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三宅唱監督 映画「ケイコ 目を澄ませて」で映し出したものとは

三宅唱監督 映画「ケイコ 目を澄ませて」で映し出したものとは

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2010年代初頭、聴覚障害のあるプロボクサーとしてリングに立った小笠原恵子さんをモデルに、今の時代に生きるもうひとりの「ケイコ」を描いた映画『ケイコ 目を澄ませて』。監督の三宅唱は作品にどう向き合い、何を映し出そうとしたのか話を聞いた。

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ボクシングと人生は似ているかもしれない

ー 『ケイコ 目を澄ませて』、とても心が動かされる映画でした。まずは企画のお話を受けたときの気持ちを教えてください。

ボクシングの知識もなかったですし、ろうの方の生活も身近ではなかったので、初めは不安でした。いつも映画のリサーチをする時、人にお会いしたり、町を歩いたりしているんですけど、この企画が動き出したのが、2020年の第一回目の緊急事態宣言が発令された頃だったんです。家にこもってずっと調べものをしながら、「自分には何ができるのだろう」と考えていました。

― そこからどのような形で映画作りと向き合っていったのでしょうか?

もともと、ボクシングって謎だなと思っていたんです。どうしてわざわざ戦うのか。殴って、殴られて、多くの人が熱中していて……。少し飛躍してしまうのですが、どこか自分たちの人生と似ているのかもしれないなと。我々もいずれ死ぬことだけは確定しているけれども、明日何かをやろうと、日々戦って生きている。ボクサーが立ち向かっていくことについて考えていくと、自分たちの人生に対してエネルギーがもらえると感じたんです。

また、(本作の原案となった書籍『負けないで!』の著者)小笠原恵子さんが苦難を乗り越えてプロボクサーになったものの、それでも自分の気持ちに正直に試行錯誤するさまなどに感化されたところも大きいです。

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

― 本作は小笠原恵子さんの生き方に着想を得て作られたとのことですが、彼女の人生の中でなぜ“あの時間”を描こうと決めたのでしょうか?

実は企画のオファーをいただいた時点では、『負けないで!』に書かれているような、生まれてから物心ついて学校へ行き……というライフヒストリーを語る脚本を受け取っていました。ただ、僕の中で少し抵抗感があって。

『負けないで!』は10年くらい前のお話ですし、いわゆる再現ドラマみたいなものを目指すとなると、「本当はこうじゃなかった」という小さな違いが出てきてしまう。そうでなく、小笠原さん自身の魅力やエネルギーみたいなものを捕まえることが一番大事だと思い、時代や環境を一気に移し替えて描いていくことにしました。そして、僕が一番エネルギーをもらえると感じたのが、彼女の試行錯誤の日々でした。

― 三宅監督の何かとリンクするものがあったんですね。

僕は20代後半の頃に運良く作品を劇場公開することができ、そこからなんとか映画を撮り続けることができています。でも、好きなことをしているのに疲れてしまうこともある。僕は将来に対する不安とかはないタイプなんですけど、それでも「このままでいいのかな」とか「思っていたのと違う」とか、そういう小さなことはたくさんあって。

例えば、映画の中で(岸井ゆきのさん演じる)ケイコは第二戦で血まみれになりながらも試合に勝利します。通常だったら勝利は喜ばしい瞬間ですが、彼女はそこで喜びに浸らず、むしろ大きな挫折を味わっている。自分もそれと似たような経験をしたことがあるなと感じたんです。

― 状況と感情にギャップがあるような。

上映会とか映画祭とか華やかな場に行ったときに、自分の気持ちがその場と一致していないことや、「調子いいね」と言われてもそうでないないこともある。そういうズレみたいな感覚に対して、つい自分自身の心をごまかしてしまうこともありますが、小笠原さんは実直に向き合っていて。やっぱり正直な方がいいなと。

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

自分の人生をどう生きるかということが重要

― ケイコの瞳や姿を見ていると涙が込み上げてくるのと同時に、心がどんどん解き放たれていくような感覚もありました。

ケイコはある種、ボクシングやリングにとらわれて、息苦しさを感じている人だと思うんです。そこから解放されていく瞬間を映画の中で見つけたいと思っていましたし、それを岸井ゆきのさんが見事に全うしてくれました。

― その“解放”ともつながるのですが、東京の街を広くとらえるような実景や、引きのカメラアングルが多くて印象に残りました。

ひとつは、僕がロングショットを好きだから。そしてもうひとつは、ケイコを特別な人物として描き、焦点を当てることは、社会から切り離すことにもなってしまうからです。ケイコの周りには社会があり、その社会で生活するケイコとしてとらえたかったので、少しずつそういうシーンが増えていったのだと思います。

― ケイコが街で暮らす姿がとてもフラットな視点で描かれていたように感じました。

リサーチをしていくなかで、聴覚障害者の方の苦労や、社会的にも改善すべきことに多く気付かされました。その一方で、すごくタフなんだなと。主人公がより幼い年齢であれば、その苦労につまずくところが描写の中心になるかもしれませんが、今回の主人公は30代近くのプロボクサーです。おそらく、彼女にとって生活の苦労はもう大きな問題ではなく、自分の大好きなボクシングをどう続けていくか、自分の人生をどう生きるかということがより重要であると考えました。

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

― カメラ位置は撮影前から決めていたのでしょうか?

ある程度、プランは立てていました。僕自身、東京で始まって東京で完結する作品を撮ることが初めてで、半年前くらいから映画に映っているエリアを徹底的に歩きました。丁寧に見ながら歩いたことで、しっかり準備することができました。

― 河原を歩く全身のショットや、街の中で一瞬ケイコを見失うようなショットなど、とても魅力的でした。被写体との距離感も事前に決めていたんですか?

ケイコはボクサー、そして手話話者として、手や口元を使って全身で表現している。だからこそ、なるべく全身を撮ることを心掛けていました。でも、いざキャメラを回してみると、岸井さんが本当に魅力的で。「ケイコの顔を見たい」と惹かれていく形で、素直に寄りも撮れたと思っています。

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

目がきれいな人ばっかり出てくる映画

― ケイコの周りにいるボクシングジムや職場のスタッフ、家族、友人なども、“生きている感じ”がスクリーンの隅々から伝わってきました。

監督の仕事は、作品に出てくる人たち全員をよく撮るということだと思っていて。なかなか難しいんですけど、今回は役者の方々が本当に素晴らしかったんです。ジムの会長を演じてくださった三浦友和さんはもちろん、ケイコの担当トレーナーの松浦慎一郎さん、男子ボクサーを束ねていた三浦誠己さんのお二人がジムらしい空気を作ってくれました。

松浦さんは徹底的にケイコと向き合って一緒の時間を過ごしてくれて、三浦さんもボクシング経験者だったので、いろいろと相談にのってくださって。フレーム外でもボクシングジムの人間として働き続けてくれたことで、厚みがどんどん出てきてくれたと感じています。

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

― 佐藤緋美さん演じるケイコの弟の存在も素晴らしかったです。なぜボクシングをするのかという問いや、ジムに入って体験してみたりする視点は、実は監督自身のものだったのではないかと感じたのですが、いかがですか?

それは初めて言われましたね(笑)。全くそんな意識はしていなかったです。僕はただただ、緋美くんを前にして「なんて瞳が美しい人間なんだ」と思いながら撮っていました。そして切り返すと岸井さんの目も素晴らしくて、目がきれいな人ばっかり出てくる映画だなと。

― 確かにそうですね。

ボクシングも手話も、相手と向き合って、対峙していくことで成立するコミュニケーションです。だからどちらも「相手の目を見る」ということをすごく大事にしているのだと思います。

― 三宅監督の作品では、音楽やリズムも重要な要素だと感じていたんですけど、本作ではその部分を佐藤さんが担っていたのでしょうか?

緋美くんは、俳優であり、素晴らしいミュージシャンでもあるので、彼が持ち込んでくれたものは大きかったと思います。そして、彼の存在によってケイコもまた、耳は聞こえないけれど体を動かすことでリズムを生み出している存在である、ということがより感じられるといいなと。

― なるほど。冒頭の練習のシーンなどもそうですよね。あのリズムはどう見つけて取り入れたのでしょうか?

撮影前から僕も岸井さんと一緒にボクシングジムに通い、松浦さんに基礎の基礎から習いました。その時にジムで、縄跳びの音やサウンドバッグを叩く音がリズミカルに聞こえてすごく楽しかったんです。そういうところからヒントをもらって、「ここにこういう音が鳴っていると、より情景が伝わりやすい」などと考えながら演出していきました。

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

岸井さん自身の創造性も映画の中に持ち込めた

― ケイコはジムに通う時も好きなファッションをしていて、そこから彼女の人となりが感じられました。

ヒントになったのは、小笠原さんがストリートブランドをよく身につけていたことです。ボクサーは普段から自分の身を徹底的にストイックに見つめているからこそ、肉体だけではなく身だしなみにも「いい状態で保っていたい」という意識が向きそうだなと。洋服もそうですし、部屋もある程度きれいに保つようになるだろうなと思いました。

― ケイコが身につけているコートやカバンはもちろん、ブルーのネイルが素敵だなと目がいきました。

ボクシングも手話も手を使うことなので、手に意識があるからこそ、そこに好きな色を塗るような人だろうなと、どんどん想像力が広がっていきました。

あと、岸井さんが練習後に着替えてコートを着た状態で、鏡の前でシャドウをしていたんです。その姿がとても魅力的だと思ったので、本編でも取り入れています。

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

― 本作を作ったことで、映画作りという観点でどんな気付きがありましたか?

俳優との仕事が変わったことですね。小笠原さんの人生を再現するのでなく、時代が変わればもしかしたらこうだったかもしれないという範囲で映画を作ることで、岸井さん自身の創造性も映画の中に持ち込むことができるなと気付きました。

― 三宅監督は本作でも『きみの鳥はうたえる』でも、何かと何かの間のどちらにも動ける時間を描いている気がします。そこに興味や引き付けられる何かがあるのでしょうか?

前に進んでいく中で、過ぎ去っていく時間、岐路に立っていく時間、それはきっとある種の青春期なんですけど、僕がその時間以上に興味があるのは、場所や空間だと思っています。『きみの鳥はうたえる』でいうと、三人で生活している場所や街、クラブとか。家族や学校、職場にいる人間という名前のある関係性とは異なる、不思議な関係を成立させる場所があって。

『ケイコ 目を澄ませて』に出てくるジムも、家族とも恋人とも違う、登場人物たちにとって特別な場所。そういう共同体のような、もう一つの場所のようなところに興味があります。そしてそこで生まれる、名付けようのない人間関係だったり、特別な時間だったり、そういうものを描きたいのかもしれません。

Profile _ 三宅唱(みやけ・しょう)
1984年生まれ、北海道出身。一橋大学社会学部卒業、映画美学校・フィクションコース初等科修了。主な監督作品に、『THECOCKPIT』(14)、『きみの鳥はうたえる』(18) 、『ワイルドツアー』(19)などがある。『Playback』(12)では、ロカルノ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品され、第22回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞を受賞。『呪怨:呪いの家(全6話)』(20)がNetflixのJホラー第1弾として世界190カ国以上で同時配信され、話題となった。その他、星野源のMV「折り合い」なども手掛けている。

Information

映画『ケイコ 目を澄ませて』

2022年12月16日(金)より、テアトル新宿ほか全国公開

出演:岸井ゆきの
三浦誠己 松浦慎一郎 佐藤緋美
中原ナナ 足立智充 清水優 丈太郎 安光隆太郎
渡辺真起子 中村優子
中島ひろ子 仙道敦子 / 三浦友和

監督:三宅唱
原案:小笠原恵子「負けないで!」(創出版)
脚本:三宅唱 酒井雅秋
配給:ハピネットファントム・スタジオ

『ケイコ 目を澄ませて』公式サイト

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

Text:Sayaka Yabe
Photography&Edit : Yusuke Takayama(QUI / STUDIO UNI)

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