


日本のファッションシーンを牽引し続けるビームスで、「ファッション×ランニング」という独自の路線を確立した牧野 英明さん。カジュアルからドレスまで幅広いキャリアを積んだのち、現在はBtoBを専門とするビームスクリエイティブでディレクターをしながら、名物スタッフが買い付けを行う「B印MARKET」の個人商店オーナーとしても、ランナー向けの商品を提案している。フルマラソンで完走者の数%のみが達成できるサブ3(3時間以内に完走)を達成した牧野さんが提案する「いつでも10km走れるコーディネート」にたどり着くまでの経緯と、自分の“好き”を起点にポジションを築いた経緯を伺った。
牧野 英明さん/株式会社ビームス クリエイティブ 事業開発1部 ディレクター
1980年栃木県生まれ。2004年入社。「ビームスプラス」「ビームスハウス」などで販売員を約10年間務めたのち、EC業務を経て、現在はBtoBビジネスを行うビームスクリエイティブに所属。また、「B印MARKET」の個人商店では、「走るのに快適なファッション日常着」と「機能美溢れる高性能ギア」をセレクトして提案している。フルマラソンのベストタイムは2時間47分44秒(東京マラソン2023)。
人との出会いに支えられたビームスでのキャリア
― まずは、ビームスに入社した経緯についてお聞かせください。
中学生の頃からファッションが好きで、当時ブームだった裏原系ストリートファッションに傾倒していました。その頃から、セレクトショップの代名詞で、世の中のトレンドを生み出していたビームスのことは「すごい集団だ」と思っていましたね。
その思いは大学生になっても変わらず、「ファッションを仕事にできたら楽しいんだろうな」とビームスの新卒採用を受けましたが、最終面接で落ちてしまって。そこで、好きだったスポーツアイテムを扱うお店に求人を探しに行こうとしていました。
その途中、当時あった「ビームス ストリート 池袋」にたまたま立ち寄ってみたんですね。そこで求人があるか尋ねた相手が「ビームスプラス 原宿」で初代店長だった人でした。その日着ていた僕のベーシックな服装から合いそうだということで、「ビームス プラス 原宿」の空いている枠を紹介してくれました。「こんなチャンス、もうない!」と思い、その足で話を聞きに行き、アルバイトで採用してもらいました。

販売員として「ビームス プラス 原宿」で働いていた時の牧野さん
― 偶然の出会いから、牧野さんのビームスでのキャリアが始まったのですね。
そうなんです。販売員として約10年働く中でいろいろなレーベルを経験しましたが、その半分以上は自分の好みとは違う系統で、驚きの連続でした。ただ、アクセルを踏み続けるほうがラクと思うタイプなので、ブレーキを踏まずに突き進んできました。
ビームスのレーベルはそれぞれに独自性があって、当時はスタッフも固定されオペレーションにもローカルルールがありましたから、そのなかでの異動は自分にとって転職に近い感覚でした。別世界へと強制的に飛び込んだことで、視野は倍になりましたね。昔は食わず嫌いな性格だったんですけど、予想外の世界で得られた経験はすごく良いもので、自分の性格がどんどん変わっていきました。今のチャレンジングな性格の原体験はビームスにあるのかもしれないです。
― そのような経験をされたあと、EC部門へ異動されていますが、どのような経緯があったのでしょうか。
その頃、僕は担当レーベルでの専門性を高めるのではなく「自分の強み」に目を向けたほうが自分の立ち位置を見つけられるのでは、と考えていました。
ちょうどEC部門に、僕が入社した当時「ビームス プラス 原宿」でお世話になった元店長がいたのですが、「店頭で洋服の売り方を理解している人でないと、ウェブもうまく表現できない」と教えてくれて。それで、「10年以上の販売経験を活かせそうだ」と、俄然ECに興味が湧き、自分から手を挙げて異動しました。
実際にECで働き始めて、その言葉の意味がよく分かりましたね。というのも、それまで店頭で冷や汗かきながら積み重ねてきた接客経験、さらに様々なレーベルの洋服に文字通り「触れてきた」経験があったおかげで、相手に素材の質感までも伝わるテキストが自然と出てくることを実感したからです。それまでのキャリアに自信を持てたし、新しいやりがいも見つけられました。

さまざまな出会いがあり、これまでのキャリアが作られてきたと語る牧野さん
「サブ3」への挑戦で獲得した自分のポジション
― 牧野さんといえばランニングですが、本格的に走り出したのはEC部門に移られてからだそうですね。
最初は運動不足解消のために、たまに走る程度でした。当時のランニングといえば、決してお洒落な趣味とは言えませんでしたから、「洋服屋なのに、あえてダサいことをやっているんだぜ」とカウンターカルチャー的な感覚でファッションの一部として走っていたんです。
初マラソンは、ノリでエントリーした2008年の「第2回東京マラソン」。それから4〜5年くらい、毎年マラソンの大会に出続けました。会社の同僚ともレースに一緒に出ることで、同じ思いを共有できる仲間がいる楽しさも分かってきましたね。
その頃、上司から「ランニングが趣味なら交流を深めてきたら?」と言われて参加したのが、ビームスとも交流のあるメディアが主宰するランニングコミュニティ。業種も職種も違う人たちとの出会いは、自分の世界に新しい広がりをもたらしてくれました。
― みなさんとは、どのような話をするのでしょうか。
共通項が多いランニングの話が中心ですね。ランナーにとってタイムは名刺代わりで、「フルマラソンは、どれくらいで走るの?」とよく聞かれます。自分も胸を張って言えるタイムがほしいと思うようになり、ストイックな練習をしているチームに参加して、本格的なトレーニングを開始。それで自分の中でギアが入り、ひとりで走ることにも充実感を覚えるようになったし、みんなと一緒に走るのも俄然楽しくなりました。
― ストイックな練習に取り組まれて、そのあとに「サブ3」を達成されたのですね。
2018年の東京マラソンを2時間52分で走り切ったときから、自分の人生が変わった感覚があります。サブ3を達成してからは、「ビームスに本気のランナーがいるらしい」と知られるようになって、プレス経由で外部の方々からも連絡が入るようになり、ランニング業界の人たちとも仕事ができるように。そうしてまわりからの見られ方が変わったことで、自分なりの立ち位置をつくることができました。

サブ3達成が人生の転機となった、2018年の東京マラソン
「いつでも10km走れるコーディネート」が生まれるまで
― 牧野さんは「いつでも10km走れるコーディネート」を提案されていますが、そのテーマはどのようにして生まれたのでしょうか。
サブ3を達成した頃も、僕の人生の中心にはいつもファッションがあって、毎日いろいろな格好を楽しんでいました。でも、スーツや革靴で出社した日に限って、お酒飲んで寝過ごしてしまい、走って帰りたいのに走りづらい格好だったことが何度かあって。だったら、いつでも走れる格好をしておけばいいんじゃないか、と思いつき、それからはランニングを意識したファッションをするようになりました。
― 今のスタイルが生まれるきっかけは、偶然の気づきだったんですね。
そうなんです。それからは、自分のSNSで「#いつでも10km走れるコーディネート」を発信し始めました。ただ最初は「俺って洋服屋としてちょっと終わっているよね(笑)」と自虐的な意味も込めて投稿していました。
でも次第に、「ブレない格好を貫くことが、自分のスタイルになる」と気づいて。自分らしいスタイルが出来上がっている人は、どんな服を着てもその人の色になるんですよ。日々、走れる格好で過ごしていくうちに、まわりの人に「走ってきたの?」と声をかけられるようになり、「これって、もしかしたら自分らしさなのかも」と自分のスタイルについての輪郭がおぼろげに見えてきましたね。
― 2022年からは、そのスタイルをコンセプトに「B印MARKET」の個人商店オーナーに選ばれています。
まさか自分が花形であるバイイングの権限をもらえるなんて、夢にも思っていなかったです。本来、幅広いレーベルを扱い仕事も多岐にわたるEC部門ではマルチプレイヤーが求められていたはずなのに、僕は“好き”を突き詰めて、“得意”を伸ばすことを意識してきました。そうしたら、まわりが得意なことをやらせたほうが会社にとっても良い、と思ってくれたのではないかと、個人的には感じています。それが、現在担当しているスポーツに関わるBtoBビジネスのディレクションや、「B印MARKET」の個人商店オーナーへの抜擢といった、自分なりのポジションを獲得できた大きな理由だと思っています。
今、こうしてランニングと仕事が重なるのも、自分の「好き」と「得意」を発揮できる場所を上司や会社の仲間たちが用意してくれたからで、本当に感謝しながら仕事ができています。

ビームスの名物スタッフが買い付けを行う「B印MARKET」。牧野さんはこの企画のスタート時から個人商店オーナーとして、ランナー向けのさまざまな商品を展開している
リスタートではなく、走りながら方向転換する
― 牧野さんらしいスタイルが生まれた背景には、何が一番影響していると思いますか。
人との出会いによって、自分の世界が広がったことです。損得を考えず、新しい出会いを求め、楽しんできました。
すべての出会いが今につながっていて、今が最高潮に楽しいので、過去に戻ってやり直したいという気持ちはないですね。僕の座右の銘は「いきあたりバッチリ」で、常に今を楽しんでいるんですよ。だから過去を振り返って、「楽しかったあの頃に戻りたい」とか「終わっちゃったな」と思うこともありません。
いつも前を向いてアクセルを踏み続け、分岐点が来たら直感で好きだと思う方向に進む。たとえまわり道になっても、その中で楽しいことを見つけられるので、自分のジャッジの結果も必然だと思うようにしています。
― 好きを仕事にすることに迷う人がいたら、どんなアドバイスをされますか。
キャリアチェンジをする際、「一回止まってリスタート」だと、今までの積み重ねが途切れる感覚があり、労力に感じるかもしれません。そうではなく、「アクセルを踏みっぱなしで、分岐点で方向を変える」とイメージするのがいいのかなと。そうすればイチからやり直しじゃなくて、つながった道を進んでいるだけなので、ポジティブになれそうだなと思います。
― 最後に、牧野さんがこれからやってみたいことを教えてください。
日々、思いついたことをどんどんやっていきたいですね。今後、ランニングではフルマラソンの自己ベスト更新を目指してハードワークに励むと同時に、100マイル(約160km)を完走したいです。そしてスピードレースが難しい年齢になったら、それよりも長い距離や、長時間かけて走り続けるレースにもチャレンジしてみたいです。健康なうちは、ずっと走っていたいですね。
そんな風に競技者としてストイックに上を目指していると、自分のランニングに説得力を持たせることができます。それは、ブランドディレクション、プロダクトの品評、登壇コメントをする際にも大きな後押しとなります。
その結果、ランニングウェアをプロデュースしたり、レースやイベントにゲストとして呼んでいただいたりする機会が増え、自分の好きなランニングと仕事が重なっていくようになりました。今後は、その恩恵を自分の中だけにとどめるのではなく、まわりの友人たちや会社の仲間にシェアしていきたいですね。
文:流石 香織
撮影:加藤千雅
最終更新日:
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