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躓いた石から始まる、「今ここにあるものではない何か」を求めたYOHEI OHNO

 おもねらないデザイナーは、「今ここにあるものではない何か」をずっと作り続けようとしている。

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人物

Image by: FASHIONSNAP(Sumire Ozawa)

 こんな書き出しも気恥ずかしいが、大野陽平とカフェで待ち合わせるのは、彼が「インターナショナル・ウールマーク・プライズ」のウィメンズ部門のファイナリストとしてロンドンの最終審査会に臨んだ翌日のインタビュー以来だった。2019年2月18日のことで、もう7年余りの月日が経っていた。

 「そうだ、『素材と形の隣接点』がタイトルだった」と彼は、私よりも先に原稿の題を思い出してくれた。初めて観たショーは、2017年秋冬。メタルからメッシュまで、工業や建築、プロダクトデザインなどに用いられるマテリアルを意図的に選び、それらをウェアやアクセサリーへと変容させる剛直な整合性があった。そこには、彼が嗜好する「バウハウス(BAUHAUS)」やヨーゼフ・ボイス(Joseph Beuys)を思わせる問いが、美意識としても息づいていた。女性像が云々というよりも、その時から今回のショーに至るまで一貫して、「ヨウヘイ オオノ(YOHEI OHNO)」は素材と形に関する自身の好奇心を、シーズンごとの仮の答えとして、衒いなく開示し続けるデザイナーだと思ってきた。

2017年秋冬コレクション

Image by: FASHIONSNAP

2017年秋冬コレクション

Image by: FASHIONSNAP

 7年前、トラファルガー広場を横目にしながら次の場所へ歩いて向かうまでの間に、彼とは発表されたばかりのニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquière)によるスカルプチュラルなドレスの話をした。その理由を、彼も私も覚えていなかった。が、2007年にニコラが「バレンシアガ(BALENCIAGA)」で発表した「TRON」をテーマにした、メタリックな「甲冑」のようなものは、デザイナーを志す大野の初期衝動に強く響いたとも言っていた。「それを着ている女性が決してマネキンには見えず、むしろ生き生きとしていた。男性にしかつくれない女性の姿もあると気づいた」と。

 次に、ヨウヘイ オオノのグレーディング(服のサイズ展開)の話題に移った。着る人が国内外に増え、さまざまなタイプの身体と向き合うとき、シルエットの探索者にとって中核となる課題でもあった。そして、あの日のインタビューで忘れ難いのは、彼にとって理想的なデザインとは「今ここにあるものではない何か」にまで引き上げることにあって、「それがはじめは受け入れがたいものだとしても、時間をかけてイメージをつくり、時間の経過により確かになっていくこと」と口にしたことだった。

 ヨウヘイ オオノは、モデルプレゼンテーション、写真、ランウェイショーと表現媒体を選びながら、2025年で10年の節目を迎えた。2018年秋冬の空間インスタレーションで、ソファやランプとともに、身体と服も「等しい価値」があるとする個の視点を魅せたように、以降、いつの時も彼の表現はどこか冷静な眼を感じさせ、異なるジャンルのエッセンスを拮抗させることにあった。それは時に感情や観念にまで及んだが、調和と不調和が同時に起こっている──そういう感触を、私は、彼の2026年秋冬のショーに向かう道中で呼び起こしていた。

 ショーのインビテーションは「シュヴァルの理想宮」の写真だった。前触れもなく躓(つまず)いた奇妙な形の石に魅了されたフランスの郵便配達員、フェルディナン・シュヴァル(Ferdinand Cheval)が、33年間もの時間をかけて独力で生み出した宮殿である。ごく個人的で、おおよそ共有不可能な美意識が過剰に積み重ねられたもの。当時も今も──私がカフェで話したデザイナーも含め──人を魅了する力を放っている。シュヴァルの、素朴だが重厚な仕事に憧憬する大野は、自身のアーカイヴを渉猟して「それぞれの、躓いた石」と再会し、それらをアトリエに持ち帰ってデザインに没頭し、先入観のない白いランウェイの上に送り出した。2026年秋冬のショーは、確かにそう観えた。

 不定形の4つのバムロール──あるいは四つ葉のクローバーのようなスカートは、チャールズ・ジェームズの傑作「クローバーリーフ」ドレスなどの再解釈だと知ると、二度驚く。レーザーカットで切り出された楓の葉は、切り紙絵のようでもあった。転写プリントで再現された雪柄のセーターやデニムは親密感を漂わせるが、もっと直接的にラグやタオルの質感を思わせる大野らしいドレスにも心が動いた。ラグランスリーブのTシャツは天地を鏡写しにしてケープになり、無数の手鏡と一体化するパステルピンクのショートドレスは歩くたびに光を乱反射させた。着物の絣柄の生地や、紙質のサテンをボンディングした一着──その後身頃には小鳥の隊列が連なり、不意に胸を打った。ワイングラスは、指に溶けてリングになっていた。

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Image by: FASHIONSNAP(Sumire Ozawa)

 見慣れたものを奇妙に感じる、ジャメヴュ(未視感)とも言えそうな体験。イメージが点在し、拡散する断続的な感じ。パーツの縁をトリミングするようにフェザーが生えたパネルショーツ、シャンデリアのようにランダムに動く造形には、「これが良い」と言わんばかりのより純度の高い個人的肯定がある。時に、意表をつくものには不安定さがつきものだが、嗜好の赴くままに出会ったオブジェクトや、日々の生活や居慣れたアトリエで大野が躓いて魅了されたものの残像が垣間見えた。彼にとって非凡な素材が新たな形を得るまで、その形が自らの眼をもう一度驚かせるまで手を緩めなかったに違いない。それらはどれも、アルゴリズムがサジェストするものではない。

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 ブランドの未来を訊ねる前に彼は切り出した。「少なくとも、いまは絶望している」。それはシステムへの反感というより、常套句のように蔓延する成功の文法に対する異議だった。

 「自分は多分、過去を清算したかった。決別したいとさえ思った」とも言う。コラボレーションを含む2026年秋冬コレクションは、よく言えば10年間の集大成だが、彼の物言いはもっと屈折している。「なんだか肌感覚で、業界を少し離れて眺めると、どうも今は自分が前に出る局面ではないように映る。自分らしくないことをやって理想にたどり着く道筋は、もう絶やしてもいいんじゃないかと思ったんですよ。シュヴァルの理想は、彼の純粋な欲求の蓄積の先にあった。自分だってまだ何に『躓く』か分からない。『やりたいことをやる』という安直な意味ではなく、もっといろいろなものと遭遇したいから純粋に関心を持てたらやってみたいし、ずいぶん先の未来のためには違う『考え方』が必要だと直感している」

 誰もが何に躓くかは分からない。それでも、今まで以上にデザイナーの稚気を帯びた群像は、昼の光のなかに紛れ込んだ夢の断片のように、束の間この現実の輪郭をずらしてみせた。思索よりも没入を、整理よりも林立を選んだヨウヘイ オオノの11年目。広義の素材と形の関係を問い、静かに欲を重ねる態度は、7年前のあの頃と変わっていないように私には思えた。

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Image by: FASHIONSNAP(Sumire Ozawa)

 ただ、デザインの整合性に傾倒していたあの頃と比べて、今の彼はもっと自由だ。それは同時に、ビジネスにおいては不自由を引き受けることでもあるだろう。彼はいま、すべてを整合させることではたどり着けない偏愛のほうへ、手を伸ばしている。躓いた石とは、過去の残骸ではない。そこからしか始まらない未来の、最初の硬い手触りなのだ。

YOHEI OHNO 2026年秋冬

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YOHEI OHNO 2026年秋冬コレクション

2026 AUTUMN WINTERファッションショー

エディター

山口達也

Tatsuya Yamaguchi

大学在学中から活動を開始し、東京を拠点に国内外のデザイナーやアーティスト、クリエイターのインタビュー・執筆などを行う。近年はメディアコントリビューティングのほか、撮影のディレクションやブランドのコンセプトディレクターを手掛けている。

最終更新日:

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