ビジネス界のトップランナーのキャリアを「丸ハダカ」にする、新感覚対談「Career Naked」。今回登場いただくのはラッシュジャパン合同会社の戸川晶子氏。新鮮な野菜や果物などの原材料から作られるフレッシュなバス用品などのコスメを生み出すLUSH(ラッシュ)は英国発のブランドで、日本でも76店舗を展開する。また社会課題に対しても、先進的な動きをしている企業である。そんなラッシュで製造工場であるキッチンにおける人事マネージャーを務める戸川氏に、ご自身のキャリアのこと、さらにラッシュの企業文化の根底にあるものと、社会貢献活動についてエーバルーンコンサルティングの北川氏が話を伺った。
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戸川 晶子さん/ラッシュジャパン合同会社 人事 マニュピープルサポート マネージャー
大学卒業後、食品会社を経て2003年に大学へ戻り、中国語学と歴史を学び、2008年に中国へ留学。2010年外資の医療機器メーカーで人事全般の業務に携わり、ディヴェロッパーでの人事担当を経て、2017年にラッシュジャパンに入社。プライベートでは途上国の子どもたちの支援活動にも携わる。国家資格キャリアコンサルタント。特定非営利活動法人日本キャリア開発協会認定CDA(キャリア・ディベロップメント・アドバイザー)。一般社団法人日本MBTI®協会MBTI®認定ユーザー(Japan-APT正会員)。
北川 加奈さん/エーバルーンコンサルティング株式会社 ヴァイスプレジデント
静岡県浜松市出身。大学卒業後イギリスへ留学し、帰国後塾講師として勤務したのち2008年にウォールストリートアソシエイツ(現エンワールド)へ入社、2017年から3年間スタートアップメンバーとしてAllegis Group Japanにて勤務。2021年、エーバルーンコンサルティングにVice Presidentとして入社。ラグジュアリーブランドにとどまらない幅広いネットワークを強みとし、主に外資系を中心に、セールス・マーケティングなどの案件を担当している。エグゼクティブ案件の紹介実績も多数。
中国留学で日本に住んでいたら出会わなかった国の人たちと交流し、価値観が変わった
― 戸川さんのこれまでのキャリアを教えてください。
大学を卒業した後は、食品会社に就職しました。企画営業の仕事をしていて、それはそれでやりがいがあって楽しかったのですが、働いているうちに“本当にやりたいことなのか?”という葛藤が生まれてきて。さらに病気が見つかって治療をしなくてはいけなくなり、もう一度自分を見つめ直すことにしたんです。
そうしたところ、私は高校の時に中国語を習っていたことを思い出して。当時から中国の貧しい農村の子たちの話を聞き、彼らの役に立つようなことをして社会貢献ができないか、と思っていたんです。それで中国語をもっと学ぼうと考え、2003年に会社を辞め大学に戻って中国のことを学び直し、さらに中国に留学することにしました。
― 留学先はどんな環境だったのでしょうか?
私のクラスはそれこそ社会主義国家や現在戦争中の国などの、日本にいたらなかなか行けないような国から来ている人が多かったですね。だから日本で生活していれば「これが普通」と思っていたことがまったく違うんだ、ということを実感するようになりました。
中でも日本と中国はこれまでのさまざまな歴史があるので、歴史について語る時は緊張しました。しかし「歴史を忘れたわけではないし、あったことは事実だけれど、それよりもお互いに前を見ていくことの方が大事だ」と何度も現地の方々から言われたことが印象的でした。対話を行うことで次第に友だちになっていき、困っていれば手を差し出してくれる。そういう関係性が生まれていくことを体感しましたね。
― 留学で中国語を身につけた後、日本に戻られて人材開発の道に進まれたそうですね。なぜ人材開発の仕事に携わられたのでしょうか?
帰国後、運良く大手外資系医療機器メーカーの人材開発の仕事と出会うことができたんです。会社ではダイバーシティ&インクルージョンが一つの人事のテーマになっていて、私もその一つのプロジェクトチームに参加しました。
その時に取り組んだがノーマライゼーション(障がい者が他の一般市民と同様に社会の一員として種々の分野の活動に参加することができるようにしていこうとする理念)をどう進めていくかということ。他社へのヒアリング、様々な文献を読みながらチームで考え、対話重視の啓発活動を行いました。
だから私が人材開発やダイバーシティ&インクルージョンといった分野に出会ったのは、この時期からですね。
― そしてラッシュと出会った、と。
他企業も経験したのですが、今後どういうところで働きたいかと考えた時に、やはり地球全体を良い方向にもっていきたい、と活動している企業で働きたいと考えました。そうしたら外資系医療機器メーカーの時の上司がラッシュに転職していて、その人から声をかけてもらったんです。ラッシュはもちろん以前から知ってはいたのですが、改めて企業のことを調べてお店にも足を運びました。ショップのスタッフの方と接する中で「ここ以外はないかも」と感じて、2017年に入社することに決めたんです。
ラッシュの企業文化は時間をかけて交流すること
― ダイバーシティ&インクルージョンは一般的に知られるようになったのは最近で、一種の流行りみたいなところもあると感じています。企業としても、D&Iを推進していないと評価されないからやらなくてはいけない、といった空気感があります。そういった側面に関しては、どう思われますか?
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)はやらなくてはいけないものではなくて、一般的に当たり前のことであり、一人ひとりのキャリアや生活をどうやって良いものにしていくか、ということなのではないかと思っています。ラッシュとしては、大切にしていることだからやっている。エシカル憲章にも掲げて、企業として行動すべき重要な項目だからやっています。
― しかし企業としてビジネスを展開している以上、やはり利益も追求していかないといけないですよね。そのバランスは、非常に難しいと思うのですが。
だからこそ、私たちは時間をかけて対話することを惜しまないようにしています。もしかしたらミーティングの時間は他企業に比べれば長く、少し生産性に欠けているかもしれません。でもその時間がわたしたちには非常に大切なのです。それぞれの価値観、考え方をすり合わせていき、その結果、一人ひとりが納得した上で「これをやっていきましょう」と決断する。決してトップダウンで物事を一方的に決めていくのではなく、みんなで意見を出し合って総意で作っていく。そのうえで、ビジネスの利益は追求していく、というのが私たちのスタイルです。
私たちのコミュニケーションスタイルは「バスタブストラクチャー」です。これはどういったことかと言いますと、泡風呂の表面では楽しそうに泡が踊っている。その部分がスタッフであり、下支えしているのがマネージャー、ボードメンバーです。一番上で弾けて踊っているスタッフたちが、どうやったら自分らしく働きながらビジネスを動かしていくか。それを考えるのが下支えしているマネージャー、ボードメンバーの役目だと位置づけています。
そのためには、私たちはスタッフの声をよく聞いて、具体的にどうしていけば良いのかをしっかり返していく。その対話のやり取りを非常に重視しているのが、ラッシュのコミュニケーションストラクチャーです。
― なるほど。たとえばお店のスタッフの意見で、新たに取り組むようになった事例を教えていただけますか?
一般的に小売業はレジで「何十代女性」といったように、お客様の属性のデータを取っていると思います。それはマーケティングやお店の戦略づくりに使用されますが、D&Iに取り組む中でショップスタッフから「年齢や性別のデータを取る必要があるのでしょうか?」という声が出てきて。正直、お客様の見た目だけで年齢や性別は判断できません。
「このデータがそれほど生かされないのだったらとる意味はないし、私たちが先入観で判断する必要もないのでは?」という声が店舗から上がってきて、会社としてもその意見に同意し、D&Iの観点からもそのデータは必要ない、となったんです。データを打ち込む作業も減ってレジの効率も上がるというメリットもあったので、すべて取りやめました。
― 通常そういう意見が上がってきても、なかなか変えられない企業が多いと思います。御社の中ではそういったことはあまりないのでしょうか?
もちろん様々なことを考えればその選択にはビジネス上の影響があるかもしれません。だから時間はかかるのですが、想定されるよいことだけではなく、影響もいったん全部テーブルの上に出して並べてみるんです。そのうえで私たちラッシュはどれを選択していくのかを、みんなで話し合っていきます。「一般の会社だったらこう」というものも「それはラッシュとして本当にやるべきなのか?」と考え、逆に「一般の会社はやらないけれど、ラッシュは実行してみる」ということもあります。
― たとえば、どんなことでしょうか?
2018年にラッシュは他社に先駆けて、それまでは65歳だった定年制も廃止しました。誰もがチャレンジできる機会があり、より長く自分らしく働ける環境を実現していきたいと思っている一方で、その人の能力やパフォーマンスにかかわらず、急にある年齢に達したら終わりです、ということっておかしいのではないかというディスカッションが社内で行われました。
また、障害者雇用においても、どこか一つのところに集めて雇用するということはしていません。社内の空きポジションに対して、お仕事ができるかどうかという会話のもと採用が進むので、場合により、障害をお持ちの方で決まることもあります。その場合、もちろん、障害者の方の場合で採用が進む場合は、配慮は何をしなければならないかをしっかりと双方で確認した上で、私たちも受けれの環境を作りながら進めていきますが、給与や待遇に差はありません。
― 定年制の廃止や障害者雇用においてもラッシュらしさを感じます。固定概念やこれまでの当たり前だと思われてきた慣習を改めて考え直すことからはじまっているのですね。
「それは何故そうなのか」、「それは単なる当たり前だからで行われていないか」、または「一部の人の考えに偏っている結果なのではないか」「ラッシュではどうするべきなのか」というのは常日頃から会話の中で展開されることです。私たちはその当たり前になっていることに対して改めて問ながら、社会的に声を上げにくい人たち、救われにくい人たち、見逃されそうな人たちに対して、いつも意識して、気にかけていたいと思うんです。
どの採用でもこれは同じですが、まずお願いしたい仕事をしていただけるかどうかという点で判断していきます。最近は名前や出身は見えないようにして、スキルと経験のところでスクリーニングを行っていってもいいのではないか、という話もしています。ですので、氏名や出身を見て、無意識にバイアスが入ってしまうのだったら、それは最初に情報として記載しない方がいいかもしれない、とも考えています。
そして書類に書かれていることで人を判断することはできないので、基本的にはオンラインインタビューもしくは直接お会いして、その中で経験値的にどうなのかを判断するのが基本です。だから採用も非常に時間をかけています。
また私たちは「面接」ではなく、「インタビュー」と言っています。「あなたの経験を聞かせてください」というスタンスで対話をして、その人の強みをしっかり見るようにしています。もしも今回このポジションはダメだった時も必ずフィードバックをして、「あなたのこういうところはすばらしい。でもこういうところは、今後一緒にこうやっていこうね」と、つねに対話をしています。そこを私たちはフィードバックカルチャーと言っていて、これは社内で徹底されているものです。
― フィードバックは相手に良くなってもらいたいからこそ行うことですが、「腹が立つことでも何でも、とにかく言ってしまうことがフィードバックである」と捉える人もいたりします。御社の中では、そういった点についてはいかがでしょうか?
もちろん、まったくないわけではありません。でもそこでまた対話を通して、「私たちが考えるフィードバックはこうですよね」と相互が認識をしていけばいいと思います。特に管理職には、そのためのトレーニングを定期的に提供してきました。今、私たちの社内にはラーニング・ハブという学びのプラットフォームがあり、コミュニケーショントレーニングのプログラム提供を定期的に開始しました。自分たちが受けたいタイミングで受けられる仕組みにしていて、カルチャーの醸成が途切れないようにしているところですね。
一つひとつの尊厳を大切にして、そこに自分がどう関わるかがテーマ
― ラッシュはサプライチェーンをすべて自社でまかなっている、という特徴がありますが、商品も海外工場で作っているのではなく、日本の工場が生産してアジアの国に出荷しているそうですね。
実はそうなんです。昔からの文化でもある“緻密さ”が海外から非常に評価されていて、日本の商品はグローバルで見ても一番美しいといわれています。私たちの工場のスタッフはシェフと呼ばれれていて、一つひとつ手作りで商品を作っています。
― テレビで製品を作る工程を見たことがあるのですが、ラッシュの商品は食べることができるのではないかと思いました。
そうですね。製造の工程は、お菓子やパンを作る工程に似ていると思います。使っている原材料も、本当にその日に採れたオレンジだったりレモンだったりというフレッシュな原材料を使っています。果実は個体によって水分量などすべて違っているから、絞ってみないとどれくらいの汁が取れるか分からないんですよね。だから機械化せず、ハンドメイドにしているという理由があります。このような製造工場の担い手を、今後も増やしていきたいです。
― さらに次世代の育成として、ラッシュは学校とも密にコミュニケーションを取っているそうですね。
ラッシュが行っている社会的な活動に対して、学校からも非常に注目をしていただいています。今までもいろいろなお声がけがありましたが、今年は東京工科大学さまが行っていらっしゃるコーオプ教育(学内の授業と学外での就労経験型学修を組み合わせた教育プログラム)というのがあって、実習先として20名の学生さんを受け入れて、6週間、1スタッフとなって働いていただくというプログラムを提供しました。それと並行して、ラッシュのバリューを説明したり、地球規模で問題になっている温暖化の問題を一緒に考えるセッションを行ったりしました。学校からのお声がけはますます増えてきているので、今後さらに提携しながら、プログラムを作っていきたいですね。
― インターンというとアシスタント的な職業体験のプログラムが多いと思うのですが、御社のプログラムはかなり中身が濃いですね。
コーオプ教育に関しては8時間、月曜日から金曜日の間、7時半から16時半までフルタイムで社員と同じ勤務・仕事を体験いただくことを基本としています。働く時は現場に入り、私たちのビジネスを支えるメンバーとして商品づくりに携わっていただいています。そのためのオリエンテーションも普通の社員と同じものを提供し、プラスアルファとして社会人としてのビジネスマナーやコンプライアンストレーニングなども一緒に提供しています。
このようにラッシュに興味を持っていて、かつ今後のキャリアを考えている学生さんを受け入れて、その学びの機会を提供することも、私たちが社会の一員として行うべきことかな、と考えています。特にコロナ禍においては、コミュニケーションをなかなかとる機会がなかったという学生も多いと先生方からもお伺いしています。だから私たちが何かできることがあるのではないかということで、ラッシュの仲間となって働くことを通して様々な経験をしてもらいたい、そういう思いからプログラムを提供しています。
その先に将来的にラッシュとまたその方とのご縁があったらいいなとは思いますが、それを狙いにはしていません。キャリアは自分が決めるものなので、いくら「是非、来てください。一緒にやりましょうよ」と言っても心が動かなければ、その企業には入社しないでしょう。何かしらラッシュと接点を持ってもらえることは、それがきっかけになって、将来どこかでまた線がクロスする時が来るかもしれません。またその方がラッシュを好きになってくださって、お客様として商品を使ってくださるのもうれしいことです。
― 戸川さんは人事の枠にとらわれず、かなり広い範囲の仕事に携わっていらっしゃるんですね。
逆に人事の私たちこそ、いろいろ発信できることもあると思うんです。たとえばリクルーティングのチャネルを使っていくこともできます。社会の課題に耳を傾けて、そこに一緒に取り組み、一緒に将来の人材を育てていくということもできると思っています。そういった活動を今年から主導的に始めています。
― 最後に戸川さんが生きる上で大事にしていることは、何か教えていただけますか?
周りの人が幸せだと、自分がハッピーになるんですね。私が積極的にボランティア活動を行っているのも、そういった理由からだと思います。そういう人と人とのつながりが、自分の活力にもなっていますし、いつも何かをつないでいくことに貢献していきたいと思っています。
さらに人間だけでなく、動物、植物といったすべての生物の一つひとつの尊厳を大事にして、そこにどう自分が関わるかということを、いつも考えていきたいと思います。
文:キャベトンコ
撮影:Takuma Funaba
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