Mugita Shunichi

モードノオト2018.03.23

麥田俊一

90年代から世界のコレクションを取材しているジャーナリスト

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 退嬰の風(ふう)がはびこる店構えに惹かれ通うことになったこの酒場は、場末と云うのがピッタリのうらぶれようである。(いまどき珍しいが)石油ストーブにかけた薬缶で湯煎した一升瓶から頂戴する燗酒にトロリとしたときなぞ、根無し草の売文稼業もまんざらでもねぇさと強がってはみても、遥かに荒廃した都会の喧噪を哀れむ拗ね根性が、船底に固着したフジツボさながらに覆い尽くしている我が身を嘆くのみの、所詮は瘋癲(ふうてん)、度し難いクズなのである。框から外れてしっかりとは閉まらぬ硝子戸から吹き込む風を背中に感じながら、暖房器具もない薄暗いカウンターに、沁み沁みとした悲哀を舐めながら、透明のビニール袋に入った鹽豆(しおまめ)を見つめていた。無聊を慰めるわけではないが、こうして熟々(つらつら)服について考えているとイマジネーションが自ずと膨らんでくる。煙草と酒の臭いを毒のように毛穴から滲ませながら。こう云う酒場で経(た)てる時が私には貴重なのだ。

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 勘所を心得た仕事ぶりの「ハイク(HYKE)」について、いまさら間怠(まだる)っこいことを云っても意味がないだろう。これまでも、軍物(今回は海軍と空軍がメーン)、スポーツ、アウトドアなど、所謂、様式や形式が既に確立された過去の服を題材にしてきた。蘊蓄好きの男どもが雀躍して喜ぶマニアックな細部(色柄、形を含め)にこだわる創作だ。と云っても、レプリカを制作しているわけではない。況してや、時流に棹さす浮薄もなく、然りとて、技巧に走り過ぎた憾みもない。いまに照準して「様式」を転換する目配り、即ち、レアな本物の良さを活かしながら、そこに積もった塵埃を払うかのように換骨奪胎する手法がこのブランドの要である。

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 すでに「制服」は「ハイク」にとって自家薬籠中のモノ。デザインには贅肉がなくしなやかで、アイデアは低い温度でも沸騰するかのように按配されていて、簡潔にして的を射ている。軍服の持つ「プロテクト」の条件は、身体を包み込む服の形や首回りに量感を持たせたデザインに置き換えられ、付け襟(トライアングルシェープの襟など)やネックウォーマー(コートの身頃より裁ち出した襟巻き)など、パーツを切り取った過去のコレクションで提案した仕様を発展させたデザインだ。服の形は機能性と常に対話を試みるものである。シルエットとボリュームはすっきりとしていて隙がない。深く切り込んだスリットや僅かに覗く素肌が官能をくすぐる心憎い演出もある。機能的と云えども、理に適った服地は「従」としての分(ぶん)を確とわきまえているし、しかも、デザインのみが独立して創作の独りよがりにのめり込むこともなく、常に一貫してシンプルな形に徹している。タブーを解いたかのように(私が独り合点していているのだが)レスキューカラーを臆面もなく露(あらわ)にした、こちらの意表に出る提案には少しく驚いてしまった。物事の顛末を詳(つまび)らかに語ってもらうよりも、暗示される方が私は好きだ。何もかも説明されると、心は満足して、想像力がその翼を使おうと云う欲求をなくしてしまうものだ。作り手の真意を勝手に忖度するわけにもいかぬが、あのオレンジは、海軍の濃紺に只管こだわったがための照れ隠しのようなものだったのかも知れない。(文責/麥田俊一)

>>HYKE 18年秋冬コレクション

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