この夏、学生時代を過ごして以来、20年ぶりにアメリカのユタ州、アイダホ州に3週間ほど滞在した。その期間に株価が暴落したというニュースが入ったが、アメリカの景気が下がったと感じることはなかった。今回の記事では、アメリカでの滞在、住民との会話などを通して感じた変化や企業が直面している人材獲得における課題、新しい制度などについて紹介する。
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池松 孝志さん/エーバルーンコンサルティング株式会社 代表取締役
1980年生まれ。広島県出身。アメリカ留学時代、古着屋のディーラーとして全米各地を飛び回る。国内の紹介会社を経て、2008年にエーバルーンコンサルティングを設立。代表取締役として主にエグゼクティブ人材のサーチやM&A案件を担当。
「生活(ライフ)」に対する意識の高まり
学生時代を過ごしたユタ州、そしてアイダホ州に20年ぶりに滞在したことで、実にさまざまな変化を感じることができました。テクノロジーの進化、またパンデミックによるリモートワークの普及などを経て、ワークライフバランスが大きく変化したこともその一つ。
その影響か「ライフ」への意識が高くなったようで、ヘルスコンシャスな生活に注目が集まっています。スーパーを訪れると、昔はジュースやコーラが並んでいたコーナーでは、エネルギードリンクのコーナーが別途設けられ、お菓子のコーナーにはプロテインを含んだポテトチップスなどが並んでいました。自炊をする人も増えているようで、ミールキットや冷凍食品のバラエティも広がりを見せています。
このアメリカ滞在期間中に起きた大きな株価の下落は、世間を騒がせました。一部では、アメリカの景気の悪化に伴う現象との見方もあったようですが、実際に滞在して観察する限り、ダウンタウンとされていた場所には次々と新しいビルが建設され、公共工事も多く見られるなど、景気が悪いようには見えませんでした。
アメリカの景気とひと口にいっても、実際には都市ごとに事情が異なるようですが、失業率はユタ州のソルトレイク、アイダホ州のボイジーともに3.6%と高くはありません。そういった数字から見ても、景気の悪化に伴って起きた現象ではないと推測することができます。
ただ、株価暴落と直接的な関連がないにしろ、インフレが進んでいるのは事実。不動産や食品、エネルギーの価格高騰により、生活への悪影響が大きくなることで、今後金利政策が導入されれば、経済に大きな影響が出ることが予測されます。
「有給休暇の無制限ポリシー」を導入。より優秀な従業員の獲得に向けた企業努力
ファストフード店を訪れると、必ずと言っていいほど求人広告を見かけました。時給15ドルと、20年前の平均である時給7.5ドルの2倍になっているにも関わらず、人手が不足している様子。リテールやサービス業などのリモートワークが難しい職業においては人材獲得が難しくなっていることがわかります。
ワークライフバランスの変化を踏まえ、企業はより柔軟な働き方を求められるようになりました。そんな中、欧米では「Unlimited Paid Vacation Policy」(有給休暇の無制限ポリシー)という、ユニークな制度を導入する企業が増えてきています。
どのような制度かというと、有給取得の日数に決まりがなく、上長からの許可さえあれば、無制限に有給を取得できる、というもの。高い柔軟性を持った会社として優位性をアピールできるため、採用応募の増加に期待できます。また、ワークライフバランスを柔軟に保った環境は、働く側にとって会社へのロイヤリティにつながり、離職率の低下が期待できます。
実はコストカットにもつながる。「有給休暇の無制限ポリシー」という戦略
また、欧米では会社都合による解雇(レイオフ)の場合、社員の未消化の有給休暇の買い取りを行わなければならないことがよくありますが、有給休暇の無制限ポリシーを導入している場合はその必要がなくなります。大規模なレイオフを事業戦略として行うケースでは、この休暇制度をあらかじめ導入しておくことで、大きなコストカットにつなげる企業もあるようです。
この制度を導入している企業で働く知人に話を聞いたところ、意外にも実際に有給を使う頻度は、有給日数が定められていた頃より減ったとのことでした。日数が定められていた方が気持ち的には取得しやすく、逆に定めがなくなったことにより、休暇中の引継ぎを含め、周りの反応を気にするようになったそうです。
このことから、企業側は無制限の休暇制度を導入したからといって休暇を無尽蔵に取るスタッフが増えて業務が滞るという可能性は低く、むしろコストカットができる上に柔軟性のアピールもできるなど、メリットが多いと言えるでしょう。
日本でも「有給休暇の無制限ポリシー」は導入できる?
今後、日本でもこの制度を導入する企業が増えるのではないでしょうか。というのも、日本では周りとの協調・調和を重んじる傾向があるため、有給の取得率が低く、有給休暇の日数を無制限にした場合は有給取得日数のさらなる軽減が見込まれるからです。企業としては高い柔軟性を提示しつつ、実際は有給コストの削減につながる可能性がある上、休暇の日数管理にかかっていた負担も減らすことができます。
成果の証明が休暇取得の前提にもなるため、成果を多く出している従業員がより休暇を取りやすくなることから、従来の年功序列型ではなく成果主義を促進したい企業には特に効果的と考えられます。
裏を返すと、休暇を取ることが「無責任」と見なされてしまい、従業員が休暇を取りづらい状況に陥りやすくなるといえます。そのため、固定の休暇期間を設けたり、成果に応じた福利厚生の導入を徹底するなど、リスクの回避に策を講じる必要もあります。
企業文化や社会的な慣習を見直し、従業員が安心して休暇を取れるように制度の透明性や公平性を確保するためのガイドラインを整備することが、この制度を成功させるカギとなるでしょう。
まとめ
20年前と変わらない現象もありました。それは帰宅時間に起こる車の渋滞です。アメリカ人は帰宅時間になるとすぐに帰るため、渋滞が発生します。コロナ禍でリモートワークが進んでいるとはいえ、ユタ州やアイダホ州では全体の人口が増えているためにむしろ昔よりひどくなっていると感じました。
すぐに帰るのは家族との時間を大切にする証。そうした文化があるアメリカだからこそ「有給休暇の無制限ポリシー」という発想が生まれたのではないでしょうか。この柔軟性こそが優れた人材の獲得に効果を生みます。
日本において有給休暇の無制限ポリシーを導入するためには、適切な運用のための工夫が必要ですが、ますます困難になる人材確保の現場においては十分に検討する価値のある試みといえるでしょう。
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