Mugita Shunichi

モードノオト2017.10.19

麥田俊一

90年代から世界のコレクションを取材しているジャーナリスト

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 缶詰の鰯のようにギッシリと詰め込まれた電車に揺られながら、鳥渡した感動の余韻に浸っていたのだった。しかし、幸せな時間に限ってそう長くは続かぬものなのである。先程引っ掛けた酒の酔いも少しく醒めかけてはいたが、その男に喰って掛かるだけのクソ度胸は持ち合わせていた。品川駅から乗車してから此の方、その男(中年のサラリーマン)に、なにか因縁めいたものを薄々感じてはいたのだが、案の序、電車が降車駅のホームに滑り込みドアから吐き出された瞬間、どちらともなく互いの身体を強く打つけ合っていた。「おい、こらぁ」「なんだぁ、お前」の怒号の応酬。どうも先方は疲れきった酔っ払いのようだ。引っ込み際が肝心と云うけれど、しかしなぁ、如何見ても、先様はこちらを船虫みたく見下した態度を隠そうとしないのだから、この場合、こちらもそれ相応の礼を尽くすに如くはないだろうなぁ。でないと、仁義に悖(もと)ると云うものだよ、まったく...なぞ、愚劣な思案を浮かべつつ、それでも尚と、ギュッと握った拳とともに、こちらは眼力を弛めようとはしなかった。それは、第三者の干渉を制するのに充分過ぎるものだった。こちらにしてみれば、この下衆なガン付けで事足りた。厭ったらしいズブ六(私)の、執念(しゅうね)い眼を前にして、少しでも利巧に立ち回ろうとしたのだろう。先様の方が折れてくるのが、漸く逸らした相手の眼線で判った。こっちは二十四時間ごとの日々の堂々巡りを、つましくつつがなく繰り返すのに、足取りこそ危なっかしいが、それでも細心な注意を払いながらどうにか渡っているってぇのに、おいこら、その綱をグラグラ揺さぶるんじゃねぇと、口うるさくもなろうじゃないか。すっかり去ってしまった余韻を取り戻すべく、すくと私の足は邪魔の入らぬ酒場に向かっていたのである。

 カタルシスの必要に迫られている愚昧な私にとって、今日の「ハイク(HYKE)」のショーほど、清々しいまでの解放感をもたらしてくれるものはない。簡にして要を得た作品群に胸の空く思いだった。今回も変わらず軍服、作業着、アウトドアスポーツを着想源としている。どれも巷間にあるモノ。取り上げる題材は普通のモノばかりだ。かてて加えて装飾は最小までに抑えられ、しかもこちらに媚びる演技もない。それがしかし、見た目の普通と云う皮を一枚剥(は)いで現われる中身の普通がこれまた凄いのである。と云ってもまだ、何も云ったことにはならないが、しかし、そのチラリと露出した普通を見てドキッとするのは何故だろうか。

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 「服飾の歴史、遺産を自らの感性で独自に進化させる」がブランド哲学である。扱う題材は所謂、様式、形式が既に確立された、過去から発展継承されている服に徹頭徹尾こだわる。すなわち、蘊蓄好きの男が雀躍して喜ぶマニアックな細部(色柄、形を含め)への飽くなき執着がこのブランドの流儀を支えている。つまり、周囲の環境から身体を防護するための様式、或はアスリートのためのギアとしての機能に着眼することで、武骨さは静謐さに取って代わられ、堅いイメージは息を呑む官能美に置き換えられるのだ。女の服だからこうした作法(さくほう)が奏功するのだが、よしんば男の服を同様な濾過装置にかけたとてまず同じ結果は得られないだろう。簡易なデザインはミニマムに通じているが、極端に削ぎ落とすことはせず、装飾を活かすべきときはそれを優先して按配するから、端よりミニマリズムに拘泥しているわけではない。あまつさえ、襟元のチン・ストラップやフラップ付きポケット、ガンフラップやアクションプリーツと云った機能性を恣意的に装飾に転換することも辞さないし、理に適った生地の置き換えも少なくない。リアリズム至上主義の作品は、もともと遊戯性に薄い傾向にあるものだが、その味気なさに対する格好の解毒剤として、イマジネーションに富んだ換骨奪胎の精神が象徴的に映るのである。自社スペースを使った発表形式もまた、アンティーム(親密)な雰囲気を醸し出していた。(文責/麥田俊一)

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>>HYKE2018春夏コレクション

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