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人間のクリエイティビティは守られる? 「AIモデル」を取り巻く問題

人間のクリエイティビティは守られる? 「AIモデル」を取り巻く問題

クリエイティブディレクター
HAKATA NEWYORK PARIS

 2年くらい前に、AI(Artificial Intelligence/人工知能)により撮影が激変したことを書いた。以前は撮影前にアシスタントが服のシワを伸ばしたり、照明によるハレーションなどをチェック作業をしていたが、画像がデジタル化されたことで、商品撮影では事後修正が可能になった。一応、スタッフを抱えているカメラスタジオでは万全の態勢で撮影に臨むし、事前にアシスタントが準備作業をこなしていた。ただ、何カットも撮影した後にカメラマンやスタッフが気づかなかった「映り込み」や「不要なもの」が見つかるケースがあった。写真がフィルムからデジタルデータに変わった今日では、そうした問題箇所を修正しやすくなったのも事実だ。さらに撮影に起用するモデルそのものが人工的に作れるようになった。

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 えっ、どういうこと?モデルだけすげ替えられるの?正確には以下のようなフローになる。まず事前にプロのモデルではない一般人が着た商品、屋内外の背景を別々に撮影しておき、仮想試着技術を使用してデジタルモデルに着用させ、背景を組み合わせた画像を作成するもの。つまり、生身のモデルに商品を着せて屋内外で撮影する必要がなく、商品写真とデジタルモデルを合体させて、いかにもモデルが商品を着ているような写真に合成するのだ。商品や背景は正面、側面、斜め、背後、俯瞰などあらゆる角度で撮影しておく。だから、AIモデルが仮想試着しても全てのアングルで画像が生成でき、身体へのフィット性、生地の伸びや張り感、シチュエーションの奥行きまで再現できる。リアルな写真で生じる光沢やしわ、よれをあえて起こしたり、逆にカットしたりすることも可能だ。

 アパレルがマーケティングやプレスプロモーション用の撮影をする場合、事前に生身のモデルを選定しておくと、撮影時に商品イメージと違うと感じるケースはよくある。例えば、商品がコンサバエレガンスなのにモデルが意外に無機質な感じだったり、逆にキャリア向けの商品なのにモデルの雰囲気に幼さが残っていたり、着物の撮影なのにメイクしたら意外にバタくさい顔になったなどのケースだ。だが、AIモデルでは商品やターゲット、媒体に合わせて男女容姿人種体型年齢シチュエーションの別にあらゆる人物像が揃う。エージェントのカタログから生身のモデルを選定する必要がなくなるわけだ。さらに撮影の前後にモデルが不祥事(薬物犯罪や禁止労働など)を起こしても、違約金発生や損害賠償のリスクがなく、降板した時の再人選、再撮の手間も省けるわけだ。

 また、ヘアメイクスタイリストといった撮影スタッフが不要になり、商品や関係者をスタジオに集めた事前打ち合わせ、屋外撮影の場所を確認するロケハンも必要ない。大量の商品撮影が短時間でできるから、レンタルスタジオの使用料も削減できる。ポスターや雑誌広告、カタログなどのDTP作業、通販サイト制作の過程で、いろんなコーディネートや着せ替えることも可能だ。莫大な撮影経費がカットできる点はメリットと言える。(資料:https://www.caimera.ai/?utm_source=pinterest&utm_medium=organic-pin&utm_campaign=stats#stats)そうしたAIモデルについて書いてから約2年、AI技術は日進月歩で進化し、新たに別の問題が生じている。ファストファッションのH&MはAIモデルを活用すると公表したが、それが実在するモデルの分身であることから、モデル事務所などが雇用が失われると反発し始めたのだ。

 H&Mのヨルゲン・アンダーソン最高クリエイティブ担当は、AIは創造的プロセスの質を高めるものとエクスキューズした上で、それを取り入れていくことが新たな取り組みになると、述べた。同社がAIを活用した画像製作のフォローは以下になる。まず、生身のモデルを撮影したデータを元に画像を作成する。この画像ではモデルのポージングの特徴から肌の色、つやの状態までを忠実に再現し、生身のモデルと瓜二つのデジタルクローンとして活用できる。クローンは2025年中に30もの分身を作る予定で、肖像権は生身のモデルに帰属させ、画像に対する使用許諾はモデル本人の判断に委ねる。AIモデルが広告使用される報酬も、実際に撮影に参加した時と同額が受け取れるようにする。

 H&Mはこれまで商品を販売する上で、プロモーション用のビジュアルはもとより、EC用のアップ写真には全て生身のモデルを起用してきた。アパレルが価格に関係なく商品を訴求し、ブランドロイヤリティをつけるには当然の施策と言える。一方で、マーケティングのコストとして考えた時、ラグジュアリーブランドと遜色ない投資になっていたはずだ。一応、AIモデルに関わる権利関係や撮影のギャラは生身のモデル自身が判断できるようになっている。売れっ子モデルになると、いろんなクライアントからオファーが来て、撮影のスケジュールが詰まってしまうことがある。つまり、H&Mの撮影で拘束されなくても、ギャラがもらえるのはモデルにとってメリットだと言えるのだが、果たして。

 他社の動向はどうか。ZARAを展開するスペインのインディテックスは、AIモデルの起用について仕事を改善する手段だとして前向きに考える。同じくマンゴーはAIで生成した広告キャンペーンを展開している。ドイツのヒューゴ・ボスはモデルの生成AI動画を自社ECに投入する方針を発表した。世界の主要アパレルがAIモデルの生成に舵を切る中、業界で働く人々の権利保護に取り組む米国のザ・モデル・アライアンスは深刻な懸念を抱いているとの声明を発表した。これが影響したのか、米国のリーバイ・ストラウスはAIモデルの導入を公表したものの、広告展開やECでの活用ではペンディングの状態になっている。

 アライアンス社が懸念を抱くのは、モデルの他にプロモーションビジュアルの制作に携わるカメラマン、ヘアメイク、スタイリストの仕事がなくなるかもしれないからだ。確かに一度モデルのデジタルクローンを作ってしまえば、PCの画面上で撮り溜めた服を着せていけばいいだけだから、撮影もメイク調整もフィッティングも必要ない。国連が調査したデータによると、モデル撮影などのクリエイティブ産業の雇用者数は世界で約5000万人にのぼることから、影響は少なくないと見る。アパレル撮影で問題視される以前に、ハリウッドでもAIが映画制作に浸透することを危惧した映画俳優組合がストライキを起こしたケースは記憶に新しい。

AIにできないことを行うのは神の領域か!?

 権利保護の団体や国連がAIモデルの導入に反発するのは、雇用に対する問題だけではない。人間が創造したものにこそ「価値」があって、AIがそれら大量のデータからパターンを学習し、それに基づいて判断=クローン制作を行う。それは人間のクリエイティビティを蔑ろにし、創造的価値を否定することになりかねないとの解釈なのである。

 ならば、人間のクリエイティビティとは、どこまでを指すのかという問題が生じる。例えば、カメラマンだ。撮影時にカメラマン自らアングルやシチュエーション、独自の演出を考えたのなら、それはクリエイティブバリュ、創造的価値と言えなくはない。だが、事前に絵コンテが用意され、カメラマンがそれにそってシャッターを切っただけなら創造的価値があるとは解釈しにくい。つまり、その後にAIが事前に撮影した商品や背景のデータを元にクローンモデルとのシチュエーションを制作しても、カメラマンの権益を侵したことにはならないだろう。

 ヘアメイクについても、髪型やメーキャップのパターンは何百種類もあっても、カタログなどで公開されている以上、AIはそれらを学習する。つまり、撮影でヘアメイクのスタッフが商品イメージによって生身のモデルに髪型やメイキャップを施しても、それに創造的価値があると何を持って判断するのか。スタッフが主観的にオリジナルだから創造的価値があると言い張っても、法的にその価値が判断されなければ権利の保護対象にはならない。前提としてヘアメイクでは価値を判断しにくいのなら、AIがクローンモデルにヘアメイクを施しても、権利を侵害したと判断しにくいのではないか。

 スタイリストはもっと厳しい。あくまで商品をオリジナルデザインした=意匠権(知的所有権の一つ)を有するのはアパレル側で、それを撮影でモデルにアクセサリーなどと共にフィッティングしても、創造的な価値が発生するかと言えば難しいと言わざるを得ない。米国ではカメラマンが出版したファッション・フォト・シューティングの写真集を巡って、スタイリストとの間で著作権使用料を争う訴訟が起きている。平たく言えば、写真集という著作物の使用権料として支払われる印税は、写真を撮ったカメラマンに入るのか、商品をコーディネートしたスタイリストに入るのかを争ったものだ。

 ここでも著作という創造的価値が誰に帰属するかが争点になった。判決ではスタイリストが敗訴したのではなかったかと記憶する。つまり、撮影に携わるスタッフは、その業務に従事し、時間的な拘束を受けてギャラが支払われている以上、創造的な価値がどこまで発生しているかは解釈が非常に難しいのである。もちろん、クリエイティブワークという概念があるため、AIの浸透によりクリエーターの仕事がなくなりかねない状況に対し、反発があるのは理解できる。ただ、デジタル技術の浸透で置き換えられる仕事が無くなってしまうのは必然なのだ。

 例えば、アナログ時代にはグラフィックデザインを印刷物にする場合、文字は「写植」を打ち、それを印刷に入稿するために「版下」に張り込む作業をしていた。そのため、写植機を操作するオペレーターや版下を制作するフィニッシャーという職業が成り立った。また、不動産デベロッパーやゼネコンが手がける建物や施設などの完成予想図=「パース」を平面図から立体的に起こして絵にするパースライターがいた。しかし、デジタルデザインの浸透で彼らの仕事は無くなり、オペレーターやフィニッシャー、パースライターは失業に追い込まれた。これらの仕事に創造的な価値があるとは言い難い。逆に言えば、だからこそデジタルに置き換わっていったということもできる。

 イラストレーターは微妙な立場だ。バブル期には広告宣伝費が使い放題だったため、物件によって高額なギャラが支払われることもあった。知り合いのイラストレーターは、ブライダル会社が発注した数十ページに及ぶムックのビジュアルが全面イラストになったため、百万円以上のギャラをもらっていた。だが、バブルが弾けると制作費が削減されたことで、キャラクター色の強いイラストは他社では使用しないで欲しいとの制限がかかる一方、応分のイラスト料はもらえなくなったという。

 さらにデジタル画像が普及した今では挿絵やカットの類は、ネット上に無料で使用できるフリー素材が数多くある。そうした環境の変化から、オリジナルイラストでも値下げ圧力がかかっている。いくら人間が創造したものに価値があると訴えたところで、制作側のビジネスモデルが受注生産という性格を考えると、仕事を出すか出さないかは発注者側の裁量になる。当然、発注企業が経営効率を考える上で、コストはできるだけ抑えたい。代用が効く仕事をデジタルに置き換えていくのは、時代の流れなのだから仕方ない。

 AIモデルについては、生身のモデルがベースになるのなら、肖像権が保護されるべきである。一方で、スチールはもちろん動画でも、モデルの表情やポーズ、動きはもちろん、セリフを喋るリップシンクまで、実際のモデルと遜色なくデジタルクローンで生成できるようになった。DeepSeekを開発した中国のテンセントは、クラウド事業を行う日本法人のテンセントクラウドを通じて、AIタレントを使った動画広告ツール「AvaMo」の提供を日本で始める。人物の写真をもとに仮想タレントを作成する機能を持ち、タレントは120体以上、背景は100種類から選べる。ベースが中国人だったため、Web事業で提携するベクトル子会社のオフショアカンパニーが日本向けに改良。日本語の声は8種類から選ぶことができる。

 テンセントの狙いは、WebやSNS、車両の車内で放映する15~50秒ほどの動画広告の需要を見込むものだ。AvaMoを使うと、20秒の動画が個人で1本5万円、企業で30万円と、実在のタレントを使う場合の費用と時間を98%削減できるコストの低さが売り。この辺がいかにも価格競争力で市場を独占したい中国企業と言えそうだ。もちろん、実在する女優やタレントをクローン化するのは肖像権の侵害に当たるが、全く実在しないものを創り出すのなら問題ないが、コピーをコピーとも思わない中国企業だけにどうなのか。あとはAIモデルを起用する企業側がどう判断するかである。

 ファッション・フォト・シューティングの場合、人間が創造したものの価値は保護されるべきと言っても、演出一つをとっても無尽蔵ではない。だから、AIはたちまち学習してクローン制作に生かしていく。1970年代半ば、パルコのコピーに「モデルだって顔だけじゃダメなんだ」というのがあった。AIにはできない創造的価値を示すのが生身のモデルなのか。そう解釈すると、プロのモデルが生き残る術の必要性を予言したようにも思えるが、そこまでになるともはや神の領域と言わざるを得ない。コピーが書かれてから50年。生身のモデルが顔やスタイル以外の価値を打ち出せるのか。別の意味でモデルの真価が問われている。彼らを起用する制作者にとっても受難の時代に入ったと言えそうだ。

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