Mugita Shunichi

モードノオト2017.03.26

麥田俊一

90年代から世界のコレクションを取材しているジャーナリスト

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 先程「ジェニーファックス(Jennyfax)」のショーを見た。会場の池袋PARCO本館屋上に着いたのは、定刻の十五分前だった。屋外は小雨混じりで寒い。まだ会場ではゲネが繰り返されていた。スタッフの方から、「まだ見てはダメです」と云われたが、窓硝子越しに滲んだ様々な色彩をボンヤリと眺めていた。雨天決行、暴風雨にでもならぬ限りは、予定通り開催されるだろうと思っていたら、天候が味方したようである。つとに降っていた雨は止み、我々は、会場となる屋外に案内された。素肌を晒したモデルの吐く息が照明に照らされて白く煙る。雨に洗われた冷たい夜気。これこそ、極上の舞台演出であったのだ。

z-jennyfax-03-26-17-20170326_018.jpg 陰気な呑んだ暮れが一握りがとこと、何もかも悪くなっているのは判っているが、それが良くなるのを待つのはもう止めた、と云った顔のバーテンダーが、ひっそりと居るだけの酒場である。相変わらず私はジンを呑んでいた。一週間前、シュエ・ジェンファンに会ったときのことを思い出していた。ショーの進捗を訊くと、「死んで消え失せてしまいたいです」と悲愴な面持ちで返してきたものだった。悲痛な叫びは、彼女のいつもの伝なので、心配する気は更々なかった。寧ろ、私は今回のショーに並々ならぬ期待を寄せていた。

 今回のショーには、いかにも陽気で明るい感じがあった。けだしそれは、無理やり作られたものであったとしても、また、そうした雰囲気の底を流れる無言の絶望感と云ったものを、たとえ感じたとしても、それでも、極彩色に彩られた仮構のピンナップガールと云うのは、その場に只管相応しい言葉であろう。あどけない娘たちは、ときに毒々しい着せ替え人形のようで、私を誘惑し、私を盲(めしい)させて、作り手の煩悶を見せないようにしたのだった。ところが、突然そのベールがずり落ち、私は盲目を解かれて、作り手の本来の姿を見たような気がした。そしてはっきりと悟った。煌めく色彩は透明感のなかで昇華され、陰画と陽画の二項対立は入り混じり、遂には生き生きと輝き放ち始める。ショーは、ネガティブをポジティブに転換するファンタジーに満ちていた。可愛らしくもあり、エロチックでもあり、なにより魂が宿った服だった。こちらの眼前に、デロリと投げかけられた無垢な感情の塊に只々圧倒される始末。作り手の魂の叫びが、透き通った冷たい空気にいつまでも木霊している。これはどうにも、酒で濁った私なぞが吐く下卑た言葉で、この穢れなき魂を汚しちまいたくないな、と思ったのだった。

z-jennyfax-03-26-17-20170326_026.jpg 糠雨に霞む夜の街。再び降り出した雨は、この街を鏡の街にしていた。何処を見ても、同じものがふたつ見える街だった。街は、雨の好きな連中を通りへ誘き出すかのように、油膜のように何処までも滑らかに輝いている。空が泣くとき、ひとは髪に涙のしずくを滴(したた)らすのだ。こう云う夜は、ひとを幾分センチな気分にもしてくれるようである。帽子を目深に被り、私は帰路を急いだ。(文責/麥田俊一)

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