世界最大の化粧品会社ロレアルグループの日本法人である日本ロレアル株式会社は、18のブランドを展開し、2023年度には過去25年間で最高の売上高を記録した。同社のコーポレートアフェアーズ&エンゲージメント本部長を務める七尾藍佳さんは、ジャーナリストから外資系事業会社へと転身を遂げた異色の経歴の持ち主だ。現在、同社で進行中の「ONE L’Oréal Japan(ワン・ロレアル・ジャパン)」プロジェクトを主導し、組織の一体感醸成に尽力している。急成長を遂げる一方で、部門間の「サイロ化」という課題に直面する日本ロレアル。七尾さんのユニークなキャリアと、同社が取り組む組織改革の実態に迫った。
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七尾藍佳(ななお あいか)さん/日本ロレアル株式会社 コーポレートアフェアーズ&エンゲージメント本部長
アメリカやスイスの帰国子女として育ち、大学在学中から翻訳者やライターとして活動。その後、ラジオパーソナリティ、全国ネットの報道番組キャスターを経て、国際英語テレビ放送BloombergTVの東京支局特派員に。エネルギーから消費財まで幅広い事業会社で広報職を経験し、2022年より現職。組織のエンゲージメント向上や企業ブランディングに注力している。
自分らしさを貫いた異色のキャリア
― 七尾さんは、これまでさまざまなキャリアを歩まれていますね。日本ロレアルに入社するまでの経緯を教えてください。
「常に自分らしくありたい」という想いを軸に、わらしべ長者の様にキャリアが発展してきたと思っています。大学生の頃は、日本のことを海外に伝えるCNNの記者のような仕事に憧れていました。しかし当時の日本には、大学卒業後すぐに海外メディアの支局で働くルートがありませんでした。日本の企業で勤めることにピンとこなかった私は就職活動をせず、語学を活かして、通訳のアルバイトやライターを始めました。
あるとき、映画祭での仕事をきっかけに、地方ラジオの番組を担当する機会を得たんです。その後、全国ネットのFM局で朝の情報番組のお話しをいただき、20代でメインパーソナリティを務めました。縁が縁を繋ぐ形で、日本テレビ系列「news zero(ニュースゼロ)」の総合演出の方がラジオを聞いて、私に興味をもってくださっていたこと等から、番組専属のフィールドキャスターになることが決まりました。
テレビ報道の現場キャスターという新しい立場で活動を開始。当時はフリーランスが報道番組専属のレポーターになることが珍しかった上、報道局所属として記者証を持って政治や経済の現場で取材していたので、「局員じゃないんですね」とよく驚かれましたね。
― その後、BloombergTV(ブルームバーグ・テレビ)の東京支局特派員として活動、そして事業会社へ転職をされてますが、どんな経緯があったのでしょうか。
リーマンショックをきっかけに、経済により強い興味を持つようになりました。日本から離れた国で起きたことの影響を受けて、周囲の人たちが突然、職に困ってしまうという状況。私にとってあまりにも衝撃が大きかったのです。世界を動かしているのは経済やビジネスだと感じ、経済記者になりたいという目標が明確になり転身しました。
ただ、取材を重ねるうちに、次はニュースを作り出している側に立ちたいという思いが強くなったんです。ニュースで取り上げられる一部分だけでなく、企業の内側や製品開発の過程など、より深い部分に触れたいと考えるようになりました。
ー 10年以上関わっていたメディアやジャーナリズムから、思い切って方向転換をしたのですね。
欧米企業では、記者やメディア出身者が広報やマーケティング職へ転職することも多いのです。だから、私が事業会社の広報に転職するのもスムーズでした。日本ロレアルには2022年に入社しました。現在はコーポレートアフェアーズ&エンゲージメント本部長として、組織全体の渉外、広報、社員エンゲージメントの向上に携わっています。こうしてキャリアの変遷を振り返ると、日本の放送界からアメリカの経済専門メディア、コンサルからFMCGと、常に「よりビジネスの現場に近いところに飛び込みたい」という想いが原動力になっていたと思いますね。
成長をもたらした良き企業文化の副作用
― 日本ロレアルの現在の状況について教えてください。
日本ロレアルは現在、勢いに乗っています。2023年度は過去25年間で最高の売上高を記録し、外資系化粧品企業の中では日本市場でトップの地位を獲得しました。この成果は、ロレアル独自の企業文化と近年の改革が機能している証でしょう。
当社の強みは、「美」を専業としていることです。アパレルなど他の分野に手を出さず、美容に特化することで、専門性を究めています。また、ラグジュアリーからマス向けまで、すべてのセグメントに対してビジネスを行っているのも強みです。グローバルでは37の多様なブランド・ポートフォリオを実現しているおかげで、一部の地域や部門が不振でも、他の部門がカバーできる強固な構造を築いていると思います。
― 順風満帆なイメージの一方で、課題もあったと伺っています。
大きな課題としては「サイロ化」が挙げられます。ロレアルの企業文化は、フランス的な価値観を反映していて、対立や議論を通じてより良いものを生み出すことを重視しています。各ブランドや部門が切磋琢磨し、競争し合うことで成長してきました。
しかし、企業規模が拡大するにつれ、この対立があっても良しとする文化の副作用が見えてくるようになりました。部門やブランドごとの独立性が高まるにつれ、相互の交流が減ってしまった。現代の消費者は、ハイブランドからファストファッション、インフルエンサーの発信まで幅広い情報を得て商品を購入します。そのため、ひとつの領域だけを見ていては、本当の消費者ニーズを見逃してしまう可能性があるんです。また、組織が分断されるとイノベーションが起きにくくなり、会社の成長が停滞する恐れも。かつては部門間の競争が良しとされましたが、今は部門を超えたコラボレーションや外部のステークホルダーとの協力が、時代に即した成長には不可欠だと考えています。
「ONE L’Oréal Japan」で一体感を醸成
― 長い間培われた文化を変えることは並大抵ではないと思いますが、どのような解決策を講じたのでしょうか。
「ONE L’Oréal Japan」というプロジェクトを立ち上げ、組織の一体感醸成に取り組んでいます。このプロジェクトは、グループ全体で推進している「ONE L’Oréal」の考え方を日本市場に適応させたものです。
日本におけるロレアルのマーケットシェアは現在5位ですが、200人規模の研究員を抱える研究所や生産工場もあり、充実したインフラを持っています。ただ、売上規模としてはまだまだメインプレイヤーにはなれていません。各部門がお互いのリソースをフル活用し、補完し合うことが、さらなる成長のために必要と考えています。
たくさんのブランドがあるからこそ、社員一人ひとりが、所属するブランドの垣根を超えて、ロレアル全体の一員だという意識を抱き、エンゲージメントを高めることが重要だと考えました。傘下のブランドに所属する同僚に「ロレアル全体のリソースを活用していい、お互いに頼っていい」と思っていただくには、「私はロレアルの一員だ」とまず認識してもらう必要があるからです。
ー 具体的な取り組みと、七尾さんの中で特に印象深い成果を教えてください。
社内コミュニケーションの強化に注力しました。PR・コミュニケーション職を中心とした定例ミーティングを開催し、外部講師を招いての勉強会や懇親会なども実施、ブランド・部門を超えたジョブ型コミュニティの醸成に努めています。また、サマーパーティーなどの全社イベントの際に、プロジェクトチームを結成し、協働を通じて異なる部門間の社員同士のネットワーク構築を促しています。
他には、社内広報のブランディングにも力をいれました。ブランディングってミルフィーユみたいに積み重ねが大切だと思うんです。だから社内向けでも手を抜かず、トップレベルのクリエイターと協力し、美容部員から工場スタッフまで、新卒から50代まで、年齢も業種も多様な実際の社員を起用した魅力的な広報ビジュアルを作成しました。ビジュアルは社内の至る所で目にすることができ、「ONE L’Oréal Japan」の意識を常に喚起できています。
印象深い成果として最も顕著に現れたのは社内の雰囲気ですね。私が入社した2年前はコロナ禍も相まって、オフィス内であいさつの声や笑い声があまり聞こえませんでしたが、今では活気に満ちています。社内コミュニケーションが良い方へ向かっている兆しがみえて嬉しいですし、手応えを感じます。
デジタル時代の今こそ「会いに行く」で築く信頼関係
― 「サイロ化」で悩んでいる企業は多いと思います。七尾さんから、課題を抱える企業へアドバイスをいただけますか。
私たちも今試行錯誤している所ではありますが…人と人とのつながりを大切にすることでしょうか。デジタル化が進む現在は、メールやチャットでのコミュニケーションが主流になっていますが、face to faceのコミュニケーションの価値を再認識する必要があると感じます。
例えばプロジェクトを進める際に、単にメールで企画書を送るだけでなく、直接相手の元へ足を運び、目を見て話をする。これは、私自身が相手から承認を得られずめげそうになっていた時に、社長から教えられたことでした。「その人の所へ行って、直接話したのか」と。一見、効率が悪いように思えるかもしれませんが、実際に「会いに行く」からこそ信頼関係が築かれ、より深い理解や協力が得られるのです。
こういった取り組みは、一朝一夕には結果が出ません。継続的に取り組み、小さな変化を積み重ねていくことが大切です。また、トップマネジメントがこの取り組みの重要性を理解し、率先して行動することも成功のカギであると実感しています。長期的な視点で粘り強く取り組んでいくことが大事なのではないでしょうか。
文:金井みほ
撮影:船場拓真
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