会期中も会期後も読める新たな批評の在り方を模索。会期後のレビューではなく、会期中の展覧会を彫刻家で文筆家の鈴木操がレビューする同連載。第7回は、東京国立近代美術館で開催中の「大竹伸朗展」について。鈴木は同展をどう見たのか。
目次
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昔、私がまだ高校生だった頃、友人宅で初めて大竹伸郎と遠山俊明によるバンド「19(JUKE)」のアルバム「19/19」を聴いた時のことを、今でもよく覚えている。多感なその頃の私にとって、その衝動的でヤバい音だけではなく、イカしたジャケットも含め特大のインパクトがあった。ただ、友人がなぜ大竹伸朗の音源を持っていたのか、今以て不明である。
大竹伸朗=ネオ・ポップの始原という位置づけはミスリード?
こういった経緯から私にとっての大竹伸朗は、コンテンポラリーアートの作家というよりミュージシャンという人物像の方が多少強くある。他方で一般的に広く知られているように、大竹は独自のタイポグラフィやイラストで構成される印刷物や日用品を手掛けるプロダクトデザイナー的な側面もある。今回の東京国立近代美術館での「大竹伸朗展」においても積極的にグッズ販売を展開しており、このグッズを目当てに足を運ぶ観客も随分と多いのではないだろうか。いずれにせよ、大竹伸朗というアーティストについて、人によってバラバラの作家像を抱いているのは間違いがない。こういった大竹が持つ多様な作家イメージに目配せするように、展示会場には七つのテーマが設けられており、回遊性のある展示構成によって世界観に没入できる環境が整えられていた。そのこと自体は素朴に楽しく感じられたのだが、このような楽観的な観賞経験がある一方で、大竹の多岐にわたる仕事を前した時、全体像を掴めない故に「何だこれ」という奇妙な感覚に囚われたのは、おそらく私だけではないと思う。
しばしば大竹の仕事は「ネオ・ポップ」※という流れの始原に位置づけられてきた。しかし、それは大竹の仕事の一部を照射するに留まるだろう。何故なら、所謂日本の高度経済成長を背景として使われてきた「ネオ・ポップ」という語句に反して、実際の大竹の作品は、あからさまなジャンク感と独特の不穏さによって「ネオ・ポップ」とは程遠い様相を呈しているように個人的には感じたからだ。というのも、大竹の主な手法であるコラージュ、ファウンド・オブジェ、アッサンブラージュを使った作品(例えば「家系図」や「ゴミ男」など)からは、クルト・シュヴィッタース※、ロバート・ラウシェンバーグ※といったダダイズムの血統を感じさせるだけでなく、ブルース・コナー※のアッサンブラージュ作品のような独特の重々しい印象があった。
※ネオ・ポップ:1990年前後に出てきた村上隆、奈良美智、中原浩大、太郎千恵蔵ら若手作家とその作品を指す。アニメや漫画といったサブカルチャーのイメージを多用しながら、60年代のポップアートを連想させる作風が特徴。
※クルト・シュヴィッタース:ドイツの美術家。ダダイスム、構成主義、シュルレアリスムなど近代美術の様々な芸術運動で活躍。
※ロバート・ラウシェンバーグ:アメリカの美術家。アメリカにおけるネオダダの代表的な作家として活躍。のちのポップアートの隆盛でも重要な役割を果たした。
※ブルース・コナー:アメリカの美術家。苦痛の表情を浮かべる蝋人形にストッキングをかぶせた作品などで、現代アメリカにおける、女性暴力や消費主義などを示唆する、アッサンブラージュ、フィルム、ドローイング、彫刻、絵画、コラージュ、写真などを手掛けた。
自己創造ではない、世界の媒介者としての大竹伸朗
もちろんブルース・コナーのように直接的で゙ショッキングなモチーフを扱っているわけではないのだが、大竹の作品が、戦後の消費文化が生み出した特異なキッチュさと暗さを携えていたことに目を引かれた。また、戦前のダダやシュルレアリスムから戦後アメリカのネオダダへと連なる系譜を連想させるコラージュやアッサンブラージュを、日本人作家が大々的に展開してきたことについて、どのように捉えるべきか非常に考えさせられた。何故なら、日本という環境において可能となる「制作における意志と理性の偶然的なシャッフル」を大竹伸朗は露骨に披露しているようにも見えたからだ。「制作における意志と理性の偶然的なシャッフル」とは何か。それは、大竹自らの内に存在するはずの意志と理性を、オートマティックな収集行為の中に還元してしまっていることで明らかにされる。長年継続されているスクラップブックの作品などからもわかるように、大竹は特定の時代や社会の動きから偶然生じるモチーフや素材に身を委ねているのだ。そしてこの態度は少し特異なものであるように見える。そのためここからは大竹の特異さを照らすために、一旦西洋の近代芸術の始まりを巡るところから検討してみようと思う。
かつて18世紀末のロマン主義の芸術家たちは、芸術とは「世界を模倣=発見すること」でなく「芸術家によって作られる=自己創造するもの」だと考えた。ここから「真理は発見されるものではなく創造されるものだ」という価値観が広まり、近代以降の社会の中で芸術文化が覇権的な影響力を持つようになる。言うまでもなく、フランス革命と深い関わりのあるロマン主義のこの考え方は、近代芸術以降の芸術に決定的な影響を与えている。ところがこの考え方も、写真や映画の登場によって、より複雑になっていく。当初写真は「現実をそのまま映し出すもの=世界を発見する科学的道具」だったが、コラージュやモンタージュなどの手法がダダやシュルレアリスムから現れると「現実に存在するものを組み合わせて現実世界では起こりえない世界を表現する=自己創造するもの」となっていた。また写真よりも直接的に、自然物と人工物を芸術作品を構成する要素として転用・流用するために“再発見”して展示する手法「ファウンド・オブジェ」が現れてくると、そこで扱われている自然物と人工物の背景として存在する社会的・制度的条件を、観る者へ向けて積極的に問いかけるようになっていく。
かなり簡易的に述べたが、芸術が歴史的に作り上げた、この一連の「発見と自己創造の変遷」を踏まえると、会場のキャプションで紹介されている大竹の言葉「既にそこにあるもの」との共同作業や、「全くの0の地点、何もないところから何かをつくり出すことに昔から興味がなかった」が、極めて興味深いものに映ってくる。抽象画のように見える「網膜」シリーズでさえも、自分の頭の中で描いていたイメージの再現=再発見されたものとして、「既にそこにあるもの」の模倣であるかのように語るのだから、もはや大竹が自らを「世界の媒介者」として確信犯的に定立させようとしているのは間違いないだろう。
収集の氾濫が生み出すノスタルジー
キャプションに記載されていたこれら発言を鑑みた上で改めて作品に目を向けると、大竹はロマン主義の「芸術家によって作られる=自己創造するもの」という芸術の大前提を退けた上で、コラージュやファウンド・オブジェといった方法をトライしてきたのだと理解出来る。ただこのようにロマン主義以降の芸術が培ってきた自我を退けて、自らを世界の媒介者として位置づける意図は一体何だろうか。勝手な想像で一つ言えることは、大竹は制作においてあくまで自身の存在を無条件に前提とするのではなく、むしろ自分自身や、あるいは人間や社会が存在する条件を再記述しようとしているのではないか、ということだ。その意味で大竹は自らを当事者ではなく、媒介者になることで、時間の流れにおいて、あるいは無意識において、無為に作品が成立してくる地点から、世界を再記述する機会を狙っているのかもしれない。
このような観点に立つと、例えば「自/他」セクションに置かれていた「モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像」は、高度経済成長的なメタボリズムに抗うかのような収集行為の氾濫が照らし出す、私たち日本社会の無意識を映すものに見えてくる。収集行為の結果として無為に出現したかのように見えるこの作品は、高度経済成長期の日本社会における経済的・歴史的・文化的事象の偶然の組み合わせの事物であり、私たちの日々の暮らしの中において忘れられた過去さえも内包する「無為の彼方に留まるジャンク=無意識の結晶」なのだ。ともあれ、この徹底して意味が生じず、道端に落ちている石ころのようなジャンクにしばらく目を向けていると、不思議なことに、私たちはたちどころに「懐かしい」というノスタルジックな感覚に包まれてくる。そして先ほど大竹の作品には「独特の不穏さ」や「暗さ」があると記述したのは、このノスタルジーに由来する。
通常ノスタルジーとは、不可逆な時間の流れにおいて、取り戻したいけど取り戻せない過去の経験に対して抱く感情である。かつて在ったものが、現在・未来において存在しないと確定している状態によって喚起されるメランコリックな追憶だ。しかし、大竹の作品を通して経験するノスタルジーは、実は世代によって大きく経験が異なる。例えば、大竹と同世代、あるいは近い世代の者にとっては、肉感の有る具体的な経験として自らの記憶と結び付ける連想ゲームが生じるであろう。一方で、大竹とは世代が異なる鑑賞者はそうはならない。事実、大竹とは大きく歳の離れた私が作品を通して経験したノスタルジーは、通常のノスタルジーとは質の異なるものであったからだ。具体的に言えば、大竹の自らの経験と過去の記憶を写し取るよう作り出された作品を通して、大竹の経験と記憶に追従することになったのだ。そしてそれらが不思議に懐かしい過去の光景として、心象風景のように脳内に再構成される。そもそも、大竹とは遠く離れた世代、あるいは生きた時代が違う者にとっては、大竹の記憶も経験も自らの内に存在していないので、本来ノスタルジックな感情は生じないはずだ。だが何故か懐かしく感じられ、自らの過去において存在したことのないものが、観賞後の現在においては存在しているように感じられる事態が起こる。ある特定の世代以降において生じているであろうこの時間感覚は、経験していないはずの時代へ抱く、身に覚えのないノスタルジーなのである。
ノスタルジーとしてのフィクションから再記述可能な時間の余白へ
大竹の身体を通して表現された、作品(無意識の結晶)は、過去を内包する時代や実感すらも実体化し、今やすっかりデジタル環境に慣れ親しんでいる私たちにとって、郷愁の夢を見させる映写機のように機能している。言わばこのノスタルジックな感情は、戦後からバブル期までの消費文化(ジャンク)が亡霊のように現代の二十一世紀に現れているのであり、身に覚えのない不気味な親密感を纏いながら、特定の世代にとっては、存在していないものを存在しているかのように見せるフィクション的作用がある。この感覚は、レトロといった大衆的な甘いノスタルジーではなく、誰か見知らぬ人物の古い写真アルバムを見ているうちに段々とその人物へ親近感を抱いてしまうような、よそよそしいデジャヴ的不気味さがある。大竹の一部の作品が纏う独特の不穏さの正体は、おそらくこの感覚に由来する。私が大竹の作品観賞を通して抱いた特殊なノスタルジーの正体は、経験したことのない過去の時間という「経験の不可能性への憧憬」のようなものであり、通常のノスタルジーとは違う「ノスタルジーとしてのフィクション」なのである。そしてこの観賞経験から言えることとして、ある特定の世代にとっては、あらかじめ失われている物事をポジティブに記述し直す可能性が示されていると感じた。
過去は確かに私たちの現在・未来を浸食するように感じられるが、しかしある一瞬のうちでは、現在・未来だけでなく過去さえもが未完了のうちに未知なものとして揺らめいている。この既視感を未視感(ジャメヴュ)に反転させるきっかけは、実はそこら中に存在している気がする。大竹は作品を通して、あっけらかんとそれを示して見せる。一部レトロな消費物として流通する昭和の暮らしや街の景色、発展し活気のある空気感といった漠然とした雰囲気は、経験していない者たちにとっては身に覚えのないノスタルジーであり、実は「再記述可能な時間の余白」として未だ存在している。
様々な社会装置が計画し確定させるメランコリックな過去現在未来に、私たちは付き合う必要などないのである。二度の東京オリンピックを経て、二度目の大阪万博を2025年に控える日本社会の新陳代謝が、一体何を偶然に、あるいは意図的に古くし新しくしてきたか。産業社会が推し進める生活環境の推移と、私たちの身体感覚が嚙み合うことなど当然ありはしないにせよ、ただこの「噛み合わなさ」を率直に表現する大竹伸朗の身体感覚は、まさに今の時代、私たちに必要なものなのだろう。
彫刻家/文筆家
1986年生まれ。文化服装学院を卒業後、ベルギーへ渡る。帰国後、コンテンポラリーダンスや現代演劇の衣裳デザインアトリエに勤務。その傍ら彫刻制作を開始。彫刻が持つ複雑な歴史と批評性を現代的な観点から問い直し、物質と時間の関りを探る作品を手がける。2019年から、彫刻とテキストの関係性を扱った「彫刻書記展」や、ファッションとアートを並置させた「the attitude of post-indaustrial garments」など、展覧会のキュレーションも手掛けている。
■大竹伸朗展
会期:2022年11月1日(火)〜2023年2月5日(日)
会場:東京国立近代美術館
開館時間 :10:00〜17:00(金・土曜は10:00〜20:00)
※入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日
※ただし2023年1月2日(月)および1月9日(月)は開館
年末年始休業:12月28日(水)〜1月1日(日)、1月10日(火)
公式サイト
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