Mugita Shunichi

「モードノオト」其の三

麥田俊一

90年代から世界のコレクションを取材しているジャーナリスト

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 私は頭の中で、知っている罵りの言葉をすべて使い果たしていた。手を洗いながら鏡を見た。酔っぱらいが素面の体裁を取り繕いかねて、諦観が顔にへばりついている。眼をつぶる。もう一度鏡を覗き、映ったものに相応しい悪態をついた後、トイレの扉を押して廊下に出た。ところがエレベーターまで辿り着かないうちに、帽子を置き忘れていたことに気が付いた。自分の阿呆さ加減に、身体の血が沸騰寸前まで熱くなっている...ハードボイルド調に書き出してみたものの、有り体に申せば、またしてもジンの警戒水位を越してしまっただけのこと。酸歩蹣跚(すいほまんさん)の帰路にありながら、ふやけた脳髄が今日を反芻している。

 

【10月14日午前11時】
自室で仕事をしていると携帯が鳴る。久方ぶりにデザイナーの中里唯馬の声を聞く。20日にショーを発表するから是非来場願いたいとのこと。勿論、快諾する。

【午後3時】
「ヤストシ エズミ」のインスタレーション会場に到着。江角泰俊は、思想とリサーチを下敷きとしたミニマルなデザインに傾倒するデザイナーだった。飾って云えばコンセプチュアル、くだけて云えば頭でっかちな体質のデザイナーだった。うるさいくらいの過去形で申し上げるのも、最近、ちとその性向に変化が見られるからだ。江角は、いまから四年前のJFW主催シンマイ・クリエーターズ・プロジェクトの対象デザイナーのひとりに選出されている。対象デザイナーの中には天津憂もいた。ニットの上手さに沈思黙考する江角と、布地の扱いに長けた職人肌の天津は、タイプこそ違え、横紙破りな強い個性を発揮するまでには至らずと云う共通点がある。弾ければ好いと云うわけではないが、物足りなさがついてまわるのである。

しかし、次の里程標を見定めたのか、最近の江角の作風には少しずつであはあるが、肩肘の張らぬリアリティーが見え始めている。定理の如き主題に引っ張られすぎない服が心地好い。キャピタルの問題があるのかもしれぬが、ショー休止は好いタイミングだと思う。「バイオミクリ」と云うテーマは、「自然の叡智を模すことで、人類が抱えている諸問題を解決していく」と云う意の科学用語だそうだ。要は、草木、花の有機的な曲線、ボタニカルな柄を、構築性のあるプロポション、アシンメトリーな均衡に落とし込みデザインした服である。総レースの柄、CGグラフィックのモチーフは勿論、涼やかな生地の質感にもオーガニックな香りが匂い立つ。光沢感のある服地に透ける生地を重ねて微妙な陰翳を引き出し、意表を突いた生地の接ぎ合わせや、涼感のあるニットと肉厚メッシュとの対比が印象的だ。社会的文化的なスコープがデザインに通奏低音でひびかうブランドだが、今回は極めてナチュラル。「純度の濃さを追求するためにも、いまは現実感のあるデザインに眼を向けています」との言葉にも頷ける。

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【午後4時55分】
緑に触れて、いつになく爽やかな気分で「フリーマドンナ」の会場に到着。しかし会場はすでに満席。栓が抜けた瓢箪のように、のほほんと歩いていたことが悔やまれる。柱の陰よりフロアを眺めると、白い小石を敷き詰めて、箱庭の如き情景を演出している。砂ではないが、白浜か?「スペインの白浜は、砂ではなく、波で削られた小石からなっているんです」。いつぞや、デザイナーの久保嘉男から教わったが、その類だろうか。セーラーカラー(襟)、ブランドロゴのワッペン、フリル飾り、ベビードールのワンピースがロリータの情緒に触れるものの、マドラスチェックの代わりに甘い色を載せた格子柄、珊瑚の飾り、シアサッカーの涼感、サテンのスリッパと云った部屋着の如きリラックスした拵えがリゾートシーンを演出していて、これまでにないナチュラルな気分に、「おや?」とさせられたシーズンである。

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【午後5時50分】
会場に到着。「素(しろ)」と題したあたりが「マトフ」らしい。薄暗闇の中に、匂い立つ白木の板を張り詰めた舞台。日本の古典芸能のステージを限りなく細長くした設えが、ストイックに見える。晒した白ではなく、ニュアンスのある白、生成りの服を冒頭より揃えている。くすみのある色彩、煤けたような金の縞が混ざる淡くも奥深い色相に、素(す)の服は漸次染められて往く。樹皮を剥いた無垢の木が、陽の光、雨風に晒され風化して往く様を、服のデザインに重ねたのだろうか。手擦れした風合い、シワ深い生地、(横から見れば)千切れ雲の如き流線型の革靴が、主題が時間の流れであることを想起させる。時折差し込まれる蛍光色の閃光が、悠然たる時の流れとコントラストを奏でる塩梅である。拵えはいつもに増して「洋」なのだが、「和」のゆかしさが匂い立つ設計が心憎い。

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【午後6時55分】
渋谷ヒカリエに到着。「マトフ」の会場に移動中にデザイナーの坂部三樹郎から携帯に電話あり。坂部や山縣良和の教え子四人(いずれもブランドを立ち上げている)がインスタレーションを発表すると云う。指定されたフロアに向かうとミニショーが始まったばかりだった。村上亮太、山下琴菜、中里周子、青木明子の作品を集めて「東京ニューエイジ」と括っている。

純文学的モードを支持するあまり視座がスクエアな御仁には、たとえ千言万句を費やしても、かような面白さは理解不能だろう。まァ、甲論乙駁があって然るべき類いの作品である。この中に素材の原石が眠っているか否か、作品は、どちらかと云えば、まず未完成の部類に指を屈せねばなるまい。

しかし、芽と云うものは、思い出したように逞しく繁茂して、つまらぬ世相を笑い倒してくれるものである。特に愉快だったのは村上(26歳)の作品。母堂(千明57歳)との型破りのデザインデュオである。「今回がファッション業界へのデビューとなるので、入学式をテーマにしました」(村上亮太)と、なかなかに喰えぬ奴だわえ。巨大な桜の花弁、ワンカップ片手にお花見するオジンの刺繍ワッペンには、気ぶっせいなど一気に吹っ飛ばす脳天気なエナジーが漲っている。ひと足早い春の陽気がひとをここまで狂わすのだろうか...。

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【午後22時過ぎ】
ショー会場外のホワイエで振る舞い酒をぐびぐび遣る。発泡性の濁り故、口当たりが好い。私がいくらさもしいからと云って、徒に痛飲しているわけではない。待っているのだ。「エーディグリーファーレンハイト」の終了後より、立錐の余地もないほど込み合っていたホワイエも、皆、軽い酔いとともに去り、一気にひとの群れは捌けてしまった。デザイナーの天津を囲む取材陣が散るのを待っている。報道陣も三々五々と遠のいていくや、今度は、彼の知己が集まり、記念撮影を始めてしまった。私は待っている。そして呑んでいる。そして、心地よさげな疲労感を顔に滲ませた天津に近寄って往った。

(前日にデビューショーを発表した)「ハナエ モリ」のデザイナーと云う奇貨を得ることで、彼自身のブランドが転換しなければ意味がないことを、誰もが感じていただろう。かく云う私も、この図式を描いていたひとりである。期せずして天津は、私の激励に、心根からの笑みで応えてくれた。

「好い機会を得て、殻を破るチャンスではないの。昨日の柄出しなどは、『ハナエ モリ』でしか表現出来ない完成度の高さだよね。これで頭の中を整理することが出来るんじゃないかな」と私。マンネリズムに対して、けだし、本人がいちばん焦燥感を強く抱いていたのではないだろうか。ドレープをアクティブな細部のデザインに置き換え、生地を裁く技巧を極力抑えて、スポーティーな拵えに徹した。「ひと昔前のダナ・キャランのイメージが少しだけ重なっちゃったけど、綺麗な服からの呪縛を解こうとする気概がちゃんと見えたもの、好かったね」と、私は率直な感想を述べた。

短兵急に結論を急ぎ過ぎるのは酷と云うもの。灰色に彩られた夢を追う、天津の不器用さは、何故か他人事とは思えないのだ...それに...さんざ下地が入っちまったからか、どうで酒場がまた恋しい夜となりそうである。

「モードノオト」
 其の一:アンリアレイジ(パリにて)
 其の二:東京コレクション初日

麥田俊一

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