデン(以下、スクエアガーデン)」を開業。こちらは道路から少し奥に入った4層、吹き抜けのモール型施設で、それまでの福岡にはない斬新なランドマークを予感させた。
施設開発のきっかけは都心部の天神や隣接する大名での家賃高騰があった。1980年代後半の地上げに始まり、90年代にはファンドが進出。現在はオフィスビルの建て替えが進行中だ。新たな商業プロジェクトを展開するにも用地はなく、両エリアから外れるしかなかった。だが、離れすぎると回遊性が悪くなる。アキアゴーラカンパニーはそうした環境下でも、用地を探して施設を開発しテナントを誘致。スタッフを採用し販売体制を整え、新たな商業の芽を吹かせる。それがスクエアガーデンが立つ「警固エリア」だった。
スクエアガーデンには多種多彩な業態が並ぶ。コンバースをカスタマイズできる「White atelier BY CONVERSE」。英誌・Monocle magazineの世界のレストランBEST50にも選ばれたハンバーガー店「GOLDEN BROWN」。バラエティーに富んだ作品を上映する木下グループの「キノシネマ天神」。結婚式場の他にイベントスペースやフォトスタジオとして利用が可能な「WEEKEND HOUSE」等など。日々の生活に潤いを与えてくれる業態で、実際に店舗を訪れないとその良さが体験できないものばかりだ。
しかし、アキアゴーラカンパニーの開発プロジェクトはこれだけに止まらない。2027年春には、スクエアガーデンに隣接して新たな複合施設「カイタック・リビンコート」がオープンする。こちらは地上22階建てのA棟と2階建てのB棟で構成。A棟は1~3階が商業ゾーンで、4階以上がマンション(62戸)。1階と2階に高感度なファッションやライフスタイルなど、3階はメディカルやヘアサロンで構成する予定。B棟は1、2階のメゾネットタイプのテナントを導入する。着工は24年秋になるという。
プロジェクトは、カイタックグループの貝畑雅二CEOの「グループの西日本の新しい拠点にしたい」との意向から始まった。スクエアガーデンが新型コロナウィルスの感染拡大で、開業が当初の2020年4月28日から6月11日にずれ込み、コロナ禍の2年間は苦戦を強いられたものの、23年度の売上高は前年度比約20%増と伸長。売上げの堅調さが開発への自信に繋がったようだ。ロンハーマン、スクエアガーデンと3施設が並べば、誘客のポテンシャルはぐんと上がり、人が集い楽しめるエリアになるとの思惑も見える。
また、福岡市の中心部には自治体が進める「セントラルパーク構想」がある。これは中央区にある大濠と舞鶴の公園一帯を活用し県民・市民の憩いの場、また歴史、芸術文化、観光の発信拠点に整備するもの。アキアゴーラカンパニーの中原伸広社長は、スクエアガーデンの開発時にこんなことを語っていた。「天神や大名の西通り沿いには海外ブランドなども進出するが、賃料の割に売上げが上がらず撤退してしまうケースが少なくない」「(スクエアガーデンの用地が)天神・大名エリアとセントラルパーク構想が進む大濠公園・舞鶴公園エリアを結ぶ国体道路~けやき通り沿いであったことは、決断するにあたっての大きな理由だった」。
つまり、自治体の整備計画とうまくシンクロさせ、中心部の商業開発を進めていくという狙いと見て取れる。ロンハーマン、スクエアガーデン、ビオトープの単独では「点」でしかないが、それぞれが有機的に結びつけば「線」になり、さらに住宅を加えることで回遊性が生まれて「面」になる。繁華街エリアがぐんと広がるということだ。東京渋谷駅の周辺が開発され、さらに宮下公園が商業施設に生まれ変わると、明治通りや宮益坂を通って表参道に続く人の流れがさらに増えた。それの福岡版とでも言うか。
売上げ至上主義からの発想転換か
では、開発計画の課題は何か。やはりいかに誘客するかだろう。天神エリアは西鉄福岡駅を核にして、南側に岩田屋や福岡三越、福岡大丸、ソラリアプラザなどが並ぶ。ここにはアパレルから飲食、サービスまでが充実するため、老弱男女の消費がほぼ完結する。その西側には天神西通り、大名エリアがあり、南側には国体道路が走る。人通りが一番集中する天神西通りと国体道路の交差点から一番近いロンハーマン福岡店まで、徒歩で5~6分はかかる。客の流れは東側の警固神社、福岡三越方面では大きいものの、ロンハーマンがある西側ではどうしても細ってしまう。
ロンハーマン手前にはかつてブックオフがあり、漫画を立ち読みする若者で溢れていた。だが、ドラッグストアに変わると若者の流れが切れたように感じる。大名エリアも中央区役所横の通り、紺屋町商店街を軸に東の天神側には買い物客が回遊するが、西側にはほとんど流れない。まして、大名を訪れる若年層が国体道路を渡ってロンハーマンやカイタックスクエアガーデンまで行くかといえば、それも難しい。客層がファミリーターゲットで高級路線のロンハーマン、映画館やブライダルサロンといった目的消費のスクエアガーデンとは異なるからだ。まだまだ回遊性を生んでいるとは言い難い。
一方、ビオトープ福岡はロンハーマンから西に1.2km行った国体道路沿いに位置する。バスに乗ると店舗前の警固町から3つ目の赤坂三丁目で下車し、徒歩で5分ほどだ。その先の大濠公園一帯は市民のランニングコース、外国人旅行者の観光コースになっているが、天神、大名、警固のエリアと買い物で回遊するにはやはり距離がある。城南区方面からの通勤客を含めて自転車利用者が大半を占める。また、ビオトープ福岡では、福岡城址や護国神社の緑に囲まれるロケーションから、当初はナーセリー(園芸商材)も扱っていたが、現在では休止している。環境に品揃えを合わせても、誘客には結び付かなかったようだ。
スクエアガーデンは、23年度の売上高が対前年比で約20%増収したが、同施設が特別なわけではない。新型コロナウィルスが5類感染症に移行したことで、人流が回復したのだから数値が伸びるのは当然だ。ただ、テナントを見るとフランフランが展開する「モダンワークス」は、すでに閉店し空きスペースは埋まっていない。家具を中心にファブリック、アート、グリーンなどの関連アイテムを揃えたものの、スペースが広いほど売上げ効率は悪く、家賃負担が重くのしかかったようだ。同業態は東京青山店も閉店しており、都心部では厳しい状況と言える。筆者もYOYデザインのSCRIBBLEシリーズのコースターを購入しただけだった。
現状、ロンハーマン、ビオトープ福岡、スクエアガーデンは、爆発的な売上げを誇るまでには至っていないと思う。テナント各店が集客力を発揮するにも、個店にできることは限られている。デベロッパーとしては現状の売上げ状況を承知の上で、改善することにチャレンジしている状況ではないか。「天神西鉄福岡駅から離れたエリア」「わざわざ買い物に来てもらう」「目的&時間消費の業態集積」「同業種を集めないテナント配置」等など。天神や大名の商業施設に慣れてしまえば、つい「厳しいんじゃないの」と見てしまう。開発思想が業態成立のセオリーから外れた異端に思えるからだ。
もっとも、スクエアガーデンではエントランスのスロープ脇に一坪型のショップスペースも確保されており、イベントや仮店舗などの短期出店を想定し、定期借家とは別契約で出店できるようにしたと思われる。こうした部分は天神のビルインや大名の路面店にはない試みだ。やはり、若者が気軽に店を出して商売をできる環境を作る。デベロッパーがそうした役割を果たしているとすれば、個店も最大限の誘客努力をするべきだと思う。人の往来が多い天神西通りで店の存在をアピールしつつ、ライブコマースなどを手がけて情報を発信するなど、リアル、バーチャル双方での誘客が必要になるだろう。
ファッションライターを自認するあるお方は、「カイタックは金持っとるなあ」とだけで済ませていらっしゃる。しかし、一連のプロジェクトを資金力だけで捉えても意味はない。アキアゴーラカンパニーも多くの課題があるのは承知の上で取り組んでいるのだ。2023年6月9日から11日には、「こだわりのFOOD・SWEETSが楽しめる2日間」と銘打って3周年の記念イベントを開催。誘客や賑わい創出のきっかけが掴めたのかなど、課題を掘り起こしているはずだ。国体道路の警固~赤坂の呼称「けやき通り」では、住民や店舗が共同で、フリーマーケットを開催している。次のステージはそうした街ぐるみの連携に移っていく。
ファイブフォックスの創業者で、先日お亡くなりになった上田稔夫さんの言葉を借りると、「日本ではテイスト、オケージョンにそっていろんなファッションがある。しかし、それを捨てたところにもマーケットが出現する。人間にとってファッションの楽しみって何なのか。それにはレボリューションが必要だ」という考え方もできる。ファッションビジネスでは常に革命を起こすような発想が不可欠。それは売上げ至上主義とは別の考え方から生まれる。今は異端であっても、やがて正当になる時が来るからだ。
幸い福岡市はそれほど広くないエリアに交通網、公共サービス、商業施設、住居などの生活機能が集中し、非常に暮らしやすい街を形成している。いわゆるコンパクトシティだ。それでも天神を取り巻く渡辺通りや国体道路では朝夕の交通渋滞が激しい。こうしたクルマ社会を少しでも脱していくには、徒歩で移動できる範囲に都市機能を充実させていかなければならない。器を作って、そこに店を誘い、人を集める。それがヒューマンスケールの街づくりのスキームとなる。アキアゴーラカンパニーの開発事業がその一助になることに期待して、今後を見守っていきたい。
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