Mugita Shunichi

「モードノオト」其の七

麥田俊一

ファッションジャーナリスト

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深更、まだ血が踊っている私は、馴染みの酒場に向かった。今日取材したふたつのショーが私の心を揺すぶり続けた。ドアを開けると、見知らぬ先客が愛想のかけらもない視線をこちらに向けてきた。視線を避けながら、狭い店の中を見渡すと、どうやら私のための止まり木はないらしい。しかも胡散臭げな若者のグループが幅を利かせている。漫然と夜の街を彷徨うよりは、見知らぬ酒場で我慢するしかない。嫌みになる一歩手前の威容を誇っている店構えに一瞬気後れした私は、酒手と相談したほうが好さそうだったが、すれでも既に手はドアの把手を掴んでいた。ジンを遣る。軋みを上げながらもようよう思考の歯車が動きだす。服は社会的なものだから、時代に応じて崩れて変化するのは、服が生きている証左である。生きている服だから、こちらの血が騒ぐ。実際それを文章に綴るとなれば一語一語が余程訓練されていない限り紙面に乗るものではあるまい。今様を気取れば、少しは気の利いたレトリックを弄さば読者もと、付け焼き刃で思案した空ろな修辞の浅はかさを痛感する始末。昂奮ひとつにしてからが、「ただもうゾクゾクして...」と記す以外に如何なる正鵠を射た表現があるのだろう...。(文責/麥田俊一)

【10月17日(土)午後3時50分】
TARO HORIUCHI(タロウ ホリウチ)」が始まる。ショー形式での発表は初めて。会場の中央に黒い箱が設置されている。そこにはホリゾンタルなスリットが切り込まれ、そこから蒼白い光線が漏れている。「Xファイル」(90年代に放映された米国のSFテレビドラマ)の世界観、つまりこの場に超常現象が起きても、未確認飛行物体が飛来しても不思議ではない。少しく大袈裟な喩えとなったが、未来的な空間を狙った演出である。

しなやかな生地のドレスは前後左右で微妙に均衡が崩されている。艶やかで透明感のある羽衣の如き真っ白な生地が揺れる様子は、身頃や裾に走る黒の凛とした直線でことさら強調されている。また、合繊の人工的な質感、意図して大き目に穿ったパンチングメッシュの風合いが上手く未来感を演出している。風合いそのものが極光を思わせる神秘的な光沢を放つ生地もあるが、異素材を重ねることで生じる微妙な陰翳、裾を波状にカットした生地のドレープの重なりがオーロラの襞の如き天空のカーテン、光の襞のイメージに重なる。生地が持つインダストリアルでフューチャリスティックな感覚と、大気の発光現象と云う自然の神秘との掛け合わせが着眼点であろう。

会場を天上の物語から一機に現実の世界へと引き戻すかのように、透けるような白に黒が加わり、やがて赤や黄色の鮮やかな色、遊び心のあるプリントが主役を張る。合繊故に発色の強さが際立つ。プリントには手描きの素朴さと、太陽の恵みを感じさせる植物のモチーフを選んだ。敢えてオーガニックな雰囲気を未来感のある生地に載せている。リアリティーのある美しさが服に息衝いているのである。

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ショー終了後、私はすぐに舞台裏に潜り込んだ。「ひとが着て歩いて、色んな角度から動きが愉しめる好いショーだったね。好い服だった」と私。「死ぬかと思いました(笑)。こういう見せ方は初めてだから不安だった」と堀内太郎。テンパることも、あたふたすることもなく、平生のまま冷静な表情を崩さない。飄々たる風貌が彼のプロフィールである。

会場には坂部三樹郎の姿があった。「明日、道に迷ったら僕の携帯を鳴らして下さい。間際でも僕の電話通じますから」と坂部、雑談していると、誰かが私の背中を突いた。振り向くとシュエ・ジェンファン(「Jenny Fax(ジェニーファックス)」のデザイナー)が居た。「ショー明日(18日)でしょう?平気なの?」と聞くと、「平気じゃないけど、タロウのショーだから来た。(明日のショーが)もしかすると最後になるかも...」と彼女。いつものデスパレートなジェンファン節である。傍らでは坂部が莞爾としている。

【午後5時50分】
昨日までの詰まった時間割とは異なり、二時間おきのスケジュールだと少しく調子が狂う。今日のショーはすべて、同じ建物内の隣接した会場を交互に使用する手前、インターバルを置かざるを得ないのだ。仕様がない。

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TOGA VIRILIS(トーガ ヴィリリース)」の会場に到着。16人のメンズモデルが新作を着て我々を出迎える。ショーではなくプレゼンテーション形式だった。午後6時より、ライブ演奏が始まると云う。

すでに発表された作品に、これまでも幾度か協業してきた「TOGA」に縁のあるアーティスト、五木田智央デザインによるスペシャルアイテムを加えた新作発表である。照明の加減か、はたまたメークの効果か、箱の上に立つモデルは精巧に出来たマネキンの如く微動だにしない。妙に生々しく、人工的に見えるモデルの姿が、えぐみの効いたスタイリングを後押ししている。

Dirty Beachesと云うデュオによるライブ演奏もシュールだった。「TOGA」の体臭が滲み出た演出である。次のショーまでの空き時間をプレスセンターにて仕事。「あのライブ、イケてたの?あれじゃ、ノレないんじゃないの」。誰ぞがほき出す。しかし余計なことは考えずに、私は仕事に専念した。

【午後8時15分】
「PHIRE WIRE(ファイヤー ワイヤー)」の会場で開始時間を待つ。新ブランド(メンズ)のデビューショーらしい。薄暗い会場。雷雨と教会の不吉な鐘の響きが聴こえてきた。ブラック・サバスのデビュー盤(1970年に発表)Aサイドの一曲目、アルバムタイトルにもなっている「Black Sabbath」である。ゴシック調の重々しい曲だが、随分と愛聴してきた。

舞台の背景に映像が映し出されてショーが開始した。カメラレンズは何処かの工業地帯に続く湾岸道路を睨め回ししてから、コールタールの膜のように重たく揺れる海に焦点を絞った。てらてらと黒光りする海面を暫し眺めていると、すでに黒尽くめのモデルが強烈なスポットライトを浴びて立っている。スウェットやフーディーと短パンと云った飾り気のないアイテムが、ただ只管黒く、青黒い。曲線を生かした接ぎ合わせが、粘りのある海面の波動のイメージに重なり合うも、いまひとつ要所が掴めない。飛魚を大きくプリントしたTシャツがずらりと並び、あっけなく閉幕。はて?

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【午後9時35分】
プレスセンターを出て「FACETASM(ファセッタズム)」の会場に向かう。歩いていると後ろから声を掛けられた。「あの〜ぅ会場でいつも見掛けるんですけど、何してるひとですかァ〜?」。見知らぬ女性が話しかけてきた。まず自分を名乗らず、臆面もなく誰何する態度が慊らない。少し懲らしめてやろうかと思ったが、厄介ごとを背負い込むこともあるまいと、「私は取材者です。ショーの取材を仕事にしております」と応える。慇懃無礼が通じたのかそのまま去っていった。

気を取り直し歩き出すと、また声が掛かる。某Webメディアの写真家でスナップ撮影の依頼だった。名詞を差し出し自らを名乗る丁寧な所作に好感が持てたのでつい快諾してしまう。「背景は何処が好いかなァ」なぞ、こび売り顔でほき出す自分が浅ましい。調子付いた私は、仕事道具のPCを傍らに放置したまま、彼の云うがままに動きまわり、「あの、PC放っといて大丈夫ですか?」と彼に注意される始末。「日乗(小連載のこと)ではお世話になっています」と云うと、「こちらこそ有難うございます」と返ってくる。後で名詞を確認して気が付いたのだが、そのとき私はメディア名を取り違えていたのである。齟齬があったにも拘らず、かの写真家は、すっかりその気で挨拶した私に調子を合わせてくれたのだ。

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勿論そんな失態を演じたなぞつゆ知らぬ私は、雲霞の如く押し寄せるひとの大群を掻き分けエントランスを目指していた。広い会場には、スケートカルチャーを連想させる勾配を設えた造作があった。スピード感を掻き立てるオブジェである。ショーは舞台、音、服が三位一体となったライブ感を演出していた。シーズンを重ねるごとに、その勢いが加速しているようだ。

真っ白に染めたオーストリッチのブルジョワ感、贅沢なフェザーのリュクス感を逆手にとったドレスダウンの妙は、ジャンル、テイスト、性差を超えたミックスマッチの技で具現されている。閃光のよう刺戟的な蛍光色、官能的とも云えるケミカルな色に染めた透ける生地、饒舌過ぎるくらい力強い細部のデザイン、切り取られたパーツ、挿入された装飾、ぶつかり合うディテール、意表を突くアンバランスなデザイン...。服が作られた文脈、服が着られる文脈を無視して、服の是非を論じても意味がないだろう。乱暴な演繹ではあるが、ただ素晴らしい服があるのではなくて、素晴らしい人生(作り手と着る側)があると云うことである。

「ここから何かが始まりそう、何かが生まれそうな、そんなショーを作ってみたい」。以前、落合宏理はそう話していたが、まさに今回のショーにそれを感じた。何が始まるかは分からない。その辺りを是非取材してみたい。俄然血が踊る思いで帰路についた。(文責/麥田俊一)

「モードノオト」
其の一:アンリアレイジ(パリにて)
其の二:東京コレクション初日
其の三:東京コレクション2日目
其の四:東京コレクション3日目
其の五:東京コレクション4日目
其の六:東京コレクション5日目

麥田俊一

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