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普段あまりスポットの当たることのない、化粧品開発の裏側で奮闘する研究員にフォーカスするインタビュー連載。第6回は、ロクシタングループ(L’OCCITANE)のマリー・ヴィドー(Marie Videau)研究開発担当エグゼクティブディレクター。今話題の「レチノール」の効果を植物で叶えることに成功したロクシタンの、そのディープすぎる植物研究を束ねるマリーさんに、科学的な視点を取り入れながらも人々に幸運をもたらすウェルビーイングな製品開発について、さらにロクシタンに行き着くまでの半生について聞いた。
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目次
⎯⎯マリーさんの肩書きはロクシタンの研究開発担当エグゼクティブディレクターということですが、具体的にどういった仕事なのでしょうか?
ロクシタングループのR&D(研究開発)担当ですが、マーケティングチームや広報コミュニケーションチームと連携して戦略を練り、その戦略に基づいて研究プログラムが推進できているかなどを確認するのが私の役割ですね。
⎯⎯研究開発チームを率いているだけでなく、製品が世に出て、人々の手に届くまでの導線も考えるのですね。実際、ロクシタンの一員になってみて、入社前に抱いていたイメージと違いはありましたか?
想像以上にサイエンティフィックな企業だと驚きました。科学者だけでも200人以上が在籍し、生物学や処方、農業生態学など専門知識がとても豊富なんです。
⎯⎯ロクシタンには「ナチュラル」というイメージを持っている人はたくさんいると思いますが、実は200人以上もの科学者を抱え、深い研究開発を行なっている「科学的」ブランドでもあるということはあまり知られていないかもしれません。
そうですね。私自身、生物と分子遺伝学を勉強し、生物と遺伝学の博士号を取得しているのですが、ロクシタンには私がほとんど知識がなかった土壌のことや肌に関する分野にも精通していて、そして今なお、未来に向かって研究が進んでいます。
植物の力で“効く”製品開発
⎯⎯それを裏付けることなのだと思いますが、「科学的」で驚いたのが、日本でも話題のレチノールに似た働きをするエキスをイモーテルの花から発見したということです。レチノールの効果を植物で叶えるとは⁉︎ いったい、どういうことですか?
まず最初にお伝えしたいのが、ロクシタンは植物を使って、単に“肌にやさしい”製品を作っているというイメージを持たれているかもしれませんが、実際には“効く”ことにもこだわっています。ただ“効く”ことが重要なのではなく、ホリスティックなアプローチで“効く“ことが大事だと考えていて、それを叶えるのが植物の力なのです。
イモーテルは南仏コルシカ島に自生する植物で、フランスでは昔からエッセンシャルオイルとして使うことが多いにも関わらず、科学的な分析ができていませんでした。
永久花イモーテル
2000年前から咲き続ける花で、イモーテルは過酷な環境下でも育つ植物で雨量が少なく乾燥した南仏コルシカ島に咲き、摘み取った後も鮮やかな黄色を保ち続け、その生命力から永久花とも言われる。ギリシャ神話では、王女ナウシカがイモーテルの香油で英雄を癒やしたとも。
ロクシタンの創業者 オリビエ・ボーサンが研究所にイモーテルエッセンシャルを持ち帰ったのが、2001年。「イモーテルの強い再生機能をスキンケアに活かすことができれば、私たちにとって有益な製品が作れるのではないか」と着目したのが始まりです。さらには、「サステナブルにその能力を引き出したい」との想いから、野生だったイモーテルをオーガニック栽培することに挑戦し、その力を解明する研究を続けてきました。
植物を余すことなく活用して導き出した、レチノールの働きに似たエキス
⎯⎯20年以上研究を続けるイモーテルから、レチノールの働きに似たエキスはどう誕生したのでしょうか?
ロクシタンには多くのエキスパートがいますが、彼ら・彼女らは日々さまざまな抽出方法、例えば「水蒸気蒸留抽出」、「超臨界抽出法」、「マイクロウェーブ(電磁波)を使った抽出」、「溶液を使った抽出」など、試行しながらどういった効果があるのかを分析しているのです。
イモーテルは、20年も研究を続けていても、まだまだ私たちを驚かせてくれる天才的な花だと言えます。レチノールに似た働きをするエキスは、イモーテルコアエキスというのですが、これはエッセンシャルオイルを蒸留した後のイモーテルをアップサイクルし、超臨界抽出法で抽出したもの。こうしてエッセンシャルオイルで抽出しきれなかったエキスが、別の抽出方法により取り出すことができたのです。このエキスは、コラーゲンや表皮細胞の生成を促進。なめらかで弾力のあるハリ肌に導くという、レチノールのような美肌効果があることを解明しました。
レチノールは高い効果が期待できるものの、肌に合わない人もいます。一方でイモーテルは当然植物ですし、抽出した自然由来の成分は幅広い人に使うことができます。まさにホリスティックなアプローチなのです。
⎯⎯単純に抽出方法を変更しているのではなく、抽出後の残ったモノを、再度違う抽出方法に掛けるというのは新たな発想なのではないでしょうか。レチノールの効果を植物で叶えるために、試行錯誤の末にたどり着いたということですね。
本来なら捨てられるものを再利用して成分を作り出すことは、自然の恵みを余すことなく使いたいというわれわれの信念でもあります。結果として、エキスとして最高なものを抽出できたと思います。
新セラムはイモーテルとクチナシの花がキー
⎯⎯10月2日リニューアル発売する「イモーテル オーバーナイトリセットセラム」には、イモーテルのエキスに加え、新たにクチナシエキスも配合されています。
新セラムですが、ウェルビーイングにどうアプローチするかというテーマで開発しました。現代は誰もが忙しい生活を送り睡眠不足の人が多い。そんな中で、「より最良の夜を過ごすことができるようにしたい」との想いを形にしたのがこの製品です。このセラムに配合する、イモーテルエッセンシャルオイルは抗酸化作用、イモーテルディープエキスは鎮静効果を持ち、この2種のイモーテル成分が日中肌に受けたストレスを寝ている間にケア。肌を落ちつかせるほか、肌にふっくら感とハリを導きます。
そしておっしゃっていただいた、クチナシエキスもキー成分としてお伝えできたら。睡眠に関わるホルモンとして有名な「メラトニン」は、肌のダメージ修復に重要で、肌でも合成されます。紫外線や活性酸素などのダメージから肌を守る抗酸化力もあることが知られています。ロクシタンはこのメラトニンの働きに着目し、植物の力で叶えるため研究を進めました。そこで辿り着いたのが、メラトニンと同様の働きをする植物由来成分のクチナシエキスです。このクチナシエキスこそが、睡眠時の肌をケアすることでハリとツヤのある肌へと導くのです。癒やされる香りとテクスチャーはそのままに、敏感肌の人でも使用できる処方に*リニューアルしました。
*すべての人に肌トラブルがおきないわけではありません
先ほどのレチノールに似た働きをするイモーテルコアエキスはイモーテルから、メラトニンと同様の働きをするクチナシエキスはクチナシから。ロクシタンは“効く”を植物で叶えるブランドと言えるのではないでしょうか。
科学者の両親の下、植物図鑑を持ち歩いた幼少期
⎯⎯植物の研究を推し進めるマリーさんですが、最初におっしゃっていただきましたが、生物と遺伝学の博士号を取得しているとのこと。なぜ今、植物の世界で活躍されているのでしょうか?随分遡りますが、そもそも幼少期はどんなお子さんでしたか?
そうですね、科学者の両親のもと、科学が身近な環境にあったので、「人間はどのような構造で成り立つか」といった生物学に興味を持っていた子どもでしたね。植物図鑑を持ち歩き、例えば花を摘んで花びらの数など細部まで観察し、図鑑に載っている植物と照らし合わせてどの種属なのかなど、いろいろと調べていました。そんな私の姿を見て両親は笑っていたのを覚えています。
⎯⎯図鑑を持ち歩く⁉︎ 賢いお子さんだったのではないかと想像できますが、当時はどんな夢を描いていたのでしょうか?
そうですね。人が好きだったので、「みんなをいい気分にさせたい」とは思っていて、多くの人や社会と関わる仕事には就きたいと考えていました。
⎯⎯「いい気分に」とは、ロクシタンの仕事に通じるように思います。実際は大学で生物と遺伝学の博士号を取得し、そしてキャリアのスタートに基礎研究を選ばれた。
はい、まずは基礎研究を選びました。生物学を研究の対象にすることで、生物の機能を深いところで理解できると思ったからです。ただ当時は基礎的なリサーチ研究に従事し、結果もなかなか出ず同僚たちといつもがっかりしている、そんな日々でした(笑)。実はそんな少し悶々とした日々が、化粧品の道へとつながったんです。
⎯⎯というと?
そんなちょっと“がっかり”が続く中で、家に同僚たちを招く機会があったんです。他愛もない話をしてくつろいでいた時に、家にあった化粧品をみんなで試しておしゃべりしていたら、気持ちもふっと軽くなって…。スキンケアやメイクをすることが気分転換になりすごく楽しいことに気づいたんです。集まっていた同僚も同様で、そんな姿を見ていたら、ふと「コスメっていいな、気持ちが前向きになるんだ」。そんな思いから、化粧品会社へ転職しました。
2、3階はカフェを併設するロクシタンフラッグシップショップを「L’Occitane SHIBUYA TOKYO」
⎯⎯仰るように、化粧品は単に機能するというだけでなく、気持ち、マインドにも作用するものですよね。そこで、それまでの生物学や遺伝子学、基礎研究とは違いや苦労などがあったのではないでしょうか?
研究結果をどのようにビジネスに適応すべきか、さらにビジネス戦略を理解した上でどのようなリサーチプログラムを遂行すればいいのかなといった役割を担っていたのですが、ビジネスは短期的、研究は長期的なマインドセットで、それをどうコネクトしてくかーー。
それを可能にしたのが、日本やアメリカ、フランスなどグローバルを股にかける化粧品企業で働いていた、当時の異文化が混じり合う環境におけるマインドのセットの仕方やコミュニケーションだったと思います。
⎯⎯異なる考えをどう橋渡しする…とても難しそうです。
そのとき心掛けていたのは、「科学は真実や真理を追求するが、必ずしも科学が文化に勝てるわけではない」ということです。科学の知見は、まずは文化的に受容されなければいけません。
例えば以前、日本のチームと仕事をしたとき皮膚科医も同席していたのですが、日本のチームは、「日本の女性はクレンジングの後、洗顔フォームを使う習慣があります」と話しましたが、皮膚科医は「それはありえない。石けんのpH値は10前後の弱アルカリ性で、皮膚のpH値は5程度の弱酸性だ」と反対しました。しかし日本のチームは「石けん成分が含まれていないと日本では売れない」と。必ずしも科学が真実を追求しても、それがその国の文化の中で受け入れられるものでないといけないのだと痛感しました。なのでどう文化で受け入れられるのかーー。皮膚のpHを考えながら、習慣に合った製品づくりを続けたのです。
「プロヴァンスで野菜を育てながら仕事ができたら」とロクシタンへ
⎯⎯確かに違う文化の中でどう受け入れられるか、ビジネスにとっては重要な視点で、多くの学びがあった中で、その後、ロクシタンにジョインしたのはなぜでしょうか?
ロクシタンには2つのイメージを持っていたのですが、1つは、自然志向でサステナビリティ、人の幸福を考えたウェルビーイングを重視する会社だということ。そして2つ目は個人的なことですが、新型コロナウイルスが蔓延する中でパリのアパルトマンに1人で住んでいて少し気持ちが塞ぎがちになり…。ロクシタンが拠点とするプロヴァンス地方に行けば、緑豊かな環境の中で、野菜を育てながら生活できると期待したからというのもありました。
⎯⎯そういった、「人の幸福を考えたウェルビーイングを重視する」という考えは、新製品イモーテル オーバーナイトリセットセラムの開発秘話からも読み取れます。
そうですね。ロクシタンで開発する製品を科学的な視点で伝えるにはブランドの歴史を振り返る必要があります。ブランドは創設者のボーサンは植物エキス抽出のエキスパートであり、研究開発を進める中で、ブランドを代表するシアバターやイモーテルをベースにした製品を生み出してきました。植物に関するエキスパートな会社と言えるのではないでしょうか。
加えてロクシタンは人々に幸福を提供するために、「花開くように人も輝くようにしたい」という想いがあります。そのためにサイエンスを重視しているのです。製品開発においてエフィカシー(効果効能)はもちろんですが、プレジャー(楽しさ)・サステナビリティを柱とし、どれか1つも妥協することもなく、3つの要素を考えている、それがロクシタンの製品なのです。
⎯⎯最後に、今後の展望や自身の目標を教えてください。
ロクシタンとしては、フェイシャル、ボディ、ヘア、全てのケアを連動させた製品開発を行っていきます。例えばエッシェンシャルオイルをスカルプケア商材にも使っていくなども考えられますよね。そうすれば、われわれが柱にしているエフィカシー・プレジャー・サステナビリティなホリスティックウェルビーイングの実現につながると信じています。
個人的には料理を作ることが大好きなので、家族や友人のためにもっと腕を奮いたいですね。そのために日本ですばらしい醤油やオイル、お酢などをたくさん購入しました(笑)。
(参考)
ロクシタンとイモーテルの出合いから栽培までの道のり
2001年:創業者 オリヴィエ・ボーサンがコルシカ島を旅していた時に、蒸留家が釡で負った火傷をイモーテルエッセンシャルオイルで手当てをするのを見て驚いたのが、研究所にイモーテルエッセンシャルを持ち帰る
2003年:はじめての発芽試験を実施
2004年:広い農地でのオーガニック栽培に成功
2007年:栽培されたイモーテルの初収穫
2011年:イモーテルの栽培地が60ha(東京ドーム約13個分)まで拡大
イモーテル栽培のこだわり
夏:野生から取ってきた種から苗を育てる
同じ冬:苗を畑に植える
2年後の春:花が咲き、6月中旬に3週間かけて収穫と蒸留を行う(来年の収穫のために根は残し、花と茎だけを収穫)
7〜10年後:イモーテルは半多年草のため、摘んだ後もいきいきとしていて、約10年間は収穫が可能。それ以上経つとエッセンシャルオイルのとれる量が減少するため、7~10年で畑を植え替える
羊の栽培への活用
羊はイモーテルの香りを嫌って、雑草だけを食べるため、農薬を使わずに栽培ができる。また栽培に活用したことで、300頭の羊を屠殺から救った
(文:中出若菜、聞き手:福崎明子)
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