Mugita Shunichi

「モードノオト2014」跋

麥田俊一

ファッションジャーナリスト

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 「ほんとうに痛飲しながら書いていたんですね」。過日取材先で、誤字脱字を指摘されて返す言葉もなかった。該媒体にて短期連載を承った。「モードノオト」と云う題名で、年二回の東京コレクション期間中、合計十六回を数えた。無為な酒客と斬殺されることも承知で、東京コレクション取材を主題とした日乗形式を体裁とした。(文責:麥田俊一)

 おこがましいようだが、絵日記ではない批評を着眼として始めたのだが、端から魂胆が青臭いものだから、そこは濾過装置を用意せねばと、東京コレクションの文脈を翻訳する<やさぐれ酒記>と云う構図を緩衝材の代わりとした。ときに間違った鍵盤を叩いてしまったかもしれないが、不協和音(誤訳ではないが、得手勝手な意訳)が奏功すると云うたまさかの奇貨を得ることも少なくなかった。

 翻訳とは外国語の作品を自国の言葉に直すことで、おのずから創作とは異なり、寧ろ<批評>に近いと云うのが持論である。訳文の何処に句読点を打つかで、原文に息衝くドライブ感が大きく左右されるのだから、勿論作家的な資質をも甚だ要求されるのだが、翻案とは異なる批評の精神が宿っていて然るべきだと思っている。その特質が私に備わっているかはともかく、潮流を探るのではなく、ブランドごとの創作に只管照準して、創意の翻訳を試みた。個別のプロットに眼を向けているつもりでも、ストリートの呪縛と云う、いまの趨勢に通底する志向にうっかり言及していたと云う逆説的な展開にも悩まされた。兆しはすべからくストリートに現われると云う気分がいまだ根強く蔓延しているようで、東京コレクションに漂う閉塞感は、どうやらそのあたりに要因があるのではないか。

 閉塞状況と喩えたが、対岸がまったく見えないと云うことではない。東京では、トレンドやスタイルが、それが内包するコンテクストを理解する暇さえ与えないスピードで通過していく。他都市と異なり東京が特筆されるのは、貪欲な好奇心と情報探究、活発な消費力の赴くまま、選別と充分な理解なしに、数多の流儀を通過させた結果、世界有数のハイ・コンテクストを誇る都市になってしまった事実である。だが、いまや東京は終着点ではない。<東京経由>のファッションやカルチャーが各都市で開花している事例を鑑みれば、東京もぼんやりと落ち着いてばかりはいられないと云う警鐘のつもりで申したまでである。

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 鍛鉄に惹かれる。鍛えると云うことは本来、高温で熱した鉄を打ち、水で冷やすことを繰り返し、硬度や密度を高め良質なものにすることを云う。言葉も鉄と同じように、鍛えようと思えばいくらでも鍛えることが出来る。塩梅された錬鉄の如く、鍛えられた言葉は鋭利で、堅牢無比にして柔軟性に富み、なまくらな言葉とは比較にならない切れ味を持つはずだ。言葉の厳しい鍛錬こそ、作り手の思想の良導体たらんとする優れた翻訳に必須な条件であろう。故に私は錬鉄に憧れる。しなやかさに焦がれるのだ。そして私にとっての鍛錬は、服の作り手との切磋琢磨に他ならない。

 どうにか推敲(本稿ではない)を終えると、私は酒場に向かった。カウンターでウィスキーを注文して多めの水で割った。少なくとも今夜は、つまらない酔いどれにはならぬよう戒めた。「それじゃ、酒が溺れちまいますよ」。若いバーテンが云った。黙って頷くしかない。水がいまの自分の命綱になっているとは云わなかった。(文責:麥田俊一)

「モードノオト」〜2014年10月〜
其の一:アンリアレイジ(パリにて)
其の二:東京コレクション初日
其の三:東京コレクション2日目
其の四:東京コレクション3日目
其の五:東京コレクション4日目
其の六:東京コレクション5日目
其の七:東京コレクション6日目
其の八:東京コレクション7日目

「モードノオト」の日乗〜2014年3月〜
其の一:ノゾミイシグロ
其の二:ラマルク、CUNE、ミントデザインズ
其の三:ソマルタ、ビューティフル・ピープル、ファクトタム
其の四:フリーマドンナ、ディスカバード、KBF
其の五:ミハラヤスヒロ、オニツカタイガー、ファセッタズム
其の六:ミキオサカベ、アリスアウアア
其の七:ヨシオクボ、ハプニング、ドレスキャンプ
其の八:アンリアレイジ

麥田俊一

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