グルメ、カルチャー、トラベル、各エリアのホットスポットなど東京のさまざまな情報を発信するメディア「タイムアウト東京(Time Out Tokyo)」。2010年にコンテンツディレクターとしてスタートして以降、現在取締役副社長を務める東谷彰子氏は、12年にわたって代表の伏谷博之氏とともにこのメディアを育ててきた。「タイムアウト東京」が大切にしているコンセプト、メディア戦略、女性のリーダーシップ、今後の展望についてお話を伺った。
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東谷彰子さん/ORIGINAL Inc. 取締役副社長
幼少期をフィリピンで、中学・高校時代をタイで過ごす。早稲田大学教育学部英語英文学科を卒業後、(株)エフエム東京に入社。約8年間、ディレクターとしてアーティスト、政治家、起業家、タレントなどの番組を多数担当する。2010年1月、「タイムアウト東京」の立ち上げメンバーとして、ORIGINAL Inc.に入社し、2018年に現職に就任。
公式HP:https://www.timeout.com/tokyo
Instagram:@timeouttokyo_jp
ラジオ局のディレクターとして番組づくりに没頭した8年間
― 東谷さんは幼少期から国際的なバックグラウンドをお持ちですね。当時の体験は、現在の生活観や価値観にどのような影響を与えていますか。
父の転勤で、生後3ヶ月から4~5歳までフィリピンで暮らしました。小学校時代は日本で過ごしましたが、中学2年生のときに父が再び海外転勤になり、その後6年間はタイのバンコクで暮らしました。タイは1年中温かく、とてもおだやかでのんびりとした国民性。街では「マイペンライ(タイ語で「気にしないで」「大丈夫」の意味)」という言葉があちこちで飛び交っていました。そんな価値観に触れて生活していたので、私のベースにも同じようなものがあると思います。
― その後、日本に帰国。早稲田大学卒業後はFMラジオ局(エフエム東京)へ入社されたのですね。
実は、もともとはアナウンサー志望だったんです。就職活動では、日本中のアナウンサーの採用試験を受けました。テレビ局は全部で41社受けて、仙台のテレビ局から内定をいただきましたが、私は南国で暮らしていた時期がとても長かったので、慣れない雪国でひとり暮らしをしながら働けるだろうか、ととても不安を感じてしまって。そこで同じく内定をいただいていたエフエム東京へ入社を決めました。
― エフエム東京時代は、どのようなお仕事をされていたのですか?
1年目は秘書部に配属され、役員秘書をやっていました。ただ、私は秘書には向いていなかったですし、番組制作に携わりたいという想いが強く、2年目には制作部に異動させてもらい、その後は約8年、いろいろな番組を担当しました。一番多かったときは、週に11本の番組を担当。11本分の多種多様な企画を考える必要があり、“企画の千本ノック”をずっとやっていた感じです。企画って、100本出して、1本通るかどうか。アイデアを出して、出し尽くしてもなお出していく…という毎日でした。でもその経験は、今の仕事にも活きていると思っています。振り返ると、日本を代表するミュージシャン、アーティスト、芸術家、スポーツ選手、政治家、起業家…有名・無名問わず、さまざまな業界の方々と一緒に番組を作らせてもらって、大変恵まれた8年間だったなと思います。
ローカルエキスパートとして、東京の魅力を発信
― 現在のお仕事、「タイムアウト東京」について教えてください。
「タイムアウト東京」は、1968年にロンドンで創刊された「タイムアウトロンドン」のライセンス事業として2009年に立ち上がりました。「タイムアウト」は、ロンドンや東京以外にも、世界333都市59カ国に存在していて、それぞれの都市のシティガイドとして皆さんの生活や旅を豊かにしていくような情報を発信するメディアです。東京は、ロンドン、ニューヨークと並ぶ大都市。加えて、独特の文化を持つ都市なので、いかにそれをわかりやすく読者の方に伝えるのかが大事だと考えています。そういう意味で、ベストレストラン、ベストバーといった情報だけでなく、日本独自のカルチャーや伝統文化なども積極的に発信しています。
― いわゆる、トラベルガイドとは異なるのでしょうか。読者はどういった方々ですか。
「タイムアウト東京」に限らず、「タイムアウト」では、「ローカルエキスパート」という言葉をとても大切にしています。例えば、どこか美味しいレストランを探しているときにちょっと詳しい人に聞くと、思ってもみないような、いいお店を紹介されたりしますよね? 音楽もまた然り。「タイムアウト」は、そういった様々なジャンルに詳しい人たち=ローカルエキスパートがいて、その知見を集合させたメディアなのです。ローカルに関する情報を発信しているから、東京在住の日本人はもちろん、東京在住の外国人、東京を旅行する方々にも楽しんでいただけます。
― 東谷さんご自身は、メディア制作の上では主にどういった役割をされていますか。
私自身は、得意ジャンルや専門分野は特に持ってないんです。あふれ出るような特別な才能もありませんし。でも、そういったものを持っていないからこそ、才能ある方々を見つけたり、うまく演出したり、わかりやすく整理して記事として伝えたりすることができるのかな、と思っています。弊社は、多いときで14~15の国や地域から来たスタッフが集まっている多国籍の職場。それぞれのスタッフから悩みを聞き、「ちゃんと伝わっていないな」「どう伝えればいいのかな」と日々試行錯誤しながらこれまでやってきました。多国籍のスタッフたちをマネジメントする立場としてのケーススタディを積み重ねてきたので、そういった知見は豊富にあると思っています。
― 「タイムアウト東京」のメディア戦略について教えてください。
「ローカルエキスパート」の考え方をベースに地域に密着しながら、それをどう世界に発信していくのか、を意識しています。あとは記事コンテンツづくりの話で言えば、いま弊社には「日本語の記事を書くチーム」と「英語の記事を書くチーム」がありますが、どちらの言語で取材をスタートするのかによって、記事を翻訳していくプロセスが変わっていくことも特徴だと思います。
例えば、日本語チームが取材したものは、英語に粗訳して、そこから文章を削ったり加筆したりしながら記事を作っていきます。世の中には、日本語から英語に直訳されているものが多いのですが、それだと英語話者にとっては理解してもらえないんです。わかりやすく伝えたり、おもしろいと思ってもらうようにするには、きちんと英訳することが必須ですし、何度も「タイムアウト東京」に来てもらうためには、わかりやすくディープな情報が必要。そこは編集チームにも意識して発信するよう伝えていることです。
逆に、英語の記事を日本語にする場合は、わざと翻訳調に訳すことも。あえて元々は英文だったことがわかるようにするのです。というのも、日本の読者の方の中には、「海外の人はこう思っている」とか「海外からこう見られている」というのをリアルに知りたい方も多いので。そういった細かいディテールにもこだわった記事づくりを行っています。また、タイムアウトで培ってきたノウハウを活かした、多言語翻訳事業やコンサルティング事業も展開しています。
多文化マネジメントを実践的な学びとして伝えていきたい
― リーダーシップについてお聞きします。諸外国と日本を比べたときに、女性のリーダーシップにおいて何か違いを感じることはありますか。
実は先日、「日本人女性の社会進出」というテーマで、イギリスのBBCラジオで番組を作りました。法学者、政治家、ラッパー、空手家、能面師など7名の女性の方々にインタビューを行ったのですが、そこで感じたのが、日本は社会に出ている女性の母数が圧倒的に少ないということ。政治の世界で言えば、女性の数は全体のたった10%です。港区の区議会議員でやっと30%を女性が占めるようになりました。法学者の谷口真由美先生もおっしゃっていましたが、何か意見を通そうとなったとき、10%だとどうしても弱いのです。
― 日本で、もっと多くの女性がリーダーとして活躍するためには何が必要だと思いますか。
友人の女性が取締役を務めている会社で、社員の男女比が男性1割、女性9割の会社があります。その会社の管理職についているのは、その1割の男性陣で、女性の管理職は代表以外いないのだそうです。友人に理由を聞いたら、「女性社員に、役職のあるポジションを与えようとしても、なかなか“Yes”と言ってくれない」と言うのです。女性たちは、子どもが生まれたらどうしよう、病気になったらどうしよう、という悩みが出てきて、素直にやってみます、と言いにくい環境になってしまっているとか。
法学者の谷口先生曰く、「それは、ブルドーザータイプの女性リーダーしか見ていないから」。女性たちは、「私はこの人みたいにはなれない」と思ってしまうのだ、と。だから、ブルドーザータイプではない、さまざまなタイプのロールモデルを増やしていくことによって、「これだったら私も目指せるかも」と女性たちが思えるのではないかと思います。あとはやはり、女性が「Yes」と言いやすい環境づくり、職場づくりも必要。例えば、女性が産休で戻ってきたときに働きやすい体制、たくさんの選択肢を用意すること。「子どもが生まれたらどうしよう」ではなく、「子どもが生まれたらこうできるよね」という環境をつくっていくのがすごく大事なのではないでしょうか。
― なるほど。東谷さんご自身としては、どういうリーダー像でありたいと考えていますか。
これに関してはずっと考えていますが、まだ答えが出せていないです。というのも、私は、自分から「やるぞ!」というカタチでリーダーになったタイプではないから。色々な方が見つけてくださって、声をかけてくださって、今の私があります。ひとつ言えるとしたら、オファーをできるだけ断らないようにしてきたことでしょうか。何かを依頼されたり、頼まれたりしたら、なるべく「やります」と言ってみるように心がけているんです。実は自己肯定感は低い方なのですが、相手はできると感じているから任せようとしてくれていると思うので、私だったらきっとできると自分を信じるようにしています。そうやってオファーを受け続けることが、結果的に自分の目線を上げていったり、立場を変えていったりしていくのだと思っています。
― これからキャリアで達成していきたいことはありますか。
今後、東京や大阪が国際金融都市を目指していく中で、海外の人と触れ合う職場がますます増えていくと思います。多国籍、多文化の人たちがいる職場で、日本人がリーダーとして活躍していくためには、そういった職場環境でのマネジメント経験やノウハウが必要になってくるでしょう。だから今後はきちんとした学びとして多文化共生、多文化マネジメントについて研究を深め、発信できるようになりたいと考えています。特に、人権デューデリジェンス(人権に対する企業としての適切で継続的な取り組み)をふまえた上で、働き方をどう形成していくか、ということを考えていきたいです。性別を問わず、日本人がグローバルな環境で今よりもっと活躍していけたらうれしいなと思っているんです。そのために、私ができることがあるのであれば、喜んで寄与していきたいです。
文:鈴木 里映
撮影:Takuma Funaba
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