Image by: Jenny Fax 2019-20年秋冬コレクション

Mugita Shunichi

モードノオト2019.03.18

麥田俊一

ファッションジャーナリスト

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Image by: Jenny Fax 2019-20年秋冬コレクション

 電車は人気のない駅を通過していた。酒で痺れた骨をカタカタと揺すられ、私は辛うじて眼を閉じずにいた。畜生、起きろ、と絶えず小声で繰り返していた。勤め人が隣の吊り革にぶる下がっているのは判っていた。胡乱な酔いどれを蔑む、その男の眼に晒されていることに、はたと気付いたとき、電車がブレーキを効かせ、逆上した猛犬のようにホームにつんのめった。転げ落ちるように飛び降りていたが、私は酔ってなどいない。一杯機嫌なだけだった。

 改札を抜け、煙草を呑もうと、暗がりを探すと、階段に一組のカップルが腰掛けていた。寂れた街の、深更の、凡そ月並みな景色である。侘しい、郷愁を唆るメロディーが、夜風にのって彼等の背後に消えていった。たった今終電車を送り出した駅の灯も消えた。男の声音の中に、女は自分の音楽と踊りを見出だしたようだ。男の手の感覚は、女の両の手の中にあった。立て続けに二本の煙草を灰にしながら、私は飽きずにその若い男女を眺めていた。
吊り革に染み付いた終電車の孤独な車内、その終電車をやり過ごした若いカップルの、薄闇に紛れる姿も、市井の風景だ。そして、所謂モード的な流行が席巻して様変わりする原宿界隈の作られた活気もまた、「ジェニーファックス」にとっての、月並みな風景の一つに過ぎない。作り手は「可愛い」を冷めた視線で切り取ることで、いかに八方破れの構えを以て、一見粗削りな解り易い内容を平易な口調で書き殴っていても、そこには一点、確たる誠実さを秘めている。誠実さ、と云うと誤解を招くかもしれないので、ここでは仮に、冷徹なまでの批判の精神としておく。幾分私の私的な心情が重なってもいるのだが(作り手本人が強く意識しているかどうかは扨措くとして)或る種の諧謔の精神が作品群を通貫している。

Jenny Fax 2019-20年秋冬コレクション
Jenny Fax 2019-20年秋冬コレクション

 ストライプを使った安直な可愛らしさ、ずり落ち、身体に吊り下がったレースの下着のケミカルな臭い、伸び放題の付け毛のむさ苦しさ、モールを塗したアビエーター風サンダルのケバケバしさ、ショートケーキの食品サンプルをそのまま装身具としたエセ感などの馳走が、いざ眼前にデロリと投げ出されてしまうと、私などは、もう堪らなくなる。淡白なのに濃密で、何度食べても減らない馳走みたいだ。私のお気に入りはなんと云っても斯様なエゲツなさであって、一度や二度ならず番度の、当然の義務と云うより、ひと刷毛濃い愛着をそれに払っている自分に気が付いて、その度に慌てて気を取り直す程だ。飽く迄も客観性と云うものを尊重しなければならぬ。さもないと、このアクの強さに中毒してしまう。

 敢えて「淡白」と形容したのは、それなりの理由がある。二回続けてショーを見せる異例さ(これまでは「ミキオサカベ」と「ジェニーファックス」はシーズン毎に、交互にショーを発表してきたが、ブランド間の事情があるのだろう)を差し引いても、今回は前回の衝撃を超える緊張感が薄く、服の構造的な見せ方も前回のそれを無理に引っ張っていたように見えた。どうにも慊りないから、此のもどかしさを「淡白」で濁すしかない。

 伏魔殿的な怪しげな気配がビシビシ伝わる、かつて反時代的であり得たシュエ・ジェンファンの創作世界が、今、時代の要求にピッタリと合致してしまった。否、それどころか、時代に追い付かれ(追い越されつつあるかも知れない)かつての毒々しいまでの強さを失いかけているように思う。だからと云って、彼女の創作世界が当たり前とか無害なものになったと云うことではない。そうなったのは、彼女のかつて創作の俎上に横たえたモノやイメージ(たとえば「可愛い」に寄り添う「怖さ」など)だけであって、それを取り上げる彼女の語り口の在り方が無害になったわけではない。何故なら、彼女の稀有な視点は、もっぱら、そうしたモノやイメージへの歪な愛を語ることであって、それらのモノやイメージを今、時代の中に位置付けると云うことではないのだから。その伝で云うなら、前述した、彼女の内にある誠実さを、批判の精神ではなく諧謔の精神とした方が更に合点がいくだろう。(文責 麥田俊一)

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