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「日常のままで十分に美しい」 コトハヨコザワが提示する、残酷な世界へのささやかな抵抗

Image by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)

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 連日、凄惨なニュースがスマートフォンを埋め尽くす。見るに堪えない戦争、紛争の映像が映し出す現実、SNSでは「正しさ」を巡る論争が絶えない。そんな情勢を前に、華やかな服を見て「新作を買って喜んでいていいのか」と罪悪感を覚える人も少なくないはずだ。むしろ愚かな行為であるという思想を持つ人もいるだろう。それを理解してしまえるほど辛い情報で埋め尽くされている。私たちは平和という「正義」を求めるほど、同時に疲弊もしている。時に異なる意見を叩く「平和のための暴力」に加担してしまう危うさすらある。

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 ファッションは現実が苦しいほどファンタジーな世界を描きがちである。しかし、「コトハヨコザワ(kotohayokozawa)」のショーが提示したのは、そこからの逃避ではなく、とことん突き詰めたリアリティであった。

 会場には反射ポールや自転車、トゥクトゥクやフードトラックが並び、デザイナーが拠点を置く「西新宿の街並み」が広がっていた。それは私たちが知る新宿の在り方よりも、「観光地」としての新宿という解釈が正しいだろう。

 モデルたちは、秋冬の概念を裏切る薄手でカラフルな服を纏っていた。ビーチウェアに起毛したジャケットを羽織るような、季節や服の文脈のないスタイリング。シグネチャーのプリーツも切りっぱなしで、未完成のままだ。異なる文脈の服を地続きに繋ぎ合わせるそのアプローチは、会場で全く違う曲をシームレスにミックスするDJのプレイと共鳴する。

 特に私の目を引いたのは、スタイリングに混じる「万歩計」である。ただ歩数を数えるだけのローテクなデバイス。スマホ一つで何でも解決できる現代ではとても無駄。一方で、改めて同ブランドの中に落とし込むと可愛さが宿る。そんな万歩計が象徴するように今季のコレクションからは「目的のない日常の愛おしさ」を際立たせているようにうかがえる。

 ランウェイという権威的な場所では、完璧に計算された正しさが求められる。しかし、切りっぱなしのプリーツや万歩計というノイズを持ち込むことは、完璧さを強要する社会への軽やかな抵抗である。陽気な日常を謳歌することは、厳しい現実を突きつけられる現代において無責任で愚かだと思われてしまう。この演出はきわどいリスクを孕んでいるが、そこにはブランドが掲げている「日常のままで十分に美しい」という思想を読み取った。

 横澤氏が見つめる日常の風景を全力で肯定する姿勢は「世界が平和になることを願う」のではなく「好きな服を着て歩ける状態が、すでに平和である」というリアリズムだ。

 私たちがいま、世界から目を背けることを「平和ボケ」とは言わない。世界の悲惨さにどうすることもできない現状を知りつつも、ときに無関心でいることが平和であり、日常を享受し、「考えない手段」も選べるという状態を認識する必要があるだろう。それは横澤氏が住む「新宿」と「観光地」を合わせたように、新宿に訪れる観光客もまた日常を忘れ、世界とは無関係な時間を楽しんでいる。

 遠い国の惨状に抱く罪悪感を持ちながらも、今は目の前のちぐはぐで愛おしいファッションを楽しむこともできる。それは残酷な世界に対する、ささやかな抵抗なのかもしれない。リリースには「どこにいても、異国の旅先にいるような気持ちで。暮らしの中に、小さなときめきが溢れますように」最後の一文が何よりも物語っている。

kotohayokozawa 26年秋冬

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kotohayokozawa 2026年秋冬コレクション

2026 AUTUMN WINTERファッションショー

ジャーナリスト

徳永啓太

Keita Tokunaga

coconogaccoでファッションデザインを学ぶ。2013年よりテキスタイルプリンタや刺繍ミシン、レーザーカッターといった機材のオペレーションや現場での運営に携わる。

2017年にジャーナリストとしてフリーランスでBRUTUS、WWDJAPANなどに執筆や企画提供。またDJとして2020東京パラリンピックの開会式に出演。

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