Mugita Shunichi

「モードノオト」第六話

麥田俊一

ファッションジャーナリスト

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 喫茶室に入るや「お水下さい」と、いきなりの懇願がいけなかった。たまさか扉の近くに居たウエイターの顔を見ただけで、店全体に瞬時に拡がる、場違いな闖入者に向けられる怪訝さが察知出来た。頓服薬(葛根湯)を早く服用したかったから、気が急いていたのだ。右脚の鈍痛に加えて高熱で斑になった顔は、かつて行ったことのある、あちらこちらの悪所の地図と化していた。そのうえ水洟が垂れかかっている見苦しい身なりだもの、かのウエイターの応対も致し方ない。都会的な物腰の好さが備わった彼の方が身なりが好かったせいかも知れない。ウエイターは、私が席に着く前からそのことに気付いていて、それなりの態度を私にとった。(なにも、ここで熱くならなくてもいいじゃねぇか。取材で頻繁にお眼に掛かるストリートとはストリート違いの、僕の醸し出すオーラは所詮、地下の通路や高架橋下でお馴染みの街頭発信なんだからなぁ。若手デザイナーより、よっぽど年季が入ってらぁ。こちとらこうは見えても、世界のモードを方便のネタにしているジャーナリストなんだからなぁ。せめて悪臭を撒き散らさねぇだけでも有り難く思えよ、この山出しの猿奴)と、内心さんざ悪態をつきながらも、気取ってアメリカンなぞとほき出す我が身が怨めしいかぎり。早いもので、此度が連載の最終回である。(文責/麥田俊一)

【3月21日午前中】
 昨夜、原稿を中途まで書くも、身体の節々の痛みではしなくも中断。明日は某TV番組の生放送への出演があって、明朝までには是が非でも恢復していなければならない。葛根湯をダブルで服用して就床。今朝になっても熱は下がっていない。最終日まで、どうにか持ちこたえようとしたが、気の弛みか、はたまた、踏み止まる限界を超えてしまったのか、解熱剤の効能を恃みとして午前中は床に伏せることにした。午前中のスケジュールでは、特にデビューとなる「サルバム」、久方ぶりにモデルを起用して発表を行なう「リトゥンアフターワーズ」の取材を楽しみにしていただけに、この為体(ていたらく)にひどく慊りない。このふたつのブランドに関しては、是非何らかの形でフォローするつもりである。

【午後8時25分】
 「ディーティーティ--ケー(D.TT.K)」の会場に入る。公式日程にはプレゼンテーションとあったが、サイバーエージやサイエンスフィクションのイメージを重ねた映像を背景に、結局はデザイナー本人のDJプレーと二人の白人ラッパーによるライブパフォーマンスに終始した。三人が着ていたネオスポーティーなスタイルだけで、ブランドの横顔を描こうと云うこと自体、端から無理がある。後にアフターパーティー(スペシャル・クラブ・トウキョウと題された)が予定されていたようだが、すでにこのイベントがアフターパーティーの様相を呈していて、その上パフォーマンスそのものがまったりとしていて生温いものだからひどく痛々しい。そもそもの企画に問題ありと、少しく手厳しいが、取材する側の身になって考えて欲しかった。

【午後8時55分】
 意図が不明瞭だったパフォーマンスを中途で切り上げて、「ファセッタズム(FACETASM)」の会場に移動。舞台の背景から二本の動線が平行に伸びていて、そのパッセージを挟むように座席が設えてある。最前列に迫るほどキャットウォークは客席に接近していて、舞台の幅は1メートルを切る狭さ。天井から吊るされた照明も、かなり低い位置に設営されていて、ドライブ感がいや増す設計になっている。

 このブランドのショーの醍醐味のひとつはファーストルックにある、と私は常々考えている。最初のルックにメンズを選ぶか、ウィメンズを選ぶかで、そのときの落合宏理の思いの丈が忖度できるからだ。デビュー以来数シーズン、カットアップの手法に精度の高さを見せるメンズに比して、ウィメンズのデザインには少しく過剰な技巧に走り過ぎた憾(うら)みがあった。しかし如何であろう。今シーズンのウィメンズは、メンズの躍動感に比べても遜色のない出来映えである。それが証拠に、今回はメンズとウィメンズを同時に舞台に送り出し、それぞれ二本の動線を歩かせる演出により、均等のテンションをかけて男性性と女性性との二項対立に切れ味の鋭い論鋒で切り込んでいる。

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 また、デザイン上での均等のテンションは、冒頭のグループに具現化されている。バイカー(アンティーク調に加工した肉厚レザー)とトレンチコートを解体して再構成した拵え、或は、バイカージャケットの素材を置き換えた提案(メンズは黒のレザー、ウィメンズはピンクのシャギーなモヘアウール)のように、デザインのベースに置くアイテムに統一感を持たせながら、再構築の均衡、色、テクスチャーに異なるアプローチを施すことで、男女のデザインに統一感を持たせている。メンズにはフェミニンな要素を、ウィメンズにはマスキュリンな要素を掛け合わせる手法も冴えている。複数のフライトジャケットをパーツに解体して再構成したケープ、ダウンを使用することでボリュームを持たせたフライトジャケット、デニムとオンブレチェックのコーディネート、スウェットに見立てたウールのトップス...。カジュアルな要素は健在だが、ストリートやアスレチックからの引用を極力抑えこみ、ピンストライプのサルトリアル(ボレロの如く着丈を短く裁ち切っている)や、チェスターフィールド(身頃に毛皮を接ぎ合わせている)などのクラシックなアイテム、シャギーなウール、ピンストライプと云ったオーセンティックな素材使いにフォーカスしたことで、上述のジェンダーの交換が際立って見えるのである。

 プリーツをあしらったフリルをランダムに重ねた量感のある装飾、アシンメトリーな均衡を生かしたレイヤードなどに、1990年代に台頭したコンセプチュアルなデザインの影響が色濃く窺えるが、実際今シーズンの作品を俯瞰するなら、すでに「ファセッタズム」流儀に昇華されていることは、あらためて贅言せなくても好いだろう。今回が8シーズン目のショーである。作り手に(デザイナー)にも受けとめる側(取材者)にも或る種の「慣れ」が生じて来ても不思議ではない頃合いである。しかし、「慣れ」ることなく「熟(な)れ」ている、つまりマンネリズムに陥ることなく成熟の過程を歩んでいる、と云う印象が強い。(勢いがあるなぁ)と、清々しいほどのカタルシスを得られたのである。服に対する愛情の深さ、饒舌に語らずにはいられないほどの昂り。そこには、若手の真打としての風格さえ漂っている。(文責/麥田俊一)

>>FACETASM 2015-16年秋冬コレクション詳細

【ファッションジャーナリスト麥田俊一の日乗「モードのオト」】2015-16年秋冬
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「モードのオト」第五話

麥田俊一

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