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「より良い物をより安く」好調続くワークマン、社長が語る成功の秘訣

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【パーソン】ワークマン社長 小濱英之さん 〝より良い物をより安く〟を広く発信

8期連続の増収増益と好調を続けるワークマン。宮崎を除く全都道府県に店舗網を広げ、作業服・作業用品主体の専門店チェーンのトップ企業の地位を築いてきた。

さらなる飛躍を目指し、昨秋から一般客向け高機能ウェアの新業態「ワークマンプラス」の出店を開始。以降、既存店を含め客数、売り上げとも毎月2ケタ増と大幅に伸長中。

この成長戦略の準備を主力となって進め、4月に社長となった小濱英之氏に、成功の秘訣(ひけつ)と今後の方針を聞いた。

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◆自前主義にこだわり、責任と自信のPB

――生え抜き社員で、40代での社長就任。これまで担当してきた主な仕事は。

 店舗が基本の会社なので全社員、入社後1年以上は直営店の店長として接客や発注、掃除など店舗運営の基本を学びます。私も2店で店長を務めて、「お客様のために」という企業理念を現場で体感し、FC店の仕事の流れや店長の気持ちを理解するための経験をした後、配属されたのが商事部です。商事部では別注のオリジナル商品作りを初めて経験し、期日に合わせて逆算して段取りを組み、どうしたら満足してもらえる商品を作れるか、客の立場で考える姿勢が身に着きました。

 志望して商品部に異動し、20代半ばで手袋や安全関連品の仕入れを任されました。当時、バイヤーは40代以上が普通で、メーカーに「ごまかしがきかない」と思われ、良い商品を紹介してもらえるように努力しました。

 例えばゴム手袋なら、A社で「もっと柔らかくなりませんか」と聞き、ゴムの配合を変えたらいいと教えてもらう。次にB社で「ゴムの配合を変えてみて」と改良を提案しつつ、動かしやすくするにはどうしたらいいかも聞き、内側の縫い方を変えればいいと教わる。C社ではゴムの配合と内側の縫い方を変えて改良できないか相談し、別の情報も教わり、その情報を基にA社で交渉する。「勉強していて、ごまかせないな」と思われる技を磨き、3年交代だったバイヤー職を手袋・安全関連で7年ほど続けました。

 その後、商事部が長かったのですが、栗山前社長の社長就任時に商品部に呼ばれ、新たに任されたのがPB作り。リーマンショックの後、客数と売り上げが減少し、リピーターや固定客作りのための差別化策としてPB強化を決定。専任が必要になり、海外商品部が2人体制で発足し、部長に任命されました。

――PBは初めから海外で?

 外部に頼らず、初めから海外で自社生産する方針でした。これまでの経験で物作りはできると思ったものの、海外と日本では仕様書や発注書が違い、輸送に20フィートと40フィートのコンテナを使うことも知らず、専門用語の勉強から始めました。詳しい人にじかに聞いて習うのが一番。海外で作っている中小の仕入れ先に直貿のやり方を聞き、工場の探し方も一から教わり、中国の上海や広州の交易会に連れていってもらいました。

 仕入れ先の貿易担当者に手伝ってもらい、事前に中国語の文章と発音、日本語を対照させた独自の質問リストを作成。交易会にリストを持参し、2人で会場を両端から回り、中国語で自社を紹介し、相手が工場かどうか、生産規模、日本企業との取引の経験や関心の有無を聞いて直接、取引できる工場を探しました。長所もたずね、部門別や中間での検品を行って不良品を減らしている工場など、日本との取引はゼロだった工場も自力で開拓してきました。

 中国での物作りを勉強するため、一部の商品は日本商社を入れて生産し、現地工場に詳しい日本人担当者を見つけ、工場のチェックの仕方も大勢の人から教わりました。生地に布をかけて保管しているか、生産ラインで音が止まったりリズムが乱れていないか注意して聞くなど、独自のチェックリストも作成。一方で中国の工場は欧州との大規模取引が主体になり始めていたので、並行して中国以外のアジアの工場も探しました。

――基本的にPBの自社生産にこだわるのはなぜ。

 商社などが間に入るとコストと、商品の価格が上がりますし、何より「失敗しても返品できる」と思ったりして甘えず、責任と自信をもって売るのがPB。作る工程を自分たちの目で確認し、自分たちが作りたい物を自力で作りたいから。外部でなく自社の人員で作った方が、客のためという姿勢も徹底できるので、自前主義にこだわっています。

◆成長を継続できる新しい標準作り

――PBの位置付けの変化は。

 PBを強化した11年ごろは原材料費や工賃の上昇を背景に、仕入れ先や工場から値上げ要請が来て、平台用価格戦略品の低価格維持と客数確保を目的に強化を始めました。しかし人口と技能労働者の減少により、客数を増やしたくても限界があると感じ、対象顧客を広げ、他社にない商品開発も始めました。

 夫婦で来ても買うのは夫だけだったので、売れ筋の防水性や透湿性が高い軽量レインスーツで、赤など女性用を作り、2900円で販売してヒット。職人の休日用に、私自身がスポーツやアウトドアを割とやっていたので、スポーツやアウトドア風カジュアルも開発しました。

――商品開発の手法は。

 ワークメーカーや作業服店、ホームセンターの他社製品、スポーツ店やアウトドア店、スポーツやアウトドア雑誌、ヤング向け雑誌、ファッション誌などを見て研究します。アウトドア雑誌で、180度開脚できてストレスがないクライミングパンツを見て、ワークパンツの売れ筋の980円で180度開脚できるパンツを開発しました。初めに価格を設定し、可能な範囲で最大限の機能を付加します。

 アウトドアやスポーツの流行を取り入れ、安全性も考えて明るい色目にしたレインスーツは、バイクに乗る人が気に入り、動画で宣伝してくれてから指名買いが増加。バイク向けには股下や膝は立体裁断の方がいいなど要望も寄せられ、新機能を追加してバイクや釣り用レインスーツのPB「イージス」が生まれました。職人以外の幅広い層の一般客から「ワークマンも案外、使える」との声が増え、アウトドア風とスポーツ風の商品が多くなったので、客層の拡大を狙ってアウトドアウェアの「フィールドコア」、スポーツウェアの「ファインドアウト」もPBにしました。

――新業態開発の経緯は。

 作業服屋のイメージが強く、客層が広がらないため、サラリーマンや女性客が来る立地で先入観のついていないSCに、3PB主体の新業態を出すことを決めました。ハイセンスな印象で全国区のららぽーとを選び、FCでなく販売は小売りのプロに委託。広告塔と位置付け、採算ラインの1億2000万円を初年度目標に設定しましたが、反響の大きさに驚き、目標を3億円に上方修正しました。

――既存店への波及効果は。

 従来は職人が現場に向かう途中で軍手などを買う朝7~9時と、帰りにTシャツやポロシャツを買う夕方5時以降の間は来店がなかったのに、今は朝10時ごろや昼過ぎから主婦や年配客が来ています。土日も一般客が来店し、二毛作になって既存店も、客数と売り上げが伸びています。プラス業態への改装を希望するFCが増え、接客も店長もいいのに職人の客が少ない環境で、現状では成長が難しい店から改装中です。改装経費は本部が持ち、全面改装と、プロ向けと一般客向けに分ける〝売り場分離改装〟の2種類を実施。職人の顧客が多く、改装で探しにくくなって離れる恐れがある店は避けて進めます。

――今後の出店政策は。

 新規出店は全て、認知度が高く、客数と売り上げが見込めるプラス業態とします。新店の近隣店で同時にフル改装を行い、宣伝効果を高める戦略で5月に愛知、9月に北海道で大成功しました。11月は群馬の伊勢崎で新店の開設と同時に、周辺の2店で分離改装を行う予定です。SCへの出店は最大10店に抑えつつ、25年に1000店に店舗網を広げ、将来は高機能低価格ウェア市場の25%を確保し、既存業態と新業態で2000億円の売り上げを目指します。

10月25日にワークマンプラスの新店を開設したテラスモール松戸

――成功の秘訣は。

 商品ありきで、より良い物をより安く作る姿勢を貫きつつ、一般の人にも広く発信、販売する仕組みを作れたことですね。

PB比率は現在の50%程を上限に、成長を継続できる新しい標準を作りたい。客数が増えたためプラス業態は常時4人体制にし、分離改装で職人も一般客も見やすい売り場を作って駐車場の回転率を上げるなど、店舗運営やインフラ整備の新標準を作ります。今期中に全店にiPadを配り、品出しや陳列も効率化し、標準店の年商を1億円から2億円に高め、1000店で2億円規模への成長を目指します。

■ワークマン
1979年設立。80年に「職人の店ワークマン」1号店を開設し、作業服・作業用品に特化した専門店のFC出店を開始。働く人に、便利さを届けることを企業理念に、高機能、高品質かつ低価格な品揃えを追求し、9月末時点で宮崎を除く全都道府県に848店を出店。商品開発にも早期から着手し、3年前にアウトドア、スポーツ、レイン向けPBを発売。昨年9月に出店を始めた3PBを前面に出した新業態「ワークマンプラス」が好調で、昨秋から新店は全てプラス業態とし、プラスへの改装も増やして20年3月期末にプラス業態を167店とする計画。19年3月期は直営店と加盟店を合わせたチェーン全店売上高930億3900万円、営業総収入669億6900万円で、8期連続の増収増益。人口10万人に1店、25年に1000店体制を目標に出店を拡大中だ。

こはま・ひでゆき 高崎商科短大商学科卒、90年ワークマンに入り、03年商事部長代理、09年商事部長、11年同部海外商品部長、14年役員待遇商品部海外商品部長、16年執行役員商品部長、17年執行役員スーパーバイズ部長、同年6月取締役スーパーバイズ部長、19年4月から現職、50歳。
《記者メモ》
ワークマンプラスが世間で話題になり、既存店の売り上げも20%前後の伸びを続け、絶好調な最中に「突然」と感じた社長交代から半年。社外からは意外に思えたが、社内的には順当な昇格人事だったようだ。売り上げが低迷していた時期にPB強化の命を受け、海外で生産拠点を開拓し、10年もかけずにPB比率を5%から48%まで高めた立役者。「中国語もできないし、海外生産について素人の状態で新しい部署を任されて大変でしたが、発見もたくさんあって面白かったからできた。前任がいなかったので評価を気にせず、好きなやり方で仕事ができて良かった」と頼もしい。

知らない事は詳しい人に聞き、現場で学びながら専門性を高める対応力と問題解決力の高さを備えた新社長。社員の中に入り、先頭に立って全社をけん引する身近な存在のようだ。話しかけやすく、物腰は柔らかだが、50歳と若いせいか行動力があってパワフル。今後もワークマンの動向から目が離せない状況が続きそうだ。

(河邑陽子)

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