「SUPREME(シュプリーム)」や「Calvin Klein Jeans(カルバン・クライン ジーンズ)」など多くのグローバルファッションブランドの広告ビジュアルを手掛け、世界的に活躍する写真家・小浪次郎氏。ニューヨークに拠点を移した今もなお、父親を撮り続けた年月や、東京のストリートでの学びなど、写真をはじめたころの初期衝動と、1ミリもブレることなく向き合い続けている。さらに写真家として躍進を続ける彼がいま感じていることとは? 写真家になるきっかけや仕事との向き合い方、今後のチャレンジについて話を聞いた。
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小浪 次郎/写真家
活動初期から8年間、自身の父親を撮影し続けた作品で2010年に富士フォトサロン新人賞を受賞し高い評価を得る。2013年『父をみる』、2014年『personal memory』、2015年『PARADAISE TOKYO』、2017年『GIMATAI』、2018年『Strait,No chaser』、2021年「Namedaruma」2023年『黄色い太陽』などの写真集を刊行。2021「NAMEDARUMA」(C/P Project Gallery NYC)、2022年「黄色い太陽」(PARCO Gallery TOKYO)等、展示、グループ展も多数行う。また数々のファッションブランドや雑誌、広告、アーティスト写真などを手がける。2017年より活動拠点をニューヨークに移す。『The New York Times』や『Interview Magazine』などで作品を発表。2020年より気鋭のフォトグラファーを集めたエージェンシー「cameraclub」に所属。
Instagram:@jirokonami
Contact:contact@jirokonami86.com
息子としての使命感で父親を撮り続けた日々
― 小浪さんが写真家になったきっかけをお聞かせください。
写真に興味をもったのは17歳くらいです。15歳で八丈島から単身東京に出てきたんですけど、上京して2年が経ったころに、父親が体調を崩してかなり痩せてしまって。
父親を撮りにいったのがきっかけでした。それから18歳のときに、ヴォルフファング・ティルマンスという写真家が初台のオペラシティギャラリーで展示をしていて、そこで彼の作品を見たときに、自分の過去がフラッシュバックしてきた感覚を受けたんです。僕は彼の人生にまったく関与していないけど、写真を見ただけで自分の昔の記憶が蘇ってきた。それは『free swimmer』っていうタイトルだったんですけど、それを見て「写真にはそういう力があるんじゃないか」と思って、本格的に写真をはじめるために写真の学校に進学しました。父親の病気のことだったり、たまたま見にいった写真展での体験だったり、それが今につながっています。
― そこから本格的に写真の道へ進み、技術を磨いたのですね。
座学で教わるのは歴史や技術といった基礎の部分なので、結局は自分で制作しないと何もはじまらないんです。だから、ずっと写真集を出すつもりで活動していました。歌舞伎町やゴールデン街で仕事をしながら写真を撮りはじめて。当時その辺りには有名な写真家の人が多く、それこそ森山大道さんにもお世話になりました。そういう人たちに出会って写真を肌で教えてもらえたのは貴重な経験でしたね。学校で学ぶことにはどうしても限りがあるので、ストリートでやっている人に教わったことの影響は大きいです。こういう経験や父親を撮るということが当時のメインの制作活動でしたね。
― 作品を作り上げたい気持ちが大きかったのか、単純に撮りたいという気持ちだけだったのでしょうか?
撮っていくなかで最終的にこうしたいというものはあんまりなくて。『父をみる』も、息子の使命感として、父親との関係性を撮ろうとシンプルに思っていただけで、写真集を出そうとかは考えていませんでした。今思えば、写真を学ぶこと、人を撮るということの練習は、父親を撮ることで積み重ねられていった。父親を撮るということと、ストリートで学んだことが僕のすべてで、当時の初期衝動が今も続いている感じですね。
― お父様の写真をとることで小浪さんのスタイルを確立していったのですね。さまざまな作品がありますが、小浪さんが特にこだわっていることは?
ドキュメンタリーでもファッションフォトでもリアルな現状を自分のフィルターを通して、ロマンティックさであったり、現実とファンタジーを交差し双方を増大させその間を行き来するようなものになればと。被写体を見ること。観察し、写真にしか見ることのできない刹那、生々しいものが写れば良いなと思っています。
初期衝動が今も続く。坂本龍一との撮影エピソード
― 今までの仕事でもっとも印象的なできごとは?
20歳のころ、最初の仕事で撮った人物が坂本龍一さんでした。知り合いの編集者と一緒に、教授がいる北海道まで行って撮影する仕事があったんです。そしたら、楽曲制作の合間に、教授が一人で山に入っていったんです。地面に座って、森の音を聞くってことを1時間くらいしていて。スペシャルな人は自分を研ぎ澄ます方法を知っているんだって、すごい衝撃を受けたんです。そこで僕は遠目から撮影しはじめて、少しずつ近づいていってハンターみたいに撮っていったらめちゃくちゃ怒られて(笑)。けど、自分としてはそこまでやらないといいものが撮れないし、後悔するなら行こうって感じで。そのあと教授ともそういう話ができました。
被写体がいて、自分がいて、僕は写真家としていい写真を残すためには被写体自体が見ることができない風景を見せたい。だから有名も無名も関係ないと思っていて。自分が撮りたかったら撮りにいくっていうのはそのころから変わっていませんね。
― 20歳の経験としてはとても貴重なものですね。そういった仕事が舞い込むきっかけは?
父親の写真の展示や作品で受賞したこと、コンペティションとかを通じて出会う人が多いです。当時から僕は自分が仕事をしたいと思う人に自ら作品を見せにいくことをよくやっていました。撮りたい人も、それを見てもらう人も、ぜんぶ自分からアクションする。僕自身もなにも知らなかったし、好きな雑誌で仕事がしたいんだったら、その雑誌をつくっている人に見せればいいと思って、そうしていました。
よく若い人たちから「どうすれば写真で食べていけるか?」って聞かれるんですよ。その度に僕は「自分が写真でやりたいビジョンがないならやめたほうがいい」って答える。自分がやりたいビジョンさえ持っていれば、それに向かって動いていくだろうし。
― 小浪さんが持ち続けている初期衝動って大事ですよね。
僕が踏み切ってニューヨークに行ったのもそういう精神でしたから。ニューヨークでも、自分の足で直接会いにいって自分がやりたいことを伝えて「俺にはこれしかない」っていうのを伝えていきました。今はSNSとかもあるけど、僕はそういう風にじゃないとやっていけないと思っていて。結局は人と人との関係性だから、待っていても意味がない。自分がやりたいと思ったなら、そこに向かって動いていくべき。実際、一回クライアントと写真家の関係性になれたら、そこから長く関係性を築いていけますしね。
ニューヨークでもブレない仕事との向き合い方。常に自分が見たい景色を追い求めて
― 2017年にニューヨークに拠点を移されてどんな変化がありましたか?
環境が違うので自分の置かれる立場も違いますし、1からのスタートと言う感じで面白かったですね。今も面白いですよ。いろんな人種がいるので、いろんな意見があって、「こういう意見もあるんだ」と、日々驚かされます。日本でずっとやっていて、ある程度自分のやりたいようにできるようになると、上からの意見とかって減っていくんですけど、ニューヨークだとそういうこと関係なくいろんなことを言ってきてくれるから常に新鮮です。「ペコペコされるようになったら違う環境にいけ」って、昔だれかに言われたことがあって。やりやすい環境にいると好きなことはできるかもしれないけど、やっぱり刺激はなくなるし、誰かと一緒につくっていくことの面白さが自分には必要なので。だから環境を変えたんです。
― ニューヨークでのコネクションづくりはどのように?
日本にいたときとまったく同じで、自分の足で作品を見せにいきました。『The New York Times』や『SUPREME』とか、ファッション誌も。それこそ自分がやりたいものや自分が好きだった写真家がやっていた雑誌に、自分の足で作品を見せにいきました。そうじゃないと道は切り開いていけないです。今でもまだ道を切り開けたとは思っていないですけど、地道にやっていくしかないと思っています。
― 自分の足を使って売り込んでいく、ビジネスマン的な側面もありますね。
写真って、映画や音楽とは違って一瞬で判断できるじゃないですか。0.1秒くらいでパッと見で好き嫌いが判断できて、そのスピード感が僕は好きなんです。言語もないし、誰にでも伝わるものだから、自分が好きなものを提示しやすいし伝わる人には伝わります。
― ニューヨークに行って見る景色も変わったのでは? 小浪さんが日々の中で見る写真などで面白いと思うものは?
風景とかにはあんまり違いを感じていなくて。渋谷もニューヨークもそこまで変わらない。どちらかというとそこにいる人のほうが違っていて面白い。写真に関しては他の人が撮ったものとかってあまり興味がないんですよね(笑)。好きな写真家はもちろんいますけど、基本的には自分の写真にしか興味がない。だからこの写真家にしか撮れないと思う作品には興味があるけど、誰でも撮れるような作品に関しては興味がないから、あまり関心がないですね。
― グローバルブランドのシュプリームやカルバン・クラインなどとお仕事されていますが、どんな思いで取り組んでいますか?
ブランドがどうこうというより、僕は常に自分が見たことがない景色を見たいと思っているので、それだけを意識しています。なので。特別に気合を入れて臨むとかいうわけでもないですし、わりと実験的な側面も持っています。「こうしてください」って言われても依頼どおりにやることはないですし、一つひとつに携わりながら、常に自分が見たい新しい景色を追いかけている感じです。
― 小浪さんが撮りたいと思う対象は?
自分が撮ったら面白いなと思えるものはやりたいです。既存がこうだったけど自分が入ることでこうなるっていうことを思わせてくれる仕事はやってみたいと思うし、「自分だったらこうです」っていうのが仕事の基準にはなっていますね。
― 仕事ではなくプライベートでシャッターを切るという瞬間は?
常に撮っていますよ。5歩くらい歩いたらもう撮っている(笑)。好きでやっているし、トレーニングとしてもやっていることです。たとえば、今はいいと思わなくても3,4年後に見たら価値観が変わっていいと思えるものってあるじゃないですか。今でいうと20年前の東京の写真って、どんな風景だとしても見てみたいですよね。しかも東京を象徴する場所じゃなくて、ふとした場所や瞬間=誰の目にもとまらない景色。そういうものを撮っていきたい。それは写真にしかできないし、自分が写真に惹かれていることの一つでもある。そういう風景を20年後に僕が提示できたら面白いって思っているので、コンセプトを持ってやっています。
― フィルムで撮ることのこだわりとは。
ずっとフィルムでやってきたので単純にデジタルで撮るのが好きじゃないだけで、実はあんまりこだわりはないです。極論ですけど、もし現場にカメラを忘れちゃったとしても、誰かのカメラを借りて“自分の写真”が撮れる。僕は制約があるなかで撮ることが好きで、「好きなだけどうぞ」という環境より、制約のなかのほうが撮りやすい。父親を撮るのも制約だらけでしたね。1分くらい撮ったら「草むしりしろ!」って怒られたりして(笑)。制限されてばっかりだったので、実はそういう現場のほうがやりやすいんです。これって、何事においてもそうですよね。細野(晴臣)さんが言っていたんですけど、「締め切りが文化をつくる」って。そのときは「何言ってるんだ」って思ったんですけど(笑)、確かにそれはあるなって。そっちのほうがいいものが生まれる場合もあるって思うんですよね。
新しいチャレンジ、これからの活動について
― この度、Jリーグ30周年記念スペシャルマッチ(2023年5月12日・14日開催)の撮影をされるとお聞きしました。どんな気持ちですか?
僕自身、小さい頃からずっとサッカーが好きでやっていて、高校時代はクラブチームに所属していました。だから素直にうれしいです。2022年にW杯の応援プロジェクト『新しい景色を2022』で選手のポートレートを撮影しましたが、サッカーの試合自体を撮るのは初めてなので楽しみです。
― 後日、Jリーグ30周年記念スペシャルマッチの撮影を終えてのご感想をお伺いしました。
鹿島アントラーズ vs. 名古屋グランパスの試合で、鹿島アントラーズが後半終了間際、決定打の2点目を入れた時、僕はゴール裏にいました。点を入れた知念選手が感極まり看板を飛び越えサポーターの元へ走っていく時、自分も瞬時に看板を飛び越え、知念選手に向かって走っていました。誰よりも早くその瞬間に立ち会えて、まだまだ自分もいけるなと思いましたね。
― 小浪さんが今後チャレンジしたいことをお聞かせください。
自分が撮る日本の風景をニューヨークで展示することにチャレンジしたいです。僕は日本人なので、日本の素晴らしい景色を発信していきたいですね。あと、例えばグローバルブランドの撮影とかで、他の国の人はいるけど日本人がいないことって多いんですよ。僕が有名になれば「JIROがいうんだったら使ってみよう」って言ってもらえると思うし、自分的には自分がアメリカで認められるようになって、日本のアーティストをアメリカのメディアや大きな広告に出していきたいと思っている。これはすごい夢があることだし、やりたいし、できると思っている。だから、まだまだやることはたくさんあります。
― これからフォトグラファーを目指す人たちへ、小浪さんからメッセージや伝えたい事があればお願いします。
自分だけの視点を持ち続ける事。師匠なんていりません。教わらなくて良い。何を撮りたいか分からなかったら、自分の生きてきた道を振り返り、嫌いだったやつ、好きだった子、なんでもいい。なぜ撮るのか、なんて疑問は未来に必ず解決します。自分はそれが父親でした。自分にしか関われない者、物、モノ。それを見つけるべきです。あなたとだれかとの小さい世界だったものが、いずれ誰かを巻き込んで大きな世界に変わるかもしれません。そしたらまた違う見え方になるかもしれない。嫌いだったやつも好きになるかもしれません。自分にしか撮れないものをみつけてください。
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