Image by: Yusuke Yamatani

Mugita Shunichi

モードノオト2019.10.17

麥田俊一

ファッションジャーナリスト

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薄暗い歩道橋の上で暫く夜気を湯浴みした。腕をうーんと上の方に伸ばし、強い深呼吸を繰り返した。何だか急に、背中より自由の翼が生え伸びたような気がした。自分は、どうもひとから圧迫を感ずると、直ぐに耐え切れなくなる。身勝手かも知れないが、持って生まれた質なのだからどうにも仕方がない。独りがいい。独りで気儘に動いているのが一等いい。ひといきれに苛まれたショー会場より飛び出し、「ソウシオオツキ」の展示会に向かい歩を速めた。霧雨に烟る歩道を透かし見ると、薄ら寒い夜気が、鉄橋の下のレールの上より吹き上がってきて、ひしひしと背中に沁み出してきた。

PHOTO: Yusuke Yamatani
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過日『モードノオト2019.10.14』の「マトフ」の稿にて、「不断の意志」について書いた。「マトフ」の作り手は、不断の意志を持ち続けることが出来るか。そして、正面より構えるのではない、何気なく、自由な態度で、柔軟に、しかし剛直にそれを身に付けることが出来るか、と書いた。「ソウシオオツキ」の大月壮士も、この「不断の意志」を貫く作り手の一人だろう。一つの「節」を懐に仕舞い込み、勇壮に我が道を進む姿には、殆ど外連味もなく、無骨なまでに男臭い服を追求している。もとより、服のデザインは一つの訓練である、と云うのが私の持論。真の才能に衝き動かされたデザイナーは、過去より現在まで、ほんの一握りに過ぎない。その伝で云えば、何よりも、この創作に於ける訓練の汗を、即ち、作品と呼ぶことが出来る。故に、訓練の汗でないような作品、つまり、如何なる肉体の努力よりも強い意志を必要とする、鍛錬された発想の結果でないような作品とか、底の浅い作品は総て、装飾的で空想的な作品と云える。継続は力なりを地で行く大月は、野暮な形(なり)が見せる男の浪漫を服に置き換えようと試みる、東京に於けるけぶな存在だ。覚悟と云うものを持っている。

服は勿論、絵でも小説でも音楽でも、流行りと云うのがあって、その時々の群集心理で流行りに合ったものは見映えがいい。新しいものが出来ると云う点では認めるにしても、そのものの価値とは少しく違うように思う。作品には、やはり自分を出すより手はないのだ。経験が服の精度を磨いてくれる筈だから、今は未熟であろうと、エゴを誇示した方がいい。何故なら、自分は、生まれ変われない限り自分の中に居るのだから。本人は顔を顰めるだろうが、野暮を承知の固執こそ、彼の真骨頂、と私は勝手に思っている。過度の呪縛は解放を求め、過度の解放は呪縛を求めると云う、引力と斥力の真理がある。それは、昭和初期の浪漫や軍服への並々ならぬ執着心を見せてきた彼の創作にも当て嵌まる。一皮剥けた前回(2019-20年秋冬シーズン)が面白かった。着想と云うことでは、これまでの大日本帝國の軍服から離れ、前回は、和魂洋才のインテリジェンスに言及しているものの、「日本人としての精神とテーラリングによって作られるダンディズムを提案する」と云うブランド哲学を服に具現する姿勢は不変。寧ろ「ダンディズム」と云う見地からすれば一段階進んだスタイルだった。

PHOTO: Yusuke Yamatani
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「愛月撤灯」と題した今回(2020年春夏シーズン)の作品群には、更に独自の視点が沁み渡っている。当然、拵えは「洋」なのだが、「和」のゆかしさが匂い立つ設計が心憎い。シーズン毎の主題にも、古いものや失われたものへの挽歌が通奏低音している。主題は「月を愛して灯りを撤す」とも読む。中国の唐時代の詩人が、酒を飲みながら詩を作る宴席で、月明かりたいそう美しかったので、周囲の灯りを撤去させたという故事に由来する四字熟語。「ものを大切にして可愛がる様子が甚だしいこと」から想を膨らませて「歪な愛情によって生まれた男の末路を表現したコレクション」に仕上げている。作り手自身の心象風景にも映じたペシミズム(悲観主義)をダンディズム(伊達気質)に置き換えている。

服の細部には、僧侶が仏前で着用する「袈裟」とか、托鉢僧が首から提げる「頭陀袋」の様式を現代風に翻案している。蛇足になるが、そもそも、袈裟はインドが起源。これまでの和の様式然り、今回も、所謂民族調に言及していることになるわけだが、勿論、巷間のフォークロアとは随分と様相が異なっていることは云うまでもない。ウールやリネンで仕立てた、打ち合わせの上衣とか、着丈を短くしたコーチジャケットには、偏袒右肩(右肩を露出して着る)の袈裟のサオ(肩紐)をイメージした共布のストラップが、背中より斜めに身頃に伸びた拵え。大きめのバッグや胸当てのような袋物は、頭陀袋のイメージにぴたりと重なる。目の詰まったオックスフォード織りのドレスシャツは、前立てを微妙に中心よりずらし、着脱可能なチャイナノット(淡路玉)を配している。包みボタンと普通のボタンを併用しているあたり、「死ぬ時は正装でいたいもの」との作り手の洒落が利いている。創作の訓練の汗を只管に流して欲しい。(文責/麥田俊一)

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