仕事だけでなく、プライベートも含めたライフスタイルをいかに豊かなものにしていくか。キャリアの多様化や複合化が進みつつある今、人生全体をキャリアと捉える考え方が広がっている。株式会社ナイキジャパン、株式会社アダストリアで20年以上にわたりマーケティングに携わり、現在はフリーのマーケターとして多種多様なプロジェクトに携わる久保田夏彦さんは、まさにその体現者。現在手がけるプロジェクト、業界をまたいで複数事業に携わるという選択のメリットやデメリット、人生を謳歌する秘訣などを伺った。
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久保田 夏彦さん/一般社団法人渋谷未来デザイン コンサルタント
1993年株式会社オージス総研に入社。1996年より株式会社ナイキジャパンにて「Nike.jp」、「NIKEiD」、インフルエンサーマーケティング、「MIYASHITA PARK」、「NIKE HARAJUKU」の立ち上げなどを歴任。2016年に株式会社アダストリアに移籍。執行役員・マーケティング本部長として25ブランドのマーケティングとDX、コーポレートブランディングを統括し、2019年10月に独立。渋谷未来デザインにおける都市のスマート化を中心に、JIBUN HAUS.株式会社の「ジブンハウス」など複数ブランドのCMOとして活躍中。
システムエンジニアからマーケターへ転身
― 久保田さんがナイキジャパンのホームページを立ち上げられた1990年代後半は、まだインターネット黎明期でした。
スニーカーをインターネットで販売・購入するなんて、日本中の誰も考えていなかった時代です。ただナイキのプロダクトをネット販売したら絶対に売れると思っていましたし、誰もやっていないからこそ頑張って先頭を走ってしまえば、独占的地位を確立できるという確信が私にはありました。
― 情報システムのエンジニアからマーケターへ転身されたことが久保田さんにとってキャリアのターニングポイントだと思うのですが、それはご自身の意志だったのですか。
そうではないんです。私はナイキジャパンのホームページ立ち上げの際に、EC部門ごと別会社を作る提案をし、それが採用されて「NIKEiD」を運営していたのですが、ナイキのグローバルルールとしてホームページ制作チームはマーケティング部に異動することになったのです。そのルールに従ったというのがマーケターへ転身した背景です。
― ところで、久保田さんはビジネスシーンでも「Kubotech(クボテック)」というニックネームで呼ばれていますね。
「久保田」って意外と言いづらいんですよ。それで外国人の友だちに「ラッパー風のかっこいい名前を考えてくれない?」と相談したら「Kubotech(クボテック)だね」と。気に入って名乗り始めたら浸透していって、後輩たちも親しみを込めて呼んでくれるようになったのです。ニックネームというか芸名みたいなものですが、セルフブランディングという面でもよい名前を付けてもらったと思っています。
― 現在、多様なプロジェクト・職種に携わっていらっしゃいます。そのモチベーションの源泉は何なのでしょうか。
ナイキという世界的ブランド、そしてアダストリアで25のアパレルブランドに関われたことはとてもやりがいがありました。だからこそ、“もっといろいろな業界や領域の異なるブランドにマーケターとして携わりたい”という探究心、“多種多様な業界で通用するマーケターになりたい”という想いが湧いてきたのです。
キャリアや興味・関心を多彩な事業に活かして
― 特にスマートシティ化プロジェクト、JIBUN HAUS.社の業務、クラシックカー事業について伺います。まずは渋谷未来デザイン傘下で行われているスマートシティ化プロジェクトからお聞かせください。
スマートシティ化プロジェクトは、渋谷区役所と並走する形で、渋谷の街の中のデータ、プレーヤー、何ができるのかを探るところからスタートし、参加企業とコンソーシアムを組んでPOC(概念実証)や勉強会を行いました。その後、一般社団法人シブヤ・スマートシティ推進機構(SSCA)が設立され、メイン業務はそちらに移管されたのですが、大きな活動へ発展したという成果は出せたと考えています。
また、渋谷未来デザインの事業として残っているプロジェクトもあります。そのひとつがSSCAとの連携で取り組んでいる「渋谷にいる女性のウェルネスの数値化」です。スマートシティの行き着く先はウェルビーイングやウェルネスであり、それを実現するための手段がスマートシティです。ただ、どんな施策がどんな効果を生んでいるのか、あるいは逆効果だったのかといった成果がなかなか見えづらい。それを渋谷というフィールドで可視化しようというプロジェクトです。本当は渋谷にいるすべての人々について数値化できればいいのですが、調査設計や予算の都合もあって今は女性に特化しています。まもなく現状分析と課題をまとめた報告書を発表する予定です。
― JIBUN HAUS.では、どのような業務に携わられているのでしょうか。
同社は、お客様がスマホやタブレットを使って自分らしい家を作り上げることができる「スマートカスタム」を提供するデザイン規格住宅ブランド「ジブンハウス」を展開しています。同社が参考にしていたのが「NIKEiD」だったらしく、そのご縁で一緒に仕事をするようになりました。フルタイムのCMOとしてではなく、マーケティング計画や戦略の実行、プロダクト制作などのアドバイスを行うといったポジションで関わっています。
― 「NIKEiD」の立ち上げや運用で培った知見や経験が活かされているのでしょうね。
ただ、もうかなり昔の話です。カスタマイズをどういう風に行うかといった部分のアドバイスは、全体の10%程度だと思います。それよりも、それ以降の私のキャリアからの助言や大企業が社内組織をどうコントロールしているかといったアドバイスが90%近くを占めています。あとはプロダクトに関するアイデアやアドバイスを提供することも多いですね。
― イノベーションを起こしてきた久保田さんが、クラシックカー事業を手がけているというのも大変興味深いです。
せっかく独立して自由になったのだから、子どもの頃から好きだったクラシックカーを仕事にしようと軽い気持ちで始めました。旧車を仕入れてリペア・販売したり、クラシックカーレースの運営をサポートする事業です。
現在は1970年代の「日産 ブルーバード510」のレーシングカーをレストア(旧車を修理して、本来の乗れる状態まで戻す)中です。1980年代の「日産 サニートラック」のレストア・販売や、1990年代の「マツダ ユーノス・ロードスター」のレストア・販売なども行っています。
その他には渋谷の駅前で「and GOLF」というシミュレーションゴルフ練習場を経営しています。
誰かと一緒の“Do”が仕事もプライベートも豊かにする
― 近年は、久保田さんのように複数のキャリアを持つ人が増えてきています。そのメリットやデメリットについて、お聞かせいただけますか。
メリットは、まずは安全性です。同じグラウンドで一生働くことがほぼあり得ない時代に、ひとつのキャリアにしがみつくのはかなりリスキーです。また、人脈が広がります。大きなブランドにいた時もいろいろな人に会っているつもりでいましたが、今振り返ると対象が限定的だったと感じます。
携わる仕事それぞれが同じステージにはないというのもメリットですね。スタートアップもあれば、ある程度成熟している事業もあれば、これからアクセルを踏まなければいけない案件もある。いろいろな業種のいろいろなステージにあるプロジェクトをドライブするというのは、自分自身のキャリアに役立ちます。
デメリットは、ひとつの仕事に集中しにくいこと。また各プロジェクトの予算規模がさまざまなこともあって、自分は世の中に大きなインパクトを残せているのだろうかと悩むこともあります。とはいえ、やはり楽しいですね。多様な業種やプロジェクトに関われるというのは。
― 久保田さんは多趣味でプライベートも楽しんでいらっしゃいますね。
凝り性だし、おもしろいことが好きなんです。野球観戦、ゴルフ、ヨガ、ランニング、読書……長く続いているものもあれば止めてしまったものもありますが、おもしろそうだなと思ったことや人に誘われたものは、まずはやってみることにしています。趣味なので楽しくなければ止めればいいだけですから。最近はよく行くバーのオーナーに勧められて、DJもやっているんですよ。
ビジネスとは関係ないところでのたくさんの友だちが、自分の人生を豊かにしてくれていると感じます。ただ飲みに行くだけでは友だちにはなれません。何かを一緒に“Do”しないと。趣味の友だちから仕事のオファーが来ることも多々ありますが、それを狙って友だちづくりをしているわけではありません。
― 久保田さんのキャリアデザインに影響を与えた一冊をご紹介ください。
私が独立した2019年にダイヤモンド社から出版された「一兆ドルコーチ」です。スティーブ・ジョブズをはじめそうそうたるビジネスパーソンたちに慕われた伝説のコーチ、ビル・キャンベルのコーチングスキルをまとめた本です。
年齢や立場的に、自分の周りのビジネスパーソンや後輩たちにポジティブな影響やアドバイスを与えられる人間でありたいと思っているので、この本で語られているビル・キャンベルの教えは大変参考になっています。
文:カソウスキ
撮影:Takuma Funaba
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