Mugita Shunichi

モードノオト2018.03.20

麥田俊一

90年代から世界のコレクションを取材しているジャーナリスト

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 「昔からの常連が新しい河岸(かし)を求めて少なくなったのよ」。彼女はそう云って顔を顰めた。が、そこで顔を顰めると皺が増えるとでも思い返したのか、俄にもとの顔に戻して云った。「あたし自身も、最近の客はあんまり好きじゃないのよ。あのケツの穴どもときたら、皆ビールしか呑まないし、それも、ちびちびとね。やんなっちゃうわ」。今宵もマダムの愚痴は、半年前と変わらない。変わらぬことが、やけに嬉しい夜だ。久方ぶりに、この女主人の顔を拝みたくなって、ぶらりと寄ってみたのだった。神谷町駅近辺の酒場でガブ飲みした、値段に見合わぬ不味い麦酒(ドイツ産)に業を煮やした私は、これは地元に戻って落ち着くにこしたことはないと、早々に地下鉄の昇降口に向かった。

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 「なに、俺だってさぁ、そんなに年がら年中此処に来るわけじゃないけどさぁ...咽喉がむず痒くなったときにさぁ、麦酒をひっかけに時々寄るだけなんよ」。常連のシゲさんの言い訳がましい台詞も半年前のまんま。この店では麦酒だけと決めている私への、マダムの当て擦りをやんわりとかわしながら、先程の「ジェニー ファックス」のショーを頭に浮かべていたのだった。何故この萎びたマダムの顔を頭に浮かべたのだろうか。自問してみても答えは見当たらない。いまさら母性に飢(かつ)えているザマもあるめぇよ、と自嘲するような私の薄笑いを、隣に座るシゲさんは、濁った眼で不思議そうに眺めるのだった。

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 「ジェニー ファックス」のショー会場には、巨大な絵画が飾られている。これが今季の謎解きの解となっている。花嫁衣裳を纏い幸せそうな女性、双子の姉妹(ひとりはシュエ・ジェンファンの妹のチーリン)と一組の兄妹(少女時代のジェンファンと兄)に寄り添う女性、不仲な雰囲気を醸し出す老年の夫婦...。これらの絵のモチーフは、紛れもなくジェンファン一家である。母に捧げるバラード、と云ってしまうと陳腐だが、幼少時より現在に至るジェンファンの視線で捉えた母堂の姿が今季の着想となっている。市井の女性の普通の人生、希望に胸膨らませる職業婦人、幸せそうな妻、優しい母親、倦怠期を迎え微妙な関係に至ってしまった初老の夫婦...。ひとりの女性の持つ人生における様々な顔を、ジェンファンの心象風景に照らし合わせてコレクションに落とし込んでいる。ちなみに、ユーモラスな表情を湛えたこれらの絵はチーリンの力作だそうだ(今年の賀状のイラストもチーリンが描いたものだろうか)。

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 ショーには、いかにも陽気で明るい感じがある。それは無理やり作られたものであったとしても、またそうした雰囲気の底を流れる無言の絶望感と云ったものを、たとえ感じ得たとしても、それでもポップと云う形容がその場に最も相応しい言葉であったろう。拗(ねじ)けたところのある陽気さと云い換えてもいい。ナイロン靴下の付根の上あたりに微かな身震いを覚えたうら若き乙女の純情、古臭い肌着のレース模様、職業婦人の凛としたスーツ姿、家事に勤しむエプロン姿の母、年を重ねるごとに崩れていく体型を持て余す妻...こうした題材と、手の指や耳のシュールな小物、1990年代のコンセプチュアルな解体と再構成のデザインが面白い対照をなしている。常にジェンファンの創作には、自分自身を戯画化する節が見受けられるのだが、そこに独自のユーモアが宿っているから大いに救いがあるのだ。自分自身を戯画化する、所謂自虐の精神は、これまでのコレクションにも数多見出だせる。こうした作法は、ややもすれば、自虐自体に足をとられてしまってつまらぬものに堕してしまう恐れがあるのだが、彼女の場合はその例にあらず。きっと、ジェンファンにとって創作は、内省ではなく浄化(カタルシス)のための時間であり、挫折や怒り、心の傷や薄い希望を洗い流し、夢多き明日、そして次の幻滅の日々へと自身を容赦なく解き放つ祈りのようなものなのかも知れない。(文責/麥田俊一)

>>Jennyfax 2018-19年秋冬コレクション

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