ADVERTISING

服飾史家 中野香織が読み解く「高市早苗新総裁のロイヤルブルー」 政治家の装いの戦略

ロイヤルブルーのスーツを着こなす高市早苗自民党新総裁

Image by: Yuichi Yamazaki - Pool/Getty Images

ロイヤルブルーのスーツを着こなす高市早苗自民党新総裁

Image by: Yuichi Yamazaki - Pool/Getty Images

服飾史家 中野香織が読み解く「高市早苗新総裁のロイヤルブルー」 政治家の装いの戦略

ロイヤルブルーのスーツを着こなす高市早苗自民党新総裁

Image by: Yuichi Yamazaki - Pool/Getty Images

 10月4日に高市早苗氏(64)が第29代自民党総裁に選出され、月半ばには日本初の女性首相が誕生する公算になった。高市新総裁は自民党内でも保守派の論客であり、その考え方に対してはさまざまな意見があるが、ファッションメディアとしてその「装いの力」にも注目してみたい。総裁選を通して印象的だったブルーのスーツは「ジュン アシダ(JUN ASHIDA)」だという報道もある。服飾史家であり、スーツやフォーマルウェアについての著作も多い中野香織氏に、以下寄稿してもらった。

ADVERTISING

服飾史家

中野香織

Kaori Nakano

ラグジュアリー文化を中心に著述・講演・教育・企業アドバイザリーに携わる。日経新聞をはじめ新聞・雑誌・ウェブメディアで執筆、テレビ出演も多数。青山学院大学経営学部客員教授(2025年後期)。YouTube 「Be Suits! 服学」スーツ解説シリーズが大ヒット。著書は「『イノベーター』で読むアパレル全史 増補改訂版」(日本実業出版社)、「ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史」(吉川弘文館)ほか多数。共著に「新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義」(クロスメディア・パブリッシング)など。2022年「マリー・クワント展」では展覧会と図録の翻訳監修をつとめた。

 高市早苗氏が今回の総裁選で一貫してまとったロイヤルブルーのスカートスーツは、日本の政界に新たな色彩のイメージを刻み込んだ。

 鮮やかなブルーは、英国の第71代首相、マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)氏の象徴である「サッチャーブルー」への明確なオマージュだろう。ラペルの間からのぞくインナー部分まで同じブルーで統一するのも、まさしくサッチャースタイル。知性、信念、冷静さ、「鉄の女」たる意志の色である。高市氏自身が「日本のサッチャー」を目指していることは周知の事実だが、ロイヤルブルーのスーツは、憧れの姿に自らを重ねる儀式的な装いのようにも見える。

 一方でこのブルーは、日本独自の現代的意味も帯びている。「ジャパンブルー」と呼ばれる藍染めの伝統色。そして、古くから“勝色”とされてきた色に由来するサッカー日本代表の「サムライブルー」。日本の原色にして挑戦者の色として、和の質実剛健と現代性が交差する。この色には、歴史的な重みと時代への応答が同居しており、歴史ある自民党の初の女性総裁として「新しい日本」を象徴するにふさわしいと言える。

 新総裁が師事した安倍元総理も、青みの強いスーツを好んだ政治家だった。高市氏が選んだブルーには、理念の継承、信念の連鎖といった視覚的メッセージも宿るのだ。前回の総裁選と同じスーツをあえて選んだこと、実母の形見であるパールネックレスを身につけたというエピソードには、積み重ねてきた経験や悔しさ、家族や歴史への思いといった個人史の層も重なっている。

 日本の大衆文化においても、「青い衣」は特別な象徴性を持つ。たとえば宮崎駿のアニメ作品「風の谷のナウシカ」では、「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」という言葉が登場する。こうしたカルチャーからの連想は、高市氏のリーダー像にもうひとつの物語性を与え得る。

 さらに今回の高市氏は、メイクやヘアスタイルにも進化を見せた。パーツを強調するかつてのメイクから、ふんわりとした眉とナチュラルなリップに変化し、温かみと親しみを添えている。加えて30年来、地元・奈良の同じ美容師が仕立てているというショートヘアは、信念の女性リーダー像の象徴となり、自己主張ではなく、信頼感と共感性を演出する装いに昇華された。

 背景にあるのは、女性政治家がファッションで背負わされる二重の制約である。やりすぎず、埋もれず、保守性と現代性、強さと柔らかさ、その狭間で存在感を調整し続けなければならない。総裁選の間、一貫してユニフォームのように着続けられたスーツは、ジェンダーを超えた「公の人」としての覚悟のように感じた。

 サッチャー氏の装いのなかで高市氏が取り入れていない重要な要素がある。ブローチである。ブローチは女性性と権威の誇示である。高市氏はそれに代わり、ポケットチーフをさす。これは紳士社会における秩序や知的洗練をほのめかす。つまり高市氏はサッチャー的な権力ではなく、相互信頼に基づく政治家のプレゼンスを体現しようとしているのではないか。

 このように高市早苗氏のロイヤルブルーのスカートスーツは、サッチャー氏の強さへの連想、日本の伝統、現代の文化、そして未来への意志が巧みに織り込まれた、多層的に歴史と現在を結ぶ象徴的な一着である。 女性政治家の装いは、しばしば男性政治家以上に取りざたされてきた。アメリカでは、ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)氏が2008年に大統領選挙に出馬した際、多彩な色のパンツスーツを試みた。そこから学んだカマラ・ハリス(Kamala Harris)氏は、2021年の副大統領就任後、ほぼネイビーのパンツスーツで通した。服装への過剰な注目を避け、政策そのものに焦点を集めるための戦略である。

 高市氏にも、メディアの服装論評に流されることなく、装いを超えた「政治の中身」で時代を動かす存在であってほしい。

「イノベーター」で読む アパレル全史【増補改訂版】

「イノベーター」で読む アパレル全史【増補改訂版】

著: 中野 香織
ブランド: 日本実業出版社
メーカー: 日本実業出版社
発売日: 2025/06/20
価格: ¥3,080(2025/10/06現在)


最終更新日:

ADVERTISING

RELATED ARTICLE

関連記事

Image by: Yuichi Yamazaki - Pool/Getty Images

現在の人気記事

NEWS LETTERニュースレター

人気のお買いモノ記事

公式SNSアカウント