Mugita Shunichi

モードノオト2017.10.16

麥田俊一

90年代から世界のコレクションを取材しているジャーナリスト

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 いつもの伝で、独り深更の酒場でジンを舐めていた。この稿のネタ繰りも一段落がついたところで、ふと、ひとの視線を感じた。誘いをかけるものの、けんもほろろに肘鉄を喰らう無言劇を繰り返してきた痴れ者ではあるが、それでも卑しい煩悩に苛まれ続ける下衆のひとりを認める私としては、性懲りもなく、またぞろ忌まわしい役回りを演じる仕儀に立ち至るのも一興かと、毎度の莫迦な男に成り下がってみたくもなってくる。一瞬、口元がだらしなく弛んだのを自覚しつつ、すくと酒仕込みのクソ度胸を取り戻した私は、隣に坐っている、少しく老け顔の女と会話を交わすくらいの発展を得たのだった。

 とは云え、無駄な杯を重ねてはみたものの、一向に男女の凹凸がピタリと噛み合わぬまま、更なる進展は望むべくもなく、焦れた私は話の糸口を探るつもりで「...それで、そちらはどんな仕事をしているの?」と当たり障りのない話題にすがりついてみたが、慌てて取り繕ったのがいけなかった。女はクスクス笑いながら「じゃぁ、あなたの仕事は?」と切り返してくる。「ボクは...あの...その...」。眼の前の女の顔が忍び笑いに変わった。男はみんな嘘つきカモメ。これは普遍の理だ。女も心得ている。辛くも私の口から出たのは、「その、なんだなぁ...売文稼業てぇところかなぁ」。「売文って何なの?」またしても座が白けていく。眼前の酒もほとんど残っていない。底にへばりついた液体を吸い取るようにグラスを干すと、私は逃げるようにドアに向かった。暗渠に落ち込む感覚を貪るいつもの自虐嗜好にずっぽり嵌まりながら足取りだけは妙に軽やかなのだった。

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 私はさっきの酒場で「パーミニット(PERMINUTE)」のショーを反芻していた。思い掛けず私の心を打ったからだ。いましがた演じた愚行を、この心地良い昂奮の所為にするのはよくないが、この種の昂揚は、酒精に負けず劣らず、私の内燃機関の燃料となってくれる。デザイナーは半澤慶樹と云う若者だと聞いた。ブランドはおろか、作り手の情報はまったくなかったが、会場に居合せた坂部三樹郎や山縣良和らに教えてもらって名前と簡単な素性を得た。作り手には心外なことかも知れないが、ショーを見ながら、私は「ベルンハルト・ ウィルヘルム(Bernhard Willhelm)」を思い出していた。ここ数年がとこ、ベルンハルトとは没交渉だが、デビュー以来、彼の追っかけを自認していた往時の私は、あの天真爛漫さと猥雑さとが複雑に入り混じった諧謔精神に強く惹かれていたのだった。縦横無尽に駆使される造語、地口、隠喩、諷刺がめまぐるしく交錯するベルンハルトの文体は、モードと云えば、金持ちのための所謂ブルジョア的で古典的な言語(既存のファッション)であるべきと相場が決まっていた当時のパリの舞台にあって、歴史的にそこから疎外された一般大衆に、自己の言語に対する自信と誇りをもたらし、小気味の良い一種のカタルシス(解放感)を提供してくれたのである。ついつい大袈裟になってしまったが、輝いていたときのベルンハルトの切れ味は半端ではなかった。

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 ブランドを立ち上げて3シーズン目、それも初めてのキャットウォークと云うことを割り引いても、半澤はいい線いっていると思う。勝手に今回のショーに往時のベルンハルトを重ねてしまうのは少しく酷なことかも知れない。しかしこの場合は、服そのものの精度を云々することはあまり意味がないように思えるから、服の持つ「気」に端倪すべからざるものがある、とだけ云っておこう。土着的な布の量感と都会的な生地の裁断、手仕事で綴った牧歌的なランドスケープと生地が生み出す躍動感、切りっ放しのラフな仕上げとトレーンを引くエレガンス...対比される主題の織り成す、なんともふんわりとした雰囲気、作り手の自我(エゴ)を服地で包み込んでしまったような感覚が良い。拙さが眼につく手だが、ヘタウマとも幼児性を以て媚びる服とも違う。この世界観を描出するモチベーション(気合い)は何処からくるのか、是非とも本人に訊いてみたいものだ。この男、服地を触ることが心底から好きなのだろうなぁ。繊細なときは繊細に。大胆なときは大胆に。細身の諸刃の剣にもなれば太い棍棒にもなる。そんな手であって欲しい。毎度勝手なことをほざくなとお叱りを受けようとも、酒で自我が昂揚した男の戯れ言だと思って勘弁して欲しい。(文責/麥田俊一)

>>PERMINUTE 2018春夏コレクション

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